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第十三幕・第二話 若村長とVIP扱い

 船に揺られて四日目の昼に、俺たちは無事フィブロアに入港した。


「どっちかっていうと、漁村か」


 桟橋が小さいので、俺たちが乗ってきたキャラックは沖に停泊し、小舟で人間と荷物を運び込んだ。積荷は少しだけ下ろし、残りはここより北の交易港オーバスまで運ぶらしい。

 フィブロアは静かな漁村だった。釣り船がいくつも浮かび、砂浜には網が広げられ、干物や燻製を作る小屋が並んでいた。


「アルダスさん、お待ちしていました」


 俺たちを桟橋まで運んだ小舟が真水の補給をして沖へ帰っていくと、小ざっぱりとした格好の少年が三人走ってきた。手足は伸びていて十代半ばに見えるが、商会の丁稚さんだろうか。


「ウィル、馬車の用意は?」

「整っております」


 少年たちは桟橋に置かれた荷物をひょいひょいと担ぎ、さっさと戻っていく。俺たちもそれに続いた。

 村の中では日用品と魚介の加工品の売買がされていたようで、小柄だが頑丈そうな馬が二頭繋がれた荷台のまわりには、まだ村人が何人かいた。


(こういう風景、懐かしいな)


 俺が住んでいた村にも、こうやって時々行商さんが来てくれていた。村で作ったものを売り、塩や石鹸や布地を買ったものだ。


「戻りました、ヨハン」

「お疲れ様です、アルダスさん」


 アルダスさんが御者台に声をかけている間に、丁稚さんたちが荷台に荷物を積み込み、俺とガウリーも素早く乗り込んだ。

 村長らしき老人とあいさつを交わすと、アルダスさんも荷台に乗り込み、馬車はゆっくりと村の外に向かって動き出した。やがて、村の囲いを出て、ひと気のない細い田舎道をパカポコと進んでいく。


(まずは、第一関門突破だな)


 船旅のせいで、陸に上がってもゆらゆらしているように感じていたが、馬車のガタゴトした揺れに打ち消された。


「メーアの町までは半刻もかかりませんので、宿にご案内してから昼食にしましょう」

「わかりました」


 突然聞こえた俺の声に、丁稚さん三人がぎょっとしたように腰を浮かせた。


「少しの間、よろしくね」


 俺とガウリーが「隠密のケープ」のフードを取ると、少年たちはぎこちなく頷いてくれた。アルダスさんはそんな様子に目を眇めていたが、彼らはまだ若いのだから、そんなに怒らないであげて欲しい。



 メーアの町は、ガウリーが言っていたようにフィブロアよりも栄えていた。衛士の詰め所も立派だし、ギルドの支店もある。露店を含めた、各商店も充実しているようだ。


(賑やかだなぁ)


 俺が住んでいた村から最寄りの町は、フーバー侯爵の領都だったので、かなりにぎわっていた。ただ、どこか張り詰めたような、ギラギラした雰囲気があり、メーアののんびりとした空気とはだいぶ違う。

 リンドロンド商会が確保してくれた宿は、町一番の高級宿だったが、防犯面はギリギリ許容範囲とのことだった。俺としては雑魚寝でないだけ充分なのだが、大金を扱う商人の視点では不十分なのだろう。


「そうですね……腕のいい盗賊シーフなら、忍び込めそうです」

「そ、そうなのか……」


 窓の外やドア周りを観察したガウリーも、そんなことを言う。ただ、力圧しでくる強盗のような連中に対しては、ある程度の壁ができているらしい。


 俺たちが案内された部屋は、主寝室と小さな応接室の他に従者用の部屋まであり、ここが貴人用の一等いい部屋だとわかった。俺なんかが泊まっていいのかと貧乏性が発動しそうだが、俺の護衛上必要なんだと自分を納得させる。

 俺みたいなのほほんとした田舎者はカモにされるだろうから、ガウリーからは離れないでいよう。


 宿の食事や体を拭くお湯も部屋に運んでもらい、俺たちはやっと船旅から解放されて、ゆっくり休むことができた。何日も節水しながら、狭い船の上から出られないって、かなりのストレスだったよ。

 水流魔法で水出し放題? 船体や帆に穴が開いたらどうするんだ。危ないじゃないか。


 大聖女様の所へは訪問の許可が下りているみたいで、明後日に行く予定だ。ありがたいことに、宿に洗濯のサービスがあったので、海風でごわごわになった服を訪問前に洗ってもらうことにした。……高級宿って、そんなこともしてくれるんだな。一晩いくらなんだろう?


 細く開けた窓の隙間から、メーアの街並みを眺める。道行く人たちは質素な服装だが、暗い顔をした人はいない。話し声や客を呼び込む声も穏やかで、時々子供の声も聞こえた。どこからか、肉を焼く、いい匂いが漂ってくる。


「気軽に街を歩きたいな」

「ブランヴェリ公爵領が栄えれば、気軽に街を歩けるようになりますよ」

「言えてる」


 こんな面倒くさい状況は早く片付けて、俺はサルヴィアの領地が豊かになるように、せっせと畑を耕したいよ。


「そうだ、大聖女様の荘園って、神殿騎士が護っているんだよな?」


 窓辺から離れてソファに座った俺に、ガウリーは頷いた。


「はい。女性ばかりの部隊で、その所属はロイデム大神殿を護る第一大隊です」


 騎士を志す女性は少ないが、そのなかでも神殿騎士の素質がある人はもっと少ない。ガウリーがいた頃でも、二十人もいなかったらしい。


「神殿騎士の適性がない女性騎士は、王城で後宮の護衛になるか、各貴族家の令嬢の側仕えになることが多いですね。前線勤務を志望する人は稀でしょう。女性の神殿騎士も同じで、高位の女性神官の護衛をすることが多いです」

