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第九幕・第四話 若村長と面白い事

 王都シャンディラに近づくにつれ、瘴気はますます濃くなって、空もずっと暗いままだ。瘴気を浄化した範囲は明るいが、上空の限界の向こうには、やはり瘴気が漂っている。


 森や草原が減り、街道沿いの町以外にも田畑の中に民家が多くなってきたが、街路樹も作物も植物は枯れ、魔獣どころか虫の姿すら見えない。

 ところが、瘴気の濃さに反して、アンデッドの姿もほとんどなかった。時々、ゴーストや鬼火が漂っていることがあるが、ターンアンデッドを撃つまでもなく、瘴気を浄化すると消えてしまった。


「なんだか、弱すぎるな」


 俺が首を傾げていると、そばを歩いているガウリーが答えてくれた。


「おそらく、シャンディラに集まっているのではないでしょうか」

「ああ、そうか」


 自分を護らせるために、アンデッドを集めているのだろう。ということは、それだけ大変な戦いになるという事だ。


「……今から気が滅入ってきた」


 呟きながらため息をつく俺だったが、軽快な弦楽器の音がやってきて振り向いた。


「さあさあ、次は行進曲なんてどうかな」


 レノレノが弦を掻き鳴らすと、冬用のブーツから履き替えたサンダルをキュッキュッと鳴らしながら、ノアが勇壮なマーチに合わせて元気に歩いてきた。


「そのサンダルいいねぇ★」

「いいでしょー! めろりがね、のあにくれたんだよ!」

「メロディの姐さんって、なんでも持っているね……」


 レノレノですら呆れているが、誰でもそう思うよ。青いネコ型ロボットみたいだなんて言ったら、怒られるかな。


 そのメロディは、二郎ホープが手綱を持っている、自分の幌馬車の中でゴロ寝中だ。その幌馬車は、馬の形はしているけど、明らかに生き物の馬じゃない、テカテカした素材で出来た……ゴーレム? かなにかが曳いている。

 ちなみに、三羽のコッケもメロディの幌馬車に乗せてもらっている。他の馬車よりも揺れが少なくて、快適だからな。


「……」

「どうした?」

「いえ、吟遊詩人が同行しての行軍は、いままでに経験がなかったので。……意外と、和みます」


 吟遊詩人じゃなくて道化師だってばー、と文句を言っているレノレノとノアを眺めて笑みを浮かべたガウリーに、俺もつられて笑みが浮かぶ。ノアの癒し効果も抜群だが、レノレノの音楽のおかげで、瘴気の浄化にいらない負担がかからなくていい。


「長い行軍は、疲労もたまるし、気分が沈んで、暗くなりがちなのです」

「そうだよなぁ。初めて魔境に来た時、俺もまだ神聖魔法に慣れなくてさ。森の中を、みんなで歌を歌いながら歩いたんだ」

「よく許可が下りましたね」

「トップがサルヴィア様だからな。明るい雰囲気にしてもらった方が、浄化魔法が効きやすいってわかったら、即決だよ」

「さすがですね」


 感心するガウリーに、俺もうんうんと頷く。サルヴィアがいてくれて、本当に良かったよ。むこうはむこうで、俺がいて助かったって思っていそうだけど。


(それにしても、俺やサルヴィアたちがいなかったら、この世界どうなっていたんだろうな?)


 そもそも、俺たちの前世にあった色んなゲームの世界が混ざっているのもおかしな話だが、それはそれで置いておいて、ピンポイントで悪意が挟み込まれているような気がしてならない。


(まるで、誰かが滅ぼしたがっているような……)


 まさかそんな、とは思うものの、絶妙に歯車が掛かり違って進んでいるように感じる。

 初代『フラ君』主人公が現れなかったことも、生まれたばかりの俺の魂が壊れかかっていたことも……。


(全部、ディアネスト王国を滅亡させるために……?)


 そして、サーシャの娘であるマーガレッタが王太子と結婚して、エルフィンターク王国もいずれ滅ぶ。


 俺がリヒターとして転生しなければ、誠司くんがサルヴィアとして転生していなければ、何も手を打てないまま、ゼガルノアが『永冥のダンジョン』ごとダンジョンイーターに喰われ、さらにカオスなことになっていただろう。

 セントリオン王国ではジェリドが呪いによって死んでしまい、ガウリーは隷属の首輪をはめられたまま……アスヴァトルド教のメラーダに関する闇も暴かれないままだ。


(ライオネルが死んでメロディが去ったロードラル帝国の様子はわからないが……でも、ドワーフたちがこっちに移住したがるほどには、資源が枯渇しているとみていいかもしれない)


 メロディが帝国で暮らしていた頃のことは、それほど詳しく聞いていないが、やはりなにかは、あったのかもしれない。


(トップに立ったライオネルのパワーがすごいからな。逆に、それまでに潰される可能性があった。メロディがそばで護っていたから、万難を排して皇帝になれたんだろう)


 そう考えると、ジェリドに自由な手腕を揮わせられる主君を見つけてあげられたのも、レノレノと適度な距離を置いた付き合い方を知っていたのも、幸運と言えるかもしれない。


「なあ、レノレノ。サルヴィア様と話したことがあるんだが、この地を平定した後、芸術フェスをやろうって計画があるんだ」

「なにそれ!? すっごく興味あるよ!」


 テロテロピロピロと弦をつま弾きながら体をねじってこっちをガン見するピエロ、ちょっと怖いんだが。


「水神リューズィーは知っているだろ? その信仰の一環で、彼の名前を冠した新しい芸術フェスだ。音楽堂とか建てたいなって話していて……もし、レノレノも興味があるなら、閣下の相談にも乗ってあげてくれないか?」

