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第三幕・第五話 若村長と忘れ去られた村

 金鶏を従え、ノアを抱っこした俺が、その廃村の中を歩き回って得た感想は、「奇妙」の一言に尽きた。


(変だ。なんていうか、時が止まったよう?)


 廃墟にしては、新しすぎる気がする。壊れたり、傷みが進んでいたりする建物と、ほとんど無傷な建物があって……つまり、つい最近まで、人数は少なくても、誰かが住んでいたような感じがするのだ。


(難民キャンプは、何ヶ月も前から『大地の遺跡』にあった。それなのに、だれもこの村のことを言い出さないなんて、変じゃないか?)


 浄化が済めば、すぐに住めそうな所があるのに。難民キャンプの、崩れかけた石壁を使ったテントから、誰も出ようとはしない。


 実をつけたまま枯れた作物が並ぶ畑の畝を眺めて、俺は首を振った。おかしい。どうして収穫が途中なままで?

 動物小屋に家畜はいなかったが、モンドのような大きな動物を飼っていた形跡がある。比較的傷みのない建物に入ってみると、やはり家具などもそろったまま。埃はかぶっていても、掃除すればすぐに住み始められそうだ。


 最後に、小さな教会を見つけて、壊れかけていた鍵を壊して侵入する。


(アスヴァトルド教ではない……のか?)


 祭壇に祀られていたのは、見慣れた女神アスヴァトルドではなく、おそらく水神のリューズィーだ。神話のアスヴァトルドを主神とするならば、広義ではアスヴァトルド教と言えるかもしれない。だが、水神リューズィーはアスヴァトルドを困らせる、竜の姿をした、暴れん坊という位置づけがある。


(ふぅん、少数派の隠れ里みたいな?)


 居住スペースにあったデスクに日誌を発見して、ぱらぱらとめくってみる。最後の日付は……。


「五年前?」


 スタンピードが起こったのが四年前のはずだから、それよりも前に無人になっていたようだ。やっぱり、この廃村の傷み具合とは、おかしな差がある。五年前ならば、もっと傷みが進行して、ほとんど森に呑まれていてもいいはずだ。


(……まさか、遺跡と似たカテゴリなのか?)


 この風化遅れがプロテクトだとするならば、この廃村は『フラ君』に登場する村だったのかもしれない。


(サルヴィアが帰ってくるまで、お預けだな)


 俺は日誌を【空間収納】にしまい込んだ。

 日誌は、この教会に住んでいた神官のもので、凶暴な魔獣の被害に困っている、という内容だった。これがネームドモンスターとかだったりする可能性も……。


「コッコッコッコケーッ!」

「っきゃぁあ! たー! たー!」

「なんだ、どうした?」


 ノアがデスクの上に座ったまま、大興奮で窓の外に両手を振っている。俺は掛け金を外して、透明度の低いガラスがはまった窓を押し開けた。


「は……?」


 廃村の向こうに広がる森に、なにやら土煙のようなものが立っていた。木々がなぎ倒されるような音が続き、地響きが近づいてくる。


「な、なんだ……」


 確実に、なにか不味い状況になりつつあるのはわかったが、その正体がわからない事には……。


「ぶおぶおぉっぶをぉごごごッぶをぉごごごごぉぉ!!!!!」

「な、なんだあれ……!?」


 思わず出た声がひっくり返っても、仕方がないじゃないか。なにあれ。


「犀? 河馬? いや、象より大きい河馬とか知らん……」


 頭に水晶のようにキラキラした角が三本生えているが、あの口の大きさは河馬だろう。体高が象より大きいうえに、全長もそれに伴って長い河馬だが。ずしんずしんと踏みしめる脚は短いのに、河馬とは思えない速さで走っている。


「っきゃぁぁああ!!」

「なんでノアはそんなに嬉しそうなの!?」


 森を突き抜けて廃村に侵入してきた、巨大な河馬っぽい魔獣。河馬なら草食だし夜行性だろうが。餌探しはちょっと遠慮しろ。

 だるんだるんと皮膚が揺れているけど、やっぱり分厚く脂肪が詰まっているんだろうか。でも、なんか手触りが良さそうに見えるんだけど? レア素材が皮膚とか言わないだろうな。


「日誌にあった魔獣って、あれのことかな」


 まさか五年かけてあのサイズになったのか、瘴気のせいで巨大化したのかは知らないけれど、あれは無理だ。


「に、逃げないと……!」

「コ?」

「いや、なんでお前が首を傾げるんだ」


 金鶏の奴、お宝じゃないですか、みたいな顔をしやがって。いくらレアモンスターだとしても、あれをどうやって倒すんだよ。


「っきゃうぅ~! ばあぁん!」

「ノアぁあああ!!!」


 デスクの上でキュッキュッとご機嫌で飛び跳ねていたノアが、テンション上がり過ぎたのか、窓から飛び出して行ってしまった。


「待て待て待て待てぇ~~!! ブレス!!!」


 教会から走り出た俺が見たのは、キュッキュッキュッキュッと河馬魔獣に向かって爆走していくノアの後姿で、しかもその小さな体は俺のバフを受けて、軽い踏み切りから信じられないようなジャンプをした。


「ぶごぉっぶをぉごごごぉっ!!」

「とあぁーっ!!」


 ノアが五人まとめて入ってしまいそうな巨大な口が上下に開き、弾丸のように飛んだ小さなノアは、全身でひねりを加えながら、その上顎を蹴り上げた。


 ぼっこぉおおおおおおんん


「……うっそだろ……」


 河馬魔獣が一撃だったんだけど。あれも、サマーソルトキックって言うのかなぁ……?

