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第十二幕・第二話 若村長とダンジョンの治療

 フレンチトーストをホープに作ってもらい、それにたっぷりのメープルシロップをかけて、俺はもくもくと頬張った。


「見るからに甘ったるそうなもの食べてるな」

「血糖値上げないと、前向きなことがなにも考えられない」

「真理だ。二郎、私にも」

「ガウリーも食っとけ。ホープが作ったの、マジ美味いから」

「は……」


 滅茶苦茶甘いフレンチトーストで糖分を補給すると、ようやく俺の脳みそがまともに働きだした。紅茶で口の中をさっぱりさせて、一息つく。


「色々やべー体験をした。どこから話したらいいかわからないので、俺が寝てからの現状を教えてくれ」

「うむ。とりあえず、ダンジョンコアがほぼ止まった」

「だろうな」


 『俺』が逆干渉したせいで、ダンジョンコアが最低限の活動以外を封じられており、その間にメロディも色々調べたらしい。


「現在、ダンジョンイーターによる浸食率は九十九パーセントを超えている。まだ侵食されていないのは、このコアルームと、リヒターが浄化玉付きの女神像を置いた周辺だけだね」

「ゼガルノアは?」

「ギリギリって感じ。浄化玉の魔力が切れたら、それまでだね」


 なかなか厳しいな。浄化玉もいつまでもつか、わからんし。


「それから、『フラワーロード』以外のシナリオも、いくつか出てきた。このダンジョンねえ……たぶん、『マジシャンズ・ラビリンス』が元になっているわ」

「ずいぶん昔のタイトルだな。たしか、ダンジョン探索型の先駆け的なやつだろ」

「おっ、やっぱり男の子。よく知ってるな」


 家庭用コンピューターが普及してきたころに発売されたゲームで、後世のゲームにも多大な影響を与えたと言われている。シリーズも何本か出ていたが、俺たちよりもだいぶ上の世代が遊んでいたはずだ。


「『マジシャンズ・ラビリンス』を参考に作られたんだけど、その後でどんどん色んなダンジョン物やモンスター討伐物を取り入れていったら、こうなったらしい」

「おう……」


 作れるだけの魔素があったからな。作っちゃったんだろう。


「興味深いことが、ひとつある。このダンジョンコアは、やっぱりある程度自立した思考を持っているらしいんだ。基本的には拡張という方針をもっているんだけど、その内容を選んだり決定したりしている。普通は、知性のあるマスターがいないと、コアだけでそんな細かい事は出来ない」

「いままでずっと、一人……ひとり? で、やってきたのか」

「そう。そこなんだよ」


 フォークでびしっと指したメロディは、彼女が不思議に思っていることを教えてくれた。


「おそらく、この『永冥のダンジョン』は創世神が手掛けている。ただ、最初に作っただけで、その後の手入れをしていないみたいなんだ」

「何百年もほったらかしってことか?」

「どうも、そうっぽいんだよ。何百年どころか、ざっと五千年以上の間、メインフレームを弄った痕跡がなかった」

「五千年以上!?」


 そんな昔からあったのか。作ってすぐに放り出すなんて、創世神、飽き性か?


「もしかして、チュートリアルにしては難しすぎたとか」

「あり得るから困る」


 『マジシャンズ・ラビリンス』は、元祖ダンジョン探索物というだけあって、基本は押さえても、現代のものほど洗練されているわけではない。必要なところだけ解析して作り、あとは放りだした、なんてことになっていそうだ。


「じゃあ、ダンジョンが『フラワーロード』のシナリオを手に入れたのは……」

「ほとんど偶然だと思う。創世神が用意したたくさんあるタイトルの中から、ダンジョン自身が選び取った結果、ここにディアネスト王国が興る条件がアンロックされた可能性。その傍証として、ディアネスト王国が興るずっと前に、ここはリガドラ大帝国の勢力圏内だったことがある。『マジシャンズ・ラビリンス』の舞台は……」

「探索者の町リガドラ……」


 俺の答えにメロディは頷いて、切り分けたフレンチトーストを口に運ぶ。


「んむ。……もっとも、私が聞きかじったリガドラ大帝国の歴史は、『マジシャンズ・ラビリンス』じゃなくて、『星堕ちの贄』ぽかったけどね」

「そのタイトルは知らないな」

「スチームパンク世界観のエロゲ」

「……」


 生まれたばっかりの創世神が、アダルトオンリーなやつを参考にするのは、ちょっとどうかと思うな!


