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6.アルネアの霊薬

「対象薬品はジェアル系疲労回復薬とサミミア系活性薬剤の混合品です。どこの錬金術師か知りませんが、実に愚かなちゃんぽんですね」

「そんなことをする奴は、錬金術師じゃない」


 床にストレージから取り出した錬金壺を設置して、少し考える。

 急性中毒症状を起こすのも当然と言える、最悪に近い飲み合わせだ。

 しかも、それを一つの魔法薬に合成して渡すなど、毒を飲ませたのと同義である。


「ね、ねえ……ヴァイケンさん。大丈夫なの? お父さん、腐敗って」

「君は運がいい。いま、ここに僕がいるということは、何も心配しなくていいという事さ」


 旧研究室(ラボ)から回収してきた素材のいくつかを錬金壺に放り込みながら、俺はフィオに笑って見せる。

 錬金術は未来と夢を練り上げる技術だ。そして、僕はそれを揮う錬金術師である。


 問題ない。

 この程度の不幸など、僕の錬金術であればあっという間に塗り替えられる。

 塗り替えてみせる。


「ゾーシモス。錬金壺の制御を任せる。……久しぶりだな、この感覚は」

妖精(ひと)使いの荒さは相変わらずですけどね」


 ゾーシモスが文句を口にしながら、錬金壺の中身を攪拌させ始める。

 鈍く輝きながら渦巻く錬金壺に向けて、僕は魔力と意志を徐々に集中させていった。


 素材の品質も保存状態も良好。

 錬金壺も問題なく稼働している。

 あとは、生まれ直した僕自身の腕が落ちていなければ、問題ないはず。


「──よし、完成」


 錬金壺からまばゆい光がもれ、収束と共に一本の薬品瓶が出現した。

 瓶に満ちる薄紅色の液体を一目見て、僕は頷く。

 品質、効果ともに問題ないものができているはずだ。


「薬品名【アルネアの霊薬】。活性系薬品中毒の進行緩和と治癒、体内腐敗組織の溶解と即時再生。……お見事です、マスター。対象者に投与を開始しますか?」

「頼む。お前がやったほうが経口よりも早いだろ?」

「お任せください」


 くるりとゾーシモスが回転し、【アルネアの霊薬】を薄紅色の粒子に変えた。

 その粒子が、呼吸浅く眠る男性の体に吸い込まれていく。

 ゾーシモスが、腐敗した患部に直接【アルネアの霊薬】を注入しているのだ。

 適切に魔法薬が作用したらしい男性は、徐々に呼吸と表情が穏やかになっていき、部屋に放たれていた刺激臭も薄くなっていった。


「処置完了です」

「よくやった」


 俺の言葉に、ゾーシモスがくるくると回転して応えた。

 錬金術師をサポートし、その創造物の最大効果を引き出す。

 【支援型人工妖精】というのは、そういう存在なのだ。


「もう大丈夫だよ、フィオさん」

「……」


 振り向いて声をかけるが、少女は固まってしまっている。


「もしもし?」

「……っ。あ、あの、ごめんなさい。びっくりしちゃって」

「それは失礼。でも、お父さんはもう大丈夫だ。2~3日様子を見たほうがいいと思うけど」


 僕の作った【アルネアの霊薬】が作用すれば、数時間で体内の正常化は終わるだろうけど、この手の魔法薬(ポーション)は体力と栄養を使う。

 腐った部分を排除して、機能不全を起こさぬように短時間で再生するわけだから当然だ。


「それで、相談なんだけど……しばらくここに泊めてもらっていい? お父さんの経過も診たいし」

「マスター、それよりもわたくしの事を口止めするのが先かと」

「それもそうだな。こいつの事は黙っててくれ」

「要請が軽すぎやしませんか?」


 年端も行かない少女に、難しい言葉で口止めする方がおかしいだろ。

 これでいいんだよ、これで。


「うぅ……あの、ありがとう、ございます。こんな、助けて、もらえるなんて」

「錬金術師として当然のことをしただけさ。気にすることじゃない」


 緊張が解けたのか、涙を浮かべて体を震わせるフィオ。

 まぁ、僕ら錬金術師じゃあるまいし、こういう場面はさぞ恐ろしかったろう。


「……お礼を。いくら、お支払いすれば、いいですか」

「あれ? 無料って話してなかったっけ?」


 ゾーシモスをちらりと見ると、くるくると回りながら答える。


「はい。確かに無料で治療を行うとおっしゃってましたね。まるで詐欺の勧誘の様でした」

「一言多い。何だってお前はそうなんだ」

「さて、創造主の性格が悪かったのでは?」


 ぐぬぬっ……!

