90.ミネア
お父さんが、騎士さん達を動員して、瀝青炭の積み出し港の候補地を探し始めた。
石炭の鉱床が有るのは、アトラス領の北半分だ。
だから、積み出し港の場所はアトラス領の北半分のどこかになる。
馬で移動すると1月以上かかる。
国境に近い場所になると、2ヶ月は掛るだろう。
必然的にアイルが造る船で移動することになる。
アイルが、小型の船を何艘も造った。
材料さえあれば、あっという間だ。
動力をどうするのかと思っていたら、小型の石炭発電装置を完成させていた。
今回は、超伝導発電機だと言っていたけど……。
前回は小型化を目指していたけれど、今回は効率重視で作ったと言っている。
船は、超伝導モーターでスクリューを駆動する……。
ひょっとすると、またアレを作ることになるのか?
きっと……なるな……。
アイルは、ソナーも開発した。海図を作るために、海の深度を測定する。
それを船に組み込んだ。
今領都に有る石炭とコークスを燃料にして、何組もの騎士さんと文官さん達が、北方に向けて、海に出ていった。
文官さん達は、ソナーの操作と測量をするんだそうだ。
燃料の石炭の確保をした上で、瀝青炭の積み出し候補の場所を探しに向った。
騎士さん達は、簡単な海図と測量結果と大量の瀝青炭や石炭を船に積んで、2週間ほどで戻ってきた。
調査した結果を基に、瀝青炭の積み出し場所を決めることになった。
アトラス山脈の東側には、沢山の川がある。
海で水蒸気を大量に蓄えた東風は急峻な山脈に阻まれて、大量の雨を降らす。
それらの雨水は地表を流れ、多くの川になっている。
そんな川のなかで、石炭の鉱床の南端より少しだけ北側に、ミネア川がある。
そこは、河口も大きい。そして南に開いている湾の入口付近だ。
川の南岸から海岸にかけては、岩場になっていて、海の深度も深い。
積み出し埠頭を造るには最適の場所だった。
即決で、その場所が瀝青炭の積み出し拠点になった。
拠点候補を調査している間に、アイルは、巨大な石炭運搬船を造っていた。
「ねぇ。アイル。いくら何でも、この大きさは無いんじゃない?」
「え。地球で巨大なタンカーを見たことがあるけど、この倍は大きかったよ。」
「あのね。ここ、地球じゃないんだからね。それに、地球の巨大タンカーって、技術の粋を尽して、最大のサイズにしているんじゃない。」
「でも、この大きさだったら、中型船じゃないかなぁ。」
私の目からは、巨大としか言いようがなかったんだけど、アイルに言わせると、中規模の鉱石運搬船だと言う。
そんなにアイルは船に詳しかったかな?
そう言えば、川で船を造るときも、小型の調査船を造るときも、あっと言う間に造っていたな。
「アイルは、簡単に船を作るけど、前世で船を作った事なんて無いよね?」
昔プラモデルで、色々作っていたと言っていた。
特に船舶模型は好きで良く作っていたんだと。
確かに、男の子はそんなのが好きだったりするね。
思った通りに形が出来るから、プラモデル感覚なのか……。
石炭運搬船の試験航行は終っているので、そのミネア川まで、街を作りに行くことになった。
ん。私がまた同行……?……私、要らないでしょ。
街を造るのに、上下水道やダムを造る。私も手伝わざるを得ないんだと。
最近、なんだか、凄くバタバタしている。
色々急いでいるのは、国境あたりが少しキナ臭くなってきたことが原因らしい。
お父さんの話では、度々ノルドル王国の斥候と思われる人が川を渡ってくる。
すぐに追い返しているようなのだが、攻め込んでくる可能性があるらしい。
今は、夏なので、攻めて来られても押し返せる。
ただし、アイル情報で、その場所は、秋あたりから、極端に寒くなる。
緯度を測定した結果から、その地は、冬には、極夜になって、一日中日が昇らなくなる。
アトラス領の騎士たちは、暖いところ育ちなので、寒冷地に慣れていない。
最悪なのは、このまま睨み合いが冬まで続いて、冬に攻め込まれる事だ。
まだ気温が高い今の内に、石炭の確保と暖房の設置が急務になる。
なるべく早く、北部に石炭の積み出し拠点を作っておきたい。
そして、コークスを生産することで、石炭を利用した色々な道具を使うことができる。
船を使った兵員の輸送の面でもメリットがある。
ふーん。それで、大忙しで、あれこれやってるのか。
ミネア川の河口付近に街を造ることが決まった4日後には、私は海を北上していた。
アイルの造った船は、見るからにタンカーのような形をしていて、船体が大きい所為で、揺れも少ない。
大量の食料、家財道具が積み込んであった。馬車や馬、飼葉も積まれている。
それでも、まだ余裕があるほどの大きさの船だった。
アイルの話では、この船には、5万トンぐらいの石炭を積めるはずだと言っていた。
そんなに大量の石炭をどうやって積むのかと思っていたら、魔法で空中を移送するんだって。
そうだった。魔法があったんだ。
相変らず、何でもありだ。
この船が新しい街から戻る時には、大量の瀝青炭を積んで戻ることになる。
かなり陸地から離れた航路を北に進んでいる。まだ、海図が完成していないので、座礁を避けるためだ。
遥か彼方に見える陸地には、高い山々が連なっている。
同行するのは、アウドおじさん、お父さん、カイロスさんと、そのお兄さんのグロスさん。そして大勢の侍女さん達と、沢山の騎士さん達。
騎士さん達は、魔物への対応と、街作りの手伝いなんだそうだ。
そのミネア川の河口には、大体1昼夜で着いた。
石炭運搬船は、沖合に停泊させた。一緒に付いてきた、小型船に乗り換えて上陸する。
いやぁ。本当に、何にも無いな。ここは。
