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第九幕・第七話 若村長とノックの返事

「ありがと! いい支援だったよ。さんきゅ、さんきゅ」


 隕鉄鎧の欠片を浄化して返してやると、メロディはご機嫌で俺の肩を叩いた。


「防御系の支援はいらなくなかったか? 全然削られなかったし」

「いや、そうでもないよ。あのキモい鎧フェチ、意外とシャレにならんパッシブスキル持ってたし。マイティガードだっけ? あれ精神攻撃耐性もつくから、状態異常にならんかったわ」


 うん。アシと戦った経験から、少しでも恐怖耐性が付けられたらいいなって思って作ったんだ。ライオンハートで回復は出来るけれど、先にガード出来たら、その方がいいからさ。


 はじめは、外からの刺激を受けて怖く感じるんだから、それをシャットアウトできるように……と考えたんだけど、それじゃあ必要な情報まで受け取れなくなってしまう。それよりも、不安を感じないように、背中に誰かの温もりがあった方が心強い気持ちになると思ったんだ。そこからは、神聖魔法らしく女神さまが背後から護ってくれるイメージをしたら、なんかあっさりとできた。


 高レベルなメロディはそもそも基礎値が高いから、ブレスとの併用で、ほとんど完全耐性に近い効果をあげたみたいだ。


「魅了や混乱も一緒に防ぐから、優秀なスペルだよ」

「ありがとう。メロディにそう言ってもらえると、自信がつくな」


 ゴドリーが倒されたせいで不安定になったのか、二体のがしゃどくろも目に見えて再生スピードが落ち、騎士や冒険者たちに畳み込まれていっているようだ。


「ゴドリーは別として、彼に利用されていた多くの犠牲者たちが、女神のお慈悲に縋れますよう」

「ああ、そうだな」


 ガウリーに促され、俺は頷いた。街道のわきに石碑を置くと、心を込めて祈る。


(もう終わったんだ。村に……家族の所に帰ろう)


 あの白骨たちのどこかに、俺の故郷から出征したままの彼らもいるかもしれない。懐かしい顔ぶれが思い出されたが、もう二度と会う事はかなわない。


「どうか、安らかに」


 カタルシスで浄化された範囲に染み渡るように、さらに清浄な空気が満ちていく。



フオォォォォ…… フオォォォォォォ……



 骨たちから響く侘びし気な声が、無念と悲しみとを訴えている。もっと生きたかったと。怖かったと。


「ここは寒いだろう。家に帰ろう。家族と一緒に帰るんだ」



フオォォォォォォ……



 暖かな春の日差しを浴びて、白々とした死者たちがさらさらと崩れ、そして風に乗って故郷へ向かうように、消えていった。


「……女神のお慈悲が、あらんことを。眠れ、安らかに」


 力の限り戦っていた騎士や冒険者たちも、いまは手に持った武器をおろし、それぞれが死者を悼んでいた。敵として戦っても、彼等は被害者でもあったのだ。自分たちだって、死んだ後にアンデッドとして利用されるなんてまっぴらなのだから。


 鬨の声などあげる気にもならず、俺は壊れた城門の向こうを窺った。兵を展開させる余裕があるといいのだが……。


「!?」


 ゾワッと首筋が泡立った瞬間には、俺はスタッフオブセレマを構えて足を踏ん張った。


「護りたまえ! キリエエレイソン!!」


 間に合った、と思ったが、俺は吹っ飛ばされて尻餅をつき、ついでに長杖で自分の額と鼻を打っていた。


「あだっ! ……っつぅ~~っ!」

「リヒター様!?」


 ガウリーが驚いたのも無理はない。いまのは攻撃ではなかったし、目にも見えなかったのだから。


「お怪我は!?」

「大丈夫」


 ヒールで顔と尻の痛みを取ると、俺はガウリーの手を取って立ち上がった。


「使ったことのない大魔法を、ろくに調整しないで撃ったせいだから」

「は?」


 自分の聞き間違いを疑っているような顔のガウリーを押し退け、俺はギシギシと軋む、だいぶ削れてしまった浄化範囲を見上げまわした。


(間一髪。だけど、不味いな)


