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第七幕・第五話 若村長とハルビスの戦い

死体コープス……ふん、食事の好みから察するに、グールの特殊個体か」

「ンまッ、野暮なオトコねェ!」


 コープス伯爵はお怒りのようだが、くねっくねした動きがコミカルで、全然怒っているように見えない。だが……かなり、強い。


「アァタもなんとか言いなさいヨォ」

「……」


 コープス伯爵の隣にいる女の子は無言。よく見ると、失礼ながら顔の造作がよろしくない。異様に大きな目がギョロついているが、それ以外が退化したようにしぼんでいる。姿勢も悪く、せむしのように見える。レエスとフリルがふんだんに使われたワンピースを着ているだけに、かえってみすぼらしく見えた。


「……ッ」


 ブチッ、と女の子が持っているウサギのヌイグルミが裂けた。白い指が縫い目を引きちぎり、ピンクの布地から白い綿が……いや、黒い。黒いハエの大群が飛び出してきた。


 ぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ、という不快な音が、空を覆って真っ黒に広がり、俺たちは顔が引きつるのを止められない。あんなのを、どうやって防げばいい!?


 神殿騎士たちも、あのハエにまとわりつかれて身動きが取れなくなって、なすすべもなくやられたのかもしれない。撤退をするべきだと口を開きかけた俺の横で、むちむちした小さな手が挙げられ、ぐっぱーと開かれた。


「■■■」


 ぽっ、と小さな黒い点が空中に浮かんだ。小さいけれど、ハエたちよりも黒いとはっきりわかるそれは、ただ浮かんでいるだけ。それなのに、俺は急に力が抜けるような感じがして、慌てて地面に立てた長杖にすがった。ガウリーも同じなのか、がっちりとした肩がわずかに傾いだ。


「な、なんだ?」


 ぶぶぶぶぶ、ぶぶぶぶぶ、と編隊を組むように固まって飛んでいたハエたちが、みるみるうちに黒い点に吸い込まれてく。あっけにとられた俺たちの目の前で、あれだけいたハエは綺麗に消えて、黒い点も消える。煙が立ち上る曇り空が姿を現した。


「すごいぞ、ノア! よくやった! 最高! グッジョブだ!!」

「えへへっ」


 ギラリと輝いていた金色の目が、にっこりと笑みを作って見上げてきて、俺はふさふさした赤毛頭を撫でまわした。こちらにも多少ダメージがあったが、とっさの判断であの黒点を出し、全滅の危機を回避させたノアを、俺はいくら褒めても褒め足りない。


「~~ッ、ギ、フヒッ、フグギィィィッ!!」

「ア~ララ。怒っちゃったワ」


 両手を広げて肩をすくめたコープス伯爵の隣で、フリフリしたワンピースの背が破れ、曲がった背中から薄く大きな羽が飛び出した。


「アダヂノッ、アダヂノ、アガヂャンンン!!!!」


 大きな目は分裂するように複眼を形成し、擦り合わせる手からは、ヌイグルミの残骸が落ちた。


「ギイィィィィィィッ!!!!」


 巨大なハエと化した少女が、太った腹を見せつけるように飛び立つ。


「!?」


 ノアの魔法が飛んだようだが、巨大なハエはそれを躱したらしい。ノアはびっくりした顔をしているが、俺の前世でもハエは空中機動がとても優れた生物だった。


「だったら……『制圧放水』!」

「ギギッ!」


 巨大なハエは俺の水流魔法も躱したが、その位置は燃え盛る腐肉の塔のそばだ。


 ヂヂヂュバチバチバチボンッババァンッ!!


「!?」


 突然の爆発で、巨大なハエは火花と爆風に煽られてバランスを崩す。再度、ノアの魔法が飛んで、ハエの羽を切り飛ばした。


「キャアァァアァァ」

「ハァッ!!」


 地面に落ちたハエなど、叩き潰すのは簡単だ。ガウリーの剣がハエの体を真っ二つにすると、腹の中の卵をまき散らしながら、動かなくなった。


「ちょぉッとォ!? ナニあっさり死んでるノよォ!?」


 コープス伯爵が地団太を踏むが、俺は余っていた油を巨大ハエの死体にかけて、さらに火が付いている薪を拾って放った。燃え上がった炎の中で、トゲトゲしたハエの脚が縮むように小さくなっていく。


「油火災に、水は厳禁だぜ? 常識だろ」


 腐肉の塔には炎がいきわたり、俺が水をかけたことによる爆発で、グラグラと揺れ始めた。そろそろ崩れるだろう。


「あとは、お前だけだ。悪趣味野郎」

「いい気になってンジャないわヨォ……召喚サモン・アンデッド!!」


 コープス伯爵に呼び出されて俺たちのまわりに降ってきたのは、グール十体、スケルトンソルジャー二十体、ブラッディナイト二体、リッチ二体。さらに、建物の上にスケルトンアーチャーが三……いや、四体もいた。


「多いな、くそっ! リッチは俺が持つ! ノア、アーチャーを地面に叩き落とせ!」

「うん!」

「ガウリー、ちょっと持ち堪えてくれ!」

「承知!」


 騎士たちにはトマスさんの指示が飛び、けれんみのない動きでしっかりと陣を組んで、グールやスケルトンたちに対応している。


「ウオオオオオオオォッ!!」


 ガウリーの見事なウォークライに、ブラッディナイトの巨体が注意を引かれていく。その隙に俺はターンアンデッドをリッチに叩きこみ、さらにアンデッドを召喚されるのを防いだ。


