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第一幕・第七話 若村長と使ってはいけない能力(アビリティ)

 国境の町ハルビスを出た俺たちは街道を進み、ある地点で木々の生い茂る中へと踏み込んでいった。一度南に進み、そこから東北東へ進路を変えたかたちだ。


 ときどき木の根が出て曲がりくねる道は、一頭立ての小さな荷馬車がやっと通れるほどの細さで、それも最近になって踏み固められた様子だ。


「ヒヲォ、マァツ、ヒヲォ、マァツゥ、カツゥゲェエェェ」

「ヨーイヤーァサァ、ウォー」

「ウォーホーホー、ウォーホーホー」


 森の中に響くのは、農夫たちの仕事歌。決して上手いとは言わないが、朗々とした歌声は楽し気で、歩きにくい地面を杖代わりの農具の柄がたたく音が、手拍子代わりだ。

 農夫たちが歌い終わると、やんやと拍手が上がり、続いて冒険者の一角から、漁師歌が始まる。故郷の歌だろうか。


「体調はどうだい?」

「ありがとう、大丈夫だよ」


 大事な浄化要員だからと、がったんごっとんと揺れる荷台に無理やり乗せさせられている俺に、冒険者の魔法使い、ヒロゥズが話しかけてきた。彼の指導で魔力の使い方は安定してきたが、そもそも神聖魔法を使えるのはほぼ神官だけで、この開拓団には俺に教えられる人がいない。サルヴィア様によると、王都の大神殿が人員を出し渋ったそうだ。王家からの圧力も考えられるとか。


(サルヴィア様を困らせたいし神殿に大きな顔をされたくない王家、旧ディアネスト王国領やエルフィンターク王家に影響力を持ちたいが危険は冒せない大神殿、神官の浄化能力は欲しいが神殿の影響力は抑えたいサルヴィア様。……なるほど、俺が重宝されるわけだ)


 手探りで操る神聖魔法のせいで、俺は時々瘴気まで取り込んでしまい、その度にサルヴィア様が作った苦い浄化ポーションの世話になっていた。あの味、本当にどうにかならないかな。ロッシ先生の薬湯といい勝負だよ。

 俺という浄化要員がいなかったなら、みんなであの浄化ポーションを飲みながら進むことになっていたらしい。……想像すると、すごい地獄絵図だな。


 ハルビスの町で浄化を行った際、騎士たちが駆けてだいたいの効果範囲を調べてくれた。それによると、俺の『カタルシス』は、半径一キロメートルほども瘴気を除去できることが分かった。一瞬でそれだけの効果がでるならたいしたものだが、やはり時間経過で再浸食が始まってしまう。一発だけで倒れかけた俺が、この魔法を掛け続けながら行軍するのは、さすがに無茶だ。

 そこで、当初俺が考えていたとおり、要として半径地点ごとに女神像を置きながら、その都度浄化をして進むことになった。これなら、間のひとつが壊されたとしても、すぐに退路が絶たれるということはないだろう。ただ、これもいつまで持つかはわからない。でも、無いよりずっとマシなはずだ。


「サルヴィア様が、吟遊詩人も雇ってくればよかったって、ぼやいていたよ。いくら報酬を積まれたって、魔境まで来る度胸のある奴がいるかねぇ?」

「ははっ」


 この歌を歌いながらの行軍は、はじめこそ騎士や冒険者たちに良い顔はされなかった。つまり、不要な音をたてると、敵が寄ってくるからだ。

 だが、瘴気の浄化には、正のマナ……というと若干の語弊があるかもしれないが、要は陰気に陽気をぶつけて中和させるというのが、俺の理解している仕組みだ。神官の正規のやり方とは違うかもしれないが、歌って踊って、楽しい空気を作ってくれた方が、俺流の浄化がやりやすい。

 サルヴィア嬢も「いつ襲われるかびくびくしながら、辛気臭い顔を並べて歩くよりも、歌を歌いながらリヒターの浄化に護られて進んだ方が、精神衛生上良いわ」と賛同してくれたことで、俺は想定よりもだいぶ楽をさせてもらっていた。


