88.災害復旧
石炭の利用法について、アウドおじさんや、お父さん、グルムおじさん、アイルと相談していた。
そこに、アイルの助手さんがやってきて、バタバタし始めた。
気圧の測定結果が通常と異なるらしい。
いろいろ聞いていたら、どうやら、颱風が来ているみたいだ。
この世界でも颱風が来るんだ……。
突然、アイルに、どう思うか聞かれた。
それは、アイルの方が、ずっと詳しいんじゃないの?
私、気象通報聞きながら、天気図なんて描けないし。
まっ。セカンドオピニオンってことなんだろうな。
データを見ると、11/12気圧より高いぐらいか……。
「アイルの言うとおり、この気圧は、ちょっとマズいかも。えーと、1気圧が『1013ヘクトパスカル』とすると、『950ヘクトパスカル』ぐらいか。
天気が良いのに、普通はこんなに下がらないわね。」
これが意味するのは……
「ここより遥かに気圧の低い場所が近くにあるってことでしょうね。」
アウドおじさんに、「ヘクトパスカル」について聞かれてしまった……。
失敗。失敗。
ごまかしておいた。
多分颱風が近付いてるんだろうな。直撃しなきゃいいけど。
昼過ぎには、アイルの提案で、高潮の被害に遭いそうな処の住人への避難通達をしていた。
夕方になって、かなり風が強くなって、雨も降ってきた。
うーん。今晩は、嵐の風雨の音が煩くて眠れないかもしれない……。
案の定、風雨の音が酷くて眠りが浅かった。
うとうと寝ていると、突然、音が静かになった。
ん。嵐は過ぎたかな。
ようやく眠れると思っていたら、半時もしない内に、また酷く騒がしくなってきた。
あぁ。颱風の目が通過したんだ……。
てことは、直撃されたんだな。
被災した人は大丈夫だろうか……。
コンビナートとかは大丈夫だろうか……。
翌朝は寝不足で、とても眠い。
天気はとても良くなっている。
台風一過だなぁ。
風は強めだけれど、それほどじゃぁない。風向きが西風になってるな。
侍女さんたちが、朝から、領主館の建物に被害が無いか確認している。
そういえば、クリスタルパレスは大丈夫だったんだろうか?
侍女さんに聞くと、クリスタルパレスも天文台も含めて、領主館の建物には被害は無かったと言っていた。
とりあえずは良かったな。
今、クリスタルパレスの中では、ゴムの苗木を育てている。
これに被害があると、ゴムの増産計画が狂うところだった。
朝食の後、領都の各所の被害をアイルや助手さん達と見ていくことにした。
もう、既に、警務団の騎士さんたちが、下水処理場と、街の海に近いところは、被害が発生している、と報告していた。
マリムダムは、溢れる水の量がいつもより多いけれど、特に問題は無いという無線連絡があった。
コンビナートも特に問題は無いと無線で連絡があった。ただ、コンビナートには危険物があるから、直接見に行った方が良いだろう。
人的な被害は、避難する際に、道にあったモノが風に飛ばされて、一人が怪我をしただけで、あとは怪我人も死者も出なかった。
早めに住人を避難させたのが良かったんだろう。
アイル、ナイスジョブだね。
領都内で、停電しているところは無いらしい。
流石、洞道を使って地下配線にしておいただけあるよ。
電信柱や鉄塔が立っていたら、倒れたかもしれない。
断水は、領都内のいたるところで発生している。
上水施設のどこかが壊れたのかな?
被害が有ったと連絡があった下水処理場があるところまで、馬車で見に行く。
途中の街の様子はあまり変わらない。
あちこちに大きな水溜りがあるぐらいかな。
いつもは、透き通った水が流れている川が増水して、濁っている。
下水処理場の排水側の領域は、完全に泥に埋まっていた……。
下水処理場は、川に水を排水する場所があるので、増水した川の水が入り込んだんだろうな。
とりあえず、ドロや廃棄物を、全て川に流した。
魔法の威力だね。
手を出さずに、不要なものを空中に浮かべて、川に移してしまった。
唯一、活性汚泥が泥に埋まらなかったのが救いだよ。
入り込んでいた泥を除去したら、ほぼ元通りになった。
コンビナートに移動する際に、海に近い居住地域を見た。
かなりの建物が、波に浚われてしまったみたいだ。
人が居たら、大変なことになったんだろう。
避難した人は、帰るところが無くなって、大変だろうな。
その区画の上水設備がごっそり流されて失なわれていた。
どうやら、街中の断水はそれが原因みたいだ。
連結管で給水設備は繋がっている。
破損した配管から上水が流れ出てしまって、メインタンクがほぼ空になってしまった。
破損箇所のバルブを止めたことで、少しずつ水が溜り始めている。そのうち水は出るようになる。
今、順次ポンプで水を揚げる方式に変えつつあるから、それが普及すれば、多少は改善されるのかな?
