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第六幕・第二話 若村長と皇帝陛下の親衛隊長

 ウィンバーの診療所で、俺は初めてドワーフを見た。イメージどおりの、ずんぐりとした体形で髭の多いおじさんだったが、思っていたより背は高かった。俺よりちょっと低いだけだから、サルヴィアぐらいはあると思う。


「おおっ、ちゃんと指が曲がるし、力も入るぜ。腕の痛みも全然ねえ! ありがとうよ、兄さん!」

「ありがてえ。なにしろ、コイツがいないと、船を造るにしろ直すにしろ、締まらなくてよぉ」


 ガハハハと豪快に笑うところなんか、本当にドワーフって感じだ。やっぱりお酒大好きだったりするのかな。


「船大工さんだったんですね。怪我が治って良かったです。ご安全に」

「おう、兄さんもな!」


 元気になったドワーフたちは、さっそく港に向かって、のっしのっしと歩いていった。機会があったら、ドックの中を見学させてもらおう。


「次は、鉱山ですね。一応、ホープに教えてもらった道に、途中まではモニュメントを置いておきましたが」


 鉱山は『風の遺跡』の反対側なので、港町の端から別方向への上り坂となる。ただ、そちらには元々民家が少なく、雑然とパナームの木が植わっている以外は、特に見るものはない。パナームはココヤシの木に似ていて、繊維をとったり実を食べたりと、用途は多い。旧ディアネスト領の、特に南海岸によく生えているそうだ。


「はい。瘴気自体は渓谷の反対側、つまり港の方に流れていたので、こちら側はそんなに酷くありません。ただ、町に残されていた記録によると、小型の毒爪猿や赤尾蛇、中型のマーブルパンサーなどが生息しているようなので、それらがどれだけ凶暴化しているかは未知数です」


 うーん、小さい魔獣は面倒そうだな。しかも、毒持ちときた。


「うえぇ。そういえば、俺まだ解毒の魔法を練習してなかった」

「お館様にアンチドーテポーションは支給していただきましたが、住民には雑木林の中に入らないよう通達しています」


 うんうん、それがいい。


 俺たちはてくてくと道なりに坂を上っていき、俺が設置したモニュメントのところまで来た。


「あれ、意外と補充されているな」


 モニュメントに埋められた浄化玉には、魔力が十分に入っていた。


「メロディ様だと思います。最近、この辺りで魔獣を退治しているそうです」

「はぁ!?」


 待ってくれ、何の冗談だ? あのメロディが魔獣退治???


(あれで動けるのか……? それとも、動けるデブだったのか……?)


 屋敷の廊下に転がっていた、座礁したクジラか昼寝中のトドみたいな状態しか直接見ていないので、まるで想像がつかない。


「ホープが言っていた外出って、まさか魔獣退治のことか?」


 ちょっと頭痛がしてきた。


「浄化範囲の端までは、道に魔獣が出てくることは、あまりないそうですよ」

「わかりました。とりあえず、そこまで行ってみましょう」


 俺たちはさらに坂を上り、港を見下ろせるほどの高さにまで登ってきた。ここはもう、山と言って差し支えないだろう。それでも、まだ先には険しい山や谷が見えており、赤い砂礫の山肌に背の低い草木が這っていた。


「あれ? そろそろ端まで来ましたよね?」

「そうですね」


 結構な距離を歩いてきたと思うのだが、浄化範囲はまだ先まで続いている。辺りをよく見まわしてみると、少し戻ったところのパナームの木に布が巻き付けられ、その下に『さっぱり浄化玉くんDX』が置いてあった。


