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第七幕・第七話 若村長と人の望み

 まだ指先が冷える季節だが、『大地の遺跡』の桟橋には、毎日ひっきりなしに船がやってきて、難民キャンプはもはや町と言っていい賑わいを見せていた。

 南北路は冒険者と荷馬車が行き来し、森の中で魔獣を狩るパーティーから、もっと浄化範囲を広げてほしいという要望が出てきた。森むこうのミルバーグ村とリルエルの町にも、常駐する人が増えてきた。


 リューズィーのダンジョンによく行っているキャロルだが、現在は対アンデッド用の聖水生産工場と化してしまった。


「浄化ポーションはサルヴィア様の物がありますから、わたくしは付与用の聖水を作りますわ。そのままアンデッドにかけても、ダメージになるはずです」


 これはいい考えだと思った。冒険者が増えれば、浄化されていない場所に突っ込む奴が、何人か出るだろう。そういった奴にサルヴィアのポーションを飲ませることで、瘴気の中に行けば、死ぬか、死ぬほど不味いポーションを飲まなきゃいけない、ということを知らしめるのだ。


「在庫処理にちょうどいいですわね」


 サルヴィアも冒険者に売りつける気満々だ。まあ、死ぬよりいいだろう。


 ある日キャロルが、俺とジェリドに監督してほしいと言ってきて、何事かと思えば、リューズィーの村をまるごと覆う、防御結界を広げてみせた。


「すごいじゃないか!」

「これは見事な……」

「ありがとうございます」


 はにかみながらも嬉しそうに頬を染めるキャロルは、遠征の為に俺たちが村からいなくなってしまうので、自分にも何か出来ないだろうかと悩んでいたらしい。いまでも聖水生産で貢献しているというのに、真面目なことだ。


 そうしたら、リューズィーから神託(?)があったそうで、この魔法を会得できたのだという。


「村の魔素もずいぶん少なくなったはずだと、カイゼル様がおっしゃっていました。冒険者が森の魔獣を狩ってくださっていますし、この村はわたくしの魔法で十分護れるはずだと、お墨付きをいただきました」


 たしかに、この村の防衛には不安があった。でもキャロルがこれだけがんばってくれるなら、大丈夫だろう。リューズィーも、せっかくできた自分を信仰する村が襲われるのは嫌なようだ。


「任せていいか、キャロル」

「はいっ。微力を尽くしますわ」


 力強く頷く菫色の目には、寄る辺なさに泣いていた影はもうない。あの諦めた微笑を見ていた俺は、なにより、それが嬉しい。


「頼んだ」

「ご武運を」


 俺は三羽のコッケ達を引き連れ、リューズィーの村から最前線へと向かう準備に入った。



 そして、『赤き陣風』や『鋼色の月』など、難民キャンプに入った冒険者たちは、かなりの高ランク帯でまとまっていた。彼等なら、北の森の中でも十分に対応できるだろう。


「えっ、アイアーラさんたちも来てくれるんですか?」

「当たり前だよ。そのために、装備を作ってきたんだからね」


 『赤き陣風』をはじめ、対アンデッドを想定した武装を整えた冒険者がいたことに驚いたのは、俺だけじゃなかった。だって、アンデッドって、倒してもあんまりお金にならないんだ。


「シャンディラに居座っているアンデッドを倒せば、瘴気が消えるんだろ?」

「すぐに消えるわけじゃないと思いますけど、そう予想しています」

「そうしたら、シャンディラの向こう側にいる魔獣を狩るのは、アタイらが一番乗りだ」


 ニヤッと獰猛な笑みを浮かべるアイアーラに、俺は思わず苦笑いを浮かべてうなずいた。なるほど、そういう考え方もできるのか。


「ついでに、『永冥のダンジョン』攻略も手伝ってください」

「もちろん、そのつもりさ。スタンピードの原因になった所だろう?」


 さすがはアイアーラと言ったところか、やっぱり知っていた。


「うかうかしていると、他の冒険者どころか、ノア坊に全部持ってかれちまうからね。おまんま食い上げにならないよう、しっかり稼がせてもらうよ」

「あははは……。よろしくお願いします」


 アイアーラに真顔で見下され、金鶏を抱えていたノアは、不思議そうに彼女を見上げていた。



「おっ待たせ~!」


 港町ウィンバーから『風の遺跡』経由でやってきたメロディは、二郎ホープを引き連れて参戦する。なんでも、ホープたちは【インベントリ】という収納能力を持っていて、三人が同じ収納場所を共有しているらしい。しかも、収納力は【空間収納】と同じで、ほぼ無限。


「一郎や三郎からの支援物資や情報も、すぐに受け取れるってわけ」

「なんてぶっ壊れアビリティなんだ」

「ホープが三人いるから活きる力だよね」


 にんまりと笑うメロディは、頼んでいたガウリー用の装備を自分の【空間収納】から取り出した。


「さあ、ロードラル帝国の鍛冶技術の粋を集めた装備だよ!」


 鎧、兜、剣、盾、どれもが素晴らしかった。青みを帯びた白銀の地が、黒と見紛う程の、艶やかな濃藍で縁取られていて、リューズィーがモチーフと思われる装飾は、ため息が出るほど繊細だった。


「これは……国宝級とか、そういうシロモノじゃ?」

「ダイジョウブ、ダイジョウブ」


 何が大丈夫なんだ、これは全部で、金貨おいくら万枚の物なんだ? え? 目を逸らすな、メロディ。


「ドワーフのみんなに、すごい無理を言ったんじゃないだろうな?」

「気にすんな。使えりゃなんでもいいんだよ。ほらほら、剣はリヒターが持つ」

「え? なんで?」


 鎧兜盾を装備したガウリーは、本当に様になっていて、かっこよかった。しっかりと鍛えた大きな体が、俺の前で跪く。


「ほらほら」


 メロディに肘で突かれ、まわりにはサルヴィアをはじめとしてギャラリーが出来てしまった。何をやれと言われているのか察しはつくが、どうやればいいのかなんてわからないよ!! えっと、えっと、どどどうすればいいの!?!?


