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第十三幕・第三話 若村長と女性神殿騎士

 メーアの町について二日後、俺たちはフィブロアからここまで乗ってきた荷馬車ではなく、貴族が乗るような馬車に乗せられていた。


「な、なんか、落ち着かない。宿もそうだったけど、なんていうか……俺にはもったいない。場違いみたいな気がする」

「大丈夫です。メロディ殿のロードラル帝国製の幌馬車の方が、ずっとずっと高価です」

「え? お、おう? そうか」


 そうです、とガウリーは真顔で頷く。


 実際、この馬車は貴族用ではなく、裕福な庶民が乗るものらしい。派手さやクッションの質で変わるだけで、足回りは頑丈さと見栄えを天秤にかけているようなものだとか。言われてみれば、メロディの幌馬車のように揺れないということはない。大聖女様の荘園に近いから道は整備されているものの、いまも、カタコトと揺れている。サスペンションやゴムタイヤを発明した人は偉大だなぁ。


 いまのガウリーは、俺の【空間収納】にしまっておいた、いつもの白銀色のドワーフ製鎧を着ている。思いっきり実戦装備だが、騎士としては正装扱いなんだろうな。見栄えもするし。

 ただ、顔の下半分が見えないように、簡易的な布マスクをしている。兜も頬のあたりまでは隠れるけど、正面から見るとガウリーだってバレるんだよ。


 俺はというと、エルマさんが用意してくれた夏服の上に、透けそうなほど薄いフード付きローブを着ている。暑苦しくないのはいいんだけど、もろに顔バレなんだが……。サルヴィア曰く、俺の顔面力を信じろ、と。


「俺の顔面力ってなんだよ」

「美しいという事では?」

「え?」

「はい?」


 ガウリーまで妙なことを言う。確かに俺は、乙女ゲーの攻略キャラのツラをしているが、田舎育ちの一般人なんだ。こう……自分で言うのもなんだが、スタイリッシュなイケメンとは程遠い、垢抜けない内面がにじみ出ているというか。黙っていれば……みたいなことをメロディに言われたこともあるし……。


「あ、そうか。黙って聖者プレイしていればいいのか」

「その認識でだいたい合っていると思いますが、話はしてください」

「素が出ないように、聖者っぽく話すって、難しいんだよ!」

「いつもどおりで大丈夫です。リフはいつでも()()()()()ですから」


 それは、喜んでいいのか? なんか丸め込まれたような気もするんだが。


 その後、馬車で二時間も揺られていただろうか。ダンジョンに入った時とは似て異なるが、なにかを通り抜けたような気がして、窓に下ろされていたカーテンを少しどかしてみた。見える範囲には、畑しかない。


「なんだろう、結界的なものでもあったのか?」

「お気づきになりましたか。大聖女様の荘園には、四重の結界が張られていると聞いています」

「ほー」


 そうこうしているうちに、二回目の結界を通り過ぎた。少ない人数で警備する関係上、こういうところでカバーしているのかもな。


「……なあ、この結界って、外から入ってくる奴を監視するためだよな?」

「そのはずですが」

「中から外に出る奴も、当然監視されているんだろうな」

「……」


 それはどういう意味か、とでも言いたげに口を開きかけたガウリーだったが、すぐに察したのか、難しい顔で口を閉ざした。

 結界が、外敵の侵入だけに反応するものか。中に閉じ込めておきたい人間の出入りだって、当然わかるはずだ。だが、これは俺の穿ちすぎかもしれない。


「ごめん。変な事言ったな。忘れてくれ」

「はい」


 証拠もない推測だけで、元の職場を悪く言われるのは、誰だっていい気はしないだろう。


 馬車の歩みが街中を行くように緩やかになったころ、三回目の結界を通って、やがて止まった。外に何人もの気配がして、俺はいまさらながらに緊張してきた。大聖女様は俺に手を出すなとは言ってくれているが、女性とはいえ武装した神殿騎士たちに囲まれるのは、ちょっと勇気がいる。

