9.レッサー・タラスク
「見つけました。なかなか厄介な状況ですね」
壊れた賢人塔に無理やり外部接続を行ったゾーシモスが、現場の映像を仮想モニターに投射する。
それを横目に見ながら、僕は薄暗い森の中を駆けた。
「やっぱりレッサー・タラスクだったな。しかし、周りにいるのは何だ?」
「保持アーカイブには存在しない魔物です。近年に出現したものかもしれません」
「なら、弱点も生態も不明ってことか。さて、どうしたものか……数も多いぞ」
しかも、そいつらはベオの仲間達らしき数人を取り囲んでいる。
あまり、ゆっくりしている時間はなさそうだ。
「とりあえず、人命が最優先だな」
「優先事項は良いのですが、秘匿保持は難しくなりますよ」
ゾーシモスの言葉に少し唸ってから、小さくため息を吐く。
人命最優先といった手前、出し惜しみをするわけにもいくまい。
「いいさ。もともと完全秘匿は狙っていない。それに、錬金術文化の再興を目指して研究室を構えれば、その内バレる話だったし」
「ええ。マスターは迂闊が過ぎるので、発覚は時間の問題だったでしょう」
「そうか?」
「すでにあなたが秘薬を所持していると冒険者界隈で噂になっていますよ?」
……たかだか数本の【癒しの魔法薬】で?
あんな普段使いもいいところの魔法薬が、真なる秘薬なわけないだろうに。
ああ、でもそうか。彼らは、本当の秘薬を見たことがないのだ。
ま、それも今後何とかするのが僕の仕事だ。
悲壮感あふれる顔で神殿に駆けこまなくとも、僕の研究室で魔法薬を一本買っていけば現地でさくっと腕一本再生させることができる……というのが理想だ。
おっと。今後の展望はともかく、いまは彼等を救い出さないと。
小さく開放した位相空間収納に腕を突っ込んで、装飾も何もないシンプルな金属杖を一本取り出す。
この金属の棒きれに見えるこれは、【錬金術師の杖】と呼ばれる魔法道具で、同時に武器である。
研究室に籠ってばかりが錬金術師ではない。
素材採集は錬金術師の基本だし、問題解決のためには現地に赴いて対処しなくてはいけないし、それが魔物なら排除せねばならないのだ。
『何でもできる便利屋』である錬金術師は、文字通りなんでもできなくてはならぬ。
「まずは小型の魔物を引き離す。久々の戦闘だ……しくじったらフォローを頼むぞ」
「さて、どうでしょう。そんな場面は珍しいので是非静観したいですね」
意地悪な反応をしつつも、支援型人工妖精は魔術の準備を始める。
そう、魔術だ。先日、冒険者ギルドの前を通りがかったときに、訓練場で魔術師が魔術を行使しているのを見かけた。
試しに再現できるか尋ねてみると「造作もないことです」と答えたのだ、この優秀な相棒は。
そも、錬金壺使用時のサポートなどをする際に、ゾーシモスは僕と同様の魔力コントロールを行う。
さらにそれを仮想空間上で保持することもできる。
つまりだ、魔力を扱う技術がこの人工妖精には備わっており、やり方さえわかれば使用も可能という事である。
「──……──!」
聞き取れない高速の音声入力があり、次の瞬間……人工妖精の周囲に七本の青白い魔光剣が出現した。
その内の一本を、早速発射するゾーシモス。
飛翔したそれは、狙いたがわず小型の魔物の頭部を貫いた。
「おい、ゾーシモス」
「すいません、先走りました。ええ、マスターが遅かったことを責めているわけではありません」
「言ったな!」
出遅れたが、せっかくなので冒険者諸氏にも見ていただくことにしよう。
──真の錬金術師の戦い方を!
