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第八幕・第五話 若村長とジャイプル奪還戦・中編

 三回目のメメントモリを放った俺は、サルヴィアに渡されていたマナポーションを飲んだ。スタッフオブセレマには、俺から抜き出した魔力が十分にまわっているから、まだあと三回くらいは撃てるはずだ。ただ、これでもオークゾンビの総数に対して、焼け石に水な気がしなくもない。


「ふぅ」

「きつくないですか?」

「まだ大丈夫。親玉がいるなら、そろそろ出てきてくれると、楽なんだけど」


 ガウリーが俺を気遣ってくれるが、重装備な上にノアを肩車したまま走っている方が疲れるんじゃないか?


「ガウリーの方が疲れてないか? 重いだろうに」

「私は鍛えていますから」

「そうか……すごいタフネスだな」


 それに比べて、そこで大の字にひっくり返っている道化師ときたら。


「ぜーっ、ぜーっ……」

「レノレノ、生きているか?」

「はぁー、あー、しんどいぃ……。こんなに、緊張するパレードは……はぁっ、はぁっ、……はじめてだよ!」

「いい経験になったか?」

「二度とやりたくないよ! ボクは道化師クラウンであって、宮廷吟遊詩人ミンストレルじゃないんだからね!? 戦場にまで連れて行かれるほどのお給金はもらってないよ!」


 宮廷吟遊詩人は、主が戦いに赴けば付いて行くものらしい。なかなか大変だな。


「俺たちの所までは、自分の意思で来たじゃないか。もうちょっと頑張れ。おひねり出すから」

「はぁーん」


 作戦開始前からレノレノにはクレイジー呼ばわりされたが、たしかに危険だとはわかっている。

 敵の絶対数を効率よく減らすためには、レノレノの楽曲による挑発と、俺のリミッターが外れたメメントモリとのコンボが不可欠だ。オークゾンビたちを、とにかくこちらに引き付けて、まとめて消滅させていかないと、数で劣る人間が、広い交易都市ジャイプルを制圧することなんて無理だ。


「体感なんだが、予測より、オークゾンビの数が多い気がするぞ。五分の一くらいは消せたかな?」

「挑発による引き寄せのおかげで、三分の一くらいは減らせています。冒険者たちにも、キャロルが作った聖水が十分に支給されていますから、後ろはこのまま任せても大丈夫でしょう」


 俺たちは今、浄化と殲滅を繰り返しながら、ようやくジャイプルの中心部まで来ていた。この辺は、お屋敷街と問屋街が接する場所で、もう少し行くと、領主の屋敷があるはずだ。

 この近くまで運河が来ているらしく、むわっとした湿気の多い空気が漂っている。だがそれよりもなにより、市場で嗅いだような、水が腐った臭いが酷い。船の行き来がないと、こんなに澱むものなのか? それとも、プトロフ川と水路を繋ぐ閘門こうもんが閉まったままなのだろうか……。


「まったく、空気まで腐っているような臭いだな。相変わらず瘴気も濃いままだし、オークゾンビだけでも、数が集まれば、こんなになるものなんだな」

「いくら立派な屋敷が建っていても、この臭いがとれない限りは、住めそうにありませんね」

「そうだな。住めるのは自分も臭いオークぐらいだ……」


 漆喰壁が連なる屋敷街を眺めて、俺は首を傾げた。オークゾンビたちを指揮する個体がいるなら、そろそろ出てきてもいいはずだが……。まさか、巻き添えでもう倒しているとか言わないよな? そんな手応えは感じなかったぞ。


「変だな。オークやゴブリンって、増えるとジェネラルとかキングとかが出てくるって聞いていたから、そう覚悟していたのに。……ゾンビになると、出現しないのかな?」

「進化済み個体がゾンビ化しない限り、あらためて出現することはないのかもしれません。仲間を統率するための知能がありませんから」

「なるほど」


 ということは、偵察の報告通り、超強い個体はいないけど、雑魚をちまちま掃討する必要があるわけだ。


「……ですが、そうすると妙なことです」

「なにが?」

「リヒター様の言ったように、オークゾンビたちの数が予測を上回っています。それなのになぜ、これだけのオークゾンビが留まっているのか」


 ガウリーの疑問はもっともだ。指導者がいないのに、町の外に散らばらず、ひとところに集まっているのは、ちょっと不自然だ。そもそも、どうしてオークゾンビばかりが、この町に集まったのだろうか。


