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第十一幕・第六話 若村長と世界の果て

 せっかく海フィールドに来たので、男ばかりで海鮮バーベキュー風な夕食を作っていると、メロディがコッケ達と一緒に帰ってきた。


「ただいまー。うぉ、めっちゃいい匂いがする!」

「おきゃえりー!」


 金鶏と遊んでいたノアがキュッキュッキュッキュッとお出迎えに行くと、小さいサイズに戻ったシームルグとサンダーバードもバンガローに入ってきた。


「おかえり。飯にするぞー」


 食卓に着くと、メロディが歓喜の悲鳴をあげながら、アレもコレもと貪り食い始めた。


「はぁーん、ハマグリの酒蒸しなんて、何年ぶりよぉ~! うん、美味しいぃ! ん? これ酢ダコ? 酢ダコ!! リヒター、偉い! 褒めてつかわす!!」

「喜んでもらえて、よかったよ」


 俺は塩焼きにした大きなエビの殻をむき、ノアに食べさせている。


「むふぅっ! はふっ、んぐっ!」

「美味しい?」

「うん!」


 目を輝かせてエビを貪る幼児。リスみたいにほっぺを膨らませて、可愛いなぁ。


「こんなに美味しい魚介類は、初めて食べました」

「ロイデムも内陸の都市だから、海鮮はあまり入ってこないんだな」

「それこそ、王族や貴族、大金持ちしか食べられませんね。ガーズ大河の近くなら、川魚を食べることはできますが」


 ガウリーも、ホタテのバター醤油や、ハーブソルトをきかせた大きなタラのホイル焼きを気に入ってくれたようだ。


「レシピを公開してくださり、ありがとうございます。これで、いつでもマスターに作ってあげられます」

「おう、いいってことよ」


 和食のレシピを手に入れられたホープも嬉しそうだ。米と一緒に魚肉を炊くパエリアのような料理や、ブイヤベースのような煮込み料理はあるが、意外なことにシンプルな姿焼きや酢漬けは少ないらしい。もちろん、刺身も一般的ではないとか。

 鮮度の問題もあるが、調味料の違いもあるかもしれないな。


 満腹になったところで、メロディから「試したいこと」の報告を受けた。


「陸地の汚さは、やっぱりダンジョンイーターのせいだったよ。それから、奴らに魔力が通用するのが確認できた」


 ダンジョンイーターの見た目は、菌糸類に似ているらしい。ダンジョンに生えたカビだな。


「ダンジョンイーターにとって、魔素は食糧だけど、魔力……というより、マナは殺菌剤みたいなものなんだ」

「あー……それでノアは、ずっとマナポーションを飲んでいたんだな。こっちのゼガルノアと繋がっているのなら、いくらでも要るはずだ」

「ゼガルノアたちにとっては、マナはビタミン剤みたいな感じなのかもね」

「びあのぽしょんねえ、とってもおいちい!」

「そうだな」


 ふさふさの赤毛頭を撫でると、ノアはニコニコとご機嫌だ。夕食後のマナポーションも、いつも通り美味しかったらしい。


「他の陸地は浸食されているのに、この島は綺麗なのが、ちょっと不思議だったんだよ。たぶん、リヒターの水流魔法がこの海に混ざったおかげで、近くにあったここだけ、一時的に除去されたんだ」

「なるほど」

「そういうわけで、ここから先は、ノアたんを護るために、私の空間魔法で保護しながら行こうと思う」


 この先は俺が抱えて降りようと思っていたが、それなら仕方がないな。


「わかった。下に降りる場所はあったか?」

「ああ。たぶん、世界の果てだ」

「は?」


 世界の果てとは、ダンジョンの壁かと思ったが、そうではないらしい。


「天動説時代の地球儀って、覚えてる?」

「ああ、地面は平らで、海の果てに終わりがあるって……まさか」

「そのまさか」


 サンダーバードが言っていた「大きな滝」とは、この「世界の果て」のことだったらしい。ファンタジーな海賊映画で、船ごと滝に突っ込むシーンがあったな。


「じゃあ、その滝を下りれば、次の階になるのか」

「たぶんね。他に、下に降りられそうなオブジェクトやギミックはなかった」


 上の階から降りてくる階段はあったが、下に降りるための階段は、メロディの空間魔法センサーに反応が無かったらしい。俺たちには飛行手段があるからいいが、真面目に冒険者が攻略するのは大変だろうな……。


「よし。いまなら水棲の魔獣に襲われることもないし、明日一気に降りよう」


 俺たちは孤島で一夜を過ごし、翌日から海階層以降を攻略することにした。



 メロディの乗り物酔い対策の為に運んでもらうコッケを交換し、今日の俺とガウリーはサンダーバードに掴まっていた。


「ひいっ、本当に滝になってる! こわっ!」


 海の上を飛んでいたところ、ある地点ですとーんと紺碧が途切れていた。水飛沫が霧のように立ち上る滝は、その先が見えない。


「ゆっくり降りるぞー!」

「おー!」


 メロディの返事を後方に聞き、俺たちを掴んだサンダーバードは、大きく羽ばたきながら滝の先を下りていった。

 降下中のある地点で、なんとなく切り替わりを感じて辺りを見回すと、いつの間にか滝の端が見え、その下に白波が見えた。メロディが予想した通り、この滝が下の階層に降りる道だったようだ。


