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第九幕・第一話 若村長とシャンディラの闇

 ユーパの町の宿屋にて、俺、サルヴィア、メロディの、恒例転生者会議が始まった。


「ジャイプルはちょっと置いておいて、先に進むしかないっしょ」

「そうしたいのですけれど、ねぇ……」


 長い脚を組んで行儀悪く紅茶を啜るメロディに、サルヴィアも頬に手を当てて嘆息する。


 巨大すぎるダンプウーズが暴れたことにより、交易都市ジャイプルは壊滅的なダメージを受けていた。とくに、運河が張り巡らされていた西から南側はほとんど水没していて、まず水を抜くところから始めねば、瓦礫の撤去作業にも支障があった。


「バイパスさえ掘ってしまえば、水流魔法で川の流れも変えられるんだがな」

「現状、そこまでの人手がないわ」


 東の山岳地帯に水源をもつプトロス川は、ジャイプルの南を西に向かって抜け、そのままいくつかに枝分かれしながら、各地と繋がる運河になる。最終的には海に繋がるものもあるかもしれないが、ほとんどは農業用水などに使われ、大地に染み込んでいくそうだ。

 つまり、プトロス川が汚染されたままだと、農地も汚染されてしまう。ジャイプルから早急に切り離さないといけないのだが、いまはその労働力がなかった。


「水流魔法でバイパスも掘っちゃえば?」

「できなくはないと思うが、辺り一面水浸しになるぞ?」

「後が大変だって、ジェリドに怒られるわね」

「俺よりもメロディの方が適任じゃないか? ジュエリーフロッグの生息地を削り取ってきたみたいに。空間魔法、得意だろ?」

「ヤダ。面倒くさい」


 ものぐさを働かせるのには、上等な餌が必要だった。


 とはいえ、統治者であるサルヴィアが、何も手を打たずに行くわけにもいかない。うーんと三人で唸ったが、俺はふと思いついた。


「ノアが、なにか魔法持ってるかもな」

「地面を掘る魔法ですの?」

「ごっそり地面が消えても、ノアたんの魔法なら、ジェリドも文句言わんしょ。いいんじゃね?」

「そういう魔法があるかどうかはわからないけど、聞いてみる」


 主に、ジェリドに怒られないという点が、ノアを頼る理由なのは情けないが、仕方がない。扱う魔法の系統的にハイパワーなので、人間から見るとやり過ぎた結果に見えるが、ノアは俺よりも魔法制御がずっと器用だ。正確に指定してやれば、その通りにやってくれるだろう。


「ジャイプルの問題は、その案でジェリドたちと検討しましょう。次に、シャンディラ攻略に関してですわ」

「レノレノのおかげで、色々情報が増えたからな。整理しよう」


 俺たちはいまだに、旧王都シャンディラに居座るビッグアンデッドの正体を知らない。もちろん、レノレノもそこまでは知らないが、スヴェンが利用されているのはわかるそうだ。


「ビッグアンデッドがスヴェンじゃないって保証は?」

「そこまでのパワーがないんだってさ。生前の、生命力とか精神力とか、色々関係があるらしい」


 つまり、生前にものすごく生に執着しているか、恨み辛みといった感情が、あればあるほど、強力なアンデッドになるそうだ。


「たしかに、スヴェンはそういう性格ではありませんわ。良くとらえれば、自分のスペックを理解して、まわりに迷惑をかけないよう無理をしない、ということなのですけれど、諦め癖が強いというか……」

「あー、なるほど。流されて利用されるタイプか」


 メロディの評価が辛らつだが、なんとなく想像がつく。病弱なせいで、諦念が染みついているのだろう。レノレノのおかげで、音楽という趣味はできたが、そこから全国ツアーをやるぞってチャレンジには結びつかない。そのうち、上達したはいいが、知り合いの結婚式の余興に無料で何曲も演奏させられるとか、そういう可哀そうな扱いを受けて……うっ、他人のことながら腹が立ってきた。

 おそらく、レノレノの弟子として、スヴェンには吟遊詩人系のスキルが生えていたのだろう。死んだ後に、それをビッグアンデッドに利用されている、という予想がたてられた。


「先にスヴェンを倒せば、ボスの弱体化につながるってことね」

「そのスヴェンの居場所が問題だ」


 四方八方へ音を届けたいとき、スピーカーをどこに置いておく?