「たー、できた!」

「よし、上出来だ! 雑魚の足止めをして、トマスさんたちを助けてくれ!」

「ん!」


 ノアの魔法は、アンデッドには効きにくい。落下ダメージで骨がバラバラになっているうちに、俺がターンアンデッドでアーチャーにとどめを刺す。あとはグールたちの足止めをやってもらえれば十分だ。


「ヒール!」


 ブラッディナイトからの強烈な乱打を耐えているガウリーを回復させると、俺はマナ励起と魔力増強を並列発動させ、力任せに叫んだ。


「メメントモリ!!」


 地面に突き立てた悟りの聖杖を中心に、眩しい光が地面を走る。

 それを嫌がるように後退りしたブラッディナイトの片方を盾で押し退けたガウリーが、もう一体の兜の隙間に剣を突きさして首を刎ねた。血塗られた鎧がガラガラと光る地面に落ちて、塵になっていく。さらに、俺に近付いていたグールやスケルトンも、ついでのように塵になって消えた。


「は、はヤィ……!? そこのチビッコといい、アァタ何者ヨ!?」

「名乗るほどの者じゃないが、平和に暮らしたい一農民だ! 降りて来い、変態悪趣味死体野郎!!」

「ジョ、ジョーダンじゃないワヨ! このド平民がッ!!」

「ド平民でけっこう! アイアンメイデン!!」


 俺の長杖に示されながらも逃げようとしたコープス伯爵の後ろには、光り輝く乙女が両腕をゆるりと広げて微笑んでいた。


「エッ……」


 ばくん、と己を真ん中から広げた乙女が、長く鋭い棘を持った内側に引き込もうとコープス伯爵を抱きしめにかかる。


「ッぎゃあアアアアァ!?!?」


 あまりにも驚いたのか、足を踏み外して建物から落ちたコープス伯爵を、乙女は残念ながら右腕を含めた三分の一しか、その身に捕まえられなかった。

 どしゃりと石畳に叩きつけられたコープス伯爵は、それでも傷を負った部分をぐじゅぐじゅと再生させながらもがいた。


「往生際が悪いな」

「ふ、ふざけんジャナイわ、ヨォ……!」


 傷口からずぼっと肩や腕を生やし、あっという間に体を再生してしまったコープス伯爵に、俺は油断なく向き合った。


「許さなイ……許さなイわヨォ。アァタのハラワタハ綺麗に取り出しテ、特別ニ飾りたテテあげるワ!」

「口を慎め、変態。俺は人間様だぞ。はらわたを抜かれたら死んでしまうじゃないか」

「キヒイィィィィッ!! アタクシを馬鹿にしテッ!!」


 おちょくってはみたが、相手も激高している割には隙が無い。


(グールの上位種で変異個体……ピシャーチャかな?)


 会話ができるほど自我があるアンデッドは稀だが存在するし、伯爵と名乗るからには吸血鬼かと連想したが、やはり死肉を食べるグールの類のようだ。

 再生で生えてきた腕が、どう見ても元の体とバランスが合わない、ムキムキな腕だ。かつて喰った死体なのだろう。


「サモン、アン……」

「メメントモリ!!」


 召喚途中のアンデッドごと、俺はコープス伯爵をメメントモリで焼いた。たぶん、こいつは自分の中に溜め込んだ死体でアンデッドを作って、まとめて召喚しているんだ。


「ッ、ふ、ギッ、ギャ、ぉ、おおおおのレぇぇえエエッ!!」

「そう何度も召喚させてたまる、か……っ!?」


 振りかぶられた剛腕を避けようとしたが、速すぎて胸をかすった。メメントモリでダメージを喰らいながら踏み込んでくるなっ!


「でっ」


 足がもつれて尻餅をついた俺は、そのまま半円を描くように転がって、コープス伯爵の進路から退いた。組み付かれたら、どうしたって力負けする。


「ダブル・アイアンメイデン!」


 光の乙女たちに壁になってもらいながら、俺は必死で立ち上がり、距離を取った。


「ぎィィ! ひいぃィィィ! ぉ、ォオオ、かラだっ、アタクシの、カラだぁぁぁ!!!」


 針の顎に食いちぎられながらも、コープス伯爵はまだ再生を繰り返して俺を追いかけてくる。


「しつこいなっ!!」

「リヒター様!!」


 ブラッディナイトを倒したらしいガウリーと、俺は交差するように位置を入れ替えた。


「シールドバッシュ!!」


 まだ何か魔法を使おうとしたコープス伯爵は、ガウリーの盾によって、腐肉の塔に向かって殴り飛ばされた。


「おゴォゥ!? アチッ、もエ、燃え……ぇ!?」


 燃えて黒くなった死体たちが、コープス伯爵に向かってバキバキと崩れ落ちていった。


「ギャァアアアア!!」

「お前が内臓を抜いて殺したみんなに、あの世で詫びろ! ターンアンデッド!」


 ボコボコと再生を繰り返していた影が、炎の中で塵になっていく。俺はそれが完全に消滅し、ハルビスの町を死体展示場にした馬鹿がこの世から消え去ったという確信を得るまで動かなかった。


「はぁっ、はぁ……」

「大丈夫です。私の索敵スキルに反応しません」

「そうか」


 俺たちは燃え盛る崩れた腐肉の塔から踵を返し、残りのアンデッドを片付ける為に、トマスさんたちの所へ向かった。


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