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第五幕・第五話 若村長と神殿騎士

 翌朝、俺たちはハムのサンドイッチと甘芋のポタージュで腹を満たすと、まずは街道の確認に行った。昨日と同じようにノアをおんぶし、ライトを焚いて、隠密のケープをかぶる。その状態で小川沿いに林を抜けると、すぐに瘴気でけぶった小さな町が出現した。


「カタルシス。……駅伝用の町なのかな」


 宿場町というほどの規模はないが、広い道のそばには立派な厩舎があり、作物を運ぶためと思われる大きな荷馬車も、車庫に入ったまま放置されていた。


「おんまさん、ないないね」

「そうだな」


 難民キャンプでブランヴェリ印の騎士たちが世話している馬を見慣れているノアであるから、空っぽの馬房を見て、少しがっかりしているようだ。


 俺たちはスケルトンがカタカタと音を鳴らしながら歩く街道からすぐに離れ、町役場の看板が出ている建物に侵入した。

 この町もやはり生命の気配はないが、その代わりと言っては何だが、なにやら首筋がじっとりと冷たい。……退屈で寝てしまったノアのヨダレではない。


(リッチ以上、王都のビッグアンデッド以下、な奴が徘徊しているな)


 たぶん、頻繁に街道を行ったり来たりしているんだろう。いまのところ、俺の浄化範囲には入っていないが、できれば、出くわしたくない。


 俺は町役場での情報収集を手早く済ませると、背中のノアを揺すり上げて、足早に村へと戻った。


(おや? ……おやおやおや……)


 静かすぎる村のどこかで人の声が聞こえたので、俺は慌てて道からはずれ、こそこそと林の中を移動して、木陰から井戸の影へ、そこから納屋の軒下へと、少しずつ近付いていった。


(あいつらか……)


 俺たちが昨日泊まった村長の家の前で、アスヴァトルド教の紋章を掲げた騎士たちが、苛立たし気に話していた。聞こえてくる内容は途切れ途切れだが、やはり俺を探しているのは間違いないようだ。


 ずいぶん早い到着だ。もしかして、休憩を最低限にして進んできたのかな。


(あー、ジェリドが言っていた奴隷扱いって、もしかしてあいつのことかな?)


 一人だけ、明らかに装備が貧相で、ボロボロになっている若い男がいた。他の騎士は白銀色の立派な鎧を着ているのに、そいつだけ使い古した鎧を着て、剣ではなく棍棒を持っていた。ただ、盾だけは、頑丈そうな大楯を持っている。


(同じ騎士にしてはハブられている感じだし、従者って言うより、やっぱり大事にされていないように見えるなぁ)


 立ち位置からして、一歩下がっているし……あれ?


(もしかして、あいつが全員分の荷物持っている?)


 そんな意地悪なことされて……いますね。よく見たら、めちゃくちゃデカいバックパック背負ってたよ! うっそだろ、ものすごい力持ちさんですね。可哀そうすぎる。


(神官は……なにやっているんだ?)


 背が高いのと低いのと……というか、片方は子供じゃないかってくらい小柄な、二人いる神官は、どちらも白く綺麗な服を着て、階級を表すサッシュを肩から斜めにかけている。サッシュを付けているってことは、それなりに身分がある方だと思うが、水色や黄色のラインって、どの程度だったかな? たしか、紫が一番上だっていうのは知っている。


 その神官たちだが、なにやら必至で魔法を維持しようとしているようだ。両手を組んで、長々とお祈りの言葉を唱えている。


「おい、いつまでかかっているんだ!!」


 腹に響くような怒鳴り声に、俺は思わず顔をしかめた。せっかくノアが寝ていたのに、俺の首の後ろでもぞもぞし始めちゃったじゃないか。


「浄化くらいで、なにチンタラやっていやがる!! 帰ったら、その階級章を返上しろ、役立たずが!!」


(うわぁ、嫌な言い方! なにが浄化()()()だ。お前がやってみろ、ばーかばーか)


 たぶん、怒鳴っている神殿騎士が、あの中で一番偉いやつなんだろうな。声の感じからするとおっさんだけど、すぐ怒鳴るような堪え性のなさからすると、案外若いのかもしれない。


(うん? あの神官たちは、浄化をしているのか?)


 俺は自分がやった浄化範囲が、たしかに薄れてきているのを感じた。間に合わせにやっただけだから、そろそろ再浸食されて消えるだろう。彼等は、それを押しとどめようとしているのか? ん? そんなに苦労することかな?


「……、……」

「だからなんだッ!!!」


(ひっ)


 自分が怒られているんじゃなくても、ちょっとビビる。あのおっさんの怒鳴り声は、鼓膜が破れそうな大きさもさることながら、心を折る為の恫喝色が濃い。


(あぁ、そうか。もしかして、俺のオリジナル浄化魔法だから、他の人がやった浄化魔法だったらできるはずの重ね掛けとかも、まともな神官だとかえって難しいのかな?)


 根柢の理念は同じでも、そこから組まれた理論が違うのかもしれない。俺のはサルヴィアから伝えられた要点から、独学というより手探りで形にした魔法だ。きちんと座学から入った神官にしたら、ずいぶん滅茶苦茶なのかもしれない。


(そう思うと、なんだか笑えるな)


 いや、あいつらにしたら、笑い事ではないのだろうが。


(一度、完全に浄化範囲が消えてから、新しく浄化魔法をかければいいんだろうけど……)


 それを、あのおっかない神殿騎士が待っていられないんだろう。瘴気に包まれてしまう、逃げ場がないって思うと、怖いもんな。

 むしろ、森の中まで戻った方が、瘴気を吸うリスクが少ないと思うぞ。浄化玉に魔力を込めさえすれば、しばらくは浄化し続けてくれるんだから。


「クソ役立たずが!!」


(あっ……!)


