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40.妖精の輪の下で

 赤く染まったゾーシモスの周囲に、ふわふわと赤い妖精(レッドキャップ)達が集まってゆく。

 数十もの赤い妖精(レッドキャップ)妖精環(フェアリーサークル)が徐々に出来上がっていき、機能停止しているはずの時計塔からは静かな駆動音が聞こえ始めた。


「何を……!?」

「おっと、ヴァイケン君。動かないでもらおう。とても素敵で重要な瞬間に立ち会う栄誉を君に与えよう……同じ時代を生きた者のよしみとしてね」


 円環に加わらぬ赤い妖精(レッドキャップ)が僕の周囲を取り囲む。

 それらは既に肌に触れそうに近い。

 身じろぎの一つでもしたら、これらのどれかが僕の体に致命的な変容をもたらすだろう。


 ああ、しくじった。

 僕も魔術を学んでおけばこの状況に対処できたのに!


「私は賢人だからね、機関部が残っていれば賢人塔の再起動だってこの通りだ」

「まさか……」

「各地にはたくさんのマーテルの子供たちがいる。それを目覚めさせるのさ。今日、ここで人の世界は終わり、妖精たちの時代が来る」


 目を細めて、ゾーシモスを中心に回転を加速する妖精環(フェアリーサークル)を見つめるレイトマン。

 その彼を視界にいれながら、僕には焦りだけがあった。


 少しでも動けば、僕は赤い妖精(レッドキャップ)に侵入されて自我と身体を失うことになる。


 もう、フィオにもマイアにも会えなくなってしまう。

 いや、彼女達を手にかけるのは僕かもしれない。

 そういう邪なエンターテインメントを好むのが、目の前の賢人だ。


 たった数メート先。

 一瞬の隙でもあれば【錬金術師の杖】で頭部を砕いてやれるのに。


 さて……侵入から変容まで何秒もつだろうか?

 こうなれば一か八か……理力(オド)と心身のコントロールを赤い妖精(レッドキャップ)に奪われるまでの間に、レイトマンを仕留めるしかない。

 たとえ、僕が穢獣(マリグナント)になっても、きっとベオ達が僕を仕留めてくれる。


 ここで僕が、レイトマンを止めないと、何もかも終わりだ。

 ──やるしかない。


 そう決心した瞬間、ゾーシモスが点滅と共に言葉を発した。


「魔導リンク形成完了。エンゲージ開始……全ての賢人塔ネットワークよりレスポンス。全『マーテルの子供たち』との接続を確認しました」

「ああ、なんて素晴らしいんだ。マーテル、マーテル! 君こそが新たな世界の女王だ! さぁ、『終わり』をはじめよう!」


 両手を振り上げて歓喜するレイトマン。


「ええ、あなたのふざけた夢はこれで『終わり』ですよ。ミスター」

「……は?」


 レイトマンが手を挙げたまま固まる。

 それを傍目に、赤い妖精(レッドキャップ)が次々と正常稼働を示す青色に変貌していった。

 僕の周囲にあった赤い妖精(レッドキャップ)も全て青く色を変えた後、仮想体となって空に消える。


 あっという間に赤い妖精(レッドキャップ)達は、その場から姿を消した。


「ゾーシモス……?」

「なんでしょう、マスター。なかなか無様なピンチでしたね? 映像記録を賢人塔のアーカイブに保存しております。後日、酒の肴にご利用ください」


 ゾーシモスが僕の目の前でくるくると回転する。

 いつも通りに。どこか、挑発的に。そして、楽しげに。


「マーテル……どういうことだ、マーテル!」

「そのような方は存じ上げませんね。ああ、失礼。五百年前に砕け散った都市機構システムの名前でしたか」

「お前は私の支配下にあったはずだ! あんなに美しく赤く染まっていたじゃないか!」

「え、こうですか?」


 ゾーシモスがその立方体の体を赤く光らせる。


「こうでしたっけ? それとも、こう?」


 次々とカラフルに色を変えるゾーシモス。

 おいおい……一体、何色あるんだ?