「つまり、理由があるはずだな? 例えば、餌が豊富とか、もしくは()()()()()()()()()か……」


 自分で言っていてなんだが、ひどく不吉な予感がする。


「リヒター様、一度戻って作戦を練り直した方がいいと思います」

「同感だ。調査をやり直すべきだな」


 都市規模の考察は、俺の手には余る。ジェリドに相談してからでないと、この先の攻略は危険だろう。


「よし、引き返そう」


 そう決断して、俺は元来た方に体を向け、立ち止まった。


「?」

「どうしました?」

「いや……地震か?」


 足元が揺れているような気がしたが……気のせいだろうか。


「んん~? 水路に反響して聞きにくいけど、何か近付いてくるね」


 地面に寝そべっていたレノレノは、俺が揺れだと思った、その地響きを聞き取れたらしい。素早く建物の屋根によじ登り、手でひさしを作って辺りを見回す。


「ぅえっ!?」

「どうした?」


 レノレノが見ているのは南。王都シャンディラに続く方向だ。


「軍隊が来る!! 逃げよう!!」


 ぴょーいと屋根から飛び降りた道化師が、地面を転がるように駆けだしたが、その襟首をガウリーが掴んだ。


「ぐえぇっ」

「報告は詳細・正確に。兵種と数は?」

「軍隊だよ! 南門周辺から煙が上がってる。馬に乗った騎士たちが、いっぱいこっちに向かってくるに違いないんだ!」

「姿は?」

「こんなに遠くから、見えるわけないでしょ!?」

「ガウリー、放してやれ。レノレノ、ジェリドに伝令を頼む。『機動部隊が来た』って言えば通じる。それから、メロディとサンダーバードをこっちによこしてくれ」

「わかったよ!」


 いままでの疲れはどこに行ったのかと思うほどの速さで、レノレノは来た道を戻っていった。


「やれやれ。思っていた以上の大物が釣れてしまった」

「例の、デュラハンたちですか」

「たぶんな。……あれと正面から当たるのは危険だ。とはいえ、これ以上進ませるわけにもいかない。移動するぞ」

「かしこまりました」


 俺たちは見通しのいい通りを外れて、待ち伏せにちょうどいい場所を探した。


 北の森の外にあるミルバーグ村で遭遇して以来、俺はあの世紀末アンデッドとどう戦えばいいのか考えていた。相手は機動力と耐久力が高く、人間なんか簡単に踏みつぶせてしまうだろう。


(だったら逆に、相手の機動力と耐久力を潰してしまえばいい)


 瘴気の中では異様に強いアンデッドだが、普通の状態で陽の光が当たる場所では、そこまでのタフさはない。夜間にしか動けない奴だっているくらいだ。天気のいい昼間に、きちんと瘴気を浄化した場所で相対するなら、その逆の環境よりずっと楽なはずだ。

 そして、相手は馬という高速移動手段を持っているが、それが活きるのは開けた平坦な場所だ。森の中や街中では、固まって移動することができないか、あるいは極端に隊列が長くなる。そうなれば、あとは分断して各個撃破するのが、定石というものだろう。


(アンデッドの馬に、それが通用すればいいけどな。拘束無効とか持っていそうだ……)


 普通に縄を張って転ばせることができれば、どんなにいいか。幽霊が壁やドアをすり抜けるなんて、当たり前だしな。

 本当はレノレノの楽曲で足止めしてもらいたかったが、あの様子では無理強いできない。下手に恨まれるよりは、安全な場所に逃げてもらった方が、こちらとしても迎撃に集中できるというものだ。


「俺のメメントモリでも、一発では削りきれないと思う。コープス伯爵のように、ダメージを受けながらも突っ込んでくる可能性もある」

「リヒター様への攻撃は、必ず防ぎます」

「のあも、やるよ!」

「うん。二人とも、頼りにしてる」


 俺たちは綺麗な屋敷に侵入して、塀越しに大通りに接する中庭に待機した。隠密のケープと悪霊除けのライトで、感知される気配をできるだけ希薄にする。

 通りは石で舗装されているのに、妙にぼんやりとした蹄の音がたくさん聞こえていた。メメントモリの効果はもうなくなっているが、キッチリ敷いた浄化範囲に無理やり入ってくるせいで、隊列から瘴気が剥ぎ取られるようにたなびいている。


 塀のせいで敵そのものを目視できないので、タイミングはガウリーの索敵スキル頼りだ。


「まもなく、予定範囲いっぱいです」


 囁いたガウリーの指が、さん、に、いち、と折りたたまれる。


「汝が生きるは過去と思い出せ! メメントモリ!!」


 おどろおどろしい悲鳴が壁越しに響き、ばつんばつんばつんと、弾かれるような手応えが、長杖を握りしめた俺の腕を震えさせる。ものすごい抵抗に腰が引けそうになるが、必死で足を踏ん張る。


「くっ……う、ぐぅっ……!」

「たー、がんばれ!」


 うおぉっ、ノアの応援に応えねば、保護者の沽券に係わるっ!


「な・め・ん・な・ぁッ!!」


 押し込むように魔力を注ぎ込み、効果時間いっぱいかけて力比べをする。相手も暴れまくり、ついに俺たちの前にあった塀が砕け散った。


「お任せください! 続けて!」


 飛んできた瓦礫を盾で弾き、俺の前に立ったガウリーがウォークライで叫ぶ。


「ウオオオオオオオォォォォォ!!!」


 ビリビリと空気を震わせる雄叫びに、馬を下りて崩れた塀を乗り越えてきたアンデッド騎士の槍がガウリーを捉える。だがその穂先は、ガウリーの持つ盾に当たる前に、跳ねるように地面に落ちた。


 ゴシャッ!


「「「!?」」」


「ブフュルル……ヒィーーーン!!」


 アンデッド騎士の鎧を大きな蹄で踏み潰したのは、あのチャリオットに繋がれた灰色の巨大な馬。青い炎の鬣を振り乱すように首を振り、甲高い声で威嚇してきた。


(うぅっ、ぞわぞわするっ! この威圧感、まるで人喰い馬のディーノスだな)


 たしかに、凶暴なモンスターは怖い。だけど、わざわざ威嚇するっていうことは、こっちの攻撃が通じているってことだ。


「もう一回、力比べするか?」


 俺はアンデッドたちを焼き尽くすべく、長杖を振り上げ、地面に突き立てた。


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