85.蝋纈染め
串焼き立食パーティの日になった。
厨房担当の侍女さん達や助手さん達と、日夜、串焼き研究をした成果の発表の日だ!
アイルが新たに12台の屋台を作ってくれたので、16品目の串焼きを出す。
味付けを変えたり、焼き方を工夫したり、楽しかった。
ふふふ。皆、食べて驚くが良いぞ。
アウドおじさんの企らいで、お酒も出すことになった。
招待するのが、商業ギルドと職人ギルドに協力している商店や工房の人達だけだから酒を出しても問題無いだろうという判断だ。
片手にお酒や飲み物のガラスコップ、片手に串焼きという姿で沢山の人が屋台を廻っている。
これで、浴衣を来ていたら、お祭の縁日みたいな感じだな。
いろいろな人が挨拶に来た。
串焼きは好評だった。
苦労した甲斐が有ったよ。
串焼き以外では、クリスタルパレスを聞かれたり、フワフワパンを聞かれたりした。
パンに串焼きの具を挟んで食べると美味しさが増すよね。
「ニケ様。このたびは、ご招待いただきありがとうございます。」
声がした方を見ると、リリスさんが居た。
「あっ。リリスさん。いつもお世話になっています。」
助手さん達に対応してもらうことが多くて、最近はあまり会っていなかったから、久し振りだな。
「コンビナートの方はどうですか?」
「このまえ生産量を倍にしていただいたんですが、紙の生産が相変わらず追い付いてないです。
漂白した布も飛ぶように売れています。」
「原料の亜麻は足りていますか?」
「今年は、作付を12倍にしたんですけど、また足りなくなりそうな勢いです。
王都や他領からの注文も増えていて、さらに作付を増やさないとなりません。」
紙の生産は順調みたいだな。
来年もまた、工場を増設しないとならないかな。
漂白した布も沢山売れているんだ。
「串焼きはどうでしたか?」
「美味しいですね。
こんな風に肉や魚や野菜を焼いて食べたことはなかったんですが、これもニケさんが考えたんですか?」
「えぇ。まあ。ただ、侍女さんや、助手さんが頑張ってくれたので……。」
いやぁ。これは、私が考案した訳じゃないんだけどな。
「この屋台というのを領都で流行らせたいという話を聞きましたけど、早く沢山の店が出てくれたらと思います。
こういう料理を出す店が沢山できたら、夕食の御菜の心配をしなくて良くなりますからね。
仕事で忙しいときには、食事の準備が煩わしかったりするものです。」
「さっき、ボロスさんたちが来たんですけど、食べ歩いて、随分と気に入ったみたいです。
早速屋台を作るって息巻いてましたから、そのうち屋台が領都に出るようになると思いますよ。」
「そうですか。楽しみですね。
あっ。そうそう、あのフワフワパンって、どうやって作ってるんですか?
あんなパンも食べたことが無いです。
ここには、本当に美味しいものが沢山あって、来て良かったです。」
「あのパンは、酵母というものを使ってるんです。酵母を混ぜて焼くとあんなふうに膨らんで、フワフワになるんですよ。
これも、そのうち領都に広めたいと思ってるんです。」
「まぁ。そうなんですね。楽しみです。」
楽しみにしてくれるのは、嬉しいね。
ただ、オーブンを作るのはね……。
ヒータ無しでオーブンって作れるんだろうか。
窯でフワフワパンを焼く方法を考えるしかないかな。
流石に、今の技術だと、クロム鉄アルミニウムの合金は……作れないよな。
「それで、ニケさんに聞きたいと思っていたんですけど。
ここにある屋台に掛っている布の文字が白いんですけど、どうやって染めたんですか?
