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第三幕・第四話 若村長と安らぎの祈り

 それから毎日、金鶏が銀の卵や金の卵を生むようになったので、全部サルヴィアにあげた。俺がただ持っているんじゃ、宝の持ち腐れだし、現時点でカネが欲しいうえに、金塊や銀塊を換金できる伝手のある人が持っていたほうがいいだろう。


「タダではいただけませんわ! 桟橋を壊した魔獣の討伐報酬だって、まだ受け取っていないではありませんか!」

「いいって、いいって。その代り、俺とコッケ達が安穏と暮らせるように、頑張ってこの領地を安定させてくれ」

「なぁーもっ!」

「おお、そうだ。ノアも一緒に、だなー」

「きゃあぅ! うっふふふっ!」


 あぁ、可愛らしい天使の笑顔。魔王だけど。エルマさんが縫ってくれた幼児服も、よく似合っている。

 ノアは相変わらず、サルヴィア謹製の高級マナポーションが大好物だが、最近はドライフルーツ入りの蒸しパンがお気に入りだ。皆さんのおやつを奪っているんじゃなかろうかと心配な俺をよそに、ブランヴェリ家の騎士から避難民のおばちゃんまで、ノアは大変な人気者だ。


「それで、日程は組めたのか?」

「ええ。明日の慰霊式を終えたら、すぐに出ます。おそらく、ひと月半から、長ければ二ヶ月ほども留守にしてしまうと思いますが……」

「意外と短いな」


 サルヴィアは一度領地である魔境から出て、兄弟や友人や商人たちとの話し合いに行くことになっている。難民に関すること、領地の食糧事情のこと、金策や交易の事、それに王都での社交事情なんかも混じるだろうし、その仕事は膨大な量になるだろう。

 それなのに、交通手段も通信技術も未発達なこの世界では、直接会うにも時間がかかるし、間接ではさらに、質、量ともに、心もとない。テレビ電話みたいな魔道具はあるらしいが、高価だし、買えても私用で持っている人は少ないんだとか。


「メロディがこちらに来る前に暮らしていた、南大陸のロードラル帝国なら、かなり進んだ文化を持っているようですけど……こちらではまだまだ、人を使ってこそ権力の証という感覚が抜けないようで」

「わあ、いつになったら家庭の三種の神器が手に入るんだろうな」

「いいですわね。この困難な時期が終わったなら、当領地では家庭に普及させましょう」

「期待している」


 脱水機能付き洗濯機と、冷凍・冷蔵庫は欲しい。魔道具が発達している、ロードラル帝国にはあるそうだ。うらやま……ん?


「もしかして、メロディが作った? 作らせた?」

「……ありえますわ。餌で釣ってでも、レシピを吐かせましょう」


 サルヴィアの目が、いい感じに鋭くなった。温水シャワー付きな風呂のこともあるし、これは逃げられないぞ、メロディ。


「キャンプのことはフィラルド兄様にお任せしていきますから、なにかありましたらお兄様に相談してくださいませ」

「了解」


 サルヴィアが貴族や商人と戦っている間、俺は領地の浄化を進めておこう。俺が頑張れば頑張るほど、サルヴィアの地盤が強固になっていく。


(これは奮うな)


 誰かと一緒に明るい未来を見つめて心が浮きたつのは当たり前なのだろうけれど、それよりも力強く足踏みをするような鼓動を胸に感じる。今すぐにでも、駆け出していきたい。


「たー?」

「うん? ははっ、わくわくしてるんだよ。ちょ、痛い、痛い」


 俺の頬をぺちぺちと叩く小さなモミジに、指先を掴ませる。危ないから目元はやめてくれ。

 遅い青春なのか、年甲斐もなく熱血してしまっているようだ。これは冷静になれという、魔王からの忠告か?


(ゼガルノアも、こんな状態は不本意だろうに。早く助けに行ってやらないとな)


 俺は腕の中の小さな体を、よいしょと抱えあげ直した。




 難民キャンプで作られている慰霊碑の、最初の一台が設置される場所は決まっていた。

 『大地の遺跡』の外縁、キャンプ地よりも転移魔方陣の方が近い、ひと気の少ない場所だ。


(慰霊碑というか、墓石というか……)


 長方形の石板が寝かされた下の土は、まだ少し柔らかい。先日アンデッドが押し寄せ、俺とサルヴィアが一晩中対応したあの時に、この世に残ったヨスガたちが埋められていた。

 腐り崩れ落ちた死体は土ごと燃やされ、ほとんどが骨と灰だが、丁寧に集められたそれらの中には、指輪やペンダントのような装飾品が、わずかながら混じっていた。俺やサルヴィアが力尽きて休んでいる間に、避難民や冒険者たちが、それらをひとつ残らず拾って、ここに埋めてくれていた。


「皆さんのおかげで、瘴気の犠牲になった方々を慰めることができます。不自由な環境の中にもかかわらず、心温かい尽力に、感謝いたします」


 慰霊式に集まった人々の先頭には、サルヴィアとフィラルド様とミリア嬢がいた。サルヴィアのあいさつに続いて、ミリア嬢が鎮魂の祈りを捧げ、俺たちはそれに倣って黙とうする。


(あと何回、同じことをするんだろうか)


 これは、最初の一回だ。あと何回やれば、この地が、また人が住めるほどに回復するのだろうか。

 理不尽に死んでいき、理不尽に死を弄ばれた人々の多さに、目眩がしそうだ。絶対に、許されることではない。


(あなたたちの故郷を、必ず、元に戻す。だから、どうか……)


 碑文が刻まれた右下に、メロディが作った浄化玉が埋め込まれている。俺は跪いてそれに触れた。


「安らかに」


 ふっと動いた空気が変わったような気がして、目を開けた俺は思わず立ち上がって空を振り仰いだ。


(なんだ? 何が変わった?)


