4.五百年ぶりの食事と
「この魔法薬を作ったのは誰だぁ!!」
豪奢な服を着た壮年男性が声を張り上げて冒険者ギルドに乗り込んできたのは、僕が五百数年ぶりの食事を今まさに口にしようとしていた瞬間だった。
その手に持っているのは、僕が納品した【癒しの魔法薬】である。
あの様子だと、苦情の類いであろうか?
さて……手持ちの素材と機材で簡易錬成したとはいえ、効能も品質も問題ないものを納品したはずだが。
まさか【生命の秘薬】がご所望だったのだろうか?
うーむ、それは研究室を構えて、しっかりした機材を揃えないと作れないぞ。
返事していいものかどうか迷った僕は、一旦聞こえなかったふりをして料理を食む。
甘辛く炒めた鶏肉と、焼き立てのパン。そして、湯気の立つ具沢山スープ。
温かなそれらが胃に収まっていくにつれて、生きている実感が湧いてきた。
そんな幸福感に浸る僕の耳元で、支援妖精が囁く。
「マスター、件の人物がこちらに来るようです」
「ん」
ひと掬いほど残った最後のスープを流し込み、小さく息を吐きだしてから僕は振り返る。
そこには、先ほどの壮年男性とシャーリー嬢が立っていた。
「この【癒しの魔法薬】は君が作ったものだと聞いたが?」
「ええ、そちらは僕が納品したものですね。何が不具合がありましたか?」
「逆だよ! 止血用に使うつもりが、吹き飛んだ指まで生えてきた! どういうことだ? こんな【癒しの魔法薬】は見たことがない!」
どうもこうも、【癒しの魔法薬】というものはそういうものである。
裂傷、打撲傷、擦過傷などを素早く治癒するのがあれの効能であるが、少しこなれた錬金術師ならサービスで多少の身体欠損くらい治癒する物を作って当たり前だ。
これでも僕は、王都に招聘されて研究室を開く程度に腕のいい錬金術師である。
つまり、そのくらいのことは鼻歌まじりにやってみせるとも。
しかし、それを「効能が強すぎる」「見たことがない」などと。
いったい、どうしたことか。露店の劣悪な品質の【癒しの魔法薬】ではあるまいし、そのくらいは当たり前だろうに。
「ええと、指は生えない方がよかった?」
「違う。ワシは礼を言いに来たんだ! おかげで仲間が職を失わずに済んだ」
急に涙目になった壮年男性が、僕の手を握って頭を下げた。
僕は、頭に疑問符を大量に浮かべつつも「感謝されてるならまあいいか」などと考えておく。
とりあえず、僕の初仕事はきちんとこの人の役に立ったようだし。
「ああ、すまない。……君に追加の金を支払いに来たんだった」
「既定の報酬はいただいてますよ?」
僕は依頼を受注し、納品し、報酬を受け取った。
仕事としてすでに終わった話だ。
それに対して、追加の金を受け取っていいかどうか、判断しかねる。
「ヴァイケンさん、それは受け取っていいものですよ」
「そうなんですか?」
「追加報酬については依頼人に一任されていますからね。普通は、ないんですけど」
じゃあ、この状況は普通ではないという事ではないか。
新生活初日に目立つ真似はしたくない。いや、すでに周囲の注目を集めてしまっているのだが。
「是非受け取ってくれ。これは正当な報酬だ」
「……では、遠慮なく」
ここで固辞しても、この頑固そうな男性相手ではさらに注目を集めることになりかねない。
それに、この先もおいしく食事をするためには先立つものも必要だ。
将来的には、研究室だって開設したいし。
「君のことは仲間たちにも伝えておく。本当にありがとう。これからもいい仕事をよろしく頼むよ」
「ええ。今後もご贔屓に」
握手を交わして、男性の背中を見送る。
渡されたのは、金色に光る硬貨が二枚。重さからして、金だろう。
ううむ。これの価値がいまいちわからない。
僕の初仕事『定期依頼:止血・治癒用魔法薬の納品』の報酬は一本につき銀貨二枚。
さっき僕が平らげた食事は、銅貨八枚。
お釣りに銅貨二枚を渡されたということは、銀貨一枚は銅貨十枚相当。
では、この金貨は?
「……ヴァイケンさん。まさか、貨幣価値がわからないなんて言いませんよね?」
「ははは、まさか」
その通りですけどね。
あとで支援妖精にその辺りの常識を教示してもらおう。
これ以上、世間知らずを晒すのはさすがに恥ずかしい。
「しかし、驚きました。ヴァイケンさんの魔法薬の品質がそんなにいいなんて」
「僕の故郷では普通でしたけどね。欠損四肢を再生する薬を、と言われたらちょっと大変ですけど」
「……大変? もしかして、できるってことですか?」
おっと。これはまたしても失言したか?
いや、待て。もしかして、現代ではできないのか?
なら、魔物とどう戦ってるっていうんだ?
「ええと、まあ、言葉のアヤですよ。ははは」
「ですよね。教会の奇跡でも難しいのに」
「やっぱりそうなんですね」
……そうなのか。
もしかして、重傷を負った人間って、そのまま?
技術と勢いに任せた人海戦術で魔物の侵攻を食い止めてるの?
現代人は蛮族か!?
これはやっぱり、いろいろ調べる必要があるな。
ああ、賢人塔のアーカイブが機能していないのが恨めしい。
いや、幸いこの街には生きてる賢人塔があるじゃないか。
人工妖精に頼んで、歴史などを閲覧するしかない。
賢人塔である以上、管理者の手腕はどうあれ、周辺の情報収集と記録は自動で行っているはずだ。
「でも、よかったですね。これからお仕事が忙しくなるかもしれませんよ」
「そうなんですか?」
「今の方はバックルさんという方なんですが、この辺りでは名の知れた魔物討伐隊の隊長さんなんです」
「へ、へぇ……」
あの人、「仲間にも伝えておく」とか言っていた気がする。
もしかして、厄介なことになるんじゃなかろうか。
「何はともあれ、初仕事お疲れ様でした。それで、私からも確認なんですが、今夜の宿はお決まりですか?」
「……あ」
何と言う迂闊だろうか。
浮かれてすっかり忘れていた。
僕の研究室はすっかり倒壊し、戻る手段すらない。
無事に食事にありついたところで、すっかり気を緩めていたが……僕は、眠る場所の確保を失念していた。
「冒険者ギルドで宿の斡旋は──」
「もちろん、させていただきますよ。それで、丁度いい依頼もあるんですが、どうですか?」
そう笑って、シャーリー嬢は一枚の依頼書を僕に差し出すのであった。
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【用語解説】
・【生命の秘薬】……【癒しの魔法薬】の上位互換品。作成には相応の素材と技術が必要であるが、その効果は絶大であり、フレッシュな死体であれば再生&蘇生を可能にするほど。
・露店の劣悪な品質の【癒しの魔法薬】……この時代においては通常品質の魔法薬である。ヴァイケンは些か言い過ぎている。
・魔物……普通の動物と明確な違いは、体内に魔石を有するかどうか。多くは敵対的性質を持っており、町の外での生命危機の大きな要因である。魔石を有する人類である魔族とは分離して呼称される。