 顔色まで悪くなってきたのか、スタッフオブセレマを握りしめた俺を、ガウリーが慰めてくれた。


「リフは、いつもどおりで大丈夫です」

「……うぅ、頼んだ」

「お任せください。必ずお護り致します」


 馬車の扉をノックする音に続き、御者台にいたアルダスさんの声が聞こえ、俺はフードを目深におろした。

 さっと差し込んでくる眩しい夏の日差しに向かって、見慣れた鎧姿が降りていく。安全を確認したガウリーが振り向いたので、俺もひとつ深呼吸をして、馬車を下りた。


「ようこそ、お越しくださいました。聖者様」


 すでに敷地内なのか、植木が整えられた中に、レンガ色と白を基調にした、瀟洒なお屋敷が建っていた。花が咲いているのか、空気にいい香りが混じっている。

 俺たちの前には、二人の女性騎士と、首もとまできっちり覆ったシンプルなドレスを着た中年女性がいた。


「大聖女様の側仕えをさせていただいている、ユッテ・バルビゾンと申します。大聖女様は、聖者様の御来訪をとてもお喜びでございます」


 深々と、丁寧にお辞儀をしたユッテさんに、俺も挨拶をした。


「訪問の許可をいただき、感謝します。ご丁寧なお出迎え、痛み入ります」

「では、こちらへ……」


 とユッテさんが踵を返し、女性騎士が道を開いた正面に、すごい勢いで別の女性騎士が走り込んできた。パッと見た感じ、俺よりも若そうだ。


「お待ちくださいっ! お待ちください、その者は……ッ!」

「何事ですか、控えなさい!」


 ユッテさんの傍にいた騎士たちが前に出て、走ってきた若い騎士を通せんぼしたが、なんだか様子がただ事ではないような?


「退いてください! そいつが聖者様なんて真赤な嘘です! そいつは、人殺しです!!」


 ユッテさんたちはぎょっとしたが、俺はそれまでの強張りが取れて、なんだか頭の中がすっとなった。緊張が突き抜けて戦闘態勢に入ったせいで、かえって落ち着いた。


(おぉ……そうきたか)


 彼女たちと俺との間に立つガウリーの背中を眺めながら、俺はふと、不思議だなと首を傾げた。


(看破系能力持ちにしては、俺の他のステータスが見えないのか? てことは、人を殺しているかどうかだけがわかるのか? 俺を貶めたいだけの嘘にしては、なんだか必死さが真剣なんだよなぁ)


 んー、俺にも【鑑定】みたいな能力アビリティがあったらなぁ。


「リサ、控えなさい。貴女の能力は理解していますが、いまは相応しくありません」

「いいえ、ユッテ様。人殺しの癖に聖職者のふりをするなんて、しかも大聖女様まで騙そうとするなんて、万死に値します!!」


 リサと呼ばれた子は、きりっとした顔に必死の表情を浮かべ、剣まで抜いてしまった。


(おお、勇敢な子だな。正義感の強さは好感が持てる)


 しかし、先輩聖騎士たちを前に、蛮勇としか言いようがない。


「……仕方がありません」


 ユッテさんがさっと手をあげると、傍にいた女性聖騎士たちが剣を抜いてしまったので、俺は慌てて声をかけた。


「あぁ、ちょっと待って。彼女の言っていることは事実です。殺人者は大聖女様との面会できないという規定があるなら、退散させていただいます」

「リフ!」


 ガウリーが低い声を出したけど、仕方がないじゃないか。


「それには及びません、聖者様! 誤解でございます。大聖女様は、どのような罪人であろうと、お会いにならない事はありません!」

「バルビゾン殿、“どのような罪人であろうと”とは、無礼ではございませんか」


 慌てたユッテさんの失言に、ガウリーが怒ってしまった。あぁ、どうすればいいんだ!?


