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第十二幕・第一話 若村長と???

 誰かに揺すり起こされたような気がして、俺は目を開けた。


「……?」


 目に映るのは、一面、乳白のミントグリーン。


(どこだ……?)


 そして、立ち上がろうとして、今自分が居る場所すら不確かなことに気が付く。床がない。座っているのか、寝ているのか、それすらもわからない。


「ッ!?」


『落ち着け』


「だ、だれっ……ぅわひっ!?」


 頭の中に響いた低い声は優しかったけれど、わたわたと両腕を動かしてバランスを取ろうとしている情けない格好をしていたら、その自分の腕を見てびっくりしてしまった。


「なんじゃこりゃぁっ!?」


 まわりの景色に溶けてしまいそうな乳白の肌に、生々しい肉色の何かが融合していた。腕だけでなく、脚も、腹も……特に胸は、ほとんどが赤いボコボコで覆われていた。顔を触ってみると、左と違って、右半分は妙にぶよぶよとした感触がする。客観的に見た今の俺の姿は、きっとホラーゲームに出てくるクリーチャーそのものだろう。


「おおぅ……」


『……』


 驚きが一周して、なんだか感動してしまった。そういえばさっきから、右肩の後ろ……というか、首筋辺りに、誰かいる様な気配が……。


「ん?」


 首をひねって後ろを見ようとしたが、上手くいかない。ただ、気配と言うか、呼吸音が聞こえるような気がする。それも、すぅすぅという、落ち着いた寝息だ。


(もしかしてもしかすると……)


「あの……『俺』さん、ですか?」


 それが分かってしまえば、地球の知識を引用とするたびに感じるわずかな刺激や、二つの心臓がリンクしたような脈動も、自分から聞こえる自分以外の温かな寝息も、ごく自然に感じた。


「わんだほー……。魂の可視化? 認識化? なんて、どうやっているんだろう」


『ダンジョンコアの演算能力だ』


「え、ハックしたの!?」


 『俺』さんがパねぇんですが……。


「ええっと、この状況は? 俺はどうすれば?」


『原初の迷宮を拘束した。リヒターはどうしたい?』


 ワッツ!? どういうことなの。状況を教えてもらったのに、状況がさっぱりわからない。


『……少し、話そうか』


「お願いします」


 それからしばらく、俺はミントグリーンの乳白色の中を漂いながら、『俺』さんのことを聞いた。

 この世界を創った創世神を見守っていた神々に魂を召喚された『俺』さんは、『リヒター』を助けるにあたり、条件をふたつ付けたそうだ。


「創世神の妨害を受けない事……?」


『そうだ。創世神は幼い。自分の思った通りにならなかった事象に、責任をもたない可能性が高かった。だからせめて、俺の邪魔をしないで欲しかった』


 俺は自分のクリーチャーみたいな姿を見て、なるほど、と納得した。創世神は自分の使徒として、綺麗な人形のようなリヒターが欲しかったのだろう。壊れてしまったことを嘆くが、不格好に直るのも嫌だったのだ。


『せっかく直したのに、醜いからと殺されるのはまっぴらだったからな。せめて、放っておいてもらいたかった。……ところが、思っていた以上に、これが有効でさ』


 クククッと堪えきれないように、『俺』さんが笑う。


『このダンジョンコアを作ったのも創世神。ガウリーの『隷属の首輪』も、女神アスヴァトルドの名を使って作られていた。わかるだろう?』


 創世神のアバターである女神アスヴァトルドが関わっている物は、リヒターに害を及ぼすことができない、ということか。


「え、じゃあ俺って、対大神殿特防持ちってことじゃないですか」


『そのとおりだ。他にも、この『永冥のダンジョン』のように、創世神が直接手掛けた施設が敵対行為を働いた際、逆に攻撃を通すことができる。正当防衛が認められて……つまり、やろうと思えば壊すこともできるんだ』


「マジかよ」


『ただ、それには『リヒター』に負担がかかる。『隷属の首輪』を外した時や、現在のように、俺が力を振るおうとすると一時的に昏倒する可能性が高い。まあ、今回はガウリーに伸されたのが先だったが』


 それは色々と、仕方がないだろうな。……ん?


「あれ? ガウリーの攻撃は通るんだ? あいつ、聖騎士だろう?」


『たぶん、『隷属の首輪』をはめられた時点で、女神の庇護下から弾かれたんじゃないか? その後も、リューズィーの力を借りて解放されているし。いまのガウリーは、職業として聖騎士で、保護者としてはリヒターになっているんだと思う』


 なるほどなー。


「そうか。……俺が地球での記憶を取り戻したのが大人になってからっていうのも、ふたつの魂が馴染む時間が必要だったことと、こういう負担に耐えられるようになるまでは、『俺』さんが出るのは危険だったってことか。……田舎でひっそり暮らせていて、よかった。父さん、ありがとう」