「シャンディラで、一番高い場所でしょうね」


 能力を強化させたいとき、バッファーはどこに置く?


自分ボスの後ろ」


 つまり、スヴェンがやらされている役割によって、居場所が違ってくる。シャンディラに近付かないと、こればかりはわからない。


 他にも、ヤバい敵はうじゃうじゃいそうだし、そうなると俺の位置取りも大事になる。俺の場合は大ボス相手にステルスがほぼ効かないので、自動的に正面中央になるわけだが、なにしろシャンディラは広い。どこを戦場と設定するか、それを地図とにらめっこして考えなければいけないわけだ。


「リヒターの浄化範囲って、どこまで有効になりまして?」

「ぶっちゃけ、魔力込めた分だけ広がるようになった。いままでと同コストだと、体感、三……四倍、くらい? 遠すぎてわからない」


 サルヴィアはなんだか呆れた顔をしているが、メロディのニヤニヤ顔もどうかと思う。スタッフオブセレマのおかげで、俺の魔法が軒並みパワーアップというか、超進化レベルで強化されてしまい、もはや別物だと俺も思い始めている。


「元々、瘴気を浄化する魔法は初級ランクだから、必要な魔力も少ない。リヒターはそこに、【女神の加護】と【聖者の献身】の効果で、さらにコスパが良くなっている。やろうと思えば、できちゃうのさ」

「スタッフオブセレマがなかったら、出来ないけど?」


 俺の視線を、メロディは華麗に避けて遠くを見る。


「とにかく、やろうと思えば、シャンディラのほとんどを、一気に浄化することも不可能じゃない。でしょ?」

「まあな」


 それには、王宮などがある中央部に位置する、シャンディラ魔術学園地下に置かれた、『星の遺跡』に転移する必要がある。それもひとつの手ではあるんだが、俺と一緒に多数の兵力を移動させることができないので、ちょっと使い方を考える必要がある。


「行ってみないとわからないが、俺がビッグアンデッドを倒す面子に入れるかもわからんぞ。浄化にかかりきりになる可能性だってあるんだ」


 いくら初級の魔法で、天賦ギフト能力アビリティのおかげでコスパがいいからと言って、限度というものがある。相手が瘴気を出すペースや濃度によっては、削られた分をかけ直し続けなくてはならず、その間、ずっと俺を護り続けるために戦力を割かなくてはいけない。


「やっぱり、スヴェンが第一目標になるわけよね」

「そういうことだ」


 相手のバフを潰すにしろ、こちらの環境を整えるにしろ、まずスヴェンを倒さないと、俺とガウリーがビッグアンデッドへの攻撃に参加できない。これはほぼ確定であるから、そのつもりで戦術を組み立てていくことになる。


「スヴェンがビッグアンデッドじゃないとすると、王様でもないかもしれないな」

「ああ、そうね」


 レノレノが言っていた基準で強力なアンデッドが出現するのだとしたら、スタンピードが起こる前から体調がすぐれず、戦争が起こった時にはほとんどベッドから動けなかったというディアネスト国王には、無念な気持ちよりも申し訳ないという気持ちの方が大きかったかもしれない。

 ……伝え聞くところによると、事前に警告されたスタンピードを防げず、そこから立ち直るのに時間がかかって国民は困窮し、戦争にも負けて、処刑場に引き出されるときには、国民から石を投げられるような扱いだったらしい。この世界の王様って、そういう責任の取り方もしなきゃいけないなんて、気の毒だな。


