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第七幕・第六話 若村長と貴族の取引

 ハルビスの町には、結局三日もいることになった。水も食料も十分にあったが、どうしても衣類や体に臭いが染みついてしまうので、はやく終わらせて帰りたいというのが、全員の思いだった。


 腐肉の塔の材料にされていた遺体はすべて集め、町のはずれの墓地にまとめて埋めて、慰霊碑を置いた。いずれは神官たちに、ちゃんとした慰霊式を挙げてもらいたいと思うが、いまはこれで我慢してもらおう。


「公爵代行閣下にお願いして、ロイデム大神殿に慰霊式をしてもらおう。彼等も、その方がいいだろう」

「……そうですね。大神殿の思惑がどうあれ、彼等の拠り所であり、彼らに責任があるのは、王都の大神殿ですから」


 ガウリーもそれがいいと言ってくれて、俺はほっとした。さすがに神殿騎士たちの慰霊にまで、心情的に責任は持てないからな。


 旧国境検問所の内扉も、設計図が先に入手されていたので、難民キャンプで作った部品を現場で組み立ててはめるだけだ。そして、厳重に閂をかける。

 痛い目を見た奴らが、また門を破って入ってくることはないと思うが、次は内側からちゃんと閂を外して、門を開けたいものだ。


「いやぁ……、これは落ちないですよねえ?」

「建て直した方がいいでしょうな」


 水洗いくらいじゃ落ちそうもない、染み付いた血痕に、トマスさんも渋い表情をする。建物もそうだが、メインストリートを中心とした石畳がほとんど血の染みだらけで、新しく敷き直した方が絶対に良いだろう。


「お館様のご判断次第になりますが、なるべく早く再建計画を立てていただきましょう」

「そうしてもらわないと、また瘴気が出かねないですからね」


 一度浄化した場所を維持するのも大変なのだ。


 奪還した旧国境の町バルビスは、しばらくは交代で浄化玉くんへの魔力補充をすることで、現状を維持することになった。



 難民キャンプのある『大地の遺跡』に戻ってフィラルド様に報告し、今後の対応をお願いしてから、俺たちはリューズィーの村に帰ってきた。


「やっと帰ってきたぁ~!」

「お~!」


 村人であるジェリドの部下たちに帰宅の挨拶をしながら、俺たちの家に向かった。

 村にはこの冬の間に、共同の風呂場と洗濯用の水場が建設されていて、自由に使うことができるようになった。


「さあ、ノア。洗濯とお風呂にするぞ。エルマさんが、いい匂いの石鹸を置いていってくれたから、それを使おうな。ガウリーも使え。俺たち、ひどい臭いのはずだ」

「はい」

「おっふろ! おっふろ~!」


 今回は、ノアにもずいぶん助けられたな。なんか、いつも以上にすごい魔法を使ってくれたし。


 腐臭が染み込んだ服も洗濯桶に漬け込んでおく。明日天気が良ければ、ハーブ入りの洗濯石鹸で洗って、さっぱり乾くだろう。


「サルヴィアたちから連絡が来るまで、二、三日は、ゆっくり休むぞー!」

「おー!」


 こうしてハルビスへの遠征は終わったわけだが、いくつかの疑問が残った。


 旧ディアネスト王国の中心部には、世紀末アンデッドを率いたデュラハンだけでなく、コープス伯爵のように強力な特殊個体や、ハエ女のような初見殺しの怪物もいっぱいいるにちがいない。果たして、俺たちだけで対応できるだろうか。

 それに、大神殿の遠征軍を滅ぼしたのがコープス伯爵たちなら、いったいどこからやってきた? デュラハンや騎士アンデッドたちは、いまどこにいる?

 もしも、いまだ正体もわからないビッグアンデッドを頂点とした、組織的なものが出来上がっていて、その兵士は無限湧きするアンデッドだったなら?