そう気合を入れてから、僕は位相空間収納から魔石をひと掴み取り出して、前方に投擲する。
小型魔物から採取される小さな魔石に、いずれかの四大属性を詰め込んだものだが……現代で言うところの属性魔術に近い効果を発揮する。
「〝起動〟!」
熱波を伴う爆発、霜がたつ冷気放射、落石と軽度石化、突風とかまいたち。
それらがないまぜになって小型魔物に降り注ぐ。
あれらの弱点が何かわからない以上、適当に投げて効果的なものを判断するしかない。
だが、僕の思惑は少しばかり外れた。
あの小型魔物は、魔物というには些か脆かったのだ。
どれが効果的だったのかわからないまま、その半数が吹き飛んでしまった。
これでは「効率で言えば火の魔石が一番かな」という感想しか出てこないではないか。
「あれ……お前、こないだベオがおせっかいを焼いてた新人じゃないか」
「通りがかったので助太刀しますよ」
「馬鹿! 逃げろ! ぺーぺーがどうこうできる魔物じゃない!」
頭部をそり上げた男性冒険者が、俺を助けるべく手負いのまま立ち上がろうとする。
彼の顔には見覚えがある。頭部が印象的だったし。
そう、あの日……冒険者ギルドの酒場でベオに野次を飛ばしていた人だ。
しかし、この状況で僕を慮れるなんて。
ベオ同様に少しばかりお人好しだな、この人も。
「どうにかなりますよ。この程度なら」
飛び掛かってきた小型魔物の頭部を【錬金術師の杖】で叩き潰し、僕は唸るレッサー・タラスクに対峙する。
どちらかというと、僕の知っているそれよりも少し小型。
若い個体という事だろう。さりとて、戦うすべの拙い人間にとっては脅威であろうと思う。
なにか魔法道具を使うか、それとも【錬金術師の杖】でぶん殴るか……と、考えていると、背後からとんできた六本の魔光剣が立て続けにレッサー・タラスクに突き刺さった。
腹部の硬い甲殻をものともせずに、魔光剣は深々とレッサー・タラスクに突き刺さる。
ほぉー……なるほどなるほど。これは有用だ。
この時代の人間が錬金術よりも安易な魔術に頼るのもわからないでもない。
「あれ、ピンチじゃなかったですか? どうもぼんやりしていたように見えたので」
「お前は僕のことを何だと思っているんだ。まぁ、いい……このまま仕留める」
【錬金術師の杖】を振りかぶった僕は、それを投擲槍よろしく勢いよくレッサー・タラスクに向かって投擲する。
仮にも錬金術師の名を冠する杖が、ただの棒きれであるはずなどない。
僕の意志に反応して先端を鋭く変化させた【錬金術師の杖】は、狙いたがわずレッサー・タラスクの頸部に直撃。
刺し貫いたまま全体を刃物へ変じてくるりと回転したあと、手元へと戻ってきた。
旧オルド研究室で見つけたこれは、僕専用のちょっと特別な【錬金術師の杖】だ。
全体が思考感応金属でできており、これ一本でいろいろできるように設計してある。
例えば、レッサー・タラスクの太い首を落として見せたりとか。
「お見事。フォローは必要なかったですね」
「帰ったらお説教だからな……!」
「人工妖精にお説教とか友達いないんですか?」
現世で友達のいない俺は、人工妖精と軽く言い合いをしながら小型の魔物が逃げ去った周囲を確認しつつ、呆然とする冒険者一行へと近づいていった。
読んでいただきありがとうございます!
月曜日ですが頑張って更新、です('ω')!
【用語解説】
・小型魔物……タイニー・タラスク。レッサー・タラスクのさらに劣等種。この数百年のうちに特別変異して出現・繁殖した。タラスク種にしては脆弱だが、強い繁殖力で増加し、組織的な狩りを行う厄介な魔物である。
・魔光剣……〈魔法の光剣〉というそのままの名前の魔法。魔法の刃を発生させ目標に発射する。比較的基本的な攻撃魔法だが、魔力消費が少なく「燃費がいい」魔法である。威力と出現本数は習熟度と才能により、宮廷魔術師ともなれば五本もの魔光剣を発生させるという。
・加工魔石……魔石を錬金術で加工して、攻撃的な属性魔力を宿らせたもの。投擲後、ワードで発動させる。各属性で呼び名が変わるが、ヴァイケンは単に「火の魔石」などと呼称する。遺跡から発掘されることがあるポピュラーな魔法道具の一つでもあり、露店などで購入すれば、それなりに値が張る。
・【錬金術師の杖】……主に錬金術師が得物として振り回す武器。材質は様々だが、流体金属でもある思考感応金属で作成されたヴァイケン専用の杖は、いかなる形状にも変化し、必要とあれば鍋やスキレットにだってなる。
・「お友達いないんですか」……前世だって多くはなかった。
いかがでしたでしょうか('ω')
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