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第十九幕・第二話 若村長とこれまでの仕事

 領都シャンディラにある『星の遺跡』は、旧シャンディラ魔術学園の地下にある。

 といっても、シャンディラ攻略時に上の建物が壊れてしまったので、あちこちがまだ瓦礫の山なのだが。


「やれやれ。ここもいつになったら片付くことか……あ、お疲れ様です」

「こ、これは……っ、聖者様、おかえりなさいませ!」


 暇そうな警備の兵士に声をかけたら、あくびを呑み込み損ねたらしく、俺たちが通りすぎたら咽込んでいた。まあ、こんな所に来る奴はいないもんな。


 ちょうど昼時をまわった頃合いだったので、公爵家の臨時公邸に着く前に腹ごしらえなどできないものかと、屋台が出ていないか見回したが、めぼしい物を見つける前に到着してしまった。


「おかえりなさいませ、聖者様!」

「おかえりなさいませ」


 衛兵さんたちにはビシッと敬礼されるし、メイドさんたちにも丁寧にお辞儀をされるし、やっぱり慣れないというか、居たたまれない。俺はこの屋敷の主人ではないというのに……。


「俺、シャンディラじゃ暮らせないな。落ち着かねぇ……」

「どこにでも、お供しますよ」


 俺のぼそりとした呟きに、ガウリーは心配無用とばかりに言い切ったけれど、俺としては彼にもうちょっと自分の幸せを追求してもらいたい。


 公邸の中は、フィラルド様たちの出発準備に追われているのか慌ただしかった。邪魔をしては悪いが、こちらがはっきりと要件を言わないのも使用人さんたちは困るので、俺はとりあえずジェリドに会いたいこと、昼食がまだなことを伝えると、すぐに準備をすると言って食堂に案内された。


「やあ、おかえり。ああ、そのまま座っていて」

「おかえりなさい」


 俺たちが腰を下ろしてくつろいでいると、フィラルド様とミリア嬢が食堂にやってきた。

 やっぱり俺を見て一瞬びくっとなったが、前回のような警戒混じりの硬直ではなく、すぐにいつも通りの動きになった。うむ、メロディが言っていた、パッケージされた安全装置付き爆発物という表現は的を射ているようだ。


「ただいま戻りました。フィラルド様、シームルグの世話をありがとうございました」

「ははっ、こちらこそ」


 鳥オタクのフィラルド様は、いろいろ手を尽くして世話をしてくれるので、コッケ達にも大好評だ。


「これからロイデムに向かわれるのですか?」

「そうなんだ。できれば、ミリアにはここで待っていて欲しいと思っているんだが……」


 そりゃそうだ、わざわざ危険だと思われる場所には連れていけない。だけど、婚約者の家の冠婚葬祭なら、出席せざるを得ないだろう。


「フィラルド様は心配性ですわ。わたくしたちは魔境で暮らしてきましたのよ。いまさら都会の貴族たちの目や悪意なんて、いかほどにもわたくしたちを傷つけられませんわ」

「そうは言ってもね、ミリア……」


 うーん、ミリア嬢の肝の据わり方というか、ざっくばらんさは相変わらずだな。いまのロイデムとサーシャ夫人周辺の事情を鑑みるに、いくら警戒してもしたりないだろうから、フィラルド様の心配も当然なんだけどなぁ。


「おや、すみません。お待たせしました」


 遅れてやってきたジェリドは、やはり仕事中だったらしく、フィラルド様たちもいるのに気付くと、椅子を引かれた席に足早に着いた。


「いや、僕たちが勝手にお邪魔したんだ。これからロイデムに行くにあたって、最新情報を持っていきたくてね。リヒターくん、報告してもらえるかい?」

「わかりました」


 運ばれてきた昼食や軽いワインを飲みながら、俺は昨日から今朝にかけて起こったことを話した。


「マルバンド地方がほぼ安全になったのはいいことだ。隣接する地域が不安に思うこともなくなる」

「ええ。それに駐屯しているのが神殿騎士団第八大隊ならば、フーバー侯爵家や王国騎士団、大神殿の神官部隊よりも、よほど信頼がおけます。……それに、ノアくんが魔獣を狩ってしまったので、お金になるものもないでしょう」

