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第五幕・第二話 若村長と道造り

 難民キャンプがある『大地の遺跡』に到着した俺たちは、シームルグを抱えて満面の笑みを浮かべたフィラルド様に迎えられた。


「やあ、リヒターくん。無事でよかった」

「紹介状やノアたちの世話をお願いしていたのに、お礼のご挨拶が遅くなって申し訳ありませんでした」

「なんてことないよ。気にしないで。うふふふ……」


 そうだよな。いま抱えているもふもふで、すべてを許してくれるもんな。すまん、シームルグ。もうちょっとそのままで。


「はじめまして、フィラルド殿。セントリオン王国の、ジェリド・タスク・フライゼルと申します」

「ようこそ、フライゼル卿。大変な目に遭われたようですが、回復されたようで、喜ばしいことです。何もお構いできませんが、サルヴィアの兄として歓迎いたします」


 ジェリドとフィラルド様が話し始めたので、シームルグが俺の杖の上に戻ってきた。貴族同士の挨拶に、俺たちは邪魔だからな。


 今回、ジェリドとサルヴィアは、フィラルド様との話し合いが主な用事だ。政治的なこととか、領地運営に関することとかだな。そして、俺……というか、ノアのやることなんだけど、いよいよ、森の外まで道を通すことになっている。


「そういえば、リヒターにちゃんと紹介していなかったわね」


 サルヴィアが親しげな様子で、きちんとした身なりのおじさんを引っ張ってきた。細身だけど、しっかりした体格で、たぶん五十歳を越えているんだろうけど、立ち振る舞いがキビキビしている。キャンプにいるときに、何度か見たとことのある人で、フィラルド様の執事っぽい人だったはずだ。


「フィラルド兄様の補佐をしている、レンバーよ。以前は、わたくしのお父様の執事だったの。その後、わたくしの補佐をしていてくれたのだけれど、動き回るわたくしよりは、難民キャンプの運営をしてくれた方がいいと思って、お兄様についてもらったの」


「ご紹介にあずかりました、レンバーと申します。難民キャンプとその周辺開発のプランについて、リヒター様にご説明させていただきます」


「リヒターと、ノアです。よろしくお願いします」

「よろちく、おねがいちましゅ」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺の真似をするノアに、レンバーさんの皺が刻まれた目元が、ふにゃんと垂れた。あ、この人いい人だなぁって、すごくよくわかる。あと、声がやたらと渋くてかっこいい。


 俺たちはレンバーさんに案内されて、だいぶ発展というか、人の手が入った遺跡の周辺を歩いた。


「わぁ。こんなに広い畑が出来たんですね」


 驚いたことに、遺跡のはずれから、ずいぶん先まで耕されている。リューズィーの村の、三分の一くらいの面積だろうか。


「はい。フーバー侯爵家の領民の方々と、ディアネストの難民の方々が、力を合わせて開墾されました。今期の収穫として、すでに甘芋スーポッテ人参キャローなどが出来ております。これから冬の間に、春夏用の作付けをする予定でございます」

「すごい、すごい!」


 それまで森や山だった場所を、いきなり畑にしても、なかなか思った通りに実らないことが多い。土が適していなかったり、水はけが適していなかったり、原因は様々だけど。さいわいなことに、瘴気さえ払ってしまえば、この辺りの土地は肥沃だった。


(たしかに、落ち葉がふかふかしているな)


 俺の故郷よりも、落葉樹が多いせいだろう。人が入るまでに、腐葉土がたくさん積み重なっていたようだ。


(魔素が少なくてよかった)


 こんなに広い畑で、リューズィーの村のような作物が繁殖したらと思うと、冷や汗が止まらない。みんな腰を抜かすに決まっている。


「シームルグ?」


 不意に空へはばたいたシームルグが、ゆるりと弧を描くように、畑の上を飛び回った。


「……豊穣の祝福をくれるそうです」

「なんと。ありがたい……!」


 レンバーさんたちは感激しているが、いくら食糧難の解消のためとはいえ、ありえないような巨大作物とかできないといいなぁ、なんて俺が思っていることは、黙っておこう。


(まあ、そんなことはないだろう。シームルグは、神獣(鳥)の中では良識派だからな)


 加減とかそういうものを、持っていると、思いたい。


「道の反対側は、作業所ですか?」

「ええ。切り出した木材の加工と保管に使っています」


 俺たちが外からやってきた時の小道を挟んで、畑とは反対側……方角にすると南側に、木材を積み上げた広い空き地があった。


「……ここまでか」


 畑と空き地のはずれまでやってくると、そこから先は瘴気の気配があった。ここが、いまのところ『大地の遺跡』を拠点とする浄化済み範囲の端、ということになる。


 俺は一歩だけ、瘴気の中へ踏み出した。


「カタルシス……!」


 俺の後ろにあった境目の気配が、俺を追い越して、ぎゅんっと前方へ遠ざかる。俺も出力を調整するよう訓練して、『さっぱり浄化玉くんDX』の最低効果範囲と同じ、半径約八百メートルを意識して浄化できるようになった。いままでは、フルパワーでできるところまで伸ばしていたから、範囲を狭くした分、安定感が増した気がする。


「すみません、この辺りを少し、均してもらっていいでしょうか。女神像を置きます」

「かしこまりました」


 レンバーさんについてきていた、ブランヴェリ印の騎士たちが、スコップを手にあっという間に地面を掘って、女神像を置けるようにしっかりと踏み固めてくれた。


(さすが、軍人はエンピ使いが手馴れているな!)