(あんまり悪いことばっかり考えていても仕方がない)


 なにしろ、俺たちにはノアの本体である、魔王ゼガルノアを救出して、『永冥のダンジョン』で起こっているトラブルを解決しなければならない。王都シャンディラのビッグアンデッドで躓いている暇はないのだ。


 俺は次の戦いに向けて、しっかりと休息をとっておくことにした。




 ハルビスから戻った俺たちが村でのほほんとしている間に、サルヴィアたちは丁々発止の駆け引きを繰り広げていたようだ。

 一番厳しい寒さが過ぎて、『赤き陣風』をはじめとする冒険者たちが、続々と集まってくるのと時を同じくして、サルヴィアたちも村に戻ってきた。


「リヒター、ジェリドを捉まえてくれて、本当にありがとう」

「え? おう。すごい奴だろ?」

「本当に」


 サルヴィアが真顔でしみじみと頷くので、賢者殿はよほど役に立ったらしい。


「それで、どうだった?」


 まず、大神殿がメラーダの販売を総括しているのは、ほぼ確実だという。ジェリドが密かにセントリオンまで足を延ばして調査させたところ、聖地アスヴァトルド周辺でも、メラーダ絡みではないかと思われる、不可解な事件が起こっていたことが分かった。いよいよ、旧ディアネスト王国の大神殿に侵入して、残っている重要書類を探さなければならないだろう。


 ブランヴェリ公爵領に無断侵入してコープス伯爵たちに喰い散らかされた、エルフィンターク王国の大神殿であるが、やはり箝口令が敷かれていたらしい。だが、元々すぐに瘴気を浄化できると大言を吐いていた上に、被害が大きすぎて身内に隠し通すことが出来ず、ブランヴェリ公爵家と瘴気被害が大きくなったリグラーダ辺境伯家の両方から抗議されて、ずいぶんと過少な被害で発表されたらしい。しかも、現場となったハルビスの町はブランヴェリ家が奪還して浄化済みという追加情報が、こちらはサルヴィアが大々的に発表したので、大神殿の面目が潰れるのは避けられなかったようだ。


「そこで、ひとつ提案させていただきました」


 ジェリドの案は、浄化したハルビスの町を中心としたマルバンド地方を、フーバー侯爵が持っているバルザル地方と交換させることだ。


「フーバー侯爵は、現在金に困っています。大神殿がこの調子では、自分たちの領地の浄化が終わるまで、いまの贅沢な生活を維持することは難しい。裕福なフィギス男爵家のキャロル嬢を嫁に迎えることも、まだ諦めていないようです」

「すごかったわよ。あのフーバー侯爵が、大神殿に対して正論で噛みついていたもの。今世紀最大のジョークですわ」


 サルヴィアの目が半分死んでいるので、その場を見たかったような、見ずにすんでよかったのか……。


「ハルビスの町の復興もしたいですが、現状の我々では手が足りません。そこで、フーバー侯爵にやらせるのです。あそこなら陸続きで各ギルドも入りやすいですから、それなりの税収を望めます。領地の浄化は、大神殿にやらせればよろしい。彼らがハルビスの状態を維持できるかどうかは、我々が関知することではない別問題ですが」


 いますぐ儲かる領地と交換してもらえることに、フーバー侯爵はいたく喜んだそうだ。


「国王から賜った領地を勝手に交換することは、普通できないし、やろうとも思わないのだけれど、それぞれが相手に売却するという形にすれば抜けられるわ」


 生活に困窮した貴族が領地を売ることは、ままあるそうだ。

 しかも、今回はただ交換するだけではなく、当分使えない僻地と、今すぐ使えて旧国境という陸の要衝で税収が見込める所という、値段に換算しても明らかに偏った交換であり、ブランヴェリ公爵家が預かっている十名ほどの領民を、そのままブランヴェリ家に譲ることなど、フーバー侯爵は意にも介さなかったそうだ。