「……」


 俺は深呼吸をして、緊張でばっくんばっくんいっている胸を納得させ、ガウリーの剣を鞘ごと彼の肩に当てた。


「……俺は王侯貴族や、聖職者じゃない。それでも、俺の剣になりたいというんだな?」

「命を救っていただいたときから、私はリヒター様以外にお仕えする道を持ちません」

「それなら、俺だけじゃなく、ガウリー自身を含めたみんなの未来を護る盾になることを命じる。俺と、一緒に戦ってくれると嬉しい」

「身に余る光栄。女神アスヴァトルドと水神リューズィーに誓い、必ずやご命令に副うよう、努力いたします」

「よし。剣を受け取れ、ガウリー」


 水平に持ち直した剣を俺から受け取ったガウリーは、とても誇らしげだった。

 ガウリーに向けた拍手とお祝いの言葉で盛り上がる中、俺はメロディから別の物を渡された。


「これは、リヒターの分。ずっと前に【十連ガチャ】で出たレアなんだけど、私はスタッフ使わないし、その辺に売るわけにもいかなくてさ。倉庫の肥やしになっていたんだ。代金はいらない。使って」

「え、いいのか? ありがと、う!?」


 手に取っただけで、その長杖がいままで使っていた悟りの聖杖とは別格だとわかった。しっとりと馴染む手触りながら、俺が練った魔力を吸い込むように纏わせていく奥深さは、まるで底が見えない。どれだけ高性能なのか、俺には見当もつかなかった。黒檀色のシンプルな柄に、螺鈿のような光が幾何学模様を描いて走り、濃密なマナを宿した宝石が贅沢に配された先端飾りがついている。


「綺麗だけど、このくっついているの、ただの宝石じゃなさそうだな? 魔石? まさか、魔宝石?」

「……」

「おい?」


 がっつり視線を逸らすな、メロディ!

 ひえぇ、ノアが捕まえてくるケロケロ何匹分だ? それだけ魔宝石を積んだ土台の素材だって、絶対ただの木じゃないだろう。……いや、これ木か?


(うん、考えるの止めよう。世の中には、胃に穴を開けないために、知らない方がいいことだってある)


 名前だけは教えてもらった。


「スタッフオブセレマ……セレマって?」

「『意思』、あるいは『人の望み』、そういう意味だよ。リヒターが持つのに、ぴったりだ」


 メロディは満足そうだが、俺の望みと言えば、ひっそり穏やかなスローライフだ。こういう強そうな武器を持って戦う事じゃないんだが……。


(まあ、平穏を勝ち取る為の装備と言えば、ぴったりと言えなくもないか)


 難民キャンプをはじめとする、俺たちのまわりには、人も物も続々と増えていた。冒険者は北の森やウィンバー周辺で活動をはじめ、ようやく各ギルドの支部が立つようになってきた。


 港町ウィンバーには、ついにブランヴェリ家の三人目が到着したらしい。


「お兄さんか?」

「ええ。四番目の兄で、マーティンよ。学院を卒業して、すぐにこっちに来たみたい」


 サルヴィアも苦笑いだが、嬉しそうだ。マーティン様は『フラ君Ⅲ』の攻略対象キャラでもあるんだが、なんでも貿易商の娘さんといい感じらしく、その貿易商が商会の支店をウィンバーに出すなど、かなり力が入っているらしい。



「あと、一年……」


 キングヒポポタンクの角で作った短剣杖を腰に吊るし、サルヴィアはクールな美貌を上げ、きりりと旧王都シャンディラの方角を睨む。


 俺たちが出会って、もう半年が過ぎてしまった。あと一年で、この魔境を……少なくとも旧王都シャンディラを攻略して、瘴気の元を絶ち、人が住める土地にできたと、大手を振ってエルフィンターク王国に報告しなければならない。


「まあ、そう硬い顔をするな。初めて会った時を思い出す」

「リヒター」


 ラベラの町の教会で、きっとお互いに緊張しながら話していた。


「俺たちが付いている」


 豊かな黒髪が流れる細い背中を、手のひらで軽くたたけば、ドレスの下で強張っていた肩から力が抜けた。


「サルヴィアには、立派に領主をしてもらわないといけない。俺の静かな生活の為に」


 俺は自分の生活の為に、サルヴィアはブランヴェリ家の為に。互いを利用し、力を合わせてきた。


 そして俺は、必ずこの地の瘴気を掃って人が住める土地にすると、犠牲になったひとたちにも誓った。瘴気をばら撒いて自国の民すら飲み込もうとする、身勝手なビッグアンデッドのことも許せない。


「意外と早く片が付いて慌てないように、いまから襲位演説のセリフを考えておけよ、代行閣下」

「……ふふっ。期待しているわ、リヒター」


 その時はきっと、この可憐な淑女の微笑も見納めになっているだろう。



 春を告げる嵐が去った日、俺たちは旧王都シャンディラを目指して、街道の町リルエルから進軍を始めた。



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