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「騎士になるにはどうしたらいいのか教えて欲しい」
「…………熱でもあるの?」
母に聞いた時、彼女は息子のあまりにも無謀な質問に思わず熱を疑った。
おでこに手を当てても平熱……当たり前だ。俺はおおまじめだ。
この国の騎士とは厳しいというのは子供でもなんとなく分かっているくらい有名な事実だ。
わがまま放題だったジェイドが到底言い出すことのない将来の姿だ。務まるわけがない。母と父が顔を見合わせて、何か言おうとしたその時だった。
「あのね、ジェイド……」
「次男の自分がフレンと結婚するなら騎士が一番なんだろ」
「……!」
無力な自分はもうこりごりだ。
長男として家をつぐことのできない自分は、自分である程度生計を立てなければならない。このままの自分ではフレンに会えない、その日から好き嫌いをやめてなんでも食べることにした。嫌いな牛乳も残すのをやめた。フレンを抱きしめて支えるためには逞しい身体が必要だ。
13歳から入った王立騎士学校はもってこいだった。元々なまけ癖があるジェイドにはとてつもなくしんどかったけど。
さぼりたいと思ったときはフレンを思い出した。
泣虫のフレンをそっと抱きしめる理想の自分を想像して、それに近づくため頑張った。
夏と冬、実家に帰るとフレンからの手紙をまとめて受け取るのが何よりの楽しみだった。寄宿舎宛に手紙を受け取ることはできないのだ。
ジェイドと暮らせるように泣かないで頑張っている――
そんな健気な手紙で心身ともに奮い立つ事ができた。
自分からも何度か返事を書いた。
13歳で入学した騎士の学校は18歳で卒業だ。
卒業の学年に近づくとそれなりに甘いお誘いもある。
休日の前には級友に花街へ誘われたこともあった。
「よっしゃー!休みだ!はぁ~今週訓練きつかったよな。
――そうだ、今日こそジェイドも一緒に行こうぜ。ええ店♡」
休日の前になると仲間たちのテンションも上がってくる。卒業試験も終わり今が一番気持ちの楽な時期だ。このように娼館へのお誘いもたまにある。
「おい、何回誘ったって無駄だって。ジェイドには領地に将来を約束した相手がいるんだとよ。」
「…………そんなんじゃねえよ………」
口をとがらせて視線をそらせた。
「騎士のたしなみとして、割り切ってもいいじゃねーの?一応、騎士公認の施設なんだしさ~」
騎士の学校であっても、全体の2割位程だが女生徒もいる。当然、彼女を作るものもいた。
級友のいう通り、騎士の嗜みと割り切り、行きたいと思った事も何度かあった。しかし、美しく成長したであろう、貴婦人姿のフレンを想像して――1人でいたして、耐えた。
彼女以外の女性を抱くのはとてつもなく背徳感があるのだ。浮気した気分だ。
そんなこんなで、周りから見れば、とにかく真面目に騎士学校生活を送り、卒業の頃には副主席にまでなっていた。わがままだったジェイドは青春時代を全て騎士の鍛錬に捧げ、フレンに貞操を捧げていた。騎士として一人前になったその時は彼女を堂々と迎えに行く。そして彼女と結婚する――信じて疑わなかった。
卒業の前に今後の色々な報告もかねて帰省した時のことだ。
両親から驚くべき報告をうけた。
「そういえば、フレンが王都で暮らすことになったんですって。」
「え!?本当!?」
思わず持っていたパンを落としてしまった。
「なんでも通っていた士官学園で優秀だったフレンが王都への推薦をうけたらしいわ。」
興奮気味に母が口を開いた。
「王都への推薦なんて、毎年あるわけではないのに……すごいな――」
父は驚きをかくせないようだ。サリナスもジェイドも食事の手が止まった。
「たまに手紙で連絡はくれていたけど、そんなに優秀だったなんてね。すごいことなんでしょ、サリナス。」
サリナスも地方の士官学園に通っていた。とはいっても士官が目的ではなく、領地の収め方の基本的な講義を受ける事が目的であり、また、次期有力者とのコネクションを作る社交の意味合いも強かった。
「僕たちの世代では確か王都推薦枠は見送られたはずだよ。翌年もなかったはず。」
よほど頑張っていたにちがいない。
平民の身分でしかも女性が士官学園に通うことはかなりめずらしい。
たいていの平民女性は家の手伝いをしつつ、10代半ばから仕事に就くものが多いのだ。もちろん結婚するものも多い。
「ジェイドが騎士の学校に通いだしたと連絡した返事だったかしら……ジェイドを尊敬する、自分も頑張るって書いてあったわ。本当にすごいわね…」