 確かにそう作ったのは僕だけどな!


「ふふっ」


 僕たちの様子に少し笑みを漏らしたフィオが小さく頭を下げる。


「ありがとう、ヴァイケンさん。一番いい部屋を用意する。もちろん、無料で」

「ベッドと食事があれば十分だよ。それに宿泊費用もきちんと払う」

「ダメ。恩人には報いないと気が済まない」


 ちょっと頑固な風に俺を見つめてみせて、もう一度少女が笑う。


「お礼をさせて? ヴァイケンさん。父の命は、軽くない恩だもの」

「マスター、申し出を受けましょう。あなたには充分な休息が必要です」

「……うーん。わかったよ。じゃあ、ありがたく」


 そううなずくと、それにうなずき返したフィオがくるりと背を向ける。


「しばらくここで待ってて。お部屋の準備をしてくるから」

「わかった。お父さんは僕が見ているよ」

「おねがい」


 ぱたぱたと小走りで扉を出ていく少女の背を見送って、俺は小さくため息を吐き出す。

 実のところ、少しだけ緊張していたのだ。

 錬金壺を出した瞬間、五百年も眠って生まれ直せば腕だって鈍っているかもしれないと不安になった。


 実際のところ、僕は以前通りに錬金術の力を揮うことができたわけだが……それでも、こうして状況が好転したのを確認してようやく気を緩めることができた。


「お疲れ様です、マスター」

「僕の錬金はどうだった?」

「小憎たらしいことに、完璧でしたね。ただ、問題もありました」


 くるくると人工妖精(ゾーシモス)が回転して、空中に映像を映し出す。


「ステータスが以前とやや異なります。身体的な部分においては若返って改善しており、健康体なのですが、魔力(マナ)理力(オド)、精神変異許容値に関しては、以前よりも低下がみられます」

「つまり?」

「一日の錬金術施行回数と高難易度錬金に関しては、注意が必要ということですね」


 なるほど。

 つまり若返った僕は、本当に『あの頃の僕』に戻ってしまったという訳か。

 やれやれ、確かに再出発とは言ったが……まさか、ここからとは。

 それも含めて楽しむとするか。


みなさま、応援ありがとうございます('ω')!

たくさんの応援に背中を押されましたので頑張ってごりごり書いております。


【用語解説】

・愚かなちゃんぽん……魔法薬にも混ぜてはいけない飲み合わせがある。混ぜるな危険。


・出現する薬品瓶……錬金術の豆知識。錬成時は、容器ごと出現させることができる。これは、容器も含めて一つの錬成物という概念を誘導しているからである。もちろん、薬品だけを出現させて、容器に詰めることもできれば、複数の瓶を収納した棚ごと錬成することも可能である。


・【アルネアの霊薬】……薬品中毒を緩和するポピュラーな魔法薬。中和薬品。これに様々な追加効能を付与することで、対症療法を行うのが一般的。今回は体内腐敗の治療をメインに付与を行った。


魔力(マナ)理力(オド)……いずれも錬金術において必要な身体要素。運動機能で言うところの体力や持久力に近い。錬金術を行うと消耗され、度を越せば昏倒する。そして運動能力同様に、錬金や魔法の行使で鍛錬を行う。


・精神変異許容値……SAN値のこと。錬金術師は概念の作用や変換も行うため、『現実から乖離した現実』を直視することになる。そのため、浮世離れというか正気を失う事故にも遭いやすく、それらをどこまで許容できるかを、平均値から数値化したもの。



応援、よろしくお願いいたします('ω')!

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― 新着の感想 ―
[一言] 世界観がきっちり作り込まれていてわかりやすいし、後書きに設定説明書いてあるので、なるほど!!となりました!! これからゆっくり読み進めていきたいなと思います(*^^*)
[一言] 早く書籍化を待っているぞ!
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