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第四幕・第三話 若村長の全力解呪

 とりあえず俺は、まずロータスさんをサルヴィアに引き合わせることにした。

 長年フライゼル侯爵家で家令を務めただけあって、ロータスさんの仕事は隅々まで完璧だった。俺が適当にやった掃除や洗濯も、ロータスさんにかかるとピカピカパリパリになるのすごいんだけど。


「この度は、坊ちゃまを助けていただき、ありがとうございます。この御恩は……」

「そんなにかしこまらないでくださいませ。わたくしも、ジェリド卿にはぜひ元気になっていただきたいの」


 隣国の公爵が、自分のところの坊ちゃまよりも若い、まだ十代の小娘(に見える)だったことに、ロータスさんは少し動揺したようだった。ただ、女装しているだけで、もう王立学院の卒業資格を持っていて、さらに称号持ちのS級冒険者だ、と俺が囁けば、背筋を震わせてますます畏まった。そうそう、この人が激マズ浄化ポーションの作成者なんだよ。


(まあ、舐められやすいよな)


 サルヴィアは、見た目だけなら完璧に美少女だ。どこからどう見ても、お淑やかな貴族令嬢だ。だからといって、中身が大人しいわけではない。そこを勘違いした大人が痛い目を見るのは痛快だが、最初から正当に評価してもらえれば、サルヴィアも嫌な気分にならなくて済むのにと思わずにいられない。


 もっとも、サルヴィア自身、甘く見られることを利用している節がなくもないように見えるのだけれど。


「ああ、それから、この子はノア。……えーっと……」

「リヒターが保護している子ですわ」

「うん……。あの、こう見えて、すごく強いです」

「おー!」


 両手を突き上げてアピールするノアの可愛さに、ロータスさんの目尻も下がった。これはたぶん、俺が言った「すごく強い」を聞いていないな。


「それで、ジェリド卿の状態なんだけど……」


 俺たちは、繭のままベッドに寝かされているジェリドの寝室に入った。調度品も少ない質素な部屋だけど、なるべく瘴気が出ないように、日当たりのいい、よい部屋にしてある。


 ついでに窓を開けて、シームルグを呼ぶ。俺一人じゃ、万が一の時に対応できないんだよな。


「ちょっと解くけど、絶対に触るなよ。ジェリド卿の結界魔法がないせいか、呪いに付いている気配が飛びついてくるんだ」

「わかったわ」


 俺はコクーンの魔法を操作して、眠り続けているジェリドを繭の外に露出させた。


「っ……すごい状態ですわね」


 さすがにサルヴィアも、引きつった声を出した。ここまで戻すにも苦労したんだ。


「だろ? 【鑑定】だと、どうなっている?」

「いまだに呪い状態ですわ。ただ、小康となっていて、生命維持は出来ています。問題は……コレですわよね」

「そうなんだよ」


 ジェリドの崩れて無くなってしまった右腕と右脚の、切り口周辺に立入禁止(KEEP OUT)テープで縛りつけた呪いの気配。


「気っ色悪いですわねぇ。濃縮されている感じが、さらにおぞましいですわ」

「コイツを何とかはがしたいんだけど、触ると伝染するから……」

「ねーねー、たー。それ、のあにちょーだい」

「「はい?」」


 俺とサルヴィアがノアを見下ろした時には、小さな体が俺たちの隙間をすり抜けていた。


「えいっ!」

「ノ……!」


 俺が思わずノアの肩を掴もうとしたのを、寸前でサルヴィアが弾いた。


「いっ」

「リヒター、いまは!」

「っつぅ、さんきゅ」


 ひりひり痛む手を振りながらも、俺はサルヴィアに感謝した。あやうく俺に呪いが付くところだった。


「ノア……!」

「きゃっははは! びよーん!!」


 びよーん、ではないが!!!


 見ているこっちが悲鳴を上げたかったが、ジェリドにこびりついていた呪いの気配が、ノアの小さな手に鷲掴みにされて、こねくり回されながらびよーんと伸びている。呪いの気配はものすごく暴れているが、ノアは平気なのか、まったくお構いなしだ。


「コケッ!」

「え? あ……!」


 シームルグに呼ばれて気が付けば、ノアに引っ張られるように、ジェリドから呪いが抜けかけている。呪いも必死にジェリドにしがみついているのか、ジェリドの寝顔が苦し気に歪んだ。


