81.ケーキ
植物に関しての話は何とかなった。
奥様方の関心を引く予定だったんだけど……オジサマ方の関心を引いてしまった。
うーん。まあ、成果としては上々じゃないだろうか。
って、あんだけあったクッキーがもうほとんど無い。
「ねえ、ニケちゃん。このクッキーっていうのは本当に美味しいわ。
他にも、美味しいもの、色々知っているのよね?」
口のまわりにクッキーかすが付いているフローラおばさんが、聞いてきた。
あらら、お母さんと、フローラおばさんが、やけに静かだと思ったら、二人でクッキーを食べるのに夢中になっていたみたいだ。
あんまり食べると……太るよ。
うーん。どうしよう……。
クリームたっぷりのケーキが食べたいな。
スポンジケーキや生クリームを作るだけだったら酵母は要らないから作れるよね。
もう、話し合いは、ほぼ終っているので、厨房で新しいお菓子を作ろうかな……。
「アウドおじさん、グルムおじさん、お願いしたいことは、以上なんですけど、大丈夫ですか?
そろそろ、別な食べ物を作ろうかと思うんですけど……。
クッキーは、食べたと思うので、今度のは、夕食の後のデザートにしたいんですけど。」
「ああ。そうだな。ん。あれだけあったクッキーは、どうした?」
フローラおばさんと、お母さんが、はにかんだような笑顔をアウドおじさんに向けている。
アウドおじさんは、諦めたような表情だ。
食べたかったのかな?少し可哀そうな感じだ。多分厨房に残っていると思うけど……。
お父さんにも食べさせてあげたいからね。
「いちおう、厨房の残りを見てみますけど、足りなかったら、また焼いてもらいますね。
お母さんも、フローラおばさんも、あまり食べすぎると、太りますから注意してくださいね。」
お母さんとフローラおばさんは、吃驚した顔から、この世の終りのような顔になった。
美味しかったんだろうな。
この世界の人にとっては、幸せを感じるような味だろう。
ま、この場の話は終ったみたいだから、厨房に戻るかな。
厨房に戻ったら、ガヤガヤしている。
「ニケさんに断りなく……」「こんな状態になって……」なにか声が聞こえるけど……。何事?
厨房に入ったら、途端に、壁際に侍女さんたちが整列した。そして、気不味そうな表情をしている。
厨房を纏めている年配の侍女のエリーサさんが、申し訳無さそうに謝ってきた。
「申し訳ありません。この子が、ちょっと味見と言って食べて。
あまりに美味しそうな顔をするので、なら、私も味見、と皆が言いだして。
皆が食べ始めて、気がついたら、何も無くなってしまってました。」
「で、皆はちゃんと食べることができた?」
「はい、美味しかったです。」
ゴンという凄い音がした。
エリーサさんの隣に居た、若い侍女さんが頭頂部を抑えて呻いている。
うーん。痛そうだ……。
「皆が食べられたのなら良かったわ。
残ってないんじゃしょうがないから、また焼いてもらえますか?」
砂糖は、執務室に持っていってしまっていた。
焼いていたクッキーは侍女さんたちが全部食べてしまったのだけれど、新たにクッキーを作ることもできず、どれだけ叱られるかと思っていたみたいだ。
別に、また作れば良いものをそんなに畏まられてもねぇ。
砂糖を渡して、侍女さんたちには再度クッキーを焼いてもらう。
それから、スポンジケーキと生クリームを作らないと。
砂糖が心許無くなってきたので、砂糖を作ることにした。
小麦粉をもらって、そこからグルコースを取り出す。
グルコースを半分取って、グルコースをフルクトースに変換する。
以前は、フルクトースを果物から取ってみたけど、フルクトースを取り出した果物は使い道が無くって。酸っぱいだけの果物になっちゃうんだよね。
グルコースは6炭糖で、フルクトースは5炭糖だ。グルコースの炭素を1個抜けば、フルクトースになる。
そして、グルコースとフルクトースを結合させれば砂糖になる。
新たに作った砂糖を使ってスポンジケーキを作ってもらう。
アイルにステンレスで、色々なケーキの焼き型、ケーキを切り分けるための大きめのナイフ、生クリームをスポンジケーキに塗るためのコテを作ってもらった。
侍女さんに卵と砂糖を泡立て器でかき混ぜてもらって泡立たせる。それに小麦粉や牛乳、バターを混ぜて均質になるまで混ぜたら生地のできあがり。
焼き型二つに紙を敷いて生地を入れた。
クッキーを焼いているオーブンの別な棚に入れて焼く。
