8.立ち入り禁止
冒険者ギルドで依頼を受ける場合、大きく三つの方法がある。
一つ目は、窓口斡旋。
シャーリー嬢ほか数名のギルドスタッフがカウンターに座っており、冒険者の要望に応えて依頼書を出してくれるもの。
ただ、これは比較的混みあうことが多く、時間もかかる。
二つ目は、掲示板依頼。
ギルドの壁に設置された掲示板に張り出される依頼を自分で選んでカウンターに持っていく方式だ。
掲示板は十級から六級までの依頼書で分けられており、いい依頼は早い者勝ち。
今は、昼前なのでおいしい依頼は残っちゃいないだろう。
そして、最後は常設依頼だ。
これは、依頼を受けるというよりも結果に対して報酬が支払われるタイプ。
例えば『治癒魔法薬用の薬草採取』だとか、『郊外の大角兎を討伐』だとかといったもので、現物や討伐証明部位を提出すれば一定の報酬が支払われる。
「よお、新人。しばらく姿を見せなかったじゃねぇか」
「ベオさん」
掲示板を覗く僕にそう声をかけたのは、最初に案内してくれたあの大男である。
冒険帰りなのか、そこらかしこに血のにじんだ包帯と生々しい傷跡が見て取れた。
はて、現代の怪我は神官とやらが回復するのではなかったのか?
「満身創痍ですね」
「ガキが難しい言葉を使うなよ。ちょっとドジっちまってな……このあとまだ出なきゃならん」
「そのケガで?」
身体欠損はないが。とても軽傷には見えない。
吊られた腕は骨折の証左ではないのか。
「ベグレイブの森に大型の魔獣が出てな。取り逃がしちまったんだ」
「……それ、西にある森の事です?」
「ああ。そうか、この辺りの地理もよくわかってねぇんだもんな、お前」
ベオ曰く。
先日、西の森──ベグレイブの森に大型の魔獣がいることが、一般人へ被害がでたことによって発覚した。
そのため、事態を重く見たギルドはいくつかの冒険者パーティに討伐依頼を発注。
しかし、件の大型魔獣は数匹の小型魔獣を従えており、ベオのパーティは奇襲の混乱のさなか分断されてしまい……仲間は今も森に取り残されているらしい。
なるほど、それで治癒の奇跡を使える神官とはぐれてしまったわけか。
「そういえば、お前。錬金術師だって言ってたな? 【癒しの魔法薬】とかないか」
「もちろん、ありますけど」
懐から短めの試験管を取り出して、ベオに渡す。
「なんだか小さくないか?」
「効果は保証しますよ。これで貸し借りなしってことでお願いします」
この大男には、初めてここに来た時に世話になった。
返せるときに借りを返しておくべきだろう。
黙って僕から【癒しの魔法薬】を受け取ったベオが、蓋を開けて一気にそれをあおる。
次の瞬間、ベオの顔に驚きの表情が浮かんだ。
「な、んだ……これ……!」
見る見るうちに生傷が塞がっていき、ベオの体からはあっという間に傷という傷が消えた。
体躯が大きいので少し不安だったが、問題なかったな。
「いったでしょう? 効果は保証するって」
「いや、それにしたってよ……まさか秘薬だったのか?」
「いえいえ。朝方に作ったただの【癒しの魔法薬】ですよ」
「そうか。ありがとよ、ヴァイケン。行ってくるわ」
「……これは貸しで」
先ほど渡したものと同じ【癒しの魔法薬】をベオに押し付ける。
あれほどの傷を負わされた魔獣と再戦に行くのだ。
念のための回復手段はあったほうがいいだろう。
「……助かる。戻ったら一杯奢らせてくれ」
そう告げたベオは足早に冒険者ギルドを出て行った。
その背を見送りつつも、俺は少し唸ってしまう。
「これはまいったな」
「アテが外れましたね」
危険な魔獣が出たとなれば、森への立ち入りはきっと禁止されているだろう。
手伝いを申し出たいが、第十級の胡乱な錬金術師という立場ではそれも叶うまい。
そんなことを考えながら第十等級用の依頼掲示板をしばらく見ていたが、僕はそれから目をそらして、ギルドの外を目指す。
「……やはり、森に行こうか」
「そう仰ると思っていましたよ。周辺の音声情報から魔獣のアタリをつけておきました。この五百年で出現した新種でなければ、おそらく対象は『レッサー・タラスク』でしょう」
レッサー・タラスクは地竜の一種である。
ランドドラゴンと走蜥蜴の中間のような姿をしていて、二足歩行も四足歩行もする体長5メートほどの大蜥蜴だ。
鎧のような分厚い甲殻に覆われていて、鋭い刃物のような突起が全身にある危険な奴である。
「うーん。対応は可能かな?」
「オルド研究室の主ともあろうものが、あの程度の魔獣に後れを取ったら噴飯ものですね」
「ハードルを上げるなよ。僕ったら、随分と拙くなってるんだぞ」
そう返しはしたものの、レッサー・タラスクは前世で何度も討伐した魔獣だ。
このまま見てみぬふりしてヘタに死傷者を出してしまうくらいなら僕が狩ってしまったって問題なかろう。
それに、あれは比較的にいい素材を落とす。
まがりなりにも亜竜の一種なので、うまくすれば『竜の心核』や『竜脈石』が採れるかもしれないし、そうでなくても有用な素材になる部位がいっぱいだ。
研究室を開くにも、開いた後にもきっと役立つ。
「〝跳躍転移〟のこともあるしな」
「では、対象地域までの最短距離のルートを仮想表示します」
「オーケー、急ぐとしよう。ベオが死にでもしたら後味が悪いしな」
薄青に輝く光の筋がふわりと道に沿って出現し、それを確認しながら大通りを駆ける。
若い体は良い。【身体強化薬】がなくても、すいすいと町を駆けることができるのだから。
「……冒険者? この先の森は、いま立ち入り禁止だぞ?」
「わかってます。用事があるのは森ではないので」
「そうか、気をつけてな」
門番に笑顔で方便を使って、サルヴァンの町を出た僕はその足を西の方角に見える森にそのまま向ける。
日が落ちるまでは少しある。
本当は、日が落ちたほうがレッサー・タラスクを狩りやすいのだが、フィオに魔法道具を作る約束をしてしまったしな。
さっさと、仕留めることにしよう。
「いくぞ、ゾーシモス」
「イエス、マスター。お任せください」
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【用語解説】
・ベグレイブの森……古くはベルグレイブの森。『鈴の墓守』と呼ばれる危険なアンデッドモンスターが奥地に存在しており、旧い墓地を守っている。それは、五百年前の大災害で穢れに満ちた死に方をした賢人と錬金術師たちの墓である。
・秘薬……ベオのいうところのこれは、遺跡から発掘される数百年前の魔法薬である。あながち間違ってはいない。
・メート……標準世界で言うところの『メートル』と同じ。
・『竜の心核』や『竜脈石』……竜素材は数百年前であっても貴重である。なにせ、それらは【賢者の石】の材料になるのだから。
・【身体強化薬】……身体能力を理力で補助する魔法薬。一流アスリートも真っ青なパワーアップが可能。
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