41.白無垢の中で
死者二十余名。
怪我人百数名。
それが、のちに『サルヴァン妖精襲撃事件』と呼ばれた災害の被害である。
一つの時代を破壊し尽くした災害と地続きであるとすれば、被害は極めて軽微と言えなくもない。
それでも、悲しみはあった。
僕の顔見知りも、二人亡くなっている。
「ヴァイケン様、またぼんやりしておられますね」
「失敬な。物思いにふけっているんだよ、僕は」
テーブルの向かいに腰を下ろしたマイアが、僕の返答に苦笑する。
「ご提案の件、つつがなく承認されました」
「そうか。ありがとう、マイア。助かったよ」
今回の件で一つ思い立ったことがあり、マイアに手配を頼んでいたのだ。
断られることはないと思ったが、なかなか手早いレスポンスに感謝しなくては。
「しかし、いいのですか? これからこの研究室が本格的に、というところでございましょう?」
「うーん、そうなんだけどさ。いろいろ思うところもあってさ。僕も、レイトマンと同じなんだよ、根っこは」
五百年前に僕らは囚われている。
この時代に生きる人間であるために、僕はもっと視野を広く持つべきだったと後悔しているのだ。
錬金術の再興は、確かに僕の夢で目標であり続ける。
これは間違いないことだ。
さりとて、それに『五百年前のような』という話を絡めてはならない。
この時代にマッチした錬金術の在り方というのが、あるはずなのだ。
そして、それこそが『幸せな未来を目指す技術』の在り方なのだとも思う。
だから、研究室についてはしばし開店休業という訳だ。
もちろん、魔法道具の創造や研究は続けていくが。
「……私はその錬金術師を知りませんが、ヴァイケン様とは違うように思います」
「そりゃ、違うとも。彼は視野狭窄を起こした子供のようだった。同時に、過去に囚われた哀れな老人でもあった。だから、反面教師というか……僕も生き急ぐのをやめようと思ってね」
中身はともかく体はまだまだ十代前半。
時間はたっぷりある。
「そう仰るのなら。それよりも、フィオと約束があったのでは?」
「あ、もうこんな時間か! じゃ、マイア。また後で!」
再びの苦笑を見せるマイアに軽く手を振って、僕は席を立って研究室から飛び出す。
今日という日は失敗できない。
なにせ、今日はフィオの誕生日なのだ。
「ゾーシモス! どうして教えてくれないんだ!」
「わたくしをアラームか何かと勘違いしておられるのでは?」
「それ以前に、お前は僕の支援型人工妖精だろうに!」
ゾーシモスは相変わらずこの調子だ。
いや、少しばかり変わったか。
妖精の円環の基幹システムとなったことで、ゾーシモスの演算処理能力は飛躍的に向上した。
複数の人工妖精を使ってのマルチタスク処理能力を確保したことで、この小憎たらしい人工妖精は、きっと僕の手に負えない所にまで進化しているはずだ。
それこそ、その気になれば人間を滅ぼしてしまえるほどの存在──いわば、神に近しい存在になってしまっている可能性すらある。
……なぜか、いまだに僕の支援型人工妖精のままでいるけど。
「わたくしの助けがないとロクに恋愛もできず、恋人とのデートにも遅れてしまうヘッポコ錬金術師を放っておけるわけがないでしょう?」
「謎の高速演算で思考を読むな! その通りだけどさ!」
ええい、やっぱり相変わらずだ。
まあ、でもそれでいい。僕がそのように創ったんだから。
システムでも統計でもなく、人の心で以て寄り添う人工妖精。
それが、僕の目指した【ゾーシモス】という機械仕掛けの友人なのだ。
「待ち合わせリミットまであと418秒。なお、識別反応から、フィオは633秒前から現地に到着しています」
「それを早く言え!?」
「そういうのもアオハルの醍醐味かと思いまして」
余計な気を回してくれる!
とにかく走らなくては。街中で加速誘導経路は使えないし、走るしかない。
「お待たせ! フィオ!」
「ふふ。ぎりぎりせーふ! だね」
肩で息をする僕に、フィオがニコリと笑う。
「待たせてごめん!」
「ううん、だいじょうぶ。いま来たところだよ」
「ええ、ええ。アオハルですね。お約束ですね」
ゾーシモスが愉快気にくるくると回る。
お前は黙っていろ……と、言いたいところだが、今日はそうもいかないか。
今日は、僕とフィオにとって大事な日でもあるけど、ゾーシモスにとっても記念となる日なのだから。
フィオと二人、大通りを歩いて町の外へと向かう。
門を出て、軽い足取りで歩くこと十数分。
湖のそば、小さな白い花が咲き乱れる場所に僕らは到着していた。
ここは、『魔法使いの寝床』というらしい。
……僕が前世、まだサルヴァンが『新興都市群』なんて呼ばれていたころに、僕がサボっていた場所である。
こんな風にして残っているなんて、ちょっと不思議だ。
「一度ケンと一緒に、来たかったんだよね。ここ」
「そうなの?」
「うん。今の季節が一番きれいなんだよ。陽気もいいし、絶好のデート日和!」
朗らかに笑うフィオが、僕の手をゆっくりと引く。
そして、花畑の真ん中でフィオがこちらを振り返った。
「さ、どんとこい!」
「おっと。……もしかして、緊張してたのバレてた?」
「うん。ケンったら顔に出やすいんだもの」
それは、フィオだからわかるんじゃないかな。
でも、うん、僕は緊張している。
だから、ゆっくりと彼女を優しく抱擁して小さく息を整える。
「誕生日おめでとう。フィオ」
「ありがとう、ケン」
笑顔のフィオに小さくキスをして、僕は位相空間収納から二つの箱を取り出す。
それをひとつづつ、フィオの手に乗せて僕は小さく咳払い。
さて、うまく言えるだろうか。
「片方は誕生日プレゼント。もう片方は──」
~第一部 fin~
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます('ω')!
ヴァイケン・オルドの錬金研究室……これにて、第一部完とさせていただきます。
「100rtいったらゲームやめて新作書いてやんよ('ω')!」から始まった企画で書き始めた本作でございますが、皆様のおかげで書籍化・コミカライズが決まるという予想外の結果に!
たくさんの人に楽しんでいただけたようで、作者としてもとてもうれしいです!
あとがきを利用しての用語解説など、いくつか挑戦的な要素も取り入れてみましたが、おおむね好評なようでほっと致しました。
本作の続きに関しましては、出版社様とのお話を詰める中で決まるかな......といった感じです。
うなぎとしては書きたい気持ちもありますが!
さて、それでは次回作でまたお会いしましょう!




