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第十九幕・第一話 若村長とインテリジェンスウェポン

 国境の町ハルビスに巣くっていたトロールを倒した俺たちだったが、ジェリドからの思ってもみなかった情報を受け入れるのに、しばし時間を要した。


 ブランヴェリ公爵家の兄弟の母親、サーシャ夫人が危篤だという。何があったのかはわからないが、とにかく兄弟全員が王都ロイデムに集まることになり、その護衛と随従により、ブランヴェリ公爵家に仕える多くの重鎮も、一時的に領地を離れることになった。

 フィラルド様に預けてお留守番だったシームルグも、たまたまこちらに呼び寄せていたこともあり、ジェリドに言伝をお願いして、このまま俺たちと一緒にいることになった。


「仕方がないとはいえ、このタイミングで一族全員が集まるなんて、嫌だなぁ」

「皆さんを信じて待つよりほか、無いでしょう」


 もっともな事を言うガウリーも、表情は苦々しい。敵意を持つ者からすれば、ブランヴェリ公爵家を一網打尽にするチャンスなのだから。


「そんなことよりも、リヒター様はご自身のことを心配された方がよろしいかと」

「うっ……。ジェリド、怒るよな?」

「……」


 無言を貫くガウリーも、きっと俺に呆れているんだ。


(まさか、ここにきて魔法が使えなくなるなんて……!)


 無茶をやらかした代償は、シャレにならないほど大きかった。


 ハルビスでの戦闘から一夜明けて、さあシャンディラに帰ろうとキャンピングカーに魔力を入れようとしたところで、俺が魔力を練れない事に気が付いた。

 マナポーションを飲んだ時に、なんかいつもと違う感じがしたが、これが原因だったようだ。医者に診てもらわないとわからないが、最悪、二度と魔法が使えない可能性もある。


 少しだがガウリーも魔法を使えるし、魔石もまだあるので、キャンピングカーを動かすのは問題がない。俺は大人しく助手席に座り、ふがいなさにちょっとへこみ中だ。


「そういえば、杖は持てるんだろうか?」


 スタッフオブセレマは、常に俺のマナから作られた魔力を吸い込んでいる。昨夜、戦闘後に【空間収納】にしまい込んでから、まだ取り出していなかった。


「よい……あ、れ? おぉッ!?」

「どうしました?」


 運転のために前を見たままのガウリーに、俺はなんと言っていいかわからない。


「え、えっとな。杖を取り出そうとしたら、手の中から消えて……」

「えっ!?」

「ウチならここだけど?」

「うん、そうなんだよ」

「はっ!?」


 見間違いではないようなので、俺は目頭をぐりぐりと揉んで、とりあえずガウリーに車を停めさせた。危ないから。エンジンも切る。


「いったい、なに、が……」


 俺が座っている助手席の背もたれに、後ろから抱き着くように寄りかかっているギャルに、ガウリーの口が開きっぱなしになった。


「何をやっている、リヒター」


 ベッドスペースからコッケ達と一緒にのっそりとやってきたゼガルノアも、すちゃっと片手を上げるギャルに、瞬きを繰り返してしばし絶句していた。


「よっす」

「……お前、インテリジェンスウェポンだったのか」


 インテリジェンスウェポン!?


「えっ、それって、意思があって、しゃべる武器とかのことだよな?」

「そうだけど、ウチはもっとダンチでレベル高いみたいな? それに、()()()っていうか、()()()()()、が近いかなー。ウチ、持ち主(マスター)から魔力貰ってないと、お腹空いてなんも考えられないし」


 ショッキングピンクのツインテ頭でそんなこと言われても、ちょっとイメージの乖離が酷い。くりっとした青銀色の目をしていて、猫のように愛嬌のある顔立ちの美少女は、バンギャみたいな銀と黒のひらひらしたミニスカのアンサンブルを着て、デコりまくったネイルもカラフルだ。


「あの……彼女は?」

「スタッフオブセレマだ」

「は?」


 いかん。さっきからガウリーの目が死んでいる。思考が追い付いていないようだ。


「つーかさぁ、いきなりウチのおやつ無しは勘弁してほしいっていうか? 魔力出せないとか、バッカじゃないの?」

「すまん。原因に心当たりはあるんだが、どうすれば治るのかわからないんだ」


 スタッフオブセレマは、グロスでツヤツヤさせたピンク色の唇を尖らせ、ぷくーっと頬を膨らませると、小さな鼻をふんと鳴らした。


「あんなヤバい魔法撃つんだもん。マナの通り道が、あっちこっちで壊れてんの。しばらくは魔法禁止、つっても撃てないか。あー、サルヴィアなら、なんかいい薬持ってんじゃない?」

「そうか……神経が切れているような感じなんだな。もう治らないわけではないと」

「たぶんねー」


 なんとなくイメージはついた。酷使しすぎたマナ経路が激しく損耗して、道路が寸断されているように、通れなくなっているだけだ。


「こういうのに回復魔法が使えたらいいのに」

「頭悪い永久機関を考えないでくれる?」

「サーセン」


 見た目はギャルでも、さすがはインテリジェンスウェポン。ツッコミが的確だ。


「それはそうと、今まで静かだったのに、なんでいま、人型になって出てきたんだ?」

「アンタから魔力吸えなくなったからだけど? いまウチを持ったら、アンタ倒れるよ?」

「お、おう……。俺に配慮してくれたのか、ありがとう」

「まあねー。こうして出ているのも疲れるから、元気になったらまた出してよ」

「わかった」


 俺は攻撃力高そうなネイルが並んだ手を取って、ツインテピンク頭の美少女を【空間収納】に放り込んだ。そうすると、いつもの黒い長杖に戻ったようだ。


「うーむ、不思議体験だった。スタッフオブセレマって、あんな美少女だったんだな」


 よくよく思い出してみれば、シャンディラ攻略時に初めてキリエエレイソンをぶっ放した時とか、折々俺に物理的なツッコミを入れてくれた気がする。俺のイメージする魔法を、効率よく具現化する役割と、いきなり無茶振りするなっていう説教役を担ってくれていたわけだ。