「頑張ったけどダメでした、は通用しないんだな」

「国民の命を預かる以上、そういうものよ。税を納めている民が、納得するはずないでしょう?」


 サルヴィアは為政者の顔で、きっぱりと言う。それはそうなんだろうけどさ……。


「リヒターは優しいからな。努力が報われないと、同情しちゃうんだろ」

「う……。そりゃあ、王様の差配が不味かったから、たくさんの人が死んだんだけど、そんな病気の人に、無茶なことだったんじゃないかなって……。まわりは何してたんだよ。たしか、王様って、まだ若かっただろ? 俺より少し年上くらいじゃなかったか?」


 俺の言う事にも一理あると思ったのか、メロディのからかうようなニヤニヤ笑いが、ふと抜け落ちた。


「病気……」

「なにか、気になりまして?」

「いや……」


 メロディはなにか思い出そうとしているが、なかなか出てこない様子でしきりに首を傾げている。


「レノレノにコープス伯爵のことも聞いたんだが、やっぱりディアネスト貴族に似たような奴がいたらしい」

「ハルビスで神殿騎士団を壊滅させたアンデッドでしたわね?」

「ああ」


 レノレノによると、使用人に対する残虐行為で告訴された貴族がいたらしい。被害者が平民でも数が多い上に、下級貴族出身の者が何人も行方不明になっていたらしく、監獄の塔に何年も幽閉されていたとか。


「もしも待ち構えている強力なアンデッドが、ディアネスト王族や貴族が元になっているとしたら、事前になにかしら情報が得られたら……いいんだが」

「当時のディアネスト社交界を知っている人が、ほとんどいませんものね……」


 そうなんだよな。


「さすがにサルヴィアでも、そこまで詳しくないか」

「無茶言わないでくださいませ。スタンピードが起きた時、わたくしはまだ十二歳で、王都じゃなくて領地の屋敷に住んでいたのよ。隣の国にいる『フラ君』の登場人物がどうなっているのか、その情報を探ってもらうだけでも大変でしたわ」

「そりゃ無理だな」


 それから数年は、サルヴィアも家族が亡くなって家督を継いだり、学院に入学したりと忙しくしていたから、復興中の隣国のことにまで気を回す余裕がなかったのだ。


「う~ん……」


 自分のこめかみを指先でトントンと叩いていたメロディが、突然、あっと声を上げた。


「思い出した! そうだよ、王位を狙っていた奴がいたじゃないか……!」

「え?」

「なんですって?」


 俺とサルヴィアが驚いている間に、メロディは手を叩いてホープを呼び寄せた。


「お呼びでしょうか、マスター」


 扉を開いて、恭しく二郎ホープが頭を下げる。


「ディアネスト王国の貴族名鑑。うちが持っている一番古いのって、三十年くらい前かな? それと、二十年前のと、最終版の三冊。あと、過去のシャンディラ新聞全部! うちに一郎が保管しているはずだ」

「かしこまりました。ここでお出ししますか? 作業用のお部屋にご用意しますか?」

「エルマ! 作業用の部屋を用意してちょうだい!」

「かしこまりました」


 開いた扉の向こうで、二郎ホープに並んで、エルマさんもきびきびと一礼して出ていった。


「……いったい、何を思い出したんだ?」


 俺の視線の先で、メロディはぽりぽりと頭をかきながら、厚い唇を尖らせていた。


「あんまり興味なかったから、思い出すのに時間がかかった。王様の……兄弟? 従兄弟? なんか派閥があって、よくぶつかっていたんだよ。ほら、『永冥のダンジョン』がある領地の貴族が、王様が即位する時の後ろ盾になったとか、そういう話があったじゃん?」


 たしかに、そんな話もレノレノが言っていたな。


「まだくすぶってたんだよ。その、王位継承争い」


 眉間にしわを寄せるメロディに、俺とサルヴィアは顔を見合わせた。

 なるほど、そういうことか。


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