多分、人の足跡自体が無いような辺境の浜辺だ。
大きな川が流れていて、川上を見ると、ものすごく高い山々が連なっている。
マリムから、遠く見えていた山は、こんなに高い山だったんだな。
着いたその日の仕事は、大型船を横付けすることができる埠頭を造る事だ。岩場の岩を使って、埠頭を作っていく。
1時も掛らずに、埠頭が出来た。
埠頭脇の海底も大型の輸送船が停泊するのに、十分な水深になるように、浚渫もした。
その後で、輸送船を埠頭に接岸させた。
あの小型船は、タグボートにもなるんだ。
輸送船が接岸できるように、小型船がサポートしていた。
この小型船は、大型船の接岸のために、この街に置いていくことになるとアウドおじさんが言っていた。
タグボートとして使うことになっていたんだね。
でも、そんな事を何故知っていたのかと思ったら、アイルがあれこれ説明していたらしい。
輸送船が接岸したら、中に積んでいた馬たちを地上に下す。
馬車も一応運んできたけど、道はこれから造るので、まだ馬車は使えないな……。
大量の資材も下した。
このあたり一帯の測量結果から、街のエリアを決めていく。
代官屋敷を高台に作って、その麓に街を造る。
その日は、港から街になる場所までの道、浄水場、下水処理場を造る場所への道を作って作業を完了させた。
もともとのマリムと同じ規模の街にするらしい。
けっこう大きい街になるみたいだ。
アウドおじさんはご機嫌だ。
これまで、広い領地を持っていたけど、マリム以外に、街らしい街は無かった。
普通の領地は、街道沿いにいくつかの街があって、領都があるのが普通らしい。
アトラス領の場合は、街道と言っても、これまで殆ど商人も来なかったので、街は無かった。
アトラス領の先は……海だしね。
その日の作業が終ったので、移動してきた人たちは、一旦、輸送船に戻って夕食を摂って休んだ。
代官館が建つまでは、輸送船で寝起きすることになる。
翌日は、私とアイルは馬車を使って、浄水場と下水処理場に移動して、浄水場と下水処理場を作った。
その間、アウドおじさんは、街の建物を作っていた。
一番重要な、代官の館を高台に作って、その麓に山の岩を使って、家を作っていった。
街の通りの下には、下水溝と電力供給用の洞道を掘っていた。
私達の上下水道の設備作業が終ったところで、発電ダムを作るためにミネア川を上流に向うことにした。
以前マリム川を遡るときに使った船と同じような船を再度作って移動する。
マリム川と違って、ミネア川は急流の場所が多い。高い山々が海の側に聳えているからだろう。
マリム川のいくつかの支流のうち、流量が多くて、急流になっている支流を選んで、ダムを造る。
ダムを作るのは、二度目だ。
マリムダムを造ったときより、遥かに短い時間でダムが完成した。
その日の内に、ダムの設備を作り終えて、輸送船まで戻った。
三日目は、アイルと瀝青炭の鉱床を見に行った。
瀝青炭がある場所は、山の裾野に近い場所なのだけど、道は未だ無い。
馬車で移動するという訳には行かなかったので、騎士さん達に背負われて馬で移動した。
しばらく馬で移動して、瀝青炭が露出している処に着いた。
これは、凄いね。
本当に大量にあるよ。
そう言えば、この世界の鉱床の場所に来たのは始めてだったな。
遥か下に、建設中の街と、運搬船が停泊しているのが見える。
アイルがキョロキョロしている。
「アイル。何しているの?」
「何か、目印になるものが無いかなと思って……。
多分大丈夫かな。それじゃまた船のところに戻ろう。」
何のことやらサッパリだ。
私達は、そのまま運搬船のところまで戻った。
「えーと。あそこだったな……。」
アイルがそう呟くと、大量の瀝青炭が空を移動してきて、運搬船に格納されていった。
船が満杯になるのは、あっという間だった。
その後、出来上がりつつある街に給水塔を建てたり、水道橋を繋いだり、浜に近いところに次亜塩素酸の製造工場を作ったりした。
当面は、小型発電機の電力を使って、次亜塩素酸を製造する。
ダムに水が溜まらないと、ダムの電力は使えないからね。
活性汚泥槽も作ったけど、しばらくは、開店休業だね。
その翌日。
私達はマリムに帰ることになった。
アウドおじさんと、グロスさんは、この街に残る。
大半の騎士さん達や、侍女さんもだ。
ちなみに、この街の名前は、ミネアだって。
安直だけど分かり易いかな。
グロスさんが、ここに居る理由を知らなかったけど、この街の代官として働くことになっていた。
宰相になるための修行の一環だって。
大変だね。
まあ、無線装置があるから、困ったら直ぐに相談できるし、どうにか成るんだろう。
アウドおじさんは、陸路で街道と宿泊村を作りながら、マリムに戻る。
街道には、洞道も作ると言っていた。
ん。なんだか嫌な予感が……。
「それでね。ニケ。お願いがあるんだけど。」
アイルが申し訳無さそうに、話掛けてきた。
うん。多分、アレの事だろう……。
「また、超伝導素材を作ってほしいんだよ。
ここの発電設備と、マリムの発電設備を繋げたいんだ。」
各発電設備を繋げて、パワーグリッドを作って、不測の事態に対応できるようにしたいらしい。
それも、私が工場を作って、大量に電力を使うからと言われれば、反論もできない。
まあ、予期してたんだけど……。
マリムに戻って、前回の20倍量の例のトンデモ素材を作る羽目になった。
アトラス領周辺の地図を、「惑星ガイアのものがたり【資料】」のep3に載せました。
URL : https://ncode.syosetu.com/n0759jn/3/