「いいねぇ! とってもいいよぉ★ 素敵な話じゃないかぁ★ ぜひボクも一枚噛ませてよ! 楽しみだなぁ!!」


 るんたったとスキップを始めたレノレノは、景気よくバンジョーに似た楽器を掻き鳴らす。それに合わせてノアもキュッキュキュッ、キュッキュキュッ、とサンダルを鳴らしながらスキップで歩き、その様子を騎士や冒険者たちが微笑ましく見守っている。


「ねえねえ、なんでリューズィーの芸術フェスなの? リューズィーって、なにか芸術に関わる逸話あったっけ?」


 くるりくるりとターンしながら近づいてくるレノレノに、俺はどう伝えようか少し考えた。まわりに人が大勢いるところで、いきなり加護の話をするわけにもいかない。


「水って、音がするだろ? 自然の中でも、雨音や川のせせらぎ、ダイナミックな滝や波濤の音なんかさ」

「うん……うんうん!」


 レノレノは、一瞬ぽかんとした顔になったが、すぐに頬を上気させて迫ってきた。近い、近い!


「そ、それでな、音が鳴るなら、音楽にして、荒れがちなリューズィーを鎮められたらいいなって……」

「ほう! ほう!」

「大がかりな仕掛けになると思うけど、水流や水圧を動力にした楽器があったらいいなとか。水滴だけだと大きな音にはならないけど、水滴を当てる物を工夫すれば音階が作れるかもしれないし」

「うんうん!」


 設計から何から一大プロジェクトになりそうだけど、オルゴールみたいにしてもいいし……たしかオルガンって、ふいごの仕組みが使われる前は、水を使って音を出したんじゃなかったかな? 水オルガンは、こっちにもあるだろ。


「それで……レノレノは、グラスハープって知っているか?」

「なにそれ? ガラス製の竪琴!?」

「いや、ちがくて……。ガラス製のコップがあるだろ? できれば薄いやつがいいんだけど。あれのフチを濡れた指で擦ると、音が鳴るじゃないか。グラスに入れた水の量で、音階を作れるんだよ。水をたくさん入れると、フォンって低い音になって、少ないとフィンって高い音が出るんだ」

「…………」

「えっと……、貴族や王族の屋敷に出入りするようなレノレノなら、そういうオシャレな余興もレパートリーにあったら面白くないか? ほら、貴族なら、同じ大きさのグラスをたくさん揃えていそうじゃないか」

「それって、打楽器じゃないんだね? 指で、擦るんだ?」

「う、うん」


 レノレノはいつの間にか演奏もやめて、俺に迫ったまま一緒に歩いている。圧がすごい。


 俺は近付いてきたノアと手を繋ぎ、そういえばレノレノもマジックバッグを手に入れるんだったと思いだした。


「グラスの口径や厚さによっても音が変わるらしいから、自前でじっくり揃えてもいいかもな。マジックバッグに入れてしまえば、割れ物でも水が入っていても持ち運べるんじゃないか?」

「聖者くん!」

「え? あ、はい?」


 長杖とノアの手で塞がっていなかったら、俺の両手は限界まで迫ってくるレノレノに掴まれて、ぶんぶん振られていたに違いない。


「キミ、すごいね!? ありがとう! 新しい扉が開いたよ!」

「え? そ、そうか。よかったな……」


 なにか参考になったなら、よかった。


「これはまだ発表を控えているんだが、北の森の難民キャンプの近くに、水神リューズィーを祀った村と、リューズィーの眷属がマスターをやっているダンジョンがある。機会があったら、一曲捧げてくれると、リューズィーも喜ぶだろう」

「いいの、そんなことボクに話しちゃって?」

「いずれ発表することだし、難度は高くても、レア物が多いダンジョンだからな。冒険者を受け入れる村の設備も整えている最中だし、その時になったら宣伝してくれる人がいると、こっちもありがたいんだ」

「わかった、任せといてよ。それにしても、聖者くんって色々知っていて、面白いよねぇ★」


 ジャラランと弦を撫でるレノレノに、俺は肩をすくめてみせた。面白がられているうちはいいが、これでもレノレノの機嫌を損なわないように気を使っているんだ。


「世の中、面白くない事も多くてな。いまはそっちを片付けるのに忙しいから、面白そうなことはレノレノに任せるよ」

「なんて自己犠牲の塊なんだ……。ノアくん、キミの保護者って、本当に聖者だね」

「うん? そうだよ?」


 ノアにきょとんとした顔で当たり前のように肯定されて、俺もちょっと恥ずかしい。


「ブランヴェリ公爵家の領地って、ディアネスト王国だった所のほとんどなんでしょ? 全部浄化してまわるなんて、何年もかかりそうだし、大変そうだねえ」

「それは構わないよ。俺が出来ることだし、公爵代行閣下との盟約だ。俺よりも、サルヴィア様の方が大変だよ。これが終わった後も、エルフィンターク王国とバチバチにやり合わなきゃいけないんだからな」

「仲悪いんだ? って、そうでなきゃ、魔境を押し付けられないか」

「そういうこと。味方もいるみたいだけど……俺は平民だから、よく知らない。俺よりも閣下に直接聞くか、ジェリドの方が詳しいと思うぞ」

「ふぅ~ん★」


 レノレノが楽しそうに、泣き笑いメイクに笑顔を張り付ける。レノレノって、こういうのも好きだよなぁ。


「だいじょうぶ! びあをいじめるやつはね、のあがえいって、せいばいする!」

「待て待て。ノアがえいって成敗したら、エルフィンターク王国がコンマ零秒で滅ぶ」

「アハハハハハ! それはそれで面白そうだねえ★」


 ノアやレノレノが言うと、シャレになんないんだよなぁ……。


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