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第八幕・第一話 若村長と流浪の小公子

 旧ディアネスト王国の王都シャンディラを目指し、俺たちは北の森を南に抜けた先、街道にあるリルエルの町から進軍を開始した。


「すぐに追いついてくると思ったのに、全然来る気配がないな」


 王都の反対側、国境の町ハルビス方面の、いまだ濃い瘴気にけぶる空を眺めて首を傾げる俺に、ジェリドが薄く苦笑いを浮かべた。


「動くに動けないのでしょう。そろそろ内輪もめを始めたかもしれませんね」

「そんなもんか」


 旧国境の町ハルビスは、フーバー侯爵の領地になり、俺たちブランヴェリ公爵家の人間が無断で入ることができなくなった代わりに、大神殿をはじめとする復興人員が出入りするようになった。その余勢を駆って、大神殿が浄化範囲を広めてくると思っていたのだが、いまのところその気配はない。

 街道を浄化して俺たちに追いつきたい大神殿と、領地内を先に浄化してほしいフーバー侯爵が、ジェリドの言う通り、さっそく内輪もめを始めた可能性は高いだろう。

 なにしろ、神官たちの浄化魔法では、すでに施されている俺の浄化魔法に、重ねて発動させられないことがわかっている。さらに、メロディが作った、俺の浄化魔法を刻んだ浄化玉くんがないと、浄化範囲を維持することもままならないのだ。大神殿の中でも、意見が割れているのかもしれない。


「もめるってわかっていそうなのに、あのフーバー侯爵に協力するなんて、よく大神殿が納得したな」

「エルフィンターク王国の、大聖女様のおかげでしょう。引退してから長いようですが、まだまだしっかりした方でしたよ」


 俺は知らなかったのだが、この国にも聖女がいたらしい。といっても、引退してから三十年くらい経っているらしくて、いまの彼女は八十歳を越えているんだとか。そんなお婆ちゃんを、寒い中慰霊式に引っ張り出すなんてなぁ。この世界にはエアコンが付いた自動車なんてないから、いくら馬車でも何日も移動するのは大変だったろうに。


「例の栽培地の件ですが、大聖女様は知らなかったようです。私と親しい精霊たちがおしゃべりしているのを聞いて、たいそう驚いておいででしたよ。ということは、取引などが大規模に行われ始めたのは、長くて三十年前くらいでしょう」


 ジェリドによると、大聖女クレメンティア様も精霊と親しい人らしく、ジェリドほどではないが精霊から色々情報を得られるらしい。そんな人が大神殿にいたら、ご禁制の物を扱うなんて無理だし、彼女が引退して離宮にひっこんでから、という予想は正しいと思う。


「俺たちが生まれる前から常態化していたんじゃ、若い世代が気付けないのも当たり前か。ガウリーが気付いて、さらに俺たちのところに来てくれなかったら、ブランヴェリ公爵家はとんでもない毒虫を腹の中に抱えることになるところだった」

「本当に、その通りだと思います」


 ジェリドが真剣な表情を歪ませたので、本気で厄介だと思っているんだろう。そうならなくてよかったと思うし、現時点でわかっているからこそ、ジェリドなら手を打てる。運がよかったんだ。


 俺たちにその重大な情報をもたらしてくれたガウリーだが、俺の守護騎士として今後の生涯を全うする気らしく、日々の鍛錬に余念がない。コッケの声とともに起きる俺だが、だいたい同じ時間に朝の鍛錬をしているし、俺は免除されている夜の見張りもやる日があるらしい。いったい、いつ寝ているんだ。