「……ああ、そうか。瞬発力がないだけで、魔力を込めれば、浄化玉くんだけでも浄化が出来るんだったな」


 製作者であるメロディなら、使いこなして当たり前か。


 それにしても、こんなところまで来ているのか。涼しくなってきたから気持ちいいが、もうハイキングコースだぞ。


「メロディー! どこだー!? いないのかー!?」


 呼んでみたが、風がパナームの枝や下草を揺らす、ざわざわとした音ばかりが返ってくる。


「メロディ……ん?」


 風とは違う音が聞こえた気がして、俺は耳を澄ませた。どこからか、ベチベチミチミチという、肉を叩くような音が聞こえた。


「メロディー!?」


 まさか魔獣にやられているのかと走り出そうとしたが、道の前方を丸太のように長いものが、ずばばばぁーとパナームの木をなぎ倒しながら、しなるように吹き飛んで横切ったのが見えた。


「な……」

「え……」


 さすがにエリックさんも驚いたのか、絶句している。


「シギャァァァ!!」

「死ねやァ!!」


 吹き飛んでいったものが叫び、追いかけるように飛んでいった人影が吠える。道のわきの林から、ズバンッという力強い音が聞こえてきた。


「ッしゃオラァァ!!! とったどぉぉぉおおおおおお!!!!」


 あたりに響き渡る、清々しいほどの雄叫びは、どこかで聞いたことのある女性の声だった。


「……おーい、メロディさんやーい!」

「あん? その声はリヒターか!?」


 ひょこっと林から道に出てきた人影は、大きな蛇皮を両腕に広げて、嬉しそうに走ってきた。


「見て見て!! ボアボアの皮だよ!! 高級蛇皮ゲットだぜっ!!」

「……あのぅ、どちら様でしょうか?」

「は?」


 縞々模様の蛇皮を持ったまま、ぽかんと俺を見下ろしてきたのは、セミロングの白銀色の髪と、艶やかな褐色肌をもった、ナイスバディ長身美女だった。長い睫毛に囲まれたアーモンド形の目の色は紫で、とても神秘的だ。そして、耳が少し尖っている。


「なにを言っているのかね? ちょっと見ないうちに、名前がカラフルになっているじゃないか、リヒターさんよ」

「えっ、色変わるのか」

「私にかかれば、PKなんてビシッとお見通しだが?」


 信じたくはないが、この声としゃべり方は、メロディだ。


「まさかとは思うが、いま俺の目の前にいるのは、ひきこもっていて死にかけたうえに、服を買いに行く服がなかったメロディか?」

「相変わらず言い方がムカつくな! この天才魔道具師メロディ様を捉まえて、毎回コケにするのはリヒターくらいだぞ」

「天才かどうかは置いておいて、あの肉塊がこうなるなんて信じられるか。俺、メロディの姿を見たの一回しかないし」

「安心しろ。どこからどう見ても、正真正銘の私だ」


 そういえば、大変脚が長くて引き締まった腹筋も割れている、スタイルのいい体に着けているヒラヒラしたビキニドレスは、ノアがあげたキングヒポポタンクの皮が材料として使われているように見える。だけど……。


「……うっそだぁ!!!!」

「失敬な!!!!」


 一、二ヶ月でキロ単位が消える、空気みたいな(エア)脂肪体があってたまるか。全国のダイエット中の皆様に、土下座して謝れ!!



 なぜいきなりそんなに痩せたのかと思ったが、結構前からウォーキングはしていたそうだ。


「誰が町中の浄化玉くんに魔力を補充してまわっていたと思っているの!」


 ホープたちではなかったらしい。


 働かないで食っちゃ寝することを至上とするあまり、痩せているのは働いている証拠だと嘆くメロディは、肥満による病気にならないのだろうか。とりあえず家に戻ると言うので、俺は案内してくれたエリックさんに礼を言って、メロディの屋敷にむかった。


「もしかして、この家もガチャ産か?」

「おう。『どこでもお屋敷/B』だ。ちなみに、私が使っている方が『/C』。テイストが違うだけで、機能はそんなに変わらないのよ」


 言われてみれば、出入り口や窓など、基本的な造りは似ているようだ。メロディが住んでいる屋敷の方はメルヘンな欧風テイストだけど、新しくできている方は中世イスラム風というか、エキゾチックな雰囲気だ。砂漠があるという、ロードラル帝国の風景にならマッチするかもしれない。