「三時から四時方向に感あり!」


 その鋭い声に、緊張が一瞬で走る。うっそうとした森の中では、見通しが効かない。


「多いぞ! 二十……いや、三十を超えた! は、速過ぎる! グールやスケルトンじゃない……魔獣の群れと思われる!」

「盾、前へ!」


 索敵スキルを持つ冒険者の悲鳴に、ブランヴェリ家の騎士が、ずいと最前列に出て、重装甲の冒険者がそれに続く。


「荷馬車と非戦闘員は先に進め! 戦える奴は隊列を縮めろ!」

「リヒター、お前さんはサルヴィア様と一緒に、先に行くんだ」

「ジェン!」


 農夫たちを荷馬車に分乗させながらやってきた『鋼色の月』のリーダーは、落ち着いた髭面で有無を言わせぬ声を出してきた。

 この中で一番強いが最重要人物であるサルヴィア嬢と、魔境の中で命綱的な浄化要員である俺が倒れるわけにはいかない。わかってはいるが、俺は唇をかんだ。


「わかった。ただ、ここに浄化の要を置かせてくれ」

「ありがたい」


 俺は近くの木の根元に女神像を置くと、できるだけ魔力を込めて浄化の魔法を宿した。


 そして急かされるまま荷馬車に飛び乗ると、薄く満遍なく降る霧雨をイメージした。


「ブレッシングシャワー!」


 初めてかけた広範囲のバフは、正直いつまでもつかわからない。それでも、少しでも彼らの役に立てたらいい。


 俺に向かって拳を突き上げる彼らの姿が、すぐに遠ざかっていく。悪路で激しく跳ねる荷馬車にしがみつき、積まれている荷物が吹っ飛ばないように手を伸ばした。


「ぴっぴよー!」

「ぴよーーー!」


 飛び跳ねる窮屈なかごの中で、ひよこたちもバタバタと暴れているが、すまない、もう少し我慢してくれ。

 がったがったごとんごとんとしばらく走り続け、速度が緩み始めた時は、俺もぐったりしてしまった。膝や額をぶつけてしまって、絶対に青あざになってる……。


「みんな、無事? 振り落とされた人はいないかしら?」


 休憩と後続待ちの為に隊列が止まると、サルヴィア嬢みずから確認に歩いてきた。


「リヒター?」

「だ、大丈夫……」


 他の荷馬車に乗っていた農夫たちも、似たり寄ったりの状態なようだが、さいわい脱落者はいないようだ。


「少し馬を休ませましょう」

「それがいい、な……え!?」


 ついさっき設置したばかりの浄化範囲が、あっという間に濃い瘴気に侵食されていくのを感じて、俺は喉が潰れたような声を出した。


「何か来る!!」


 俺は慌てて女神像を取り出し、もう一度浄化を試みるが、ほとんど意味がなかった。


「ヤバい、逃げろ!」

「先頭、走って!!」


 しかし、一度立ち止まった列が動き出すには時間がかかる。俺たちがいる荷馬車が動き出す前に、ソレは真っ黒い霧を伴って梢を揺らしながら現れた。


 ぞわりと、俺の全身がそそけ立った。


「リッチ!?」

「さっきの群れはコイツに追いかけられていたのか!」


 群れの逃げ道を塞ぐように移動してきたために、先に進んだ俺たちの方がぶつかってしまったのだろう。なんてこった!


「アンデッドって、真昼間から動き回れるものなのか?」

「魔境なら問題ないでしょうね」

「マジかよ。とんでもない所だな」


 ミイラのように皮だけ張り付いているガイコツが、ボロボロのローブを纏って、ねじくれた杖を片手にふわふわと浮いている。不死の求道者たるリッチは、瘴気が満ちたこの森の中ではほとんど無敵だろう。俺のようなぺーぺーには荷が勝ちすぎる。


「みんな、先に進んで! リヒターは、わたくしを援護して!」

「了解」


 俺は自分とサルヴィア嬢にバフをかけると、リッチが放つ瘴気に呑まれないように浄化を続けた。怖いなんて言っている暇はない!


「この地を回復させようとしているわたくしに楯突こうなんて、いい度胸ですわ!」


 サルヴィア嬢がすらりと手にかざしたのは、細長い青銀色の鍔のない短剣。綺麗なペーパーナイフにしか見えないが……。


「ソードダンス!」


 ぼっ、と立ち現れたのは、四振りの炎の剣。それがリッチに向かっていき、動きを封じるように飛び回る。魔術師のなりをしているからには、やはり接近戦は苦手らしく、リッチは炎の剣を煩げに振り払おうとしている。


「ハンマーフォール!」


 続けざまにサルヴィア嬢が短剣を振ると、リッチの頭上から、白金色に燃え盛る特大の槌が落ちてきた。


 どごおぉぉぉん、という凄まじい地響きに、俺もよろめいて地面に手を突いた。リッチがいた場所とその周辺の木々がなぎ倒され、凹んだ地面が黒焦げになっている。眩しい火の粉がこちらまで飛んでくるが、サルヴィア嬢はしっかりと立ったままだ。大丈夫か、森が火事になったら、俺たちもお陀仏なんだが。


「……」


 しかし、あの攻撃でもリッチは倒せていなかった。


 木々の影を縫うような移動を追って目を凝らしている間に、攻撃を許してしまう。その先は、俺たちではなく、荷馬車の列だった。

 声なき詠唱は青白い稲妻となって、先行する荷馬車の車輪を砕く。バーンという破裂音と共に、女の人の悲鳴が聞こえた気がした。


「エルマ!!」


 たぶん、サルヴィア嬢の侍女さんだろう。

 助けに行こうとしたが、さっきまで俺が乗っていた荷馬車の馬が棹立ちになって、荷台が横倒しになり、狭い道を塞いでしまっている。身動きが取れなくなった荷馬車の列に、再びリッチの杖先が振られようとしたが、サルヴィア嬢の方が早かった。


「ジャベリンッ!!」


 空気を裂くように飛んだ、青白い炎の槍は三つ。だが、リッチは余裕のある動作でこちらに向き直った。


「!?」

「退け!!」


 完全に読まれていた攻撃は弾かれ、あの稲妻がサルヴィア嬢に向かってくる。避けられないと判断した俺は、上等な手触りの服地に包まれた二の腕を引っ張り、ワンピースを抱きこむように地面に倒した。


 この人を、ここで死なせるわけにはいかない。


「ッ!!」


 バチン、というすごい衝撃を感じて息が詰まった。吹き飛ばされたような浮遊感も、どこかにぶつかったような硬い感触もあったが、痛いと悲鳴を上げる前に、俺の意識が飛んだ。

 ただ、どこかで、馴染み深くも、場違いな鳴き声を聞いた気がした。




 コッケコッケコォォーーーーーー!!!!





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