「夜警は交代ですし、きちんと寝られていますので、ご心配なく」


 うーん、そうか? それならいいんだけど。


「私の希望としては、夜間はずっと起きていたいのですが、行軍中はそうもいきません」

「やっぱりそういう無茶なことを考えていた」


 俺はため息をつくが、ジェリドは逆に合理的だと笑う。


「昼間はコッケやノアくんがいますからね。夜間はガウリーに任せるのが一番です」

「ジェリド卿の言う通りです」


 えー、そういう問題かなぁ。


「早いところ、見張りだの警備だの、しなくていい生活にしないとな」


 俺は至極まっとうなことを言ったのだが、なぜかジェリドとガウリーが顔を見合わせている。おい、言いたいことがあるなら言え。


「いえ、謙虚なリヒター殿らしいなと」

「揺るがない志があればこそ、私たちも迷わずついていけますので」

「すごく遠回しに『無茶言うな』って言われた気がするんだが?」


 俺の平穏はどこにあるんだ。神様の加護がある方が警備必要って、おかしくないか?


 俺が世の不条理を密かに嘆いていると、ジェリドの従者であるリオンが主人を呼びに来た。


「セントリオンに亡命していた、ディアネストの貴族?」

「はい。冒険者登録をして、北の森経由でここまで来たそうなのですが……」


 ただの亡命貴族ではないようで、サルヴィアがジェリドと俺を呼んでいるらしい。なんだか厄介事の予感がする。


「とりあえず、行ってみようか」

「そうですね」


 俺たちは街道をだいたい南東方向に進んでいて、いまはユーパという大きな町にたどり着いている。白っぽい石やレンガで出来た、二階建てくらいの背が低い家が多い町で、枯れてしまっている植栽もソテツやヤシに似た木が増えてきた。いまのところ世紀末アンデッドの襲撃はないが、相変わらず辺りには生気が乏しくて、一応浄化はできても、とにかく不気味だ。


 大通りに面した、一番立派な宿屋に戻ると、俺たちはさっそくサルヴィアが待つ部屋に通された。


「お待たせしました」

「どうしたんだ?」


 サルヴィアと差し向かいでソファに座ると、憮然とした表情を扇で隠しながらもため息が聞こえてきた。


「面倒くさいのが、有能を連れてきたのよ」


 ディアネスト王国のジューク公爵家の子で、ヨシュアという少年がいる。領地が魔獣にめちゃくちゃにされたので、彼はスタンピードの時点でセントリオン王国に避難していたのだが、その間に祖国が滅ぼされ、両親が行方不明になってしまった。冒険者資格が得られる十二歳を待って、祖国を取り戻さんとすべく、仲間と一緒に出向いてきた、というわけだ。


「自分の物語を作らせるために、吟遊詩人を連れてきているのよ。どういう性格かわかるでしょう?」

「それはそれは……」

「足手まといだから帰れっつっても帰らないで、そのまま死ぬタイプだ」


 奪われた祖国を取り戻す旅。そういうのは、お子様のヒロイズムを満足させるだろうが、現状は簡単なことではない。現在のブランヴェリ公爵領への渡航は、高ランクの冒険者しかギルドが認めていないはずだが、彼等はそれを無視したのだろう。


「お子様たちは面倒なだけなのだけれど、問題は、その連れている吟遊詩人ですわ。ぜひ仲間にしたいの」


 俺とジェリドの表情が変わったのを見て、サルヴィアは薄く笑った。


「経験の浅い彼らがここまで来られたのは、吟遊詩人が魔獣を眠らせたり、アンデッドの動きを止めたりして支援してきたからなんですって。彼はマハム伯爵家の子……セントリオン王国宰相だった、ダリウス・マハムの嫡子で、リヒターと同い年よ。彼、体が弱くて、子供の頃は寝たきりなことが多かったのだけれど、道化師レノレノから楽器の手ほどきを受けたことがあるらしいわ」


「!? ……まさか、スヴェンか? スヴェン・マハム? は? スヴェンがレノレノの弟子!?」


 驚いた俺の声に、サルヴィアが頷いた。スヴェンは、俺と同じ『フラワーロードを君とⅡ』の攻略対象の一人だ。それがまさか、『ラヴィエンデ・ヒストリア』のチート級キャラ、道化師レノレノと接点があったなんて。


