7.いってらっしゃい
『踊るアヒル亭』での一件から一週間がたった。
店主であるエドガーさんはすっかり良くなり、昨日から店も再開している。
『踊るアヒル亭』はエドガーさんとフィオで切り盛りする宿屋兼食堂であるが、どちらかというと食堂がメインの店であり、宿といっても四部屋しかない。
その内の一室、一番広く日当たりのいい部屋を、僕は無期限無料で貸してもらえることになった。
もちろん、宿泊費用は払うと言ったのだが、エドガーさんもフィオも受け取ろうとしなかったので、かわりにいくつかの軽い労働でこれに報いることにした。
つまり、食用油の補充や水汲み、掃除の手伝いなどである。
食用油は高品質なものを錬成すればいいし、水も魔法道具を使って水がめに注げば終わってしまうのだが。
もういっそ、一定量の水を生み出す水瓶型魔法道具でも作ってしまえばいいのだ。
さて、そんな生活をしていた僕だったが、人工妖精を利用しての情報収集も同時に行っていた。
そうしてわかったことがいくつかある。
まず、この時代の錬金術はすっかり廃れてしまっているという事。
あの露店で見た粗悪な魔法薬……あれが、この時代における標準品質であるらしい。
あんなものでは擦り傷程度しか癒せまいと思ったが、それが文字通りこの時代の錬金術の評価であり、錬金術師の立場であった。
かわりに魔術というものが発展した様で、それが錬金術に取って代わっていた。
『魔術師』あるいは『神官』と呼ばれる者たちが、それぞれ『魔術』や『奇跡』と呼称する魔力駆動術式で以て現実改変現象を行っているのだ。
そのいくつかを間近で観察させてもらったが……なかなかどうして優れた技術だと感心した。
ただ、錬金術と違う点もいくつかある。
汎用性と保存性が存在しないという点だ。
魔術や奇跡という技術は、環境魔力を書き換えたり、対象の理力に作用して変化を起こす即時的なタイプのものだ。
つまり、技術者がその場その場でライブに解決するのが原則という事である。
魔法薬のように長期保存したり、誰かに渡したりすることはできない。
だから、冒険者たちは魔術師や神官といった職能を有する人間と徒党を結成して依頼に当たるわけだ。
そして、錬金術の産物はその軽微なフォローとして使用される。
擦り傷を直す程度の魔法薬。
低レベルの炎を発生させる魔法の巻物。
洞窟などで道しるべに置く発光石。
どれも魔術や奇跡で代替できるが、魔力がもったいないので錬金術で解決すると言った風情である。
未来は発展した錬金術で、もっと便利で輝かしいと思っていたのに気落ちしてしまった。
「ケン。なに難しい顔してるの?」
「錬金術の未来について考えてたんだよ」
「マスターは朝からおかしくなっているんです、お気になさらず」
そろそろゾーシモスの人格プログラムを組み直さなくてはならないかもしれない。
それをするにも、まずは研究室だ。
専門設備が整った研究室がなくては、錬金術の再評価も再興も夢のまた夢。
そして、そのためには金が要る。
まったく、五百年前から人間の世界は変わらない。
何をするにも、まずは先立つものがないと始まらないのだ。
「そろそろ冒険者ギルドに行ってくる。仕事をしないとな」
「そっか。なんだか、ごめんね」
「気にすることないさ。君達のおかげで食うのと寝るのに困ることがない」
謝るフィオに、僕は軽く笑う。
これで、エドガーさんとフィオには感謝しているのだ。
確かに僕は彼等を助けたかもしれない。しかし、現代の錬金術師の評判を知るにつれて、それがいかにありがたいことかわかった。
詐欺師の代名詞になりつつある錬金術師を名乗る、得体の知れない人間である僕に、こうも親切にしてくれるなんて。
「帰ってきたら【全自動水瓶装置あふれる君】の設計を開始するから。楽しみにしてて」
「……名前はもうちょっと何とかならないのかしら」
「わたくしで調整をいたしますのでご安心を」
「うん。よろしくねゾーシモス!」
そういえば、この一週間でフィオとゾーシモスは通常会話を交わす程度に気安くなった。
普通、人工妖精というのは使用登録者以外とは会話しないものなんだが……まあ、創造した僕が優秀だと思うことにしよう。
「じゃ、いってくるよ。エドガーさんによろしく」
「いってらっしゃい」
そう送り出されて、少し心がむず痒くなるのを覚えた。
ああ、いつぶりだろうか。
もう何百年もたっているが、そういう意味ではなく……僕のことを「いってらっしゃい」と送り出してくれる場所にいるのは。
前世、国選錬金術師になってからは、もうなかったかもしれない。
そうだな、まさにこのサルヴァンの町で一緒に研究室を運営していた仲間がいた頃が最後だろうか。
「……ケン?」
「ああ、いや。うん、いってきます」
フィオに笑顔を返して、僕は席を立つ。
『踊るアヒル亭』を出ると、外はからりとした晴天だった。
「マスター、ご機嫌ですね」
「そうでもない」
「常時、あなたのバイタルをチェックしているわたくしに嘘は通用しませんよ」
仮想体を消失させたゾーシモスが耳元で囁く。
……可愛くないヤツめ。
「ちょっとノスタルジックな気持ちになっただけだ。若くなった影響かもな」
「いえ、中身が中年だからでしょう。もう少し若者らしく振舞ってください、マスター」
キレのあるツッコミにため息を吐きつつ、言われた通りだともう一度ため息を吐く。
体は少年でも心は疲れたおっさんのままなのだ、きっと。
「さて、気を取り直して若者らしく冒険者仕事に勤しもう」
「それに関して、提案がございます」
「言ってみろ」
人工妖精から提案とはいささか珍しい。
……もしかすると、僕が眠りについていた五百年のうちに、ゾーシモスは進化したのかもしれない。
【転生の揺篭】の制御システムとして、ずっと半起動状態にあったのだ。
その間、ゾーシモスに何かしらの自己進化が促された可能性は否定できない。
なにせ、この人工妖精は、僕が全力で取り組んだ最高の作品の一つなのだから。
「可能であれば、郊外西部にある森林に赴く依頼を受けてください」
「その心は?」
「機能停止した賢人塔の気配がします。うまくすれば〝跳躍転移〟の基準点として利用でき、素材確保に便利になります」
「なるほど」
錬金術師たる者、素材採取のフィールドワークは基本中の基本だ。
豊かな自然があれば、そこに豊かな素材がある。
まあ、荒野には荒野にしかない素材があるのだが。
……だが、薬草やハーブは森の方が採取が容易い。
「よし、それじゃあ……頑張りますか」
少しばかり若者らしく気合を入れて、僕は冒険者ギルドの扉をくぐった。
ファンタジー日間6位!
たくさんのありがとうございます('ω')!
とっても嬉しいです!
【用語解説】
・魔術と奇跡……本質的には同じ技術。環境魔力に自身の魔力を混合し、魔法現象あるいは現実改変現象を起こす技術のこと。神官たちはこれを神の奇跡であるとしている。才能はともかく、使用適格者は錬金術に比較して多い。
・魔法の巻物……魔法現象を引き起こす使いきりの魔法道具。魔力を込めたインクで作成する環境魔力に対する指示書のようなもの。使用する紙の品質や魔法のインクの品質、そしてもちろんながら作成者の腕によって発生する魔法現象の強度は違う。
・【全自動水瓶装置あふれる君】……一定量の水を常時蓄える魔法の水瓶。なお、軟水。
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