「たしかにね」


 フィラルド様とジェリドがニヤリと視線を交わす。

 誰が後の領主になるにしろ、先に旨味をかっぱらえたのは重畳だ。瘴気を掃った手間賃だな。あとで公爵家にも買い取ってもらおう。


「でも、リヒター様……お加減は悪くないの?」


 ミリア嬢は心配してくれるが、俺は大丈夫だと頷いた。


「はい。魔力が練れないというか、意図的にマナを巡らせることができないだけです。スタッフオブセレマ……俺の長杖が、サルヴィア様の薬で治療できるかもしれない、と言っていました」

「……価値の高い一級品だとは思っていましたが、まさか人型化までする超特級のインテリジェンスウェポンだったとは。ダンジョン最奥の宝箱からだって出て来やしませんよ」

「メロディが『そこらに売れない物だからあげる』って言っていた、本当の意味が分かったよ。性能は桁違いだけど、値段がつけられないほど高価だとか、手に持っていると魔力を吸い取られて危ないからかなぁって思ってたんだ」


 ジェリドがこめかみを揉んでいるが、俺だって知らなかったことだからな。


「そういうわけだから、俺の魔力が欲しい彼女が言うことは当てになると思います」

「そうだな、サルヴィアならいい薬を作ってくれるだろう。心配はいらない」


 フィラルド様がにこにこと頷く。弟が褒められて、頼りにされるのがうれしいんだなぁ。この家の兄弟、みんな末の弟のことが好きだな。


「ですが、リヒター様は働きすぎですわ。この機会に、少しお休みされるべきだと思います」

「え?」


 びっくりして俺は目を瞬くが、ミリア嬢は眉をひそめてしまう。


「ずぅっとお一人で浄化活動をされていらっしゃるのよ。しかも、シャンディラで落ち着くかと思ったら、『永冥のダンジョン』に行かれて、それが終わったらすぐにエマントロリアまで行かれて、やっと帰ってきたら領内を走り回って……! それに行く先々で、命がけで戦っていらっしゃるではありませんか!」

「え、はぁ、まあ、そうですけど……」


 ミリア嬢はぷんぷんと怒るけど、俺に浄化活動をさせている自覚があるフィラルド様とジェリドが視線を逸らせちゃっていますよ。


「は、働いているのは、みんな一緒ですし。それに、俺はサルヴィア様との約束があって……」

「それでも、危険なことをし過ぎですわ!」

「んんっ、ミリア嬢のおっしゃることも、もっともです。そもそもリヒター殿は、騎士でも聖職者でもありません」

「ジェリド?」


 何を言い出すのかと思ったら、苦笑いの賢者は目に悪戯っぽい光を浮かべていた。


「浄化活動はしばらくお休みしていただき、本分をお願いしましょう」


 その言葉に、今度はフィラルド様の表情に理解が広がった。


「そうだな。そろそろ到着するか」

「その予定です。場所はバルザル地方、『永冥のダンジョン』への通り道を検討しております。メロディ殿からも、準備が整ったと連絡を受けていますから」

「入植の手伝いか?」


 あの辺には、まだ超大型魔獣も生息しているから、ノアだけじゃなく、アイアーラたちS級冒険者にも手伝ってもらわないと、人が暮らすには危険だろう。


「あなたが適役です、若村長殿」


 ジェリドは意味ありげに微笑むと、話題を変えた。


「では、食事が終わったら、ホープ殿をお呼びしましょう。薬の材料と一緒に、公爵代行閣下への至急の手紙も届けていただかなくては。それから、買取り品も多いでしょう。ね、ノアくん?」