「リサと言ったな。聖者様がお手をかけたのは、我々を危機から救うためである。聖者様を罪人というのならば、その罪は私が負うべきところだ」


 ちょっ、まっ……どうしてそういう風になるんだい、ガウリーさんや。


 だいたい、ミルバーグ村で俺を探しに来た神殿騎士たちを始末したのだって、俺の都合が大部分だったわけで……。


「ん? 俺その話、ガラにしたか?」

「いいえ。以前、賢者殿から」

「あの野郎……余計なことを」


 まあ、ジェリドのことだから、なにか考えがあってのことだろうけど。そういうこと聞かされたら、ガウリーは責任感じちゃうだろう。


「ご安心ください。女神官殿には話しておりません」

「当たり前だ」


 キャロルがこの事を知ったら、この世の終わりみたいな顔をするに決まっている。そんなことされたら、さすがに相手がジェリドでも怒るぞ。


 俺は眉間にしわを寄せたのに、ガウリーはなんだか、かえって嬉しそうに目元がほころんだ。そして、リサたちの方に向き直る。


「この方は、他人に厳しく説教をして追い立てておきながら、自分は隠れて安穏としているような、卑怯な人間ではない。他人を助ける為ならば、自分の身を汚泥に浸らせ、並べられた剣先の前に立つこともいとわない、真に献身の人である。大神殿の杜撰な命令で、惨めに死んでいった神殿騎士たちを弔ってくださったのは、この方だ。それを、言うに事欠いて……!」


 あわわわ、またガウリーが怒りだしてしまった。いい加減に落ち着け。


「ガラ、ガラ。弁護してくれるのはありがたいんだが、そんなに持ち上げられると恥ずかしい。大聖女様は、大神殿が俺に手を出さないよう言ってくれると、公爵代行閣下に約束してくださったらしいじゃないか。ちょっとした行き違いだ。な?」


 俺が一同を見回すと、自分たちの行いがクレメンティア様の顔を潰していることに気が付いたのか、特にガウリー以外が真っ青になって畏まった。


 それでも、リサはまだ自分の正義を信じているのか、唇を噛んでものすごい形相になっている。


「公爵代行閣下まで騙しているのか……!」


 あ、ダメだこりゃ。


「ガラ、手を出すなよ」

「リフ!?」


 俺はガウリーの背後から横に飛び出して、リサの前に走った。

 まあ、こういう子はいっぺん心を折らなきゃ、他人の言い分なんて聞こえないだろうし。


「うちの賢者ほど、ボコボコにはしないから!」

「そういう問題ではありません!」


 ガウリーが追ってくる前に、ユッテさんたちを抜き、剣を振り上げたリサの前に到着した。


「このっ……!」

「ちょっと遅い」


 タイミングを合わせるために、こちらがわざとスピードを落とし、無防備に立つ。


「リフ!!」

「きゃあっ!?」


 ガウリーが俺をどうかそうと手が触れる前に、俺に向かって振り下ろされた剣ごと、リサがもんどりうって吹き飛んだ。


 一瞬、何が起こったのかと目を瞬いたガウリーだが、すぐに俺を抱えるようにして下がらせた。


「危ないではありませんか!」

「悪い、悪い。ガラ、あの子の剣をくれ」


 尻餅をついたまま地面を転がっていったリサの、地面に落ちていた剣をガウリーから受け取ると、俺は愕然と見上げてくるリサの前に立った。俺は剣を作った人に心の中で謝りながら、鍔元をそっとなぞる。


「看破系能力に頼り過ぎだ。正しく見極められないなら、人を傷つける物を持つべきじゃない」


 水流魔法で切り離された刀身と柄が、それぞれ音を立てて石畳に落ちた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 清濁併せ吞む聖者の在り方がぶれないのがいいよね、主人公。 [気になる点] 推定敵地にて、ガウリーと二人ぼっちで大立ち回りするのかしらん? [一言] 祝・連載100話達成おめでとう!!!
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