 とっさに女神の威光に縋ってバリア的なものを前面に展開させたけど、その外側は、砂嵐のように真っ黒な瘴気が吹きつけている。『大地の遺跡』にアンデッドが押し寄せてきた時のような、瘴気の大波だ。


「できるだけ、まとまってくれるように伝えて」

「わかった」


 メロディが走っていき、俺は浄化範囲を維持するために魔力を練った。とっさに大きな防御魔法を構築して耐えたが、いつまでもつかわからない。それに、これが何時間も続くようなら、浄化玉くんが支えてくれる範囲を維持するのが精いっぱいかもしれない。


 長丁場に備えてマナポーションを飲んだ俺の耳に、春の陽気に相応しい軽やかな音楽が飛び込んできた。


「紳士淑女の皆々様、ご心配召されるな! 不肖レノレノ、たとえ小石に躓いたとしても、お池に落ちてずぶ濡れになったとしましても、演奏をやめることはありませぬ! さあ、さあ、お手をどうぞ!」


 踊るようにくるくるとステップを踏むレノレノの、伸びやかで明るい声が響く。俺はすぐに、リズムに合わせて手拍子をはじめた。指揮所でサルヴィアやジェリドも手拍子をして、ノアとメロディが楽しそうに踊り出すと、その空気はどんどん広がって、冒険やたちの中にも踊りだす者が現れる。まるでここが、雪解けを祝う春祭りの会場になったようだ。


 一歩外に出れば命はない瘴気を押しとどめているのは、俺一人の力じゃなくて、ここにいる全員の力だ。それが、なんだかとても嬉しい。


「よし」


 気合を入れ直した俺は、今一度しっかりと魔力を練り込み、俺たちの乱暴なノックに対して開いたエントランスに声を張り上げた。


「いつまでも、あると思うな地位と金!! 瘴気での歓迎痛み入ります!! ごめんくださーーーい!!!!!」


 どんどん持って行けとばかりにスタッフオブセレマに魔力を食わせ、濁流のような瘴気を押し退け、浄化範囲を広げていく。

 いつもの浄化玉の距離八百、その倍の千六百、その先の二千四百と、慣れた感覚だけを頼りに突き進む。いくつかの瘴気の塊を感知しながらもそのまま押し広げ、やがて特大の瘴気の塊にぶつかった。


「よし。たぶん、王宮まで到達した! レノレノ!! スヴェンを探せ!!」

「ありがとう!」


 一足先に城門へと駆けだすレノレノを追いかけて、キュッキュッキュッキュッと可愛らしい音も続いた。


「のあもいくーー!!」

「コケーッ!!」

「は!? メロディ!!」

「心得た!!」


 委細任せろと言わんばかりに、ケラケラ笑いながらメロディも走り、途中から小さな体ともっちりコッケをひょいと拾って、両脇に抱えていった。


「「コッケコッケコォォォーーーー!!」」


 神々しい輝きを振りまきながら上空を飛んで行くのは、大きな体になったシームルグとサンダーバード。あの二羽のサポートは期待できる。


「アタイらも行くよ!!」

「アイアーラさん、中に強い個体がいくつかいます! 初見殺しの技に気をつけて、無理をしないでください!! 」


 大きな人影たちに向かって俺が叫ぶと、威勢のいい銅鑼声で「あいよ!」と返ってきた。冒険者たちは『赤き陣風』など高ランクパーティーを中心に、シャンディラの中を探索していくようだ。