「そうだろうな」


 男とほぼ変わらない扱いになるだろうし、男ばかりのところに女性が一人二人入るのは、騎士団の組織的にも、設備的なことや生理的なことを含めて、あまり好まれないのかもしれない。


「公爵代行閣下やジェリド卿とお話したのですが、その女性部隊がマーガレッタ嬢付になる可能性です。もしもマーガレッタ嬢がエマントロリアまで出てくることになったら、大聖女様の護衛を減らして、そちらにまわすのではないかと」

「サルヴィアはなんて?」

「まず、マーガレッタ嬢が自発的に王都を離れる可能性が低い、とのことです」

「ふうん」


 サルヴィアの種違いの妹であるマーガレッタは、まだ学院に通っており、卒業がかかった最終学年の大事な時期に、そんな無茶をする確率は低い、ということだ。


(たしか、『フラ君Ⅲ』の重要なイベントが、最終学年に詰まっているんだよな)


 『フラ君』シリーズは、恋愛要素もさることながら、ストーリーイベントを切り抜けないと、攻略対象が破滅する。逆ハーレムエンドにするのは、そういう意味でも至難の業らしい。


 攻略対象の一人であるマーティン様は、騎士試験とブランヴェリ公爵家の兄弟喧嘩が発端になるらしいが、歴史が変わってしまった影響で、サルヴィアがちょっと誘導しただけで回避できたらしい。他の攻略対象は、存在しなかったりマーガレッタに骨抜きにされたりで、サルヴィアは関知していないそうだ。

 マーガレッタ自身も、すでに王太子の婚約者という地位を暫定的ながらに手に入れているので、軽々に王都を出ることはないだろう。マーガレッタが出なくても、まわりが勝手に動いてなんとかしてしまうのだ。


「ただひとつ、懸念があるとすれば、王太子殿下が出てくるかもしれない、と」

「あぁー……」


 アドルファス殿下の方が出てくる可能性か。たしかに、ありそうだ。アドルファス殿下も最終学年のはずだが、公務という事ならば、学院よりも優先させられるだろう。


「ここで一発、箔を付けたいってことか」

「そうです。ということは、王国騎士団か、下手をすると近衛騎士団が出張ってくる可能性があります。そこまでされると、現場の第八大隊は譲歩しなくてはならないでしょう」

「王太子だもんなぁ……逆らえるわけないか」

「そうすると、大神殿も対抗しなくてはなりません。つまり、聖女の出陣です」

「ああー! そうか!」


 王国騎士団に対抗するために、聖女認定したマーガレッタを陣頭に立てて、神殿騎士団の言い分を通しやすくするのか。それならたしかに、女性神殿騎士をマーガレッタにつけて出すかもしれない。


「王太子殿下は渋るでしょうが、マーガレッタ嬢に聖女としての箔付けができると言われたら、頷かないわけにはいかないでしょう。将来の王妃には、どれほど実績があっても困りませんから」

「マーガレッタも、王太子妃候補として、イヤでも出なければならなくなるか」


 マーガレッタはサルヴィアの妹だが、正式にブランヴェリ公爵家の人間だとは認められていない。サーシャ夫人の個人的な養女となっているが、貴族の仲間入りをするためには、当主であるサルヴィアが手続きをしなければならない。つまり、まだ身分としては平民なのだ。聖女という肩書と実績は、マーガレッタにとって喉から手が出るほど欲しい事だろう。


 本人たちが苦労を嫌がるのもさることながら、こっちとしても面倒が増えるのは勘弁してもらいたい。騎士団同士がぶつかるなんて、国防観点からも避けるべきなのに。


「……いや、これをチャンスにできないかな」

「チャンス、ですか?」


 興味深そうにこちらを見るガウリーに、俺は頭をかきながら説明した。

 つまり、騎士団同士の不調和と、王太子とマーガレッタたちと騎士団たちとの不調和だ。上下左右で好き勝手に動いてぶつかり合っている間に、俺たちが動き回る猶予が増えるのではないだろうか。


「上手くいくとは限らないけれど」

「いえ、離間策として検討するべきだと思います。現在の第八大隊の内部状態にもよりますが、協力してくれると思います」

「うん。あとで第八大隊が困ることにならない程度に、お願いしてみよう」


 俺たちは現場のパターンごとに、いくつかの策を考え、その都度自分たちがどう動くべきかを、重ねて検討した。


 そして、根を詰めすぎないで一時休憩しようと、部屋付きのメイドさんを呼んでお茶を出してもらった時、俺は自分の額を叩いた。


「あっ、大事なことを忘れていた!」

「どうしました?」


 何事かと眉をひそめたガウリーに、俺は、あー、うー、と言葉にならない呻きを出した。


「大聖女様への、お土産。考えてなかった」


 ガウリーは、がくーっと肩を落としたが、大事なことだと俺は思うんだ! 俺はこれでも、お年寄りは大事にする方だし、儀礼的な事にも気を使うべきだと思っているんだぞ?


「……アルダスさんに、相談してはどうでしょうか?」

「それだ! さすがガぅ……ガラだ!」


 いまだに、とっさに本名言いそうになるなぁ。


「魔獣素材貰っても困るだろうし、美味しいお茶かお菓子がいいと思うんだよなぁ。それか、フルーツ……」


 あ、フルーツ俺持ってるわ。今シーズンの収穫をしてきたノアにお裾分けしてもらったのが、【空間収納】にけっこう入っている。


「お土産、決まった。あとでアルダスさんに、これでいいか確認して、包んでもらおう」


 ひとつ懸念を解消した俺は、メイドさんに出してもらったお茶を、冷めないうちに飲み干した。


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