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第十三幕・第四話 若村長と桃の威力

 剣を振り上げたリサの前に立った時、俺は自分にマイティガードやキリエエレイソンで、がちがちに防御をしていた。ただ、その防壁に当たる前にリサが吹っ飛んだので、俺は『俺』が言っていたことが、真実施行されているのだと実感した。


(本当に、神殿騎士は俺に手を出せないんだな)


 もっと早く知っていたら、色々ビビらなくて済んだのに。でも、そのおかげで、いままで慎重に進めて、大過なくやってこられたんだからいいか。


(あとは、いい感じに丸め込めればオッケーだ!)


 矛盾のないよう話を盛る、それが一番難しいような気もするけれど、なんとかなるだろう!


 それよりも今は……。


「ごめんな、ガラ。頼むって言っていたのに、飛び出してしまった」

「本当に、心臓が止まるかと思いました。勘弁してください」

「悪かった」


 やっぱりガウリーに叱られた。守護騎士としての彼の面子を潰してしまうような行動は、慎まなくては。


「……ですが、リフが動かなければ、誰かが酷く怪我をしていたでしょう。勝算があっての行動だとは思いますが、やはり貴方の判断は、貴方の犠牲を度外視すれば、いつだって正しい。いつもどおりの貴方でいいと言ったのは、私の方です」


 うぅ、そんな悲しそうな顔で言われると、胸に来ると言うか、本当に気まずすぎる。


「その、心配かけて、ごめん」

「ええ。私も頭に血が上っていました。冷静さを欠くなど、守護騎士としてあるまじきことです。申し訳ありませんでした。……これで、おあいこにしませんか」

「うん」


 俺よりも大人なガウリーが収めてくれて、ほっと胸をなでおろしている間に、神殿騎士陣営でも粛々と処分が進んでいた。


「申し訳ございませんでした。魔境を浄化した徳高い聖者様に対し奉り、ご無礼の数々、部下の監督不行き届きの責は、このリディアーヌが受けまする」


 リディアーヌという神殿騎士が、俺たちの前に跪いて謝罪する。もう一人のアメリーという人が、ユッテさんに呼ばれて来た別の騎士と一緒に、リサを拘束して引きずっていった。

 なるべく見ないようにはしていたんだが、それはもう、ひどい顔になっていた。女性の力で一発二発だとしても、騎士の拳は一撃が重いんだろう。この後も、折檻されるのかなぁ。


「彼女が自分の能力を信じるあまり、自分自身の目で、真っ直ぐに相手を見ようとしなかっただけのことです。いくら部下とはいえ、他人の未熟さに、貴方が責任を取る必要を感じません」

「寛大なるお言葉、感謝の言葉もありません。ですが……」


 うーん、示しがつかないとか、そういうことなのかな。


「ガラ、こういう時、どうしたらいい?」


 元神殿騎士団大隊長なら、処分の方法も知っているだろう。


「神殿騎士の懲罰則に従ってもらえれば、それで良いのではないでしょうか。リフは、リディアーヌ隊長にも、あのリサという騎士にも、ことさら重い処罰を望んでいないのでしょう?」

「うん」

「でしたら、二人を三ヶ月間の減給にしたらどうでしょう。減給分を慰謝料にすれば、大神殿から怪しまれることも少ないかと。謹慎にしてしまうと、ただでさえ少ない人数でまわしている現場に、負担がかかりますから」

「なるほど。じゃあ、それで」


 関係ない同僚たちにまで、過剰労働させるわけにはいかないもんな。

 リディアーヌさんは、声を詰まらせ、平伏しそうな勢いで頭を下げてしまった。降格は当たり前で、懲戒免職や、下手をすると処刑もありえたのかもしれない。


「ありがとうございます……っ!」

「うんうん、丸く収まればいいのです。あ、ひとつ聞きたいのですが、あのリサという騎士の能力は、殺人者を見分けるだけなのでしょうか? それだけでは、凶暴な山賊と、治安維持をしている騎士の区別もつかないのではありませんか?」


 人の能力なんて公開するものじゃないけれど、今回はこちらが被害者という事もあり、リディアーヌさんはあっさり教えてくれた。


「はい。単純に人間を殺害したことのある人間が見分けられる、というだけの能力です。賊とそれ以外を見分けるのは、彼女の主観によるとしか」

「なんて危険なんだ。ベテラン騎士の中には、賊並みにおっかない顔の人だっているだろうに」


 俺の呟きに、ガウリーとリディアーヌさんの肩が一瞬震えた。やっぱりおっかない顔の騎士はいるらしい。ほら、前世でも、威圧力が高い顔面をした警察官とかいたし。


「護衛仕事をする冒険者が、襲ってくる賊を殺すのは当たり前だろう? 大きな町の冒険者ギルドに行けば、何人かはいるだろうに。なんで俺は、あんな反応をされたんだろうな?」

「おそらく彼女は、現在聖者と呼ばれている人を、自分や神官のような、大神殿に仕える者だと思い込んでいたのでしょう。教義の違いなどによる、人間同士の争いがない現在は、神殿騎士も神官も、主にアンデッドや魔獣などとしか戦いませんから」