「インテリジェンスウェポンとは、姿形まで変えられるのですか……」

「いや、アレは特に珍しいぞ。せいぜい持ち主を自分で選ぶか、補助のために少し言葉を発するぐらいだ。まったく、メロディもとんでもない物を持っていたな」


 まだショックから立ち直っていないガウリーに、ゼガルノアも呆れた様子で教えてくれる。


意思セレマって、そういう意味だったのか。見た目からしてすごい装備なのに、中身まで細かく説明すると、俺が余計に気後れするって思ったんだろうな。俺も明らかに高性能だってわかったから、深く考えるのをやめたし)


 いまさらそこに気が付くと、俺も苦笑いが浮かんだ。メロディの言ったことも本心だろうが、見事に誘導に引っかかっていたようだ。


「まあ、俺の状態と、回復のあてがあることを教えてもらったんだから、いいじゃないか」

「……リヒター様といると、この世界には普通に生きていると見えない脇道が多すぎると思い知らされます」

「なんか、すまんな」

「いえ」


 あんまり驚かせて、ガウリーの寿命を縮めてはいけない。今回は俺も驚いたが、もう少し平穏を心がけよう。


「そろそろリルエルの町が見えてきますが」

「そうだな、ここから歩くか。ゼガルノアも、小さくなるか、人間の服を着てくれ」

「わかった」


 リルエルの町まで戻った俺たちは町役場に寄り、しばらくは瘴気が出ないだろうことを伝え、各ギルドにも周知するようお願いした。


「えぇっと、リューズィーの村行きのスクロールが……ちょうど六枚あるな。ガウリー、悪いが俺の分にも魔力を入れてくれ」


 今回の出発前にも少し作ったが、シャンディラ攻略に出発する前に、万が一の避難用として作り置いたのが良かった。スクロールは高価だけど、時は金なり。俺たちの姿を人目にさらして、いま何処にいるのかという情報が広がるのも、好ましくないからな。


「みんな、一枚ずつ持ったな? それじゃ、行くぞ」


 三人と三羽は、一瞬でリューズィーの村の入り口に転移した。


「よし。とりあえず、畑を見に行こう。シームルグ、薬草の育ち具合を見てくれ」

「コケッ」


 神殿騎士たちの治療に呼び寄せたシームルグだが、あの後、ゼガルノアから巨大ゴカイをもらって食べたらしい。


「あれ、そんなに美味いのか」

「「「コッケコッケコオォォォ!」」」


 美味いらしい。やっぱりコッケなんだな。


「そうだ、カイゼルのダンジョンで増やせないか?」

「もう、おそなえした」

「早いなぁ」


 さすがというべきか、この魔王様はそういうところの抜かりがないな。


「でも、だんじょんの()()()()()()は、しーむたちたべれない」

「あ、言われてみればそうだな。魔素で出来ているんだし。ダンジョン内の魚釣り用か」

「うん」


 あの巨大ゴカイを付ける釣り針とか、あのサイズの餌を食べる魚をどうやって釣るのか知らないが。


「おかえりなさいませ、リヒター様」

「お邪魔します、ダンさん。トゲネグサと、サイ先生たちの様子はどうですか?」


 リューズィーの村の村長(自称代理)のダンさんに案内してもらい、トゲネグサの種を蒔いた畑にやってきた。そんなに広い場所ではないが、若い茎がかなり伸びている。


「ふむ、まだ葉っぱが小さいかな」

「しかし、そろそろ霜が降り始めますので……」

「放っておくと、収穫する前に霜で傷んでしまうか」


 やっぱり魔素が少ないと成長が遅いのか、トゲネグサに似ているというモリーネのというハーブがこのくらいの育成スピードなのか、そもそも初シーズンの収穫は想定されていないのか……。


「ビニールハウスなんてないし……シームルグ、どうかな?」


 俺が視線を向けると、もっちりした体を包む純白の翼が広がった。


「コッケコッケコオォォー!」


 ばさっという、ひと羽ばたきで、柔らかな茎からもりもりと瑞々しい緑色の葉っぱが広がった。


「コケッ」

「さすが、シームルグ。豊作効果パネェ……」


 一瞬で採れ時になったよ。


「ありがとうな。さ、コイツを根こそぎ収穫するぞ」


 薬にするのに、どこを使うか知らないからな。全部持って行いかないと。


 トゲネグサを収穫したら、薬草畑の面倒を見てくれたダンさんたちにお礼を言ってリューズィーの村を出た。手間賃を渡そうと思ったのに、断られちゃった。


「リューズィーの像をもらったからいいって、どういう基準なんだ」

「ちゃんと礼拝堂に置いているそうですね」


 カイゼルのダンジョンでドロップした人型のリューズィー像だが、ちゃんと礼拝堂に置かれ、みんなで拝んでいるらしい。サイも教会が落ち着くとかで、住み込んで礼拝堂も一緒に管理しているとか。

 サイと一緒に連れてきた子供たちも、健康に問題なく過ごせているそうなので、しばらくはリューズィーの村で大丈夫だろう。


 俺たちは『大地の遺跡』の転移魔方陣を使って、領都シャンディラへと戻った。


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