「まあ、それは置いておいて。そういうわけで、調べた限り、だいぶ原始的な雰囲気なんよね。こっちの報告は以上」

「ありがとう。次は、こっちだな。ダンジョンコアをハッキングしてねじ伏せたのは、『俺』さんだ」

「くわしく!」


 身を乗り出してきたメロディに、俺は頷いてみせ、あの空間で見聞きしたことを、ガウリーが聞いても問題ない範囲でかいつまんで話した。


「ほわー。リヒターの前世の人、やるねえ」


 メロディは感心しきりで、俺も全く同意だと頷く。


「前に、リヒターは転生時に犠牲にしたものが多いから加護が厚いって、言ったことあったでしょ?」

「ああ。そのせいで、力のある人外に捕捉されやすいって」


 だいぶ前に聞いた話だな。ビッグアンデッドこと、デニサス二世に取り付いたエイェルに感知されて、『大地の遺跡』にアンデッドの大群が押し寄せた時の話だ。


「魂を分解して提供するって言う事は、その人が本来持つ可能性もゼロになるってこと。私の【十連ガチャ】みたいなチート級アビリティを持つことや、サルヴィアのように一生生活が保障された身分で生まれたうえで、転生前の知識や才覚を活かしてさらに伸し上がるということも出来ない」


 たしかに俺は、特別裕福でも貧しくもないが、平凡な農民のリヒターとしてのんびりと育ち、記憶が戻るまでは受動的に生きてきた。いまでも、『リヒター』が本来持つ能力以上のことはできないはずだ。もっとも、創世神がえこひいきして用意していたせいで、『リヒター』そのもののスペックが高いのだけれど。


(もしも『ラヴィエンデ・ヒストリア』プレイヤーとして転生していたら、自分から国を動かす生涯を送ったかもしれないのか。それだけの、可能性があった……)


 でも俺は、『ラヴィエンデ・ヒストリア』ではなく、『フラワーロードを君と』の登場人物として生きることになった。


「そういう犠牲の対価として、『俺』さんが出した条件が認められたんだな。なるほど、そういう経緯も加護が厚いとみなされるのか」

「たぶんね。特に、【身代わりの奇跡】の対価変更なんて、むこうも願ったりかなったりだろうし、ほいほいやってくれたんじゃないかな」


 メロディはティーカップからレモンの輪切りを取り出して代わりに角砂糖をひとつ入れると、美味そうに紅茶を飲んだ。


 俺は自分に魂を提供してくれた人の献身に応えられるよう、もっと力を付けなくてはいけないと考えている。あの人は、俺が思うように生きることを望んでいる。ということは、助けたい人を助けられるだけの、力を手に入れる必要がある。


「実は、鍛えているメロディとガウリーに聞きたいことがあるんだ」

「ん?」

「なんでしょうか」


 俺はよくよく考えて、この方法しかないと確信していた。


「魂の鍛え方って、わかる? 大きくする方法でもいいんだけど」


 俺を見詰める二対の目が、また変なことを言い出したなと言いたげだった。


「……なぜいきなり、少年漫画の主人公のようなことを言い出すのかね」

「精神力を鍛えることは、まあわかりますが……」


 うっ、やっぱり一筋縄ではいかないか。


「俺を修復するためにくっついている『俺』を、まるごと取り込みたいんだ。いまのままだと、ホラーゲームのクリーチャーみたいな見た目なんだよ」

「?」

「あー、なるほど?」


 ホラーゲームがわからないガウリーは首を傾げたが、メロディは雰囲気をわかってくれたようだ。


「いくら【身代わりの奇跡】で削れるからと言っても、俺はアビリティを使いたくない。でもこのままじゃ、『俺』が苦しい意識を持ったままだ。俺は、『俺』を俺の中で眠らせてあげたいんだ」

