5.踊るアヒル亭へ
日間ファンタジー9位まで上がってました('ω')
ありがとうございます!
「お、ここか……」
古都サルヴァンにおいても、ことさら歴史深い一角。
僕にとっては少しばかり懐かしい街並みが残る場所に、その宿はあった。
腰ほどの大きさのアヒルの木像が『踊るアヒル亭』と彫り込まれたアンティークな看板を抱えている。
これはなかなかいいセンスだ。
「いいように使われて情けないことですね、マスター」
「なに、そう悪し様にとらえるものでもない」
シャーリー嬢に渡された依頼書の内容は、『調理用油の納品』であった。
不満げなゾーシモスの言う通り、錬金術師の仕事というには雑用みが強い。
さりとて、依頼が終わればそのまま依頼の宿に部屋を取ればいいという話で、いわば『ついでの依頼』というやつである。
調理用油など錬成するのに大した設備も技術も必要ない。
その場で軽く錬金してしまえばいいので、実質的にはお駄賃つきの宿屋案内といった風情なのだ。
「王国の誇るオルド研究室の主ともいうお方が、場末の食堂で油絞りなどと、まるで徒弟の使い走りですね」
「せっかくの再出発だ。こういうのも悪くない」
実質、僕の心は少しばかり浮かれている。
それが自覚できる程度に、僕はこの状況を楽しんでいた。
かつて……僕がサルヴァン新興都市群に初めて来たのも、いまと同じくらいの年頃だった。
あの頃は、徒弟どころか見習いもいい所で、拙い錬成を行っては錬金壺や錬金炉から煙を吹き出させていたものだ。
あの頃は「失敗だって経験だ」なんて笑いながら試行錯誤に明け暮れていた。
若い体に引っ張られた懐かしい記憶が、僕の心も若くしているのかもしれない。
「理解に苦しみますが、マスターには付き合いますとも」
「助かるよ、相棒」
軽口を口にして、僕は『踊るアヒル亭』に足を踏み入れる。
磨かれた机と埃一つない床は、清潔で手が行きとどいているが……肝心の依頼人も、そして客もいない。
シャーリー嬢からは食堂兼宿であると聞かされていたのだが。
「ごめんください。冒険者ギルドの方から来ました」
「詐欺まがいの営業マンみたいですね。消火用魔法道具でも売るつもりですか」
ゾーシモスの言葉に多少傷つきながらも、しばし待つと奥から女性……というよりも、少女が一人姿を現した。
「あの、えっと……どういった?」
「これは失礼。『調理用油の納品』の依頼を受けてまいりました。依頼主のエドガーさんはおられますか」
「あっ、昨日に出した依頼、ですね。すみません、父は、いま……病気で臥せっておりまして。宿も食堂もこの通り、やっていないんです」
おっと。少しばかり予想はしていたが、やはりこうなったか。
しかし、困ったぞ。これでは無宿で過ごさねばならなくなってしまう。
他の宿をとってもいいが、僕は入り口からしばらくでここを気に入ってしまったので、できれば逗留するならここにしたい。
それにしても、病気?
依頼日からして、そう日にちがたっているわけではない。
急性症状なら、医者や錬金術師に診せたほうがいいのではなかろうか。
……錬金術師ならアテがあるし。
「僕、錬金術師をやっているんですが、よかったらお父様の様子を見させてもらっても?」
「錬金術師?」
少女の眉がにわかに釣り上がり、僕を睨みつける。
なにか気に障ることでも言っただろうか。
「錬金術師なんて信じられません! あなた方が作った栄養剤を飲んで父は倒れたんですよ!」
「え、いったい何を飲んじゃったんですか!?」
怒鳴る少女に、思わず聞き返す。
錬金術で作成する薬品や魔法薬で中毒症状を起こしたなら、こんなところで油を売っている場合ではない。
いや、確かに油を売りに来たんだが……そうではなく。
僕たち錬金術師は薬も扱えば毒も扱う。
これらは本質的に同一のもので作用が違うだけ、ということだってままある。
故に、どこぞの拙い錬金術師の拙い仕事の結果であるならば、ここで僕がその尻ぬぐいをしておかなければ、大事になりかねない。
……実際、中毒症状で倒れているというならなおさらだ。
「ええと。僕の身元と立場は冒険者ギルドが担保します。もし、魔法薬による中毒症状なら早く処置したほうがいい。僕に任せてみませんか──今なら、なんと無料ですよ」
「そんな詐欺みたいな言葉、信じられません!」
くっ!