「あー……そういうことか」


 納得した。お綺麗な聖者像を、自分の中で勝手にこしらえていたんだな。


「俺が殺したのは、俺を殺しに来た神殿騎士だって言ったら、価値観のエラーを起こして発狂しそうだな」

「リフ……」


 ガウリーが俺を諫める様な、それでいて申し訳なさげな声を出したので、俺は小さく笑って手を振った。言うつもりはないよ。むこうがこれ以上突っかかってこない限りはな。


「弁解にもなりませんが、最近になって、部隊のほとんどが王都に呼び戻されてしまい、リサと親しい教導係もいなくなってしまいました。それで、自分がしっかりしなければと、空回りをしたのでしょう」


 リディアーヌさんがくれた情報に、俺とガウリーは顔を見合わせた。


『仕事が早いな』

『急いだほうが良さそうですね』


 こそこそと囁き合い、俺たちはできるだけ早くエマントロリアに向かう事を確認した。


「リサさんにも、悪気はなかったのでしょう。俺は神官ではありませんが、女神の神託を受けて自由に行動するためにも、女神アスヴァトルドの庇護下にある者からの掣肘せいちゅうは受けないと、神々から約束されてこの世に生まれてきました。俺に剣が届かなかった彼女は、正しく女神の庇護下にあります。そう言って、慰めてあげてください。ただ、もう少し世間を知り、公正な判断のできる目と耳を養うようにと」

「は、ははっ!」


 さりげなく威圧アピール。しかも、嘘は言ってない。


「いつもながら、リフは寛容ですね」

「そうか?」


 だいぶ偉そうなことを言った自覚があるから、そんな風に言われると照れ臭い。


「さっ、それじゃあ、大聖女様に会いに行こう。だいぶお待たせしてしまっているのではないかな」


 俺はリディアーヌさんを立たせ、頭を下げたまま控えていたユッテさんに、【空間収納】から取り出したお土産セットを渡した。


「これを、大聖女様に。魔境産ですが、今年も美味しい実が生りましたので、是非ご賞味ください」

「えっ、魔境でも、果物が育つのですか?」


 心底驚いたと言いたげに、大きなピーモが載った果物かごを受け取ったユッテさんが目を瞬く。瘴気に当たると植物は枯れてしまうって知られているから、ユッテさんの反応は当然だ。


「まだ栽培にはこぎつけていない、野生のものですが。腕のいい冒険者なら、採集してこられると思いますよ」

「そんな危険な場所に……」

「ああ、危険なのは場所じゃなくて、この桃の木です」

「は?」

「これ、傾国桃樹の実です。とっても美味しいですよ」


 えっ、と声をあげたのはリディアーヌさんの方で、無言で目をかっぴらき、ガタガタと震えだしてしまったユッテさんから果物かごを取り上げると、大声で人を呼び始めてしまった。


「あれ? なんか悪いことしたかな」

「……幻や伝説などと言われる果実ですから」

「そうかぁ」


 この前カイゼルのダンジョンに行った帰りに、今年も北の森で蠢いていた傾国桃樹を見つけたノアが、問答無用で取り押さえて、全部もいだんだよな。去年よりも早い収穫だったけど、なかなかの大きさに育っていた。カイゼルのダンジョンでは、まだ実が生るほど成熟した木になっていないから、今年も丸裸にした後で放してやったが……。


「ダンジョン産の傾国桃樹は美味しくない、ってことは、ないよな?」

「どうでしょうか。実際に食べてみないと」


 来年か再来年には、ダンジョン産の傾国桃樹も食べられるといいなぁ。


「失礼します」

「はい?」


 俺たちの後ろから声をかけてきたのは、馬車の傍で待機していたアルダスさん。なんか、目つきがギラギラしているけど……そういえば、包んでもらう時に、傾国桃樹だって言っていなかったような?


「ブランヴェリ公爵領では、傾国桃樹が自生しているのですか? 今後の流通予定などは……!?」

「えぇっと……どうだろう? 森の中を動き回っている奴は、そんなに数がないんじゃないかな? いま、ダンジョンで増やしている最中だし、それが美味しいかどうは、食べてみないとわからないけど」

「ダンジョンに、生息していると!」

「は、はぁ……これは、森の中にいたのから採ったのですけど、よかったら、おひとつ、どうぞ? 傷みますから、早めに食べてくださいね」

「!!!!」


 俺が無造作に【空間収納】から取り出した桃を、アルダスさんはそおっとハンカチで包んで、たすき掛けにしていたポシェット風の袋にしまい込んだ。あ、それマジックバッグなんですね。どこかのダンジョン産かな?


「ありがとうございます。当商会は、あげて、聖者様への忠誠を誓わせていただきます」

「ええっ!?」


 傾国桃樹、お土産性能が突き抜けすぎだろ。


(これはますます、栽培しないと……)


 流通させて、多少値が下がってもいいんだ。いまがプライスレスすぎるんだよ。

 どうせ素人では、傾国桃樹を捕まえて実をもぐのは大変なんだし。美味しいものは、みんなで食べたいからな!


「……リフ、また閣下に『聖者がしてはいけない顔になっている』、と言われますよ」

「え? お、そうか」


 いかん、TPOをわきまえないとな。いまは、聖者プレイを続けないといけない場面だ。俺は両手で頬を覆って、ニヤニヤ笑いを真顔になるよう引き締めた。


(いくら儲けられるようになるかなっ! 楽しみだなぁ~!)


 信用のおける販売経路の確保は大事だ。いまのうちに、リンドロンド商会に流すのも、悪くないだろう。


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