フレン……そんなふうに思っていてくれていたんだ……
「王都の士官学園への推薦ということは、ゆくゆく王宮遣えかな。ジェイドの騎士の寮と近いんじゃない?」
サリナスのいう通りだ。卒業後の騎士の寮があるのも王都だ。なんということだろう、休日のデートができるではないか。ようやく、待ちに待ったフレンと甘い婚約者生活が送れるのだ。
フレンは他に手紙で、13年ぶりにジェイドに会えると思うと嬉しい。だけど自分ばかりが会えることに喜びを感じてはいないだろうか……今のジェイドは私の事を覚えているだろうか…と不安でたまらないと両親宛の手紙に書かれていたらしい。
「ジェイドも同じ気持ち。って手紙で伝えておいたわよ。」
「ったく、余計なこと書くなよ………」
残りの食事を急いで口に入れ始めた。3人はそんなジェイドの様子をみて顔が緩むのだった。
嬉しさが込み上げてきた。楽しみすぎる。再会したらなんて声をかけようか――。 会いたかった。そういってそっと抱きしめよう。幼い頃はつい憎まれ口を叩いて意地悪をしてしまったが、もう大人だ。あの頃よりもずっとずっと逞しくなった腕をそれとなくアピールしよう。お互い見つめあって、再会を喜び合った後は、目を潤ませながらそっと口づけをしたらいい。もう大人なのだから、場合によってはそのまま更に深い触れ合いになるのも大歓迎だ。
男の自分から見ても、惚れてしまうくらいの精悍な騎士――
「ジェイド…………?」
寮の食堂でいきなり声をかけてきたのはそんな奴だった。
「…………誰?あんた。」
こんなオーラのある知り合いは居ただろうか。背は170cm程度の自分とあまり変わらないが、顔の小ささからかもう少し長身に見える。まさに物語の姫を守るのにふさわしいいでたちだ。
「久しぶりだな。フレンだ。」
「――――――――は?」
13年前、泣いて別れたあの可愛かったフレンは、とてつもなく男前な騎士になって目の前に現れたのだ――
「本当に久しぶりだな、ジェイド。だいぶ変わっていて最初気が付かなかった。」
「………………」
「父君、母君はみなおかわりないだろうか。サリナス殿も元気か?」
自分は一体誰と話しているのだろうか…
たしか先程フレンと名乗っていたような………
いや、俺の知ってるフレンは女の子だったはずだ……-
泣き虫でふわふわした、潤んだ瞳の少女だったはず。
絵本の中から抜け出てきたような、凛々しく思わず見とれるような男子ではなかったはずだ。
「……ホントにフレンか?」
「……当たり前だろう。見ればわかるはずだ。」
いや、見てもわからないから聞いているというのに…
「……今度、王都に赴任すると手紙に書いたのだが…………。話が伝わっていなかったか……」
顎に手を当てて考える姿さえ、絵になるこの青年騎士になろうとは……
どうもこうも頭がついていかない。
確かに髪は短くなっているが、同じ栗色の髪の毛だった。青緑の瞳もおなじだったような気がする。
見れば見るほど、思い出のフレンの姿に似た部分を見つけられるが、心が拒否をし始めていた。
「……フレン?なんでここに……? それにその姿……士官学園に通っているんだろ?まるでその姿……」
騎士そのものじゃないか。
なぜだか自然と口調が強くなる。
「……士官学園だか、騎士の専攻もあり、そこに通っている。……伝わっていなかったのか?」
「騎士専攻……?」
何回か手紙のやり取りはしたはずだが……
自分はてっきり、フレンは士官学園で、王宮の文官を目指しているものだと思っていたのに。
以前王宮で見かけた女性文官を未来のフレンンに重ねていたのに。
そして近衛騎士となった自分と王宮の庭園の片隅で秘密の逢瀬なんて楽しんだりして……
「だめ、ジェイドってば……」
抵抗しきれないことをいいことに身体をぐっとひきよせる。
「少しだけだから……」
首筋にそっと唇をあてて――
「……ジェイド?」
不審な態度を感じ取ったのだろう。
フレンの瞳がかすかにゆらめいて光った。
――――!
馬車が迎えに来てフレンを連れて行った日の最後に見た瞳と完全に一致した。
このかっこいい騎士は間違いなく彼女なのだ。
7歳以来、会えなかったフレンなのだ。
あんなに会いたかったフレンが、目の前にいる。
守って、抱きしめたかった相手が目の前にいるのだ。
嬉しい、嬉しいはずなのに――
「――知るかよ、バカ――」
一言、そう残してその場を立ち去ることしかできなかった。