84.串焼き屋台
最初、串焼き屋台と言われたときは、今度は何だろうと思った。
久々に食べた、焼き鳥は美味かった。
ニケは、時々突拍子も無いことを言うけれど、確かにこれが領都で流行るのは良いかもしれない。
グルムおじさんの提案で、領都の主立った商店主や工房の親方を招いて、串焼き立食パーティをすることになった。
グルムおじさん曰く、「今は、戦時景気で盛り上がってはいるが、これから戦争となる不安が領都民にもあるだろう。少しは気分を盛り上げてもらうのも良い。」
だそうだ。
何となく、祭りの縁日のようで楽しいかもしれない。
結局、オレは、屋台をさらに12台作らされたけど。
ニケは、各屋台に暖簾を作って、飾り立てていた。
なんか、ニケもノリノリだった。
幟を立てたいと言っていた。
「そうだった。竹は無かったんだ……」とショゲていたので、アルミパイプを作ってやった。
串焼きパーティの日になった。
5時(=午後2時)から開始で、8時(=午後8時)までの予定だ。
かなり長めになるのは、文官さん達や、騎士さん達も参加できるようにしたためだ。
場所は、ニケがクリスタルパレスと呼んでいる温室の周りになった。
部屋の中でやると、匂いが篭るので、屋外にした。
クリスタルパレスも、領都の人には殆んど知られていない場所なので、吃驚する人も居るだろう。
朝から、厨房の侍女さんたちは大忙しだった。
でも、こころなしか楽しそうにやっている。
なにやら、新作の発表をするとか言っていたので、変わり種の串焼きも出るんだろう。
ーーー
「なあ、ボロスの旦那。オレの腕を掴まえてなくても、そのパーティとやらには行くからよぉ。腕を離してくれよ。なんかみっともねえじゃねぇか。」
「いいや、お前、パーティと聞いて、腰が引けていただろ。
もう一端の大工房の親方なんだから、ここは、出席しなきゃならねえ。
それに、何だか金の匂いがするんだよ。」
「相変らず、ボロスとルキトは、仲がいいこった。
ところで、その「串焼き」ってやつは、どんな食い物なんだ?」とガゼルが二人に問い掛ける。
「いや。オレは知らねぇ。
ルキトは、たしか妹の幼馴染に文官が居たんじゃぁねぇか?
何か聞いてねぇか?」
「ああ、妹の話じゃぁ、串っていう細い木の棒に、肉とか魚とか突き刺して、そのまま焼くって話だった。」
「それって、美味いのか?」とガゼル。
「妹の幼馴染も食ったことはねぇって話だったが、焼いているときは、えらく良い匂いがするって言ってた。」
「良い匂いがするってことは、期待できるんじゃねぇか?」
「また、あの二人のお子様のどちらかが、新しいモノを考えたに決ってるんだ。
絶対に金になる。」
「いや。ここは、金の話より、その料理が美味いかどうかが大事だろ?」
三人は、領主館の入口に居る騎士に、招待状を見せて、領主館の中に入った。
「おい、案内板ってのがあるぞ。えーっと、会場は……けっこう奥の方じゃねぇか?」ようやく腕を離してもらったルキトが、腕をさすりながら、案内板を見る。
「他のやつらも、そこに向っているんだろ。後を付いていきゃいいんだよ。」ボロスは言い放つ。
「ボロス。せめて、案内板ぐらい見ろよ。」呆れ顔のガゼルがボロスを嗜める。
「いいや。とにかく、他の奴等に遅れを取っちゃならねぇ。こういう事はとにかく早く手を付けた方が勝ちなんだよ。」
「まったく。
それで、ルキト。大体の場所は分ったか?オレは研究所にしか行ったことがねぇからな。」
「ああ。どうやら、一番最初に案内された、倉庫が沢山並んでいるそのさらに奥みてぇだ。会場は、クリスタルパレスとやらの周りらしいけど、昔そんなもの見たことがねぇなぁ。まっ、行きゃあ分るんだろう。」
案内板を見たルキトが先導して3人は、倉庫が立ち並ぶ前を通り過ぎた。
そこには、広い花の咲く庭園があり、中央にクリスタルパレスが聳え立っていた。
「あいかわらず、あの二人は、何てもの作ってんだ?
で、アレは一体何なんだ?」
「オレに聞くなよ。オレは、領主館のこんなに奥まで来たことはねぇんだ。
ただ、あの建物の骨組は、鋼じゃねえか?
そして、壁はガラス……か?」
「中に、木が生えているじゃねぇか?
建物の中に、木なんか植えて、一体何をする建物なんだろうな。」
「おい、ボロス、ルキト。なんか、良い匂いがしねぇか?
