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第十二幕・第五話 若村長と周辺状況

 『永冥のダンジョン』からシャンディラへ帰るにあたって、もうひと悶着あった。


「王よ! 復興は我らが担うとしても、戦勝の祝いにはいてください!」

「ゼガルノア様にいていただかなければ、示しがつきませぬ!」

「……」


 部下の魔族たちに懇願され、ぶっすーと不機嫌を隠そうともしないゼガルノア。こうして膨れっ面を見ると、ノアの本体だってよくわかるな。


「なにが戦勝だ。戦って勝ったのはリヒターたちだ。我らは何もしておらんではないか。図々しい事を申すな」


 メロディの調整によって、真っ暗から日暮れ程度の明るさになった庭園で、忙しく働いている魔族さんたちをよそに、ベンチにどっかりと座ったゼガルノアは、魔力を振りまいて威圧しまくる。


「もちろん、ダンジョンを救っていただいた人族様方にも、ご参列していただきたく……」

「そうではない! 急ぐと言っているだろう!」

「まあ、まあ。そう怒るな」


 イケメンが頬を膨らませて俺を睨んでくるが、ノアサイズじゃないから譲らないぞ。


「差し出がましい事を言うが、お祝いはダンジョンの片付けが終わってからでいいだろう? 復興祝いの方が、俺たちも参加しやすいし。その準備が十分に整うまで、王様は外にいた方がいいんじゃないか? ほら、王様の住むところも、綺麗にした方がいいし」

「うむ。リヒターの言う通りだ!」

「そ、それは、そうですが……」


 長い牙や鬣のある獣の姿が混じった、見るからに恐ろしい魔族たちが大きな体を縮めて、まだ何か言いたそうだったが、ゼガルノアが目を輝かせているので、これはもう決まりだろう。


「よし、我はリヒターと行くぞ。あとは任せた」

「メロディ、悪いけど頼む」

「まあ、この人たちの相手はプリマにさせるわ」

「お任せください、ご主人さま」


 プリマがコアルームの外にまでアバターを飛ばしてきたので、まあ大丈夫だろう。


「ゼガルノアサイズのマジックバッグを作るまでは、これを使っていて」

「せっかく元に戻れたのに悪いけど、もうしばらくノアの姿でいてくれないか?」

「ふむ……できなくはないが、魔力が安定しないぞ」

「かまわない。みんなに周知できたら、怖がられることもないだろう。人間の町じゃ、ゼガルノアの恰好は目立つからな」

「わかった」


 ノアになったゼガルノアに服を着せ、リュックとサンダルを装備させる。


「それじゃあ、凱旋だな!」

「おー」

「はい」

「「「コッケコッケコォォォォーー!!!」」」


 『永冥のダンジョン』を襲っていたダンジョンイーターを倒し、ゼガルノアの危機を救った俺たちは、メロディと二郎ホープを残してシャンディラに戻ることにした。




 遺跡経由でシャンディラに戻ると、外の空気はだいぶ暑くなっていた。これからディアネストは、南国らしい季節が長く続くことになる。


 俺たちのちょうど一日前にサルヴィアたちも戻ってきており、さらに北の森の難民キャンプから、フィラルド様たちも到着していた。これで、亡くなった長兄と、婿入りした次兄を除いて、ブランヴェリ公爵の三兄弟が一堂に会したことになる。


「みんな、ご苦労様」


 シャンディラの建物はほとんどが瘴気でボロボロになっていたが、小さな聖堂を敷地内に建てていた貴族の屋敷のひとつが、奇跡的に傷みの少ない状態で残っており、臨時でブランヴェリ公爵家の屋敷になっていた。ディアネスト貴族の屋敷らしい開放的な造りの屋内で、並んだ柱の間に薄いカーテンがかけられた部屋に、主要メンバーが集まっている。