「我々がついていきます!」

「お願いします!」


 騎士の半数ほどがそれについていった。なかにはハルビスに行った時にノアを馬に乗せてくれた若い騎士の顔もあったので、一度経験がある彼等の警戒があれば大丈夫だろう。


「リヒター!」


 指揮所から駆けつけてきたサルヴィアに、俺はとても贅沢な支援を頼んだ。


「レノレノがスヴェンを止めるまで、少しずつ進みながら持ち堪えるぞ。このまま王宮の向こう側まで浄化し続けるから、マナポの蓋を開けておいてくれ」

「頭からかければよろしいの?」

「飲むから!」


 レノレノの音楽の影響がまだ残っているのか、そんな冗談を笑いながら言うサルヴィアに、俺も唇を緩めた。


「たくさんストックを作ってきましたから、どんどんお飲みになって」

「助かる」


 サルヴィアとジェリドとリオン、それに護衛として残り半分の騎士も一緒に、俺たちはゆっくりと王都シャンディラに足を踏み入れていった。



 ディアネスト王国の王都シャンディラは、とても美しい町だったのだろう。

 砂岩や焼きレンガを使って建てられた家は、漆喰やタイルで装飾され、色鮮やかな模様をした織物が、あちこちの屋台で屋根の代わりになっていた……形跡があった。


「ひどい……」


 思わず零れたサルヴィアの呟きに、俺も頷く。


 こびりついた瘴気によって脆くなり、崩れかけた建物。黒くドロドロに溶けた織物。レンガで舗装されていたはずの道は、もう砂になっていた。


「これが、瘴気の発生地ですか」

「たった一年で、ここまで……」


 あまりの惨状に、ジェリドとガウリーも言葉がないようだ。


 すでに、あちこちで戦闘が始まっているらしく、鋭い指示の声や怪物の鳴き声、建物が崩れる音が聞こえてくる。

 だがよく耳を澄ませると、どこからか、かすかにハープのような音が聞こえた。物悲しく、無力感を湧かせ、心を挫かせてくるような音楽だ。神様たちの加護による完全耐性がある俺には効かないが、脱力や恐怖などの状態異常がつきそうだ。それに、特殊な魔力が乗っているのか、浄化魔法に妙な手応えがある。


「スヴェンの演奏か? ここまで届くなんて、きっついな」

「大丈夫よ。リヒターの魔法はこれ以上に届いているもの」


 浄化魔法から支援魔法に切り替えられなくてもどかしい俺に、サルヴィアは薄い胸を張って、つんと顎を上げた。


「みんな、リヒターの魔法を信じているの。リヒターも、みんなの戦いを信じるといいわ」


 野外活動が多くて日焼けが戻らなくなってきた肌をさらし、はじめて会った時から変わらない、力強い緑色の双眸に見詰められ、俺は前を向いた。


「……ありがとう。がんばるよ」

「ええ、そうなさって。……わたくし達はこのまま、王宮を目指します。十分な警戒を」


「「「はっ」」」


 サルヴィアの指示に従い、警戒は先導してくれる騎士たちに任せ、俺はひたすら瘴気の浄化に務めた。

 瘴気の大波はある程度おさまったように感じたが、それは第一波が終わったというだけで、第二波までのインターバルに違いない。俺はこまめにマナポーションを飲みながら、力を抜くことなく浄化範囲を安定させ続けた。


 瘴気を発生させている怪物はそこかしこにいて、俺たちの前にも何体か現れたが、すべて騎士たちが倒してくれた。ちょっと強そうなのは、ジェリドやサルヴィアが魔法を撃って援護したが、ほとんどはキャロルの聖水によって神聖属性を付与された武器を持った騎士たちの敵ではなかった。


「見えました。あの先に橋があるはずです」


 玉ねぎのような丸い屋根の塔に囲まれた王宮が、すぐそこまで迫っていた。だがその王宮は、いまだ濃い瘴気に包まれ、おぼろげな影でしか見えない。


(このままじゃ進めない。やっぱりスヴェンも王宮にいるのか……?)


 半ば強行を覚悟したその時、手元の浄化魔法から伝わる手応えが変化した。


「あれ……? 聞こえるか?」


 俺の勘違いかと思ったが、サルヴィアたちも揃って首を横に振った。

 精神にまとわりつくようだったハープの音が、途切れていた。


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