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少し向こう側の路地の辺りから、女性の悲鳴が聞こえて来た。
声が聞こえて来た方に目を向けると、通りの奥に膝をついている女の人と、こっちの方へ猛然と走って来る、大きな鞄を抱えた、帽子を目深に被った男の姿が見えた。
「出番ですわよ!蛍火」
「いやいや、犬じゃないんだじゃら」
花桃がクスッと笑いながらまるで冗談を言う様に、ビシッと男の方を指差しながら蛍火へとそう振った。
流石に主人に忠実な犬でもないし、それは蛍火に失礼なんじゃとわたしが思った次の瞬間、目の前から蛍火の姿が消えていた。
「えっ!?」と思った時には、もう蛍火は走り出していてこちらに向かって走って来た男に、強烈な回し蹴りを喰らわせていた。
ガツン!!という痛そうな音を立てて、建物の壁に背中から激突した男はどうやら気を失ったようで、壁を背にずるずると座り込んでしまった。
「だ、大丈夫!?蛍火無事!?」
「うん。我は大丈夫だぞ!」
「蛍火の事じゃないよ!そっち!!引ったくりの方だよっ!」
わたしは慌てて男の人に駆け寄り、その無事を確認してホッとした。息もしているし脈もふれている。どうやらただ気を失っているだけで命には別状ない様だ。怪我の程度は知らないけども。
「ちょっと、過剰防衛過ぎない?」
「そんな事は無いであろう?綺麗に一撃で仕留められたではないか!これは、褒められても良い事案だろう?」
「いやいやいや、仕留めちゃ駄目でしょ!仕留めちゃー!!」
そもそも「出番」だと振られて、迷いも無く犯人に突撃して行く女の子が居ますかって話だよ!?
あ!チキショウ!ここに居たわ!!話の通じない女の子が!
普通の可憐な女学生に求められる行動は、引ったくりに合った女性を助けるとか、犯人の容姿を覚えていて警察団へ通報するって所でしょう!?あわよくば犯人の足止めをして警察団が駆け付けて来るのを待つとか……。
それが普通だと思っていたのは、もしかしてわたしだけなのか?
蛍火みたく自ら引ったくり犯に突撃して行って、殴り倒してくる事では決して無いはずだ。
そう顔色を悪くするわたしに、真剣な表情で蛍火は言う。
「もたもたしてたら逃げられるだろう?それに我は騎士志望だ。我の目が黒い内は、目の前で行われた犯罪の犯人を逃してやる事など決してせぬ!」
「ああ〜もぉ〜!融通の効かない子!!」
……はあ、もう良いや。きっと蛍火の目の前で犯行を行なってしまったのが犯人の運の尽き。
伸びてしまった犯人を見下ろして仁王立ちをし、ふんっと鼻を鳴らした彼女の姿を見て、わたしは少しだけ犯人の男が可哀想になってしまった。まあ、自業自得ではあるんだろうけど。
「……所で、花桃は。あ、いた」
通りの奥の方で座り込む女性の方へと駆け寄って行ったのが見えてたから、多分彼女の保護に行ってくれたのだろうと思ってたけど。そんな花桃が通りの奥の方で女性に話しかけている姿を見付けた時、ピィーーっと高い警笛の音が辺りに響き渡った。
「そこの二人!何やっているの!」
わたし達がいるとは反対側の道から、紺色の制服を着た警察団の人達がこちらに向かって駆けてくる。
「両手を上げて、その男性から離れなさい!!」そう言われて初めて、自分達が今この男性を暴行した犯人扱いされているんだって事に気付いた。
そりゃあ倒れている人の救護もしないで二人で取り囲み見下ろしている様は、傍から見れば複数で男をボコっている様にも見えなくもない……かも?
「いや、違います!わたし達は引ったくり犯を捕まえただけで、」と、焦ったわたしは慌てて弁解を始める。
だ、大丈夫一応目撃者は沢山いるし、花桃も引ったくりに合った女性も説明してくれる筈だから、この男が引ったくり犯だと分かれば、蛍火の正当性を主張出来る筈!多分!!
蛍火は当てに出来ないからここは自分が頑張ろう!!と心に決め、こちらへと駆けてくる一団の方を振り向き、そしてその一団の先頭に居る人を見て、わたしの頭の中は真っ白になってしまった。
お読み下さり有難うございました。