「ノア、そのまま引っこ抜け!」

「はぁーい!」

「エクストラヒール!! 出ていけよ、ディスペル!!」

「う、ぅぐ……っ」


 ジェリドのうめき声が聞こえた瞬間、ぶつん、と俺にも手応えが伝わってきた。


「っきゃう!?」

「ノア!」


 勢い余って、すってんとベッドから転がり落ちたノアのまわりに、カラパラと硬い物が落ちる音がした。


「ノアが引っ張っていた分が消えたわ!」


 サルヴィアの断言に、思わず頬が緩んだ。


「ああ、腕から抜けた! シームルグ、リジェネレート!!」


 俺一人の力では、この再生の魔法は難しい。シームルグの力を借りて、ジェリドの失われた右腕を再生させると、すぐに残った右脚にとりかかった。


「ノア、脚にくっついている奴も引っこ抜いてくれ!」

「はぁーい!」


 もう一度ベッドによじ登ったノアが、小さな両手でむんずと呪いの気配を掴み、力任せに引っ張った。


「ふぬーん! っきゃははは! びよんびよん! びよんびよん!」


 小さな魔王は、呪いの暴れっぷりが楽しいのか、大笑いしながら引っ張っている。


「がんばれよ、ジェリド。エクストラヒール!! ……ディスペル!!」


「っひゃぉう!? あははは!」


 またひっくり返って、ベッドからころりんと落ちながらも、ノアは楽しそうだ。


「リジェネレート!!」


 うっ、さすがに片脚のほとんどを再生させるとなると、マナがごっそり持っていかれるな。


「リヒター……!」

「っ、大丈夫!」


 全力疾走した時のように胸が苦しくて、頭がくらくらしたが、なんとか最後まで魔法を手放さずにいられた。


「はぁっ……はぁっ……はあぁぁ~」


 長杖に縋りついてその場に座り込んだ俺をよそに、シームルグは一声鳴いて、窓から外へ飛んでいってしまった。もう大丈夫という事だろう。


「……つっかれたぁ~」


 全身、汗びっしょりなんだが。あー、暑い。


 まったく、いきなりこんな綱渡りする羽目になるなんて、思ってなかった。ノアの動きが読めなさすぎる。


「お疲れ様です、リヒター」

「ああ……なんとか、なったかな」

「ええ。ジェリド卿から、呪いが消えましたわ」

「よかった……」


 本当に、よかった。俺の実力以上の、大金星だ。


 ベッドの上をのぞき込むと、ジェリドの呼吸は落ち着いていて、顔色もだいぶ良くなっていた。


「目が覚めるまでは、しばらくコクーンに入れておこう」


 俺は回復の繭を作り直し、よろよろと歩き出したところで、なにか硬い物を踏みつけた。


「いてっ」

「たー! しょれ、のあの!」

「えぇ?」


 慌てて足をどかすと、そこにはトゲトゲした黒い石が落ちていた。靴の上からでもわかる硬さの物を、ロータスさんが掃除しそびれるとは思わないんだが。


「なんだこれ?」


 拾ってノアに手渡すと、ノアは自分のリュックにしまい込んだ。


「それ、抜けて飛び散った呪いですわ」

「え……」


 ぎぎぎっと音がしそうな動きでサルヴィアを見上げると、なんだか諦めきったような遠い目をしていた。


「ジェリド卿から抜けた呪いですが、ジェリド卿のマナを溜め込んでいた上に、ノアの魔素で捏ねられたせいか、魔石になって……その、わたくしの【鑑定】によると、人間に無害というわけではないのですけれど……」


 なにやら煮え切らない言い方のサルヴィアに、俺ははっきり言うように促した。


「なんだ?」

「端的に言うと、ノアのおやつになりましたわ」

「…………」


 魔王って、普段何食って生きているんだろうな?


「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー。……ノアー? 床に落ちた物を、そのまま食べるんじゃないぞ。洗いに行こうなー」

「はーい」

「リヒター、現実からお逃げにならないで!?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、おれにはちゃんとげんじつがみえているよ」


 ジェリドが助かって、ノアのおやつが手に入った。なにも、問題は、ない!




 それからしばらく、ジェリドは眠っていた。


 あまりにも強烈な呪いに晒され続けていた上に、失った腕と脚を再生させたので、ぎりぎりまで生命力が低下しているようだ。その間、俺はコクーンの魔法を掛け続け、やせこけてしまった青年の回復に努めた。


「…………」


 だから、うっすらと光る繭の下でまつ毛が揺れて、深い苔色の目が俺を見上げた時、本当にうれしかった。


「おはよう、ジェリド卿。死に損なった気分はどうだ?」

「……!」

「俺はリヒター。【鑑定】持っているだろ? やってかまわないよ」


 サルヴィアによると、ジェリドは【人物鑑定】を持っているらしい。いまジェリドには、俺のステータスが丸わかりになっているはずだ。




リヒター(24歳)

レベル:51

職業 :農民

天賦 :【聖者の献身】

称号 :【優しい若村長】【神罰の代行者】【コッケ道】【魔王の保護者】


能力 :【空間収納】【幸運】【女神の加護】【身代わりの奇跡】

特技 :農作Lv6、牧畜Lv5、果樹栽培Lv1、回復魔法Lv7、神聖魔法Lv8

    神獣召喚Lv10、マナ励起Lv5、魔力増強Lv3、布教Lv5、行軍Lv1


武勇 :15  統率:45  政治力:42

知略 :57  魅力:80  忠誠心:83




「ぁ……」


 驚きと戸惑いが浮かんだ病みつかれた顔に、俺は微笑み返した。


 さあ、ここからが、俺たちの正念場だ。


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