 旧ディアネスト王国の地図が広げられた、大理石の大テーブルに周りには、サルヴィア、フィラルド様、マーティン様と、ジェリドとリオン、ノアを抱えた俺、ガウリーがいて、少し離れた柱沿いに、ブランヴェリ公爵家の家臣たちが控えている。


「まず、現状を共有して、今後の方針を決めましょう」


 サルヴィアの視線を受けて、マーティン様が新しい領都となったシャンディラの様子を報告する。


「とにかく、何もかもが足りない状態だ。復興するにしても、資材が、人が、その人間を食わせる食糧もだ。土地は痩せ、肉になる野生動物もいない。北と西から輸送させているが、その護衛にも人を割かねばならない。野盗がいないのだけが救いだ」

「魔獣の被害は?」

「いまのところ輸送隊に被害はないが、アンデッドを見かけたという報告が少なくない。シャンディラ周辺を調査している冒険者たちによると、戦争前に築いた緩衝地帯はそのまま残っているが、浄化された場所の外までは行けないので、どのあたりまで大型魔獣が来ているのかは不明という事だ」


 徐々に薄くなってきているとはいえ、浄化魔法がないと進めないほどの瘴気は、まだまだ残っているらしい。


 次に、フィラルド様が難民の入植状況について報告する。


「ブランヴェリ公爵家がシャンディラを攻略し、魔境が魔境でなくなりつつあることが、王都ロイデムを中心に広まったおかげで、徐々に戻ってくる人が増えている。ただ、自分たちが住んでいた場所にすぐ行けるわけではないと知って、不満を持つ者もいるようだ」


 いまのところ、北の森を南に抜けた先にあるリルエルの町や、西の港町ウィンバーを中心に、人が住めるところを広げているそうだ。


「難民キャンプは畳み、輸送に関わる人間のぞいて、住人のほとんどはリルエルに居を移した。フーバー領から移った住民だが、まだ北の森にいる。私としては、森の外のミルバーグ村を耕してもらいたいのだが、リューズィーの村にキャロル嬢が残っているから、動きたくないそうだ」


 フィラルド様は苦笑うが、あのおっさんたちがいれば、キャロルが食べ物に困ることはないだろう。すでに、『大地の遺跡』とリューズィーの村を、よく行き来しているらしい。まあ、彼らの永住先は、追々考えよう。


「それから、南大陸から来たドワーフたちだが、何人かシャンディラに向かっているそうで、復興に手を貸してもらえると期待している」


 ウィンバーの町の側の鉱山だが、良質なガーネットが採掘されたらしい。埋蔵量も多いらしく、宝飾品に加工してくれるドワーフもいることだし、すぐに採算が取れるだろう。その鉱山で働くドワーフと、港で造船に携わっているドワーフ以外が、こちらに向かってきているそうだ。彼らの建築技術に、大いに期待しよう。


「それじゃあ、大神殿が栽培しているメラーダについて報告するわ」


 サルヴィアの視線を受けて、今度はジェリドが口を開いた。


「では、僭越ながら私から。港町バーレークにて、メラーダの輸送ルートを突き止めました。大神殿は沖合の孤島にメラーダを貯蔵し、そこからセントリオンやエルフィンタークへ運んでいたようです」


 ジェリド達が手に入れた資料は膨大で、年度ごとの産出量や収支までわかってしまったそうだ。


「ただ、栽培地の確認が取れませんでした。栽培地と目されている山間部が、デビルモスの特異体である、デアリングモスの一大繁殖地になってしまっていて、近寄れない状態です。おそらく、メラーダを摂取したせいだと思われます」


 その場の一同から、呻き声が漏れた。


 見た目は恐ろしいが草食のデビルモスなら、経験のある冒険者なら十分に討伐可能で、採集やドロップで手に入る絹糸は高級品だ。だが、デアリングモスになってしまうと、その討伐難度は跳ね上がる。なにしろ、やたらと好戦的な上に雑食で、火竜のブレスでやっと焦げると言われるほど頑丈なのだ。それの一大事繁殖地だなんて、踏み込みたくない。まあ、メロディやノアは喜び勇んで突っ込んでいきそうだが。