確かに今のはなんだか詐欺っぽい感じがした!
「わかりました。では、一旦僕はギルドに帰ります。ですが、お父さんの容態が悪化するようなら、ギルドまで呼びに来てください」
「どうしてそこまで……」
「僕がこの宿を気に入ったからですよ。本当は油を補充したら、ここにしばらく逗留するつもりだったんです」
正直な気持ちを、僕は話す。
入り口、今いる食堂エリア、テーブルに椅子。そのどれもが、長年大切にされているのがよくわかる。
そんな風に生活を送る人間が営む宿は、きっと居心地がいい。
こうもまわりの物を大切にする人が、他人を大切にしないはずなどないのだ。
「……本当に助けてくれるんですか?」
「もちろん。こう見えて僕は腕利きですよ……えっと、お嬢さん?」
「フィオです。あなたは?」
「僕はヴァイケン・オルドです」
少しばかり僕を胡散臭げに見つめてから、少女が階段を指さす。
「屋根裏が住居になっています。こっちへ」
「了解」
短く返事して、歩きだしたフィオの後を追う。
まだ信用を勝ち取れてはいないが、それでも僕を信じざるを得ない状況にあるということは、相当困った状況になっているのかもしれない。
階段を二つ登った先。
簡素だが丈夫そうな扉を開いた瞬間、独特の異臭が僕の鼻孔を刺激した。
「このニオイは……!」
「昨日、父が倒れてからこのニオイがする様になって……」
少女の言葉に、思わず詰まる。考えていたよりも状況はずっと悪い。
どこの胡乱な錬金術師がやらかしたか知らないが、これは魔法薬中毒特有の体内腐敗による臭いだ。
魔法薬と腐臭が混じりあうと、この独特の悪臭へと変じるのである。
しかもこの濃さ。すぐに行動を開始しなければ、命にかかわる。
──これは、ちょっとしたミスでは許されない愚行だぞ!
「ゾーシモス! 対象の体内走査開始。原因薬品を特定しろ!」
「イエス、マスター。360秒ください」
空中に青く浮かび上がった人工妖精が、魔導スキャンの光を横たわる男性に当てながらくるくると高速で回転する。
「遅いッ! 180秒でやれ! まずは体内の中毒腐敗を止めるぞ!」
「まったく、妖精使いの荒いことですね。……あと60秒で終わります」
「よし、いいぞ」
人工妖精の出現と僕の剣幕に黙ってしまったフィオを置き去りにして、僕は仮想空間収納から錬金機材を引っ張り出した。
いかがでしたでしょうか('ω')
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【用語解説】
・サルヴァン旧市街……五百年前は新興住宅地だったが、現在は古都の中でもさらに歴史の古い一角。ヴァイケンにとっては、見覚えのある街並みが残る場所である。
・錬金壺……錬金機材の一つ。大きな鍋のような形状をしたもの。内部に概念小宇宙を形成し、投入した物質の概念情報を抽出・合成・置換する。よく魔女が高笑いしながらかき混ぜてるアレ。なお、思念誘導が可能なため、これ一つで多彩な料理を作ることもできる。
・錬金炉……錬金機材の一つ。小型の暖炉に見えなくもない。主に【水晶卵】とセットで使う。やや複雑な行程の錬金を行う際に使用し、素材と触媒を魔法的に概念加熱した水晶卵に同期することで目的の物体を創り出す。質量保存でなく価値保存の法則(等価交換)で物体を置換するため、例えば古龍の牙一つで金塊の山を作ることも可能。
・消火用魔法道具……施設基準として、設置が義務付けられている火災消火用の魔法道具。それを逆手にとり、公的組織を匂わせて老齢の家庭などに不必要なこれを販売しようという悪質な詐欺が横行していたとか。しらんけど。
・魔法薬中毒による体内腐敗……様々な効果的作用をもたらす魔法薬であるが、その使用には注意が必要である。例えば、飲用でないものを飲んだ、もしくは調整不足のものを使用した、などの場合、拒絶反応や中毒反応が起こる場合がある。体内腐敗は、その一症状で処置をしなければ死亡する可能性が高い。
・魔導スキャン……魔法的な体内スキャン。肉体情報を正確に取得する。本来は、データを賢人塔とリンクして、適切な対処を検索するためのものである。
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