「いまは魔道具師なんぞやっているが、お嬢は『ロードラル皇帝の黒拳』と称えられた人だぞ」

「ライオネル帝の親衛隊長だったのよ。というか、メロディを仕えさせる為に、陛下が近衛騎士団とは別に親衛隊を作っていたんだね。メロディがいないんじゃ意味がないって、メロディが宮殿を退いたら解散させちゃったんだもの」


 メロディの屋敷の隣……便宜上、別館というが、そちらに逗留している裁縫師や細工師や鍛冶師やらのドワーフたちと食卓を囲みながら、俺は酒も飲んでいないのに目眩を覚えていた。

 ハーフダークエルフも長寿だが、ドワーフもけっこうな長寿らしく、メロディとの付き合いは何十年という長さらしい。ちなみに、女性のドワーフも、男性のドワーフと同じような体形をしている。髭はなかったが。


「あのジュガリの姫様のことがなけりゃあなぁ……」

「その話は止めて。大昔の話じゃない」


 珍しく本気で嫌がるような声を出したので、「ジュガリの姫様」とやらは、メロディにとって触れてほしくない話題なのだろう。


「皇帝ライオネルの部下だったとは聞いていたけど、親衛隊長なんてやっていたのか」

「まあ、腐れ縁的な?」


 ライオネルは二代前のロードラル帝国皇帝だから、出会いの話までさかのぼると、八十年以上は昔の話だ。帝位継承争いで身の危険を感じた少年時代のライオネル帝は、身分を隠して冒険者をしていたらしく、メロディとはその時からの仲だそうだ。


「妙に食べ方の綺麗なひょろい少年が、ハーフダークエルフだってわかっていて、私に一緒に来てほしいって言ってきたの。だから、まあ……しょうがないなって」


 少し恥ずかしそうに頬を赤くしながらも、メロディは豪快に骨付き肉を齧る。こうしてみると、冒険者がたむろする酒場が似合うなと思う。

 メロディの戦闘スタイルは、近接特化の格闘らしい。武闘大会では何度も優勝しており、当時は並ぶ者のいないデストロイヤーとして恐れられていたとか。


「泣かされなかった鍛冶師はいないって有名だぜ」

「逆に名誉だって開き直れる奴は、少なかったな……」

「なにさ。セドリック爺は喜んでたよ」

「そりゃ、お嬢の装備はセド爺しか作れなかったじゃねーか! 目ン玉飛び出る様な高級素材ばっかり持ち込みやがって!」

「あんなパワーで殴られたら、その辺の武器や防具なんかすぐ壊れるわ! 人間はドラゴンじゃねーんだぞ!」


 ドワーフたちがどっと笑い、メロディはぽってりした唇を尖らせる。


(なるほど、装備破壊(デストロイヤー)か……それは対戦相手として当たりたくないな)


 最終的には、装備縛りでも強かったので、殿堂入りになったんだとか。すごいな。


「対人もできるんだな」

「できなく無いけど、文句言われるから好きじゃない。モンスター相手の方が好きだよ。特に、レア出してくれる魔獣は大好き」


 喉を鳴らして、冷えたビールを美味そうに飲むメロディ。今日倒した、ボアボアというダンジョン産の大蛇も、とてもきれいな皮を出したな。

 転生前はネトゲ廃人だったらしいし、求道者っぽいところがあるとは思っていた。普段は面倒くさがりでひきこもっていても、動くとなったらガチ勢なんだな。しかも、どちらかと言えばソロ派のようだ。


「私のことはいいんだよ。昔のことだし、この大陸で知っている人なんていないし。それより……なにがあったの?」

 メロディは、俺が殺人者(レッドネーム)になったことを聞いているのだろうが、俺はあえて無視して本題を話した。


「『隷属の首輪』っていうアイテムを知っているか? それを、正規の手順以外で外したい。知恵を貸してくれ」


 メロディの眉がギュッとひそめられ、納得したようにうなずいた。


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