「調査の続きは、あらためて戦力を確保してからになりますが、その間に大神殿の勢力に荒らされることもないと思います。私からは、以上です」


 とりあえず、そっちは置いておいて大丈夫だろう。これ以上デアリングモスに繁殖されても困るが、現状は打つ手がない。


「じゃあ、最後は俺から。『永冥のダンジョン』を襲っていたダンジョンイーターは駆除できました。ついでに、『永冥のダンジョン』自体を支配下に置くことに成功して、いまメロディが調整しています。新たに小さなダンジョンも作れるらしく、『永冥のダンジョン』までの道が作れれば、冒険者たちを呼び込んで、大きな利益が見込めると思います」


 俺はプリマにデータを出させ、メロディが作ってくれた、ダンジョンから外に出たと思われる魔獣の名簿と、『永冥のダンジョン』までの地図を、テーブルの上に置いた。


「問題は、そこまでの道です。現状、魔獣がうようよいる山道を、何日も徒歩で進んでいかなくてはならない。トンネルを通すことができれば、行き来は楽になると思うので、ジェリド卿やドワーフたちの力を借りられればと思います。これが、俺たちが遭遇した魔獣と、ダンジョンから出たと思われる魔獣の一覧です。見ての通り、特異進化した魔獣が散見されます。瘴気の影響がほとんどだとは思いますが、デアリングモスのように、現地でなにかしらの条件を満たしたものもいると考えられます。警邏任務の騎士や冒険者たちへ、広く注意喚起を行ってください」


 ジェリドに渡った資料を、部屋の隅に待機する騎士たちも見たそうにしている。


「それから、大事な報告があります。ロイデムにいる三郎ホープから連絡がありました。女神の名を騙った神託が降りたそうです。受け取ったのは……マーガレッタ嬢」


 ざわっと気色ばんだ三兄弟だが、サルヴィアはすぐに落ち着いた声音を出した。


「続けて」

「神託の内容は、エマントロリア遺構にある『神剣ミストルテイン』を手に入れろ、というものです。あきらかに、厄災の神エイェルが関わっています。なぜならば、『神剣ミストルテイン』は、特定のアビリティを持つ者に対して、絶大な不利益をもたらす可能性が高いとメロディが証言しています。そのアビリティの持ち主は、俺が知る限りで三人。公爵代行閣下も含まれています」


 今度こそ、兄弟だけでなく、その場の全員がざわめいた。

 サルヴィアが軽く手をあげて静かにさせると、俺を真っ直ぐに見たまま聞いてきた。


「リヒター。貴方もそのアビリティ、持っているわね?」

「はい。だから、俺がエマントロリアに行って、奴らより先に『神剣ミストルテイン』を押さえます。さいわい、エマントロリアに勤務していたガウリーもいますので」

「許可できません。危険すぎるわ」

「実は、どうしても行かなければならない理由があります。これは俺の特異性に関することで……閣下には、後でお話します」

「……わかったわ。この話は、一時保留にします。あとでちゃんと話してくださいませ」


 俺はサルヴィアの目を見たまま頷き、もうひとつ、大事なことを話題に出した。


「最後になりましたが、みんなに紹介したい人がいます。ちょっと存在力的なものが大きいので驚くと思いますが、攻撃しないでください」


 俺はノアを床におろし、服を脱がせた。破れちゃうからな。


「「「「「!?」」」」」


「『永冥のダンジョン』の奥に住んでいる魔族たちの王様で、ゼガルノアです。やっと元の姿に戻れたんで、こっちの姿にも慣れてください」

「ゼガルノアだ、世話になっている。おかげでダンジョンが平和になった。礼を言う」


 絶世の美青年から放たれたイケボと無自覚威圧魔力に、会議室が騒然となったのは、まあ予想通りだ。


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