「わたくしはむしろ、リヒター同様に生きていたことに驚きましたわ」

「【空間収納】は?」

「持っていなかったわ」


 ということは、転生者の可能性は低いな。


 サルヴィアによると、『フラ君』の初代とⅡの登場人物は、ほとんどがこの世に生まれなかったか、先のスタンピードと戦争、及び瘴気の大発生に巻き込まれて、生死不明になっているそうだ。そんな中で生き残っているのが、俺以外にいたのだから、サルヴィアが驚くのも無理はない。


「わかった。接触してみよう」

「お願いするわ」


「では、あとの問題は、その公爵家のお坊ちゃまたちですね」

「自分たちが世話になったセントリオン王国の高位貴族である、ジェリドの言う事なら、わたくしよりは耳を傾けると思うのですけれど」

「わかりました。やってみましょう」

「面倒ごとを押し付けてごめんなさい」

「いいえ、お気になさらず」


 そろそろ中二病にかかる年齢の子供では、若くて女装しているサルヴィアの実力がわからないだろう。公爵代行よりも、公爵家の後継ぎである自分の方が上だとも思っているかもしれない。


 俺たちはサルヴィアの応接室から出て、問題の一行を探すことにした。


「いい人選だと思いますよ。サルヴィア嬢が直接凹ませると、なにかと逆恨みしそうですし」

「あー……俺が言うのもなんだけど、その、再起不能にはしてやるな? 一応、未来ある少年なんだし」


 パッと見は穏やかそうな外面をしているけど、ジェリドって実は容赦がないからな。理詰めでボッコボコにする姿が予想されて、関係ない俺の胃までシクシクしてくる。


「リヒター殿はお優しいですね」

「大人になってからクッションに顔を埋めて転がりまわるような経験は、誰にだってあるものだからな」

「聖者殿の慈悲を理解する少年であれば、私としても手加減のしようがあるのですが」


 無理かなぁ。そうかぁ……そうだよな、俺だって、ティーターっていう、典型的な貴族のバカ息子の実物を見たことがあるからな。あれをどうにか説得しろ、って言われたら、たしかに無理だ。


「そうだな。北の森経由でここに来たってことは、難民キャンプにも立ち寄ったはずだ。フィラルド様やミリア様が知っていて止めなかったとは思えないし、それでもここまで来たってことは、よほど実力があるのでなければ……まぁ、お察しだな」

「ええ。特にミリア嬢は、ディアネストの地を立て直そうとしているサルヴィア嬢とリヒター殿を、とても尊敬していらっしゃいます。相手が公爵家の子供でも、失礼な言動があれば厳しく対応したと思います」


 フィラルド様の婚約者であるミリア様は、元々ディアネスト王国の子爵令嬢だ。サルヴィアのことを恩人だと言っていたし、初対面の俺にもフレンドリーに接してくれた。

 祖国の対応の不味さからの破滅を苦々しく思って、他国に逃げもせず、難民キャンプで必死に救援活動をしていた。本来なら、そんな苦労を自分から買ってしなくてもいい身分なのに。


(自分より身分が低いからといってミリア様を蔑むようなことをしていたら、俺も容赦がなくなりそうだ)


 俺とジェリドは、なんだか二人そろってピリピリした空気を放ち始めてしまったが、どこからか爆発音のようなものが聞こえて、顔を見合わせた。昼間に打ち上げる花火のような、ポンポンとした音だったが……。


「なんだ?」

「敵襲でしょうか?」


 敵襲にしては規模が小さい気がするし、襲ってきそうなアンデッドが爆発系の魔法を持っているかっていうと、首を傾げたい。


「そういえば、ノアくんは?」

「コッケ達と一緒に、メロディのところに遊びに行くって言っていたけど……」


 俺たちはとりあえず、ノアを探して走り出した。


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