供給している上水の水質は大丈夫なんだろうか。
浄水場にも行って確認する必要がありそうだ。
そのまま、コンビナートに向う。
コンビナートは特に問題は無かった。
川は増水していたけれども、工場用地のところまで水嵩が増すことは無かった。
工場用水の取り込みの沈殿槽に沈殿している泥砂の量がかなり多くなっていた。
直ぐに、困った事には成らないけれど、受水系列を順に止めて、泥砂を除去しておくように伝えた。
多分、私が言わなくっても、きちんと対処してくれると思うけれどね。
続いて、浄水場に向った。
こちらも、沈殿槽に沈殿している泥砂が多くなっていた以外は、問題は無さそうだった。
水道橋にも被害は無かった。
アイルは一応、風圧は考慮して設計したと言っていた。
多分、その所為で崩れたりはしなかったんだろう。
最後に、海沿いに造ったばかりのコンビナートに行ってみた。
海岸には、様々なものが打ち上がっていた。
波も、まだかなり荒い。
コンビナートには、無関係な人が出入りできないように、周辺を石造りの高い塀で囲ってある。高さは10mぐらいだ。
このあたりに石は無いので、砂浜の砂を魔法で固めて石にしたものを塀にしたものだ。
その塀を見ると、塀の下部に海水に洗われた跡があった。
大体、大人1人分ぐらいの高さかな。1,2mぐらい高潮の影響があったみたいだ。
敷地の中に入ってみると、硫黄は、野積みにしていたので、風雨の所為で、敷地内のあちこちに流れ散っていた。
濡れていたけれど、海水じゃなかった。
工場の建物や装置には問題は無さそうだ。
まだ、このコンビナートは、原料と燃料の石炭の輸送方法が決まっていない。そのため、稼動していない。
助手さんたち総出で、動作試験しただけなんだよね。
その石炭をどうするか相談している最中に颱風騒ぎになったんだよな。
流れ散った硫黄を魔法でかき集めて、纏めておいた。
領主館に戻った。大きな被害は、漁港と海に近い低地の住宅地だけだったみたいだ。
漁港と、魚釣りの船はかなりやられた。
漁師の人たちには、補助金を出して、壊れた船の修理を行なってもらう。
海産物は、アトラス領の特産品だから、至急の対応が必要だ。
執務室に集まって、被害報告と対応を協議しているところに、木炭担当のライモンドさんが、青い顔をしてやってきた。
この颱風で、木炭窯に被害が多発した。
焼いている途中の木炭窯に、煙突から多量の水が入り込んで、ダメになったという事だ。
地面を掘って作った窯は水没してしまったものもある。
この所為で、大量の不良木炭が発生した。
まあ、仕様が無いよ。
海沿いの低地にあった住宅の場所では、騎士団の魔法使いの人たちが、瓦礫の除去をしている。
北部の国境地帯に騎士さんたちの半数は派遣しているので、人数が足りていないみたいだ。
アウドおじさんや、アイルや私が実施すれば、あっという間なのかもしれないが、今は、被災した人や物をどうするか決める方が先だ。
被災した人たちは、神殿で炊き出しと衣類の配給をしてもらっている。
当面の衣食は問題ない。
バンビーナさんが炊き出しについて説明してくれた。
もともと、神殿の仕事として、職が無い人達の命を守るために炊き出しをする。
他領では、かなり重要な神殿の業務だ。
マリムでは、最近の2年間は、炊き出しをしても全然人が集まらなかった。
そのため、全然実施しなかので、炊き出し用の食材が大量に余っていた。
今回の炊き出しは、神殿にとって都合が良かったみたいだ。
被災した人たちには、年齢や家族構成で、算出した支援金を支給することになった。
個別に事情を聞いていては、支給が遅れてしまうための措置らしい。
領民台帳が役に立っていて何よりだ。
貴重品は持ち出してもらったけれど、家財道具を失った人が多いからね。
木炭窯の補修費用は領地で出す。
発生した不良木炭は、正規の木炭と同額の金額で引き取ることになった。
また、不良品木炭が増えたね。早いとこ、串焼き屋台を立ち上げねば。
そう思っていたら、グルムおじさんが、串焼き屋台の生産者と串焼き屋台を始める人に補助金を出すと決めた。
随分太っ腹になったもんだ。ソロバンでお父さんと喧嘩していた人とは思えないよ。
今回の颱風の所為で、大量の不良木炭が発生して、保管する場所が、いよいよ無くなった。
不良木炭を早急に消費させるための措置なんだそうだ。
まっ。戦時景気で税収が増えているのと、継続的に大量の貴金属が手に入っている領地なので、財源に問題は無いんだろう。
被災した状況の把握と、今後の費用の対応が概ね決まったところで、流されてしまった住宅の跡地をどうするかに話題が移った。
ふふふ。私には腹案があるんだよ。
早急に、住宅を建築して、被災した人たちを戻すことに決まりかかったので、私の腹案を伝えた。
「海浜公園と大浴場を作りましょう。」