 神官が殴られて、特に小さい方が吹っ飛んだ。奴隷扱いされているらしい男が助け起こしに行ったが、ピクリともしない。


「誰が動いていいって言った、ガウリー!!」


(あぁっ!)


 聖騎士の蹴りが、男の顔面にめり込み、大荷物を背負ったままの男も地面に倒れた。いや、ヤバすぎだろ、あのキレ芸おじさん。


「あっ……!」


 思わず出た声は、俺だけじゃなかったかもしれない。手で口を塞いだ俺のすぐ前を、水色のサッシュを肩にかけた背の高い神官が、街道方面に向けて走っていった。逃げ出したんだ。


(ヤベェッ、隠れろ、隠れろ!)


 俺は必死になって納屋の後ろに回り、開きっぱなしだった扉の隙間に滑り込んだ。そしてすぐ後に、騎士二人が追いかけていく。


(うーん、逃げきれるといいな?)


 鎧を着ていない分、神官の方が早く走れるかもしれないが、ちょっと難しいかもしれない。逃げて行った神官は、アイアーラが言っていたような、手が綺麗な神官だった。仮に浄化範囲外まで出ても自分で浄化できるが、神殿騎士はそれを後ろから追ってくるし、スタミナがもたないだろう。


(リーダーを抜かせば、残っている神殿騎士は、あと二人か)


 俺はそろそろと納屋の中を移動してしゃがみ、外の気配を窺おうとした。


「森の外には石碑や像が見当たりませんから、浄化しながら移動しているのでしょう」

「この家の中は、最近使われた形跡がありますから、そんなに遠くへ行っていないはずです、閣下。すぐに見つかりますよ」


「だったら貴様らも探しに行けェッ!!」


「「はっ」」


(ひぃ、怖い怖い)


 残っていた神殿騎士二人も、村の中に散っていった。あんな鬼上司の下では働きたくないな。


(閣下ってことは、階級か身分が高いってことだな)


 だからって、あの言い方とか暴力とかは、ちょっとどうかと思う。神殿騎士って、あんなパワハラが横行しているのか。


「たー、おりる」

「そうか。離れるなよ」

「うん」


 ぽしょぽしょと囁くノアは、自分の要求を言いつつも、ちゃんと状況がわかっているようだ。賢い子だなぁ。


 俺は軽くなった背中を伸ばし、薄い壁板の隙間から外を窺った。


(うひぃ、やめてあげて!)


 あの奴隷扱いされていた男が、リーダーにボコボコ蹴られている。小柄な神官がやめてくれと言っているようだが、そんなこと聞きゃあしないだろうな。


「ねえねえ、たー。あのおねいちゃん、うごかない」

「へあ?」


 ケープを引っ張られて、俺はノアを見下ろし、そのノアが指し示すものに視線を伸ばし、危く大声で悲鳴を上げそうになった。


「ヒッ、ひ、ぁ……!?!?!」


 そこには、半ば地面に埋もれるようにうずくまった、半透明な女がいた。


(ぜぜぜぜんぜんっ、きづかなかった!!!!! おおおおおばけおばけ!!)


 さんざんアンデッドを倒してはいるんだが、ジャパニーズホラー的なドッキリは心臓が止まりそうになる。ばっくんばっくん鳴ってる胸に息が詰まって痛い。


(んんんんにんげんじゃない、な?)


 視線を合わせちゃいけない雰囲気があるが、ノアはあれに声をかけたんだろうか。すごい勇気だな。


「あ、あの……この村の、方でしょうか?」


 聞こえているかどうかわからないほどの、小さな声しか出なかった。どうせ俺はチキンだよ!


「……」


 膝を抱えて座っている女は、暗い納屋の中でも少し透き通って見える。村娘のようなワンピースを着ているようだ。


「……」


 キノコのかさのように大きなボンネットをかぶっていて、伏せられた顔は隠れて見えず、膝の前で組まれた手は痩せているが、若そうに見える。


 そのとき、納屋の外を重い足音が近づいてきた。村を捜索している神殿騎士だろう。


「やばい。ノア、こっちに隠れろ」

「うん」


 俺はケープの中にノアを入れ、納屋の隅に積まれていた木箱の影に隠れた。


 ざくざくざくという足音が、半開きになっている納屋の扉の前で止まり、バクバク鳴っている俺の心臓も止まりそうだ。


「な、なんだ、おま……!?」


「◇♯▲☆〇――――――――――――!!!!!!!!!!」


 その凄まじい女の叫び声に、俺はひぎっと悲鳴を上げたが、キーンとするばかりで自分の声も聞こえなかった。耳が馬鹿になって、まわりのことがわからない。目眩のせいで尻餅をつく。腰が抜けた。たぶん、スタンとかダウンとかいえばいいんだろう。全然、動けない。


「かはっ、はひゅっ……はぁっ、はぁっ……」


 俺のそばには、ノアの柔らかな感触がある。まわりの音は聞こえないが、それはわかった。


(落ち着け、大丈夫。あれは俺たちを認識しないで、神殿騎士を襲ったんだ)


 納屋の中でうずくまっていた女の幽霊、ただの幽霊じゃなかった。

 たぶん……上位邪妖精の、シュリーカーだ!


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