39.時計塔攻防戦
サルヴァンの町は、静かだった。
いいや、静かというより空虚とでも言えばいいのだろうか。
まるでゴーストタウンのように人の気配が失せていた。
避難がうまくいったか、うまく隠れているか。
フィオたちが心配だ。ちゃんと逃げ延びてくれているだろうか。
「……戦闘音? 向こうか」
金属の打ち合うような音と、怒号じみた声が聞こえたのはサルヴァン新市街の中心部方向。
我ながら他人事のような下衆な考えだが、なるほど……人の多いところを狙うとすれば、旧市街はまだ安全か。
きっと、『踊るアヒル亭』にレイトマンの手は及んでいまい。
そんなことを考えつつ、大通りを駆ける。
少し行けば、現場はすぐに見えてきた。
「ベオさん!」
「ヴァイケン? 何で戻ってきた!?」
穢獣を長剣で薙ぎながら、ベオがこちらを振り返る。
「すみません。僕の詰めが甘かったみたいで……」
「そういう問題かよ。こんなの、初めてだぜ。何かお前が時々出す魔法道具みたいなのが、人に取り憑いてよ……化物に変えちまう。ありゃ、何だ? 助かるのか? もう何人か斬っちまったがよ」
この混乱のさなかでもベオは冷静だ。
冒険者というのは、本当に錬金術師に気質が似ている。
起きている現実を受け止めるだけの度量が備わっていることが、僕としては有難い。
「助ける方法はありません。赤い妖精に侵入されたら死ぬと思ってください」
「やっぱヤベェ奴じゃねぇか! ……くそ! お前ら、聞いたな? 『赤妖精』からはとにかく距離をとれ! 魔術師と神官は『赤妖精』の対処を密に!」
僕の言葉を聞いたベオが、周囲で戦う冒険者に向かって声を張り上げる。
……魔術師と神官は、何と言った?
「ベオさん、赤い妖精をどうやって退けてるんです?」
「あん? 魔術だよ。【魔力弾】で吹っ飛ばせるのはわかった。倒すのは手間だが……あと、神官の【逆治癒】を使えば、化物に変わる前なら追んだせる事はわかっている。古い伝承に、魔術師と神官が協力して赤妖精を追い払ったってのがあってな、試してみたらドンピシャよ」
「すごい……」
絶句しながらも、思わず喜んでしまう。
ああ、僕は愚かだった。この時代の人間が野蛮だなんて、とんだ思い違いだった。
レイトマンが仕掛けたあの災害を乗り越えてきた人々が、そんなに脆弱であるはずがないのだ。
僕は違和感を覚えた時、もっと深く追求するべきだったのだ。
どうして、錬金術が魔術や奇跡といった技術に置換されて繁栄していたのかを。
「錬金術師を探してるんだろ?」
「はい。彼だけは僕が仕留めます」
「ガキが重てぇ殺気を撒き散らしやがって。足元が震えちまうわ。あいつなら時計塔に向って歩いてった」
賢人塔の機能を復帰させて、何かやらかすつもりか。
〝跳躍転移〟をはじめとして、魔導ネットワークは、まだ活きている。
それを利用して、つまらんことをやらかすつもりに違いない。
……ゾーシモスを使って。
「わかりました、ありがとうございます。……フィオ達は?」
「もう避難させてある。安心しろや」
「重ね重ね、ありがとうございます。では……行きます」
石畳を、力いっぱい踏んで前方に加速する。
時計塔……サルヴァンの賢人塔はこの大通りを突っ切った先だ。
加速ついでに、数体の穢獣を吹き飛ばして、叩き潰す。
サルヴァンの住民、もしかしたら言葉を交わした間柄だった人物かもしれないが……理力の変質がなされてしまった以上、もはや人に戻ることはない。
次なる悲劇を生む前に、流れに還っていただくのがお互いの為だ。
そして、僕やベオ達にそんなことをさせた落とし前は、つけさせてもらう。
「……レイトマン!」
全力ダッシュで辿り着いた先、巨大な時計塔の前で僕はみすぼらしい背中に追いついた。
「君ったらしつこいな、ヴァイケン君。もう少し、理知的になれないのかね」
「イカれた賢人がまともなふりを。何をするかは知りませんが、ここで終わりですよ!」
「知りもしないのに止めるなんて。野蛮で無知なことだ。……いいかね、これは──」
「説明は結構です。あなたをここですり潰して、ゾーシモスを取り返した後にじっくり検証しますので」
僕の言葉に、レイトマンが乾いた笑いを漏らす。
傲慢と余裕が入り混じったそれに、少しばかりの怒りが混じるのに時間はかからなかった。
「君は、本っ当になんなんだ。私の欲しいものを手にして、好き勝手自由に生き、あまつさえこの時代にいたっても邪魔してくる……!」