 なんでスコップのことエンピって言うんだっけ? ああ、猿みたいな長い腕とか、そんな意味だったかなぁ?

 俺自身の前世の記憶は、無いに等しいくらいぼんやりしているけど、きっかけがあると、知識とか雑学とかは、ぽろっと出てくるんだよな。まあ、穴開きだらけだから、信用はできんのだけど。


「それじゃあ、出しますね」


 よっこいしょ、と土台に乗った女神の石像を【空間収納】から取り出し、どすんと地面に置く。うん、角度ずれもなさそうだ。

 いま浄化した場所も、薪を拾ったり、作業場にしたりと、一時的とはいえ、ここで暮らす人の役に立つだろう。


(この地の浄化を進めるために、森の恵みを分けてください)


 俺は女神像の台座にはめられた『さっぱり浄化玉くんDX』に手を置き、満杯になるまで魔力を注ぎ込んだ。


「うん、これで大丈夫。また明日から、この浄化玉にも魔力供給をお願いします」

「かしこまりました」


 これで、一ヶ所目の女神像設置は終わり。今回は、あと一ヶ所お願いされていた。


「ここから、ですね」

「はい。まっすぐ行けば、街道に出るはずだと」


 道を少し戻って、木材が積まれた空き地まで来る。ここから南に、真っ直ぐ道を作るらしい。


「ノア、ここからここまでの幅で、まっすぐ木を伐り倒していってほしいんだ。むこう側の距離は、リューズィーの村の、端から端くらい。できるかな?」

「ん」


 頷いたノアが、ひょいと腕を振った。……が、なにも起こってないような?


「ゴガァァ……!! ゴギャァァ……!!」

「え、えぇっ!?」


 意外と近くから、すごい叫び声がした。ずずん、という地響きと、ざわざわした音は、飛んで行った鳥だろうか。


「きじゃないのも、きれた。とどめ、さすね」

「お、おう」


 こんな近くにも大型の魔獣がいたようだ。ドロップ品を探しに行かないと……。


「木は、伐れたのかな?」

「きれたよ」


 ノアがとことこと少し後ろに下がり、振り向いた瞬間、俺の視界から消えた。


「えっ、ノア……!?」


 ぼこん、という音は、俺の頭より上の方で聞こえた。


「あぁっ、危ないです!」

「下がれ! 下がれ!!」


 俺はレンバーさんに引っ張られて下がり、その辺で作業していた人たちも、騎士に言われて慌てて離れていった。


 ずずず、ざざざ、ごかん、どさささ、ごろん、ごろん、ざざどどどど…………


「わぁあ……」


 大人二人から三人分くらいは太さがありそうな木々が、ドミノ倒しみたいに倒れていったよ。わぁ、スパッと伐れているから、綺麗な年輪が見えるねー。


「……予想はしていたけど、実際に見ると、すげぇな」

「たー、これでいいぃ~?」


 倒されて斜めになっている丸太の上に、ノアは危なげなく立ったまま、俺に手を振っている。


「ああ、もちろんだ! とっても上手に出来たな。ありがとう、ノア」

「えへへっ」


 とたたたっと丸太の上を走ってきたノアが、ぴょんと俺に抱き着く。どうしてこんなに軽くて柔らかいノアが、大木を蹴り倒せるんだろうな? 魔王だからか。そうか。


「……至急、片付けにはります」

「あ、はい。お願いします」


 レンバーさんの指揮で、手が空いている人があちこちから集められて、木材の運搬が始まった。


 俺たちはその間に、ドロップ品を拾いに行った。斜めに倒れている木の下で見つけたのは、拳大の紫色の魔石と、黒っぽい毛皮と、爪だった。なんの魔獣だったんだろうな? ダンジョン産の熊かな?


「浄化範囲も、ここが限界か。次の女神像は、ここだな」


 木を取り除いても、木の根も引っこ抜いていかなくちゃならないし、重機もない世界では、地道な作業になるな。


「うーん、何日くらいかかるかな? 一ヶ月とか二ヶ月とか、かかっちゃうかなぁ?」


 ノアが伐り倒した部分はまだ先まであるが、その先もかなりあるはずだ。


 問題は、ノアが木を切り倒して開通させたからと言って、すぐに人間が行き来できるわけではないこと。俺にはノアがいるからいいけれど、森の中を徘徊している魔獣が襲ってこないはずがない。伐り出した木を運び、木の根を抜き、道を均す、その作業中だって、強い護衛がずっとついていなくてはならない。


「とりあえず、戻るか。そろそろお昼ご飯だしな」

「ごはーん!」

「キャンプで収穫された野菜も食べられるかな。楽しみだ」

「うん!」


 俺たちは手を繋いで、難民キャンプまで戻った。

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