「うん! いっぱいとってきた!」


 興味のない話は聞き流し、昼食をせっせと腹に収めていたノアは、自分の戦果を自慢できるとにっこにこだ。


「では、商業ギルドや冒険者ギルドも呼んでこよう。ドワーフたちにも声をかけなければ」


 フィラルド様がそう言ったのは、ノアの戦利品が高価で数も多いので、品物を公開したうえで、各位が希望数と金額を提示する入札式にした方が、公爵家からの貨幣の流出を防げるからだ。それに、ホープにばかり買い取られると、ホープやメロディに市場を操作されかねない。彼らにその気がなくとも、統治者としては留意しておくべき事なのだ。


(まあ、金を一番持っているのがメロディだから、牽制程度にもならないかもしれないけど)


 現金だけでも相当なものだが、それ以上に便利な魔道具のレシピを持っているんだ。これからこちらの地域で普及させるとして、そのロイヤリティだけで一生遊んで暮らせるだろう。マジの富豪だ。


「あ、そうだ。買取りなら、広い場所……城門の外でお願いできますか? めちゃくちゃデカい物があるんです」

「まさか、マクスケリスラクスの甲羅なんて……」


 ぎょっとしたように腰を浮かせたジェリドに、俺はそうだと頷き、この屋敷がすっぽり収まって、まだ余る大きさだと言うと、さすがにフィラルド様も唖然としていた。


「フィラルド卿、マクスケリスラクスの甲羅は、船の良い材料になります」

「なに……!」

「申し訳ありません、私の確認不足でした。持ち帰る必要があるダンジョン産では、そんなに巨大な甲羅がドロップするとは思わず……」


 おや、もしかして、船を造る計画でもあったのかな? ああ、南大陸との交易に使うのか。それなら、頑丈で大きな船がいるな。


「造船なら、ウィンバーの町に船大工さんがいたけど……でも、あの甲羅を置いておく場所がないな」

「それを含めて、現物を見ながら話を詰めましょう」

「そうだな。私は先に失礼する。入札のための、招集連絡を入れてこよう」


 フィラルド様が慌ただしく席を外してしまい、ミリア嬢とジェリドもそれに続いて行った。俺たちはゆっくりご飯を食べていていいようだ。


「次の仕事が入植の手伝いとして、俺は浄化も回復も出来ないな」

「すでに浄化された場所なのでしょうね。バルザル地方と言えば、水田が多かったと記憶していますが」

「そうなんだよな。ジェリドは俺の本分なんて言っていたけど、さすがに稲作の経験はないからなぁ……」


 そういえば、『永冥のダンジョン』への地図を手に入れた書庫には、いろんな本があったな。もう公爵家の書庫に納めてしまったけど、あの中にバルザル地方での農作について書かれた物があったかもしれない。あとで確認しておこう。


 食後のお茶までゆっくりいただいて、満腹になって食堂から出ると、もう色んな人が集まっていた。あ、冒険者ギルドのエルヴェ支部長もいる。


「では、行きましょう」


 ゾロゾロと揃ってシャンディラの南門を出ると、彼らはノアのマジックバッグから出てくるドロップ品に、目の色を変えながらセリを始めた。俺は自由にやってくれと、それを眺めながらサルヴィアに手紙を書く。


(俺の状態を詳しく知らせた方がいいだろうなぁ)


 本当に治るかどうかはわからないが、適切な薬を作ってもらうには包み隠さず書いた方がいいに決まっている。


(そういえば、『俺』と完全統合されたことも、まだ言っていなかったな)


 サルヴィアが帰ってくるのは三ヶ月以上先なので、最終的には半年以上顔を合わせていないことになるだろう。これから俺がバルザル地方へ行ってしまうと、またすれ違いになって、もっと会えないかもしれない。


(怪我や病気をしないように、体にだけは気を付けて頑張ってくれよ)


 いまや実質的な戦場は、王都ロイデムに移りつつある。サーシャ夫人が危篤という情報もあるし、爵位を継いだサルヴィアにとっては正念場だろう。


 俺は予定よりもずいぶん長くなった手紙を読み返し、不備がない事を確認して封筒にしまった。


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