前に聞いたときには、白い染料って無いって言ってましたよね。
どう見ても、白い文字というのは不思議で……。
字の部分を漂白したのかとも思ったんですけど、滲みもないし。
ニケさんだから、魔法を使ったんですか?」
おっ。食い付いてきたぞ。
この世界には、絞り染めはあるんだけど、どうやら蝋纈染めって無いみたいだった。
絞り染めで、文字を作るのは、ムリっぽかったから蝋纈染めにしたんだけど、やっぱり染物をしている人には気になるよね。
「これは蝋纈染めという方法で染めた布なんですよ。魔法じゃないです。
やり方さえ分れば、誰でも染められますよ。」
「その方法は?是非、教えてください。これも考案税の対象なら、支払いますから。」
その屋台で、何を食材にしているのか、分るように屋台の暖簾と幟を作ろうと思った。やっぱり、提供する料理を字や絵で見せたいじゃない。
牛を焼くんだったら、牛さんの絵が有れば、一目瞭然。豚を焼くんだったら豚、鶏を焼くんだったら鶏の絵があれば、字が読めない人にも優しいだろう。
でも、屋台の調理って、物凄く煙が出るんだよね。
焼けた炭に食材の油が滴り落ちたりするから仕方が無い。
最初は、白地の布に書こうと思ったんだけど、だんだんと薄汚れてくるんだろうなと思った。
だから、濃く染めた布に、さらに濃い染料で字を書いてみたんだけど……インパクトが……今一つだった。
だったら、染めを工夫すりゃいいじゃん、ってやったんだけど……。
誰も私がやった染め方を知らなかった。
で、考案税か……。これ私の考案じゃぁないんだけど……。
「いえいえ。そんなに難しい事じゃないんです。
もう既に知られたりするかもしれません。
白地の布に、蝋で字や絵を描いて、その布を染めれば良いだけです。
蝋が染み込んでいる部分は染まらないんです。
染めが終った後で、蝋が鎔ける温度のお湯で煮込めば、蝋が布から剥れて、蝋の部分だけ白い布が出来るんですよ。」
「蝋で布に字や絵を描くんですか。
確かに、そうすれば、白い字や絵が染められずに残りますね……。」
「ねっ。簡単でしょ?
きっと、何処かで誰かがやってますって。」
「いいえ。私も服飾の仕事をして、もうd30年になりますけれど、そんな染め方は知りません。
凄いです。逆転の発想というか。
流石ニケさんです。
これは間違いなく、考案税の対象です。私が請け合います。」
いやいや、請け合ってくれなくて全然良いんですって。
考案税については、もう、かなりお腹いっぱいなのだ。
何か作る度に、グルムさんが考案税を申請しちゃうもんだから、私とアイルの預金総額は、国家予算を遥かに越えてるんじゃないか?
税金は、収税した分は使うのが前提だから、額は大きくても、そんなに残ったりしない。きちんとお金は還流する。
私たちの考案税に限って言えば、貯まる一方なんだよ。
両親達が食費の足しとかに使ってくれれば良いんだけど、一切使わないんだよね。
こんな幼児が大金溜め込んで、一体何に使うってんだ?
私達の貯金で、多額の金が埋蔵されると、経済が傾くぞ。
「いえいえ。こんな単純なもの考案税の対象になんか成りませんよ。」
「ニケさん。このロウケツゾメというのが考案税の対象にならないんだとしたら、私達が考案したものは、何一つ考案税の対象になりません。
ですから、正当に、考案税を受け取っていただかないとなりません。」
おお。強く言われてしまった。
もう、これは、しょうがないのかもしれないな。
最近は、電気を使う前提で作った、有りとあらゆるモノが、考案税の対象になっているんだよ。
もう、私達が考案したことになっているモノが何件あるのかも判らない……。
「はぁ……そうですよね……。」
「グルム様に会ったら伝えておきますね。」
ああぁ……考案税確定品になってしまった。
まあ、いいよ。それより、この方法で、カラフルな柄の布を作ってもらえれば、きっとお母さんたちは喜ぶだろう。
「そんな事より、この方法を使うと、別な色で染めたりもできるんですよ。いろいろ工夫してみてもらえれば、嬉しいです。」
「それは……一度染めたところを蝋で染まらないようにするんですね……。」
あぁ。また商売人の目になってる……。
まあいいか。