「やっといまの生活に馴染んできた農民を土地から離すのは気の毒で、なんてサルヴィア嬢がしおらしく言ったら、気前よく譲ってくださいましたよ」


 明るい笑顔で言うジェリドに、俺は目眩を堪えた。まあ、あの侯爵なら、そうだろうな。たしかにハルビスは陸の要衝だが、その先にはいくつも港を抱える海岸線が広がっている。ブランヴェリ公爵家が、陸路だけで交易しなくてはならない理由など、どこにもない。さらに、老獪なリグラーダ辺境伯がお隣さんで、大神殿も介入してくるなんて、トラブルが絶えなさそうじゃないか。


(ジェリドの手のひらで、ころっころ転がされたんだろうな……)


 フーバー侯爵の視界の狭さは今に始まった事ではないが、聞くだけで居たたまれない。これが観察者羞恥というやつか。


 ただ、とにもかくにも、これで俺も正式にブランヴェリ公爵家の領民になったわけだ。


「だけど、旧国境を開けてしまったら、大神殿の連中が、俺たちよりも先にメラーダの情報に行きつかないか?」

「問題ありません。現在のロイデム大神殿に、そこまでの軍事力はありません」


 言われてみればそうだ。あれだけの被害を出しておきながら、もう一回やってみますなんて許可が出ないだろうし、人材も物資も足りないはずだ。


「大神殿の手の者を冒険者に紛れさせるか、あるいは冒険者と偽って少数精鋭で進んでくるか、または……私はエルフィンターク王国のアンダーグラウンドには疎いので、そういう組織があるかは存じませんが、腕利きに依頼を出して我々に付いてくる、という可能性も、無くはありません」


 うん、うん。


「ですが結局、先頭を行くのは我々ですし、実際、リヒター殿たち以上の、対アンデッド戦力が存在しません」

「えっ」


「それは私が保証します」

「えっ」


 なんでガウリーが保証でき……そういえば、この国で一番アンデッドと日常的に戦ってきた人間だった。


「いやいやでもでも、ちょっと待て。大神殿の、赤サッシュとか紫サッシュの神官だっているだろ? 冒険者の中にだって、いるかもしれないし?」


 俺は首を横に振るのだが、ガウリーが「何言ってんだコイツ」みたいな顔をするのなんで!? おいおい、勘弁してくれよ。


「リヒター様、はっきり申し上げますが、あのコープス伯爵を倒せる神官は、ロイデム大神殿におりません。私が率いていた、第八大隊の中にもおりません。冒険者の中に、それ以上の者がいるというのも、聞いたことがございません」

「……」


 そんな馬鹿な。いくら何でも、そんなはずないだろうと思うのだが、サルヴィアが咳払いをして、意味ありげに扇を広げた。


「そうね。『リヒター』ですもの」

「……」


 元々才能のある、若くして聖者と称えられた少年……が、『フラワーロードを君とⅡ』の『リヒター』だ。そうだよ、忘れていたけど。


 俺はため息をついて頭を抱えたが、俺一人でコープス伯爵を倒したわけじゃないと思いなおした。


「俺だって一人じゃ無理だ。ガウリーにも、ノアにも、サルヴィアにもジェリドにも、一緒に戦ってもらうぞ」

「もちろんよ」

「ええ」

「命に替えましても」


 命は大事にな、ガウリー。でも、この面子ならなんとかなるんじゃないかと思う。


 そして、ジェリドが今回最大の利益を、あらためて声に出した。


「これで、『永冥のダンジョン』侵入に関する、法的な邪魔はなくなりました。魔王ゼガルノア救出に、大きな一歩です」


 コソコソする必要なく、大手を振って『永冥のダンジョン』を攻略ができる。しがらみなく自由に準備ができるというのは、当たり前だが非常に大事だ。


「確実に、前に進んでいるわ。これからも、ひとつずつ片付けていきましょう」


 強く意思を宿したサルヴィアの言葉に、俺たちもそろって頷いた。


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