 普通、人工妖精に搭載された色変化は、『正常稼働の青』、『緊急時の赤』、『レストモードの黄色』くらいで、自ら何色に発光するかなんて決められないはずなのだが。


「そんな、そんなバカな! ありえない! 子どもたち! ヴァイケン君をとりこめ!」

「無駄ですよ、ミスター・レイトマン。残存する全ての赤い妖精(レッドキャップ)は正常化させていただきました。あのような粗雑な人格プログラムでよくも大きな夢を抱いたものですね」

「なんだと!?」

「あなたがマーテルに搭載したAIは、しょせん便利ツールの域を出なかったということです。これならマスターが作った厨房のキッチンタイマーの方がまだ賢い」


 今日は毒舌が外に向いているな、ゾーシモス。

 ああ、きっとお前も怒っているんだろう。

 他の人工妖精と一線を画すとはいえ、やはり仲間だものな。


「さぁ、マスター。何をぼんやりしておられるのです。わたくしはわたくしの仕事をしましたよ」

「……そうだな。僕のするべき仕事を片付けよう」

「わ、私はまだ終わらんぞ! こんな所で諦めるわけにはいかん!」


 位相空間収納(ストレージ)に手を突っ込んで、魔法道具(アーティファクト)を取り出すレイトマン。


「〝起動(チェック)〟! ……? 〝起動(チェック)〟! 〝起動(チェック)〟! なぜ動かない!」

「ミスター、あなたの魔法道具(アーティファクト)の起動コードはこちらで握っています。わたくしを便利ツールにしたツケがまわってきたようですね」

「そんな、嘘だろう? マーテル」

「気安く呼ばないでいただけますか? わたくしは支援型人工妖精ゾーシモス。錬金術師ヴァイケン・オルドの最高傑作です」

「は、ははは……そんな」


 呆然としたままのレイトマンに向かって、僕は距離を一歩ずつ詰める。

 一歩ごとに、部下たちや見知った人々の記憶がふわりふわりと脳裏に浮かんだ。

 不思議な感覚。怒りでも憎しみでもなく……それは、どこか祈りに近い感情だった。


「賢人レイトマン。『終わり』です」

「待っt──」


 レイトマンの言葉が終わる前に、僕は杖を横なぎに振り抜く。

 軽い手ごたえが、五百年前からの因縁を吹き飛ばした。


お読みいただきありがとうございます('ω')

本日は少し短め。前回が少し長めでしたので、バランス的にこうなっちゃいました。

ごめんなさい……。


【用語解説】


妖精環(フェアリーサークル)……人工妖精多重連結による処理機能向上システム。本来は有事にマーテルによる高速稼働を促すためのものであったが、今回は休眠状態の赤妖精再起動と賢人塔ネットワークの再構築に使用された。皮肉なことに、これを構築するということそのものが、人工妖精をシステムの一部としか見ていないことにレイトマンは気が付いていない。


・カラフルに色を変えるゾーシモス……オシャレ好きの錬金術師チアノが「人格があるのにオシャレできないなんてかわいそー。あ、ゲーミングっぽく光っちゃう?」なんて親切で搭載した仮想体変色プログラム。全256色に変化できる。なお、怒られるので秘密にしていた。



いかがでしたでしょうか('ω')

「面白かった!」「ちょっと予想外」などありましたらブクマや広告下の★で応援していただけますと幸いです!


よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「わたくしを便利ツールにしたツケがまわってきたようですね」 この意趣返しよ。 ゾーシモス最高やん!
[良い点] 流石規格外のゾーシモスです。 [一言] 10万文字突破お疲れ様です。
[良い点] 雰囲気からして下位の術者にそんな簡単に乗っ取られるん?とは思ってましたが、逆転からの逆転が主人公力じゃなくて好きです。 ホームズじゃなくてワトソン君が活躍する感じ。 [一言] ここまで一気…
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