 あたりを見渡すと、参列者のほとんども、同じように怪訝な表情で見回していた。おかしな光もないし、コッケも巨大化していない。ノアはエルマさんに抱っこされたまま、大人しくしている。


 でも、さっきまでとは、何かが確実に変わった。なんとなく、日差しが強くなったような気がするし、空気が軽いような、肌に温かな湿気を感じるというか……。


「息が、できますわ……」


 呆然と呟いたのはミリア嬢で、見開かれた双眸から溢れたものが頬を濡らしていた。


「ミリア?」

「ふぃっ、ふぃらるど、ざま……! 息が、いきがでぎますのっ! いままで、ずっと、いきっ、いきぐる、し、て……!!」


 わあぁっと泣き出してしまったミリア嬢の背をさすりながら、フィラルド様も目を赤くしている。


「なにが……」

「いままで、ずっと窓を閉め切った部屋にいたような感じだったのよ。いくらエアコンをつけていても、部屋の中の空気は変わらない。でもたった今、新鮮な空気で満ちた外にむかって、大きく窓が開け放たれた」


 扇の影でサルヴィアに教えられて、俺はやっと、清々しい空気を吸い込んでいることに気が付いた。


「そう言われてみれば……」

「リヒターの浄化でも、かろうじて人間が活動できるだけの状態だったのね。でも、これは……」


 瘴気が微塵も感じられない。完全に、浄化されている。

 いままでは、どこか重くてじっとりと冷たい空気だったと思う。それがいまは、検問所を抜ける前までの空気に近い。夏の、森の空気だ。


「これは、どのくらいの範囲だろうか? 再浸食は?」

「すぐに調べて!」


 サルヴィアの一声で、ブランヴェリ家の騎士たちが、さっと散るように走っていく。

 俺は彼らの背中を眺めたまま突っ立っていたが、サルヴィアに袖を引っ張られて顔を向けた。


「お手柄ですわ、リヒター。貴方が慰霊碑のことを言い出したからこそ、美味しい空気を吸えていますのよ」

「え、あぁ……。でも、慰霊碑を用意したのはサルヴィア様だし、浄化玉を作ったのはメロディだ」

「何事も、最初のきっかけがなければ、結果という現実にはたどり着けませんわ。いくらリヒターが謙遜されて、周囲の人間がわたくしのおかげだと言っても、わたくしはこの手柄を自分のものにする気はありません」


 サルヴィアは真っ直ぐに俺を見詰めて、きっぱりと言い切るが、その表情は見たことがないほど柔らかかった。


「ありがとう、リヒター」

「お役に立てて、光栄です。閣下」


 こんな笑顔を見られるのなら、それが手柄の、十分な報酬だと思う。




 サルヴィアがキャンプを発ってしばらく、俺は遺跡周辺の浄化と開拓に本腰を入れていた。遺跡周辺に生えている木をみんなで切り倒そうとしたら、ノアが「ていっ」と手を振っただけで、大木が何本も、根元からすっぱり切り倒されたとか、そういうハプニングはあったが。


「人間がいるところで魔法を使う時は、まず、やっていいか、俺に聞こうな? 危ないから。おじちゃんたちが、びっくりするだろう?」

「うんっ」


 返事はいいんだけどな。ちゃんと理解しているのかはわからん。


 慰霊碑を中心とした完全浄化範囲は徐々に狭まり、半径でだいたい百メートルくらい後退したところで維持されている。メロディが言っていた、『さっぱり浄化玉くんDX』の効果範囲よりも少し広い。


「なんだかんだ言って、メロディはすごいな。一歩外に出ると瘴気があるのに、効果範囲がびくともしない。ストックされている魔力が尽きない限り、同じ出力で魔法の効果が出続けているってことだろ?」


 本人に言うとまた調子に乗りそうだが、腕がたしかなのは事実だ。


 俺はノアの散歩に付き合って、あの慰霊碑のところまで歩いてきた。浄化玉にストックされている魔力はほとんど減っておらず、毎日誰かしらがここに参っているのがうかがえた。


「コッコッコッ……」

「えっ、金鶏? こんなところまで……」

「っきゃぁ~ぅ!」

「あっ、こらノア! 待ちなさい!」


 木々の間にいる金鶏を追いかけて、ノアが走り出してしまった。


「ノア! とまれ、ノア!」


 キュッキュッキュッキュッキュ、とサンダルの音は聞こえるが、木の根をものともせず、飛ぶように走っていく金鶏とノアの小さな姿が見えなくなる。


「ノア! ぅおあっ!?」


 突然足元から地面が消えて、俺は盛大に斜面を滑り落ちた。下草で段差が見えなかったんだ。


「いっててて……」

「たー!」

「ああ、ノア。よかった……」


 サンダルを鳴らしながら駆け戻ってきたノアを抱きしめ、俺は地面に打ち付けた尻をかばいながら立ち上がった。


「……ここは、なんだ?」

「コッケコッケコォォーーー!!」


 森の中にぽっかりと出現したその空間は、瘴気にかすんではいても、「村」だった。いや、かつて村だった、というべきか。


「聞いていないぞ。こんな所に廃村があるなんて……」


 俺は予備の『さっぱり浄化玉くんDX』を【空間収納】から取り出し、悟りの聖杖を握りしめた。


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