どうやら、あのトンデモねぇ建物の周りにある木造の小屋みたいなものから匂いがするような気がするんだが。」
「ああ、そうだな。何か食い物を作っているようだな。さっそく見にいこうぜ。」
3人は、屋台の一つに近付いていく。
その屋台は、海産物を串焼きにしていた。
「なんか、とんでもなく旨そうな匂いじゃねぇか?」ふらふらとガゼルが屋台に近づいていくと、ボロスが声を掛けた。
「おい。あそこに、例の二人がいるぞ。まず挨拶してからじゃねぇと、示しが付かないんじゃねぇか?
おい。ガゼル。食いたい気持は分るが、まず挨拶だ。来いよ。」
ボロスがアイルとニケの方に歩いていくので、二人は後に続く。ガゼルは頻りに後ろを振り返っている。
ーーー
「あっ、ボロスさん。ルキトさんも、ガゼルさんもいっしょなんですね。
もう、串焼きは食べてみましたか?」
「ほら、見ろ。まず食べてみた方がよかったじゃねぇか。」とガゼルさん。
「ばかやろう。まず挨拶だろう。
アイル様、この度は、ご招待いただきましてありがとうございます。
しかし、この建物は……なんか……凄いですね。
キラキラしているというか、とんでもなくデカいというか……。
一体、何なんですか?コレは?」とボロスさん。
「アイル様、ご招待ありがとうございます。小屋のあたりから、良い匂いがするんですが、あの小屋は何なんですか?」とルキトさん。
「アイル様、ご招待ありがとうございます。とてつもなく旨そうな匂いがしますが、これが串焼きってやつなんですか?」とガゼルさん。
なんか、質問の方向がそれぞれ違うな。
「えっと。ボロスさん。この建物は、ニケが欲しいと言ったんで作ったんです。冬でも中は火を炊かなくても暖いんですよ。だから、主に暑い場所で育つ植物を育ててます。
そして、ルキトさん。まわりにある小屋のようなものは、屋台と言います。車が付いてますから、人の集りそうな場所へ曳いていって、そこで料理を出したりできるようになるんですよ。
美味しそうな匂いがしているでしょう。屋台によって、焼いている串焼きの種類が違います。おすすめは、各屋台を廻って、まずは1本ずつ食べてみてください。そして気に入ったところで、何本か食べるのが良いですよ。
屋台は16台ありますから、どこかで沢山食べてしまうと、全て制覇できなくなってしまいますからね。
あと、どこかにお酒もあるみたいですから、お酒を飲みながら廻っても良いかもしれないですね。」
「えっ、あの屋台ってやつは、動かせるんですか?」とボロスさんが聞いてきた。
やっぱりボロスさんは、ニケの思惑通りに動きそうだな。
もう、商売の事を考えている。
「ええ。ちょうどルキトさんとガゼルさんが一緒ですから、二人に頼めば、作れるんじゃないですか?
図面が欲しければ、後で渡しますよ。」
「えっ。図面を貰えるんですか?」
「ええ、ニケが、この屋台を領都で流行らせたいと言ってました。興味を持った商店には、図面を渡すことにしてたんです。」
「おい、ルキト。あの屋台ってやつは作れそうか?」
「そんな急に言われてもなぁ。でもアイル様が言うんだったら作れるんじゃねぇか?」
「これは……。すぐに図面をもらって検討しいとならねぇ。とっとと図面を貰って帰るぞ。」
「おいおい。ボロス。旨そうなものがこんなにあるのに、まずは食ってからじゃねぇのか?
酒もあるっていうじゃねぇか。
ところで、オレも何か作るんですかい?」
「ええ。ガゼルさんには屋台の中にある『コンロ』を作ってもらわないとならないんですよ。
もともと、屋台を作ったのは、不良品の木炭を捌くためなんです。
あの屋台の中には、木炭を燃やして、串焼きを作るための金属製のコンロがあります。
だから、木工をするルキトさんと、鍛冶をするガゼルさんみたいな組み合わせが最適なんです。
そういう意味では、ボロスさん、ルキトさん、ガゼルさんの組み合わせは最強かもしれないですね。」
「そ、そうですか?
そう言えば、不良品の木炭をどうにかしたいと商業ギルドにも話が来てましたね。大量にあるから安く卸すと言ってましたが、なかなか使い道がねぇって話になってましたが……。
串焼き屋台ってのは、その為なんですか……。」
そう言いながら、ボロスさんは、例の遠い目になった。串焼き屋台を沢山作ってくれるんじゃないかな。
「おい。ボロス。とにかく食いに行くぞ。何をしてるのか分らなきゃ道具ってのは作れねぇんだよ。
もう、あの屋台ってやつで商売する気になってるんだろ。
なら、まず、どんな商売になるのか、食って廻るのが先だぞ。
アイル様。いろいろありがとうございました。
それじゃオレ達は、食べ廻ってきますんで、失礼します。」
ガゼルさんは、そう言うと、ボロスさんを引き摺って去っていった。