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第二幕・第二話 若村長とゲームと現実

 フィラルド様との話を終えた後、俺はサルヴィア嬢と二人きりで話すことができた。お茶のおかわりを出してくれた、侍女頭のエルマさんさえも部屋から出てもらえたのは、ここには他家の目がなく、サルヴィア嬢がそもそも男だからだ。


「事情があって女の子として育てられたけど、別に男だって隠しているわけじゃないから、知っている人は知っているよ。例えば、国王陛下とか、サルヴィアの友達とか。もちろん、家族や使用人もね」


 姿勢、服装、動作、頭のてっぺんからつま先まで貴族令嬢なのに、素らしい話し方をしているだけで、その雰囲気はガラッと変わっている。


「この世界に転生する前の僕は、染谷誠司という名前で、高校生だったよ」


 誠司くんがほろ苦く微笑んだのは、やはりむこうで若くして亡くなったからだろう。家族は両親と姉と妹がいたそうで、仲は悪くなかったと。かなりはっきりとした記憶を持ったまま、こちらに転生してしまったようだ。

 しかも、記憶が戻ったのは生後間もなくだそうで、それから十六年、サルヴィアとして真面目に生きてきたそうだ。記憶を持ったまま、赤ちゃんから生き直すって、相当な忍耐が必要だと思う。


「僕が認識しているのは、この世界は『フラワーロードを君と』っていう乙女系育成RPGが混ざっていて、サルヴィアは『フラ君Ⅲ』のライバルキャラ、リヒターは『フラ君Ⅱ』の攻略キャラだ。姉貴と妹にやり込まされたから、攻略情報はばっちりだよ。あんまり役には立ってないけどね」

「こちらの現実でも、シリーズが続いているのか」

「そう。ただ、歴史は大きく変わってしまっているんだ。そもそも、初代の『フラ君』主人公が、この世界に出現しなかった可能性が高い。そのせいで、いるはずの人がいなくなったり、起きてはならないイベントが起きてしまったりしているんだ」

「起きてはならないイベント?」

「ディアネスト王国のスタンピードだよ。本来なら、こんなに大規模な被害にならなかったはずなんだ」


 誠司くんによると、ディアネスト王国のスタンピードは、『フラ君Ⅱ』のストーリーの山場で、主人公がダンジョン奥にいる魔王と交流を深めることによって、未然に防ぐことができるらしい。ところが、この世界で主人公となるはずだった少女は、初代『フラ君』の主人公が助けに現れなかったせいで、ストーリー開始前に幼くして病死してしまったそうだ。


「ダンジョン攻略を含めたこのイベントに失敗すると、スタンピードが起こる。そして、魔獣の鎮圧に向かった女騎士リンジェルと、ディアネスト王国とを護るために、聖者リヒターが【身代わりの奇跡】を発動させて、死亡する」

「えっ、乙女ゲーでくっつく相手が死ぬのか!?」

「死ぬんだな、これが。攻略キャラの破滅エンドってやつでね」


 『フラワーロードを君と』シリーズの鬼畜要素と呼ばれるのが、この攻略キャラの破滅エンドらしい。主人公がライバルキャラたちとの恋愛や成績の争いに負けても、特にペナルティはなく、ノーマルエンドに行くだけ。

 ただし、ストーリーモードでヘマをすると、主人公やライバルキャラではなく、主人公の恋愛対象になるはずの攻略キャラが、それぞれ破滅するらしい。


「それは、プレイしていても心臓に悪いな」

「だろ? 後味が悪いというか、罪悪感半端なくて……ガラスのハートを粉々にされたプレイヤーもいるらしい」

「気の毒に」


 真面目に育成に励んでいれば回避されるそうなのだが、その辺は置いておくとしよう。


「もしかして、俺の両親についても知っているか?」

「ゲームの設定でのことでなら。この世界で現実に起こった事かは、保証できないよ」

「それでいい」


 『フラワーロードを君と』のリヒターは、孤児だが伯爵家の後ろ盾を持っており、わずか十五歳で聖者の称号を得るほどの、神聖魔法の使い手だそうだ。だが、こちらの現実では、その伯爵家が取り潰されてしまっているらしく、リヒターこと俺は、遠くエルフィンターク王国の田舎へ養子に出されたようだ。