 俺の知らない間に、上手く折り合いを付けながら来ていたんだなぁ。


『……おそらく、リヒターが生きている限り、創世神の機嫌は直らない。この世界のどこかで、別の使徒が現れれば、そちらの神として関わるだろう』


 突き放したように『俺』さんは言うが、神様の機嫌なんて、人間がそうそうどうにかできるものではないし。


「ふむふむ。じゃあ、俺がお祈りしても無駄かなぁ」


『そうでもない。リヒターの行いは、リューズィーたち神々が見ている。そして、二つ目の条件の為にも、信仰の力は必要だ』


「二つ目の条件は?」


『【身代わりの奇跡】の対価だ。元々、対価は確かに生命だった。それを、少し変更させたんだ』


「おお!」


 すごいな『俺』さん。それにしても、やっぱり命が対価だったのか。


「ありがとう。おかげで、サルヴィアを助けた時に死なずにすんだよ」


『ははっ。あの時は危なかったな。俺もまさか、コッケがあんなに化けるとは思わなかった』


 やっぱりそこは驚くんだな。


『【身代わりの奇跡】の現在の対価は、俺の余った魂と、リヒターが積んだ善行……いわゆる『徳』ポイントだ』


「徳ポイント……」


 なんだか、いきなりゲームっぽくなった。


『リヒターが聖者らしい献身行為や道徳的善行をするたびに、徳ポイントが加算されていき、いざという時は、そのポイントを消費して、足りなければ俺の魂を削る。そういう仕組みだ』


「待ってくれ。それじゃあ、『俺』さんの……」


『リヒターの修復はもう済んで、余っているんだ。別に構わない』


「そういう問題じゃ……」


『いいんだ』


 ぴしゃりと言い切った『俺』さんからは、いつかの暗く激しい感情の波動が感じられた。


(この感じ、ガウリーの首輪を取った時にも……)


 自分の髪や皮膚を引きむしり、目玉を抉り取りたいほどの、悔しさに満ちた悲しみ。周囲にあたり散らしても鎮まらず、喉が裂けるほど叫んでも足りないような、狂おしいほどの怒り。どこまでも暗く、引きずり込まれそうな……。


『けじめをつけて死んだはずなのに、本心では気が済んでいなかったんだ。真っ先に捨てたはずなのに、もう思い出すこともないはずなのに、どうしてか、まだ苦しいんだ』


 俺には知ることすら許されない、捨てられた記憶とは、どれほどのものだったのだろうか。どれほどの傷付く出来事があれば、自分の魂を分解して消えたいと思うのだろうか。


(この人は『自分であることを放棄した』のではなく、『自分であったことを捨てたかった』のか……)


 リヒターを助けるという大義名分を得て、自分ではどうにもならない苦痛を終わらせようとしたのだ。ある意味、リヒターを利用した形にはなるのだろうが、それは神々も同じことで、お互い様だ。


(それでもこの人は、俺が神々に利用されるだけの人生であることを回避させてくれた)


 彼の機転がなければ、創世神に見捨てられた俺はサルヴィアをかばって死んだか、あるいは大神殿か王侯貴族に軟禁されて終わる人生だっただろう。


「……俺と融合することで、少しは苦しくなくなった?」


『ああ。サルヴィアを助けた時にも、だいぶ削れた。でも、そろそろ眠りたいな。何も考えずに。何も感じないで』


 その時、俺はふと馴染み深い感覚に腑に落ちた。


(そうか。この人は、いままで倒してきたアンデッドと似ているんだ。生きていた頃のことは忘れ、眠りにつきたいのに、無理やり生かされている……)


 でも、俺と融合している限り、アンデッドのように消すことはできない。


(どうすればいい? なにか、いい方法はないだろうか……?)


 考え込んで黙ってしまった俺に、低い声がゆったりと話しかけてきた。


『あまり気にするな。放っておいても、俺はいつか消える。ただ、俺が手を貸す以上、リヒターがただの道具として使い捨てられるなんて許せない。お前は、思うがまま生き、助けたいものを助けろ。奇跡だって起こしていい』


「でも……」


『俺の部分が消費されるほど、リヒターの魂は整っていく。創世神の機嫌を取りたい神々にとっても、都合がいい。奴らを利用しろ』


「……」


『リヒターは、前を向け。明るいところを見て生きろ。いいな』


「待って……!」


 まだ話したいことはあったのに、名前も生きた証も捨ててしまった人は、言いたい事だけ言うと、俺が彼を認識できる空間を閉じてしまった。




「……!」


 待って、と口を開いたまま目を開けた俺は、ここ最近見慣れた薄暗い天井を見上げていた。


「リヒター様……!」


 傍らから覗きこんできたのは、心配性の厳つい聖騎士だ。


「……ガウリー」

「申し訳ございませんでした。お加減は?」

「ん……へいき」


 そういえば、アゴとみぞおちが少し痛いので、無詠唱ヒールをかけておく。

 さらりと肌に触れるリネンとふかふかの布団から、ここがメロディのバンガローの中だとわかる。


「どのくらい、寝てた?」

「およそ、丸一昼夜ほど」

「寝すぎた」


 そりゃあ、喉も乾いているし、腹も減っているはずだ。

 俺は水をもらってから、まだ寝ていろとうるさいガウリーを置いて、シャワーを浴びに行った。


「……っく、う……ずずっ。う、うぅっ……!」


 『俺』は、俺に思うがまま生きろと言った。助けたいものを助けろと。


(勝手な事ばっかり言って……)


 俺は以前、『俺』だった時の幸せな夢を見たことがある。幸せだった時もあったはずだ。でも、それ以上思い出せなかったっていう事は、あれは残滓に過ぎないのだろう。何もかもをまとめて捨ててしまうほど……幸せだったからこそ、余計に、消えてしまいたくなったのかもしれない。


(俺が一番助けたいのは、あんただ……!)


 助けてくれた人を助けられない口惜しさが、ざあざあと降ってくる湯の中に溶けていった。


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