 無事にぬけられることを確認できたので、俺たちはそのまま次の「世界の果て」を探し、どんどん降りていった。変化があったのは、八回目。階層にして百八十九階だ。


「あれ? 洞窟になっちゃったぞ」


 滝の終わりが、海ではなく滝つぼになっており、滝の裏側に洞窟が続いていた。海水に濡れた岩肌は赤く、一見するとびっしり苔が生えているように見える。


「ふむ……カタルシス!」


 ここには瘴気なんてないが、使い慣れた広範囲浄化魔法を使うと、あっという間に青黒い岩肌になった。


「なるほど。俺たちの魔力なら、なんでもいいんだな」


 瘴気のように押し返されることはないが、かえって手応えがなさ過ぎる感じが不気味だった。


「おっ、掃除ご苦労」


 ホバリングしていたシームルグも滝を潜り抜けてきて、メロディとホープが着陸した。


「サンダーバード、シームルグ、ありがとう。濡れちまったな」


 小さくなってからぷるぷると水滴を飛ばす二羽を労わり、俺はハンカチで拭いてやった。


「この洞窟の先も、海なのでしょうか」


 魔法で松明ほどの光源を出して、シームルグの光が届かない奥を窺うガウリーに、メロディは厚い唇を尖らせた。


「海っつーか、海底洞窟っぽいな」


 空間魔法を使えるメロディは、ダンジョンや屋内のような、限られた空間を探索するのに便利な魔法を持っているらしい。能力アビリティ【分析】と組み合わせたら、ギミックを含めて大体のことはわかってしまうというからすごいな。


「この先は水没しているから、潜水しないとダメだわ」

「えー……メロディの空間魔法で、なんとかなんない?」

「海水は遮れるけど、時間がかかるし、フィールドを歩いていけるほど、魔力や酸素が続かねーぞ。酸素作れる? ダイビング用か、医療用酸素ボンベ的な」

「できるか、んなもん」


 酸素……うーん、理科の実験で水を電気分解して酸素と水素を作ったけど、海水を電気分解すると、酸素じゃなくて塩素が出るんじゃなかったか? ダメだ、速やかに死ぬ。サンダーバードにも、雷を撃たないようにさせないと。


「それよりも、リヒターの水流魔法でトンネル造ればよくね? 魔力オバケだし」

「やったことのない魔法で失敗したら、それこそ海底で溺死確実では? 【十連ガチャ】で、なんかいい道具出てない?」

「さすがに潜水艦は出てないな」


 うーんと頭を悩ませた結果、ここからまた、俺がダンジョンに穴を開けることになった。


「二階層分くらいの海水なら、突き抜けられるんじゃない?」

「まあ、前回が二百階近く突き抜けた先だったしなぁ。でも、穴開けて降りられるかわからんぞ? 海水どばーかもしれないし」

「とりあえず、やってみよ。開けられたら、その先は空間魔法でなんとかするから」

「わかった」


 後のことはメロディになんとかしてもらうことにして、俺は精一杯魔力を練り込んで、リューズィーに助力を請うた。


「水神リューズィーを讃えよ!! ボーリングドリルゥ!!!」

「あ、技名替えやがった」


 うるせえ!



 結果的には、二回目の穴開けで三百階以降まで通すことができた。

 海フィールドの下は、やはり火山フィールドだったが、多少の爆発はあったものの、溶岩を冷やしながら穴を開けていけた。……流れ落ちた海水と溶岩が接触した為の爆発で、穴が広がった、とも言うが。


 二百一階以降は、それまでの環境フィールドとは少し違い、なんとも分類しにくい世界が広がっていた。暗いからよく見えなかったが、メロディによると古代種の環境かもしれないという事だ。つまり、巨人族サイズの大庭園だったり、妖精族基準の迷宮都市だったり、という具合だ。


「なぁ、メロディ。このダンジョン、本当に『フラ君Ⅱ』の面子で攻略できるのか?」


 俺は『フラ君』をやったことがないからわからないが、いまの俺の実力から考えても、同等の力量持ちが十人程度で突入したところで、二百階以上の突破は無理だと思う。


「気付いてしまったか。たぶんねえ、元の『フラ君』では、最初の百階層だけだと思うよ。魔獣の強さだけじゃなくて、こんな真っ暗な、同じような迷路を何日もかけて攻略できるほど、人間の精神は強くない。百階まで気が狂わずに攻略できたら、それだけで超人だよ」


 苦笑いを浮かべるメロディに、確かにそうだと俺は頷いた。

 『永冥のダンジョン』は、大きくなりすぎている。普通の人間だけで攻略するのは、不可能だ。


 そして、三百一階より下は、地獄だった。


「なあ、ノア……この人たちって……」


 俺の魔法で一時的にダンジョンイーターの末端を除去し、シームルグの光に照らされた、三百四十二階には、おそらく魔族と呼べそうな姿形をした人たちの死体が転がっていた。

 みんな、漆喰で出来た像のようだ。


「たぶん、この石灰化した肉体で、魔石を護っているんだ。魔石さえ残っていれば、ダンジョンの中で蘇生できる」

「そうなのか、ノア?」

「うん」


 悲しそうに頷くノアを抱きしめると、俺たちは灯りが消えた町の中を進み、さらに下に降りる階段を探した。


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