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卒業してからは見習いの騎士として王都で寮に入るのが通例だ。副主席で卒業したジェイドもそれは例外ではなかった。
そしてそこには何故か一つ下のフレンも騎士寮にいたのだ。どうやら以前手紙で聞いたとおり、成績優秀で地方の士官学校から特別推薦枠でここに来たようだ。
そのような騎士が何年かに数名はいると聞いてはいたが、まさかその一人がフレンだとは――
フレンはいわゆる飛び級だ。成績優秀のため卒業までの一年を待たずに騎士寮に入ってきた。
新人騎士はまず、それぞれの部隊に配属される。そして先輩騎士たちとともに任務に参加するのだ。
ジェイドはモーリスとともに第一部隊に決まっていた。王都勤務といわれ、いわゆる成績優秀な者が選ばれることが多い。
しかしフレンは更に上の王族の護衛中心の近衛兵の勤務に内定したようだ。
本人から聞いたわけではなく、周りからのうわさで知ることになった。
あの再会の数日後、再び食堂で顔を合わせる事になった。
「ジェイド、ここ空いてるか。」
モーリスとの食事中にフレンが声をかけてきた。
「……別に特に話すことはねーよ。」
「……おいジェイドってば……」
雰囲気を察して、モーリスがフレンに声をかけた。
「おはよう、君が地方からの推薦組のフレン=アルモスさんだね。」
「……はじめまして。」
「はじめまして、モーリスです。ジェイドとは騎士学校からの付き合いなんだ。よかったらここ座って食べなよ。」
「……おい、モーリス!」
モーリスは立ち上がってフレンと握手を交わした。
「いいじゃないか、別に。」
「……ありがとう。」
遠慮がちにモーリスの前の椅子に腰掛けた。
「推薦組は毎年選ばれることはないからね、もう君の噂で持ちきりだよ。とんな優秀者が選ばれたのかって。」
「そんな……私などまだまだです。」
「……嫌味に聞こえる事もあるんだぜ。気をつけな」
「……ジェイドってば……」
「……ふん」
モーリスが軽く諌める。
ジェイドから直接聞いたわけではないが、フレンという名前とジェイドの態度の変わり様からなんとなく状況は察していた。学生時代に頑なに花街へ遊びに行かないジェイドにモーリスが理由を聞いた事があったのだ。
「別に大した事じゃないけどよ……」
と視線を逸らしながら、自分が迎えに行く女の子がいると話してくれた。しかもよくきけば、幼い時の口約束。どこかごじらせた感もあるが、真面目なジェイドらしいと微笑ましく思ったものだ。
確かに長年思い続けていた相手がこんな男前になって目の前に現れたら……気持ちの整理が必要だろう。学校からフレンを思って頑張ってきたジェイドを知っている付き合いだからこそ、モーリスはジェイドに同情した。
「アルモスさんは女性騎士だし、王女付きになるのかな」
場が少しでも和めばとモーリスがフレンに話しかけた。
「ゆくゆくはそうなるだろうと言われました。まだ先輩に付いていくことが多いと思います。……それにしても王宮は広いですね……話に聞いていましたが、これほどとは……」
「そうだよね、僕も何度か先輩に連れられて来たことはあるけど迷子になりそうだよ。」
主席卒業のモーリスと推薦枠のフレン。
そんな2人の姿を遠くから見るものも多い。
実際、食事をしながらもチラチラと視線を感じる。
「よう、モーリス、ジェイド。それに推薦組の……」
「フレン=アルモスです。よろしく。」
自分たちの同級も和んだ雰囲気にこれ幸いにと声をかけはじめた。
それがなんともジェイドには面白くない。
理由はわからないがムカムカし始めていた。
残りのサラダを急いでかき込むと、立ち上がった。
「わりぃ、おれ、先に行くわ。」
「ジェイド……」
呼び止めるまもなくその場を去っていってしまった。
俺が再会したかったのはあんなやつじゃない!
フレンを返せ!可愛くてふわふわで泣き虫だった可憐な女の子だ。俺が守るはずだったんだ。可憐な彼女をそっと抱きしめて守って行くはずだったのに――
予想外になんともまぁ逞しくなってしまったものだ。身長なんて170cmしかない自分を超えているじゃないか。
初めて見たとき、悔しいことにフレンは自分のなりたい理想そのものだった。精悍できりっとした騎士。
「なんでだよ――――――」
現実を受け止められない…………
時間がかかりそうだ――――
その後フレンを食堂や寄宿舎の中で見かけることが増えた。やはり悔しいほどに格好よく、どこにいても目立つ。寄宿舎には他の女性騎士もいるが、フレンは女性らしさがないのだ。青年騎士そのものだ。
はじめは戸惑いが大きくひたすら避けていた。しかしそんなときにかぎってモーリスが自分とフレンに声をかけるのだ。
あいつとは長い付き合いだ。自分の態度から何となく事情を察しているのだろう。そんな自分たちを取り持つようにしているようだ。食堂にいる際は声をかけて近くに誘い、話題は彼女にも投げかける。
初めはモーリスの行為を煩わしく感じた。正直関わり合いたくなかった。しかし、ゆくゆくは王宮付きになるフレンと王都勤務予定の我々、避け続けられるものではない。連携をとって勤務することがとにかく多くなるだろう。それを見越してのおせっかいであることは容易に想像がついた。
フレンへの失恋に似たどうしようもない思いは確かに抱えていた。だが、訓練、実践を繰り返していくうち、少しずつ現実を受け入れられるまでにはなったのだ。