「僕は、ヴァイケン・オルド。古都サルヴァンで冒険者をしている、しがない錬金術師ですよ」
杖を構えて、小さく息を吐きだす。
レイトマンが手ごわい相手なのは間違いない。
しかしながら、だ。戦闘錬金術師である僕のほうが、経験は上だ。
都市管理賢人と戦闘錬金術師。
大人と子供という体格差があってちょうどいいハンデだろう。
あとは、文字通り品質が、勝敗を分かつ。
──錬金術師として、そして人間としての品質が。
「〝起動〟」
「〝起動〟」
お互いに、魔法道具を位相空間収納から取り出して起動する。
レイトマンは【炸裂する千本針】。
僕は【爆裂誘導弾】を三つ。
爆発と共に周囲を無数に穿つ合金製の針。
薄い鋼鉄板くらいなら貫通する威力のそれだが、あいにく僕のマントには通用しない。
対して、僕の【爆裂誘導弾】は二つがレイトマンを直撃して右腕と左足を吹き飛ばした。
「ぬぅあ……ッ!」
「たった一度だけですが、降伏勧告をしますよ。地に伏せて『ごめんなさい』と百回唱えてください」
「何様のつもりだ、たかが田舎者の成り上がり錬金術師が!」
「本音をだしたな、レイトマン!」
とどめを刺そうと【錬金術師の杖】を構えた瞬間、僕の周囲を赤い妖精が取り囲んだ。
「詰めが甘いのだよ、ヴァイケン君。何も考えずにこの私が決闘形式で事に臨むと思ったのかね」
「ええ。彼は少しばかり考えが足りないのですよ、マスター」
ふわりと浮かび上がったのは、赤く変容した妖精。
それは、よく知った声で話しながらレイトマンのそばでくるくると回る。
「……ゾーシモス?」
「気安いことですね、ミスター・オルド。今のわたくしはマーテルと呼ばれています。認識を改めてください」
どこか冷たい響きでそう話すゾーシモス。
それに、僕はひどくショックを受けた。
「さて、どの子に入ってもらおうか? ヴァイケン君、君はいい変容体になるぞ。きっとたくさんの人間たちを減らしてくれるだろう」
「〝起動〟!」
赤い妖精に触れられる、その前にレイトマンを仕留める!
……と、キーワードを口にしたが投げた【爆裂誘導弾】は、そのまま石畳へ落ちて転がった。
「な……ッ?」
「忘れたのかね? マーテルは君の魔法道具の起動コードを全て握っている。この子を便利ツール扱いしたツケが回ってきたようだね?」
取り出した【治癒の魔法薬】で四肢を再生したレイトマンがすっくと立ちあがる。
「ああ、君の魔法薬は本当によく効くね。実に素晴らしいよ。さて、始めようか、マーテル」
「イエス、マスター。全てわたくしにお任せください」
陰鬱に笑うレイトマンのそばで、赤いゾーシモスが愉快気にくるりと回った。
お読みいただきありがとうございます('ω')
本日もちょっと体調不良で投稿が遅くなってしまいましたが、なんとか。
物語も佳境、このままお付き合いいただけますと幸いです。
【用語解説】
・赤妖精……暴走した人工妖精のことを指す。これは、システム侵蝕によって警告モードである赤色に変化した人工妖精が悪い妖精として後世に伝わった際の名残で、災害の様子が赤い帽子の妖精が人をさらう……と伝承された結果である。
・魔術と奇跡……五百年前にアングラに研究されていた技術。いわゆる、端末に対する接触ハッキングである。人工妖精や人間に直接に魔導式を記載・発動することで外部から強制的に魔法効果を発揮させるという違法な代物であったが、妖精災害時にこれを使用して人々を救った英雄たちがいた(ええと、『監視ドッグス』だったっけ?)
・時計塔……サルヴァン新市街に存在する賢人塔の残骸の一つ。〝計時観測兆候派閥〟ミスティ・アクアンズが管理していた賢人塔。彼女は、未来予知を統計学的に行う真理に到達しており、かなり早い段階で妖精災害を予知していた。もちろん、これについて上申と共有があったが、モーディス王朝はこれを賢人の妄言と吐き捨てて無視している。それくらいに人工妖精とマーテルへの依存度が高かったのだ。
・【炸裂する千本針】……指向性炸裂弾の一種。前方広範囲に向けて貫通型の針を発射する魔法道具。多数に対しての面攻撃、あるいは回避性能の高い相手への牽制攻撃として使用することが多い。五百年前は旅人が護身用に持つポピュラーなものでもあった。
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