「やっぱり孤児なのか」

「それなんだけど、たぶんまったく親がわからないわけじゃないんだと思う。取り潰されたナイトハウル伯爵家の親戚とか、寄子みたいな関係があったんじゃないかな」

「そうだろうな。母親の一族を囲っていたと思う」

「知っているの?」


 俺は首を横に振ったが、眠っている間に見たことを話した。


「なるほど、一子相伝のアビリティか……」

「ただの夢かもしれないけれど、妙にリアルで」

「うん、たぶん本当に起こったことだと思うよ」


 誠司くんの記憶はあるのに、俺の前世の記憶がほとんどないのも、そのせいだろうという。この世界のリヒターを助けるために、俺は俺自身をバラバラの部品や、単純なエネルギーにしたのだろう。


(その伯爵家が潰れた煽りを喰らって、俺は物心つく前に養父に渡された……。父さんは、俺のアビリティを知っていたんだろうか?)


 知っていたとしても、教えなかったに違いない。だから、なにも情報を遺さずに生涯を閉じたのだ。……たぶん、リヒターを護るために。


 俺は素早く考えを巡らせる。俺がなすべきことが何なのか。


「……誠司くん、サルヴィア様にお願いがあるんだ」

「誠司くんはこそばゆい! 人目のない所では、ヴィアとかセージとか、呼び捨てにして欲しいなぁ」


 言われてみれば、彼は前世と合わせて三十年以上生きている記憶があるのだ。乙女ゲーの攻略キャラの顔をしている俺に、名前をくん付け呼ばれては、背中がかゆくなるだろう。


「わかった。セージには、貴族として俺を秘匿してほしいんだ。その代り、この魔境開拓における浄化は任せてほしい」

「それは……僕にとっては、願ったりかなったりだけど……」


 歯切れが悪い様子のセージは、俺がまた【身代わりの奇跡】をぶっ放さないか心配なようだ。


「リヒターが【身代わりの奇跡】を使った時、これはストーリーの強制力だと思ったんだ。連れてこなければよかったって……僕のせいで死んでしまうのかと思って……」


 俯いて拳を握りしめるセージに、俺はゆるく笑ってみせた。


「まさか。死にそうな人間をその未来ごと生き永らえらせるとか、スタンピードをまるごと収めるとか、そんなとんでもない奇跡を起こしたわけじゃないだろ? たしかに、寿命はちょっと縮んだかもしれないけど、元の寿命を知らないんだから、どうという事はないね。なにしろ、俺はそもそも【身代わりの奇跡】のせいで、二人分の魂を持っているんだから」


 大丈夫、大丈夫、と俺は軽く言うが、セージは恨めしそうな目で俺を睨んでいる。


「とんでもない奇跡? とんでもない奇跡なら、ちゃんと起こしているよ」

「まぁ、とにかく。俺も、もうこのアビリティを使う気はないよ。いままではどう使うのかわからなかったから、勝手に発動しちゃったけど……もう覚えたからさ」

「本当だろうね?」

「うん」


 俺はちゃんと認識している。何を優先し、何を護るべきなのか。そして、その為には何をするべきなのか。


「紙とペンを貸してもらえる?」


 俺はエルマさんに持ってきてもらった紙とペンに、思い出せる限りのことを書きだして、セージに渡した。


「これは……?」

「『ラヴィエンデ・ヒストリア』に登場する、警戒すべき覇者と、押さえておきたい有能な人材。もし彼らを見つけたら、絶対に味方につけるんだ」

「!」


 『ラヴィエンデ・ヒストリア』には、千人以上の登場人物ネームドがいる。その中でも、特に有能なキャラクターたちをピックアップした。


「俺たちのステータスに、パラメーターがあるだろ? あれが『ラヴィエンデ・ヒストリア』におけるステータスだ。あれと得意分野の組み合わせと、さらに性格やバックボーンを加味して、任せる仕事の最適解を出す。この世界が『フラワーロードを君と』だけじゃなく、『ラヴィエンデ・ヒストリア』も混じっているなら、こいつらも存在する可能性が高い」