スポンジケーキを焼いている間に、こんどは生クリームだ。砂糖と牛乳とバターを混ぜて、ひたすら泡立てる。
スポンジケーキが焼き上がったので、生クリームでデコレーションする。
スポンジケーキを横に3つに切り分けた。
半分の生クリームに、細かく刻んだ甘酸っぱいベリーを混ぜて、スポンジケーキの間に挟む。
スポンジケーキ全体に生クリームを塗ったらホールケーキのできあがり。
そろそろ、夕食を準備する頃合いなので、クッキーを作っていた侍女さんたちは夕食の準備にかかっている。
ホールケーキを作っているところが気になるみたいで、チラチラこちらを見ている。
ホールケーキは、大皿に載せて、ガラスのドーム状の蓋を被せて冷蔵庫に入れる。
「焼き上がったクッキーと、このケーキのうち一つは、夕食が終ったら食堂に持ってきてください。
クッキーは、一人分5枚を小皿に載せて出してくださいね。
残ったのは皆で分けてもらって良いです。
あと、ケーキの一つは、皆さんで分けて食べてくださいね。」
侍女さんたちは、満面の笑みだ。
これが美味しかったら、いろいろ工夫してもらえるだろう。
そうやって、美味しいものが増えていくと良いな。
砂糖は、厨房に置いておくことにした。
エリーサさんに、無くなったら、また作りに来るので、どんどん使って、新しいお菓子を作ってほしいと伝えておいた。
もうじき、夕食になるので、アイルと私とカイロスさんは、食堂で待つことにした。
食堂では、お母さんとフローラおばさんが、ナタリアおばさんとセリアさんにクッキーの話をしていた。
グルムおじさんの家族は、夕食のときだけ一緒だから、二人ともクッキーは食べてないな。
「食べたことがない」とか、「幸せな気分」とかの単語が聞こえてくる。絶賛だね。
「あら、ニケ。クッキーは、まだ残っていた?」とお母さんが聞いてきた。
「それが、侍女さんたちが全て食べてしまったんです。」
少しだけ意地悪な事を言ってみたら、ナタリアおばさんとセリアさんが絶望的な表情になった。
「でも、再度作ってもらいましたから、夕食のあとに出てきますよ。」
二人は、ぱあっと笑顔になった。期待しているんだな。多分期待は裏切られないと思うよ。
夕食を待っている間、カイロスさんは、「カイロスだけ、ズルい。私も食べたかった。」と姉のセリアさんに責められていた。
この世界でも食べ物の恨みは酷いみたいだな。
夕食になった。クッキーと別なお菓子は食事の後に出てくると言ったら、心持ち食事のスピードが早い。
そんなに急いでも、デザートは直ぐには出てこないよ。
私もアイルも、小さいから早食いなんかできないからね。
皆の食事が終った後に、まず、クッキーを出してもらった。セメル家では、グルムおじさんとカイロスさんしか食べていない。
小皿に、5枚ずつ載せてあるクッキーを前にして、未だ食べていなかった、お父さん、セメル家のナタリアおばさん、グロスさん、セリアさんは、目を輝かせている。
一口食べて、一様に、満面の笑みだ。
ふふふ。美味しいは正義だね。
お母さんとフローラさんは微妙な表情をしている。
ん。何でだ?
「お母さん。どうしたんです?」
「だって、太ると言っていたでしょ?」
「そんなにすぐに、太ったりしませんよ。
ただ、つい食べ過ぎてしまうので、気を付けないと太ちゃいます。
何でも食べ過ぎは良くないでしょ?」
「確かに、食べ始めたら止められなくなりそうね……。気を付けないと……。」
それから、お母さんとフローラさんは、チビチビと食べ始めた。
でも、嬉しそうだ。
クッキーが無くなったところで、今度はケーキだ。侍女さんがワゴンにケーキを載せてやってきた。
「その白いものは何だ?」とアウドおじさんが聞いてきた。
「これは、ケーキです。切り分けてもらいますから、食べてみてくださいね。」
目の前に切り分けられたケーキをフォークで小分けして口に運ぶ。
うーん。美味しい。
上手く出来て嬉しいな。
スポンジもフワフワしているし、甘いクリームも美味しい。
甘酸っぱいベリーがいいアクセントになっている。
皆、美味しいと言いながら食べている。
グルムおじさんが、「これも砂糖というものを使っているのか?」と聞いてきた。
「ええ、これも砂糖が沢山入ってます。」
「うーん。これは、とてつもないものだな。これを我が領地で作れたら……。」
いいぞ。いいぞ。品種改良を頑張ってもらわないとならないからね……。