 仰け反った勢いのまま、河馬魔獣はずしぃぃんと横倒しになった。


「たー!」

「うわわわわっ」


 くるくる回転していたノアが俺めがけて落ちてきたのでキャッチしたが、俺はそのまま尻餅をついてしまった。ぐはっ、さっき滑り落ちた時の尻に、またダメージが……! ちゃんと回復しておけばよかった。


「ッ……」

「たー?」

「う、うん、大丈夫。ノアは?」

「うおー!」

「そうだな、すごかったなぁ」


 ふんす、と鼻息荒く胸を張る、圧倒的魔王クオリティ。ぷにぷにほっぺをピンクにして、金色の目がドヤっている。可愛い。


「しかし、あれはなんだ……っ!?」


 倒れたままの河馬魔獣と、目が合った。


「めっ!」


 ノアがびしっと指をさした瞬間、ズドン、という音と共に、河馬魔獣の頭が下から串刺しになった。あぁ、耳をぶち抜かれているね……これは即死間違いない。


「ノアは、すごく強いな……」

「えっへん!」


 大変可愛らしいドヤァ、二回目いただきました。


「これは土魔法? 岩魔法?」


 地面から突き出た巨大な棘をよく見ようと思ったが、役目は終わったとばかりに、すぐに消えてしまった。なんか、真っ黒でツルツルして、土には見えなかったんだけど……。


「たー。なあの、なあの、いれて」

「えっ、このままはちょっと……」


 ノアは自分のリュックを下して、その中に倒した魔獣を入れようとするが、ちょっと無理だと思うぞ。


「サイズもあれだし、そのリュックは時間停止機能ないだろ。死体なんか入れたら汚れるし、腐るぞ」

「ぷぅ」


 実に不満そうに小さな顎が梅干しになるが、なんとか宥められてくれないだろうか。


「なあの! はいる、もん!」

「困ったな……え?」


 魔獣の死体に視線を戻し、そこにあったはずの物が無くなっていることに、俺は唖然として目を瞬いた。


「消えた。いや、これ……まさか、ドロップ品?」


 地面に落ちていたのは、敷物になりそうなほど大きな黒褐色の皮革と、水晶のような角が三本と、幼児用のゴムボール大の赤黒い魔石がひとつ。


「これがメロディの言っていた……魔素の結晶という状態か」


 あの脂肪が詰まった巨体を解体しなくていいのは嬉しいが、これはこれで不気味だな。人知の及ばない謎現象みたいで。


 ノアがリュックの口を緩めてスタンバイしたので、ひとつひとつ入れていく。……すごいな。どれもかなり大きいのに、リュックの中に吸い込まれていくぞ。


「ということは、こいつは自然に生息していた魔獣じゃなくて、ダンジョン産の魔獣だったのか」


 ダンジョンの外で発生する魔獣は、たしかに魔素の結晶として魔石を体内に持っているが、死体が消えることはないし、解体された肉が食用になっていることもある。ダンジョン産の魔獣は、ダンジョンの外に出ても、肉体は魔素でしかないんだな。


「……じゃあ、日誌に書かれていた魔獣は? どこに行ったんだ?」


 日誌に書かれていた魔獣がダンジョン産ではない、とは言い切れないが、少なくとも五年前に、この辺りにダンジョンがあって魔獣が溢れた、なんて話を俺は聞いていない。日誌にも、そんな事は書かれていなかった。


「まさか……」


 俺は遠くから聞こえる耳障りな音を探すべく、立ち上がって目を凝らした。


「双眼鏡が欲しいな」


 『大地の遺跡』を含めたこのあたりは高台に当たるらしく、わずかながら森を見下ろすことができた。鐘楼のような高い所に登れば、もっとよく見えるかもしれないが、森の木々の上を鳥が群れで飛んでいったので、その位置はすぐにわかった。


「ギチチチチッ!!」

「ギィィィ!」

「ギャオォォォス!!」


 緑のじゅうたんの上に、なにかがぴょこぴょこと動いて見え隠れしている。


「……怪獣大決戦かな」


 巨大なムカデと、頭が二つある二足歩行のトカゲが取っ組み合いしているんだけど、ここって乙女ゲーの世界も混じっているんじゃなかったっけ?


「とりあえず、帰るか。腹も減ったしな」

「うん!」

「コケッ」


 両腕を広げたノアを抱き上げて、俺は金鶏と並んで歩きながら、忘れられた村を後にした。



 この森の攻略、アンデッドを一掃しただけじゃ終わらなかった。序盤なのに、意外とハードだなぁ。


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