 書き出したリストは、どうしてもゲームに沿った区分けになってしまうが、この広いブランヴェリ公爵領を治めるには、国家規模の人材が必要だ。


「この、将軍とか指揮官とか、分かれているのは?」

「パラメーターが成長した、最終的な適職だ。武勇だけが高ければ、武芸者。武勇と統率があれば、指揮官。そこに忠誠心があれば将軍、政治力があれば梟雄、あるいは覇者。武勇と魅力があれば英雄にもなる。逆に、武勇が低くても知略が高い軍師タイプもいる。武芸者に将軍職を振っても十全な成果は出ないし、その逆は無駄が多すぎる」

「なるほど。同じだけ武勇が高くても、向いている仕事が違うのか」

「その下の文官は、貴族とか政治家になるぞ。内政を任せるにはもってこいだ。人心を安定させるには、文化振興も欠かせない」

「……おじい様が、お父様や執事たちを重用した気持ちが分かった」


 リストを見ながら、うぐぐ、と眉根を寄せるセージに、そのうち慣れると心の中でエールを送った。


「ここに書き出したのは、目立って優れている奴ばかりだ。つまり、敵にいると、本当に厄介ということ」

「出来るだけ早く見つけ出して、敵方にいるなら引き抜けってことね」

「忠誠心が高いと、それも難しいんだけどな」


 ゲームとは言え、何度煮え湯を飲まされたことか。


「特に、英雄レガード、大将軍バルトロメ、賢者ジェリド、皇帝ライオネル、道化師レノレノ、宣教師パルマ、この辺はチート級だ。味方にならないなら、敵対だけはするな。まず、詰む」

「わかった」

「それから、一番下に書いたのは、ユニーク開発を持っている奴らだ。職人や教師、研究者とかだな。パラメーターは高くないが、こいつらを味方にすると、領地の発展がぐんと楽になる。例えば、人材育成のスピードが上がったり、特産品や、特許料が発生するような発明品を開発してくれたりする」

「現金を稼ぎやすくしてくれるんだな。それに、治安が良くなる」

「そうだ」


 セージは呑み込みが早い。サルヴィア嬢が有能だとは思っていたけど、セージ自身の地頭の良さや、貴族として受けてきた教育の成果に違いない。


 俺はひとつ息を吸うと、俺が俺としてこの世界で生き延びる方針を舌にのせた。


「俺は、リヒターの母親によってリヒターになり、養父によって農民のリヒターとして隠されてきた。俺の意思は、【身代わりの奇跡】を持つリヒターを、あらゆる悪意や権力から護ることで、それには事情を知っていて、俺にアビリティを使うなと言ってくれたサルヴィア様に協力することが、最も確実だ。その上で、のんびりスローライフを満喫させてもらうよ」


 これは取引だ。お互いが生き残る為に、最も効率的で、最も有効な『同盟』だ。


 俺の正面にあるセージの視線が、一度リストに落ち、再び上がった時、その表情はサルヴィアのものになっていた。


「……わたくしが、なぜ領地を没収されて魔境を下賜されたか、ご存じ?」

「戦争に反対したから、だと」

「それもあります。でも、もっと根本的なところに、わたくしの敵がいますの」


 サルヴィアは俺が渡したリストを【空間収納】にしまい込むと、ぱらりと扇を広げて口元を隠した。


「わたくしはこの領地を繁栄させ、あのお馬鹿さんたちを完膚なきまでにシメなくてはなりません。最初の期限は、一年半後」


 一年半は短い。かなりのハードスケジュールだ。


「わたくしに力をお貸しくださいませ、聖者リヒター。この戦いに勝利すれば、貴方の望みはかなうでしょう」

「了解した。我らの未来に、女神の祝福があらんことを」


 俺たちは、がっちりと握手を交わした。

 この世界で、勝ち残り、生き延びるために。


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