「言いたい事は、なんとなくわかった。吸収っていうイメージでいいかな?」

「それ!」


 自分がモコモコ膨らんで『俺』部分を包むイメージだったが、メロディが言う吸収の方がスマートだ。


「知るか、んなもん」

「そんな、すっぱりきっぱり言わなくても!」

「そもそも二人分がくっついているやつが、世界に一人だけかもしれんのに、吸収する方法なんて誰が知っていると思うの。しかも、そんなオカルトチックなこと」

「うぐぐぐ……」


 メロディの言う事がもっともすぎて、何も言い返せない。


「では、知っていそうな……少なくとも、我々よりも長生きをしているものに、聞いてみませんか?」

「え?」


 俺とメロディの視線を受けて、ガウリーはバンガローの玄関を指差した。


「ダンジョンを作り、魔獣を生み出して住まわせているコアなら、我々を構成する魂についても、なにか知っているかもしれません」


 たしかに、その発想はなかった。


「なるほど。ダメで元々だ。ダンジョンイーターを片付けるついでに、コアと話ができる様にやってみよう」

「リヒター、ダンジョンイーターを倒す方法を思いついたの?」


 メロディの少し驚いた表情に、俺はにやりと笑ってみせた。


「魔法はこれから開発するけど、イメージはできている。弱らせることができるはずだ」


 俺が概要をメロディに伝えると、彼女は大きく頷いてくれた。


「やってみよう」



 ダンジョンイーターは、魔素を喰らって増殖する。そして、マナを嫌い、消滅する。

 俺たちが魔法を撃ち続ければ、ダンジョンイーターは消えるかもしれない。ただ、奴は『永冥のダンジョン』にくっついている限り、無限に魔素を供給できる。リソースの削り合いでは、圧倒的に不利だ。


「だったら、自滅させればいい」


 俺は「浄化」を中心とした神聖魔法と、リューズィーの加護を受けた「破壊」の水流魔法の他に、回復魔法を持っている。回復魔法が得意なのは、「循環」や「増殖」だ。

 俺は開発した魔法をメロディに【分析】してもらい、ダンジョンコアを通じて()()()使()()()()()として再構築し、ダンジョン内に散布させた。


「リヒター様……これは、回復魔法なのですよね?」

「一応な。ほら、ダンジョンは回復しているだろ? 病気を治療する回復魔法だ」

「……」


 コアルーム内の大ディスプレイに映し出されたダンジョン内の様子を見て、ガウリーはドン引きしているが、俺は薄笑いを浮かべてスルーした。

 ダンジョン内に蔓延る、太い血管のように浮き出たダンジョンイーターの末端が、ボコボコと蠢いて紫に変色し、やがてドロリと融けて潰れ、最後にはカラカラに干乾びて黒い塵になって消えていく。


「『熟れたる果実は我が身なり』」


 ダンジョンイーターは魔素を食らい、これ以上ないほど溜め込んでいる。ならば、魔素を溜め込んだ自分の体を食べ物だと誤認させ、ダンジョンイーター自身を捕食させる。いわゆる、自己免疫疾患のような魔法だ。


「ダンジョンイーターは今のところ、吸収した魔素を成長にしか使っていない。ところがすでに、『永冥のダンジョン』はほとんど奴の手中にあり、コアルームを支配出来ない限り、これ以上の成熟は見込めない。だったら、相変わらず魔素を吸収し続けることで、自分は正常だと思い込ませながら、奴の総量を消費させることができないかなと思ったんだ」


 魔素を吸収し続けていると思っているのに、実際は食べ物を持った自分の手も一緒に喰っているようなもので、恐ろしいほどのスピードで衰弱していっているはずだ。


「食べ過ぎは、体に毒だぜ」


 俺たちはすでに、ダンジョンイーター本体がいる場所の情報を、ダンジョンコアから得ていた。


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