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「はははっ、お前オッチョコチョイな奴だなぁ~。自分の名前書き忘れるなんて、我でも入学した当初ぐらいしかやらなかったぞ!!」
「そうですわね。わたくしも入学した当初、そんな可愛らしいミスをした思い出ならありますわ」
「同じだな~・同じですわねー」と、あはは~うふふ~と二人にも笑われた途端、なんだかとっても恥ずかしくなった。
わたし、とても有名ではあるがちょっと変わっているなと思い始めている、この二人と同じミスをしてしまったのかって一点で。
「あの日はちょっと調子が悪かったというか、ショックなニュースもあって上手く頭の切り替えが出来なかっただけと言うか……」
両手の人差し指と親指を合わせてモジモジさせる。辛うじて前日まで頭の中に詰め込んでいた薬草の名前とかは書きだせたから、答案が返ってきた時、薬学・調合学の先生に怒られはしなかったんだけど、すごく残念そうな子供を見る目で見られた。あれはかなり傷つく。
「ん?薬学・調合学の筆記試験は、確か8日前でしたよね?……君が気にするような事件なんてありましたか?」
「…………むう」
わたしにとっては正直未だに認められない衝撃的な大ニュースだったんだけど、世間一般的にはそうでもないらしい。
うーむと腕を組んで考え込む渡先生の横で、「あ!」っと心当たりがあったのか、花桃さんがズバッと、わたしが未だに認める事が出来ていないニュースを言い当てくれた。
「8日前にあった大きなニュースってあれですわよね?『第三王子ついにご成婚か!?』っニュース。三組に第三王子の熱狂的なファンが居るって、同級生達が話しておりましたわ。あれって貴女の事だったんですね?」
熱狂的…別にわたしは自分の事を、第三王子の熱狂的ファンだとは思ってないので、その認識のされ方はちょっとムッとする。
ただ!我が国の第三王子と同じ様な髪の色だったから、髪型を真似したってだけなんだけど……え!?それってそんなに熱狂的ファンだって言われちゃう様なことなの!?憧れの人に近付きたくて姿形を真似るのは、え、もしかしてヤバいと思われる事?
「ちょっと!なんか痛い子を見るような目で見るのやめて貰えます!?わたしは純粋に雅様を尊敬しているだけですってば!!」
暁桜国第三王子そのお名前を、雅≪みやび≫様と言う。紫がかった艶のある長い黒髪に、紫紺色の瞳を持つとびっきりの美丈夫。語彙が乏しくて正確に、雅様を称賛出来ない事がモドカシイ!!凡人にも分かりやすく簡単に言えば、清楚系のめっちゃイケメン!!
昔、一度だけ生の雅様に会った事がある。あの日の一瞬の邂逅でわたしは雅様に心を奪われ、今日この場に至る。
この王立飛輪学園を選んだのだって、最終的には雅様の母校だからって点が決定打だったのだ(朝輝には内緒だけど)。
別にわたしは雅様が結婚するのが嫌な訳では無い。わたしが雅様と結婚するんだ!!って痛いファンでも無いのだ……ただ、ただ!!
「ただ!わたしは雅様のご成婚相手セイジ公爵令嬢だって事が許せない!!だけ!」
この一言に尽きる!!
「あー知ってる知ってる。セイジ公爵令嬢ってあれだろ?高等部の女王様!!」
「セイジ公爵家の噂の悪役令嬢でしたわよね?」
「こらこらこら」
王立飛輪学園では、一・二年を初等部、三・四年生を中等部、五・六年生を高等部と分けている。
同じ学園内であっても使っている校舎が違う為、食堂や寮、講堂と言った共同空間でしか、初等部生は殆ど、中・高等部生と関わる事が無いのだ。そんな中にあっても人が口にする話はジャンルも問わず聞こえてくるもので噂話は広まるのも早い。良い噂も悪い噂も。
そんな中で、初等部にも聞こえて来てる高等部の噂話の一つ。
高貴な自分の血筋を掲げ、学園内での貴族生徒の派閥を作り、同級生の平民達を虐げ自分達の手足の様に扱う一大勢力のトップ。
高等部の女王様の噂。それが、五年生に在籍しているセイジ公爵令嬢らしいと。
「わたし自身はセイジ公爵令嬢にお目にかかった事は無いのですが、平民を虐げてるなんて噂が聞こえてくる人物が雅様とご成婚しちゃうかもなんて考えただけでも涙が……」
暁桜国民を身分問わず大切にして下さっている、雅様の伴侶候補がコレ!?悪役令嬢なんて!悔しくて、涙がちょちょ切れそうだぜコノヤロー。
「泣かないの!!……成程。夜宵君の懸念もわかりますが、しかし雅は…コホンッ、雅様は王族です。相手が誰だろうと政略結婚は避けて通れないと道だと分かっていたんじゃないんですか?」
「……大丈夫ですわ、夜宵さん」
しくしくと涙を流しているわたしの肩に、花桃様がそっと手を置いた。
「雅様は第三王子でもありますが、今や飛輪警察団の副団長をも立派に勤め上げている出来たお方ですもの。ご婚約者の調教くらい自らの手でなさって下さいますわ。無能な方をそのまま飼うお方じゃありませんもの……」
ふふふっと微笑む花桃さんの笑みの裏に、黒い物が見えた気がして一気に涙が引っ込んだ。
え?今雅様を褒めたんだよね?何だかあまり褒め言葉とは思えない単語があったんだけど、気のせいだよね?
少し怖くなって視線をそらした先で渡先生と目が合った。渡先生の顔色も少し悪い気がする。教師が13歳の女の子に気圧されてどうするの!!わたしの心の声が聞こえたのか、渡先生はコホンと一つ咳をし「えーと話が大分逸れてしまいましたが、夜宵君が泣き止んだところで補習の話に戻るよ?」と話を雅様の話から補習の話に戻した。
「夜宵君は、薬学・調合学の筆記試験のテストも基準点以上を取っていたことから、明後日の慈善活動に参加する事が自筆的な罰になります。今回のゴミ拾いをキチンとこなせば、夏季休暇中は補習に出て来る必要はありません」
「え……」
「薬学・調合学の先生はもう一度君の追試をやり直す気満々だったのですが、学園の夏季休暇中に行わなければならない別のお仕事がお忙しいらしいく、今回は『見逃してやる』との事でした。……ツイてたね!」
「罰だけで済んでよかったねー」と先生も補習が決定した二人も笑ってくれているけれど、個人的には全然良くない!!
今から朝輝を追いかけたってもうきっとお兄さんへの手紙を出した後だろう。明日まで待ってもらえば良かったよ!ホント。
この瞬間、わたしの長い夏季休暇が決まった。
寧ろわたし、色んな意味で「ツイてなくない?」
お読み下さり有難うございました。