38.レイトマンの野望
「それをさせると思いますか?」
「するさ」
【錬金術師の杖】を構える僕に、レイトマンがうっすらと笑う。
その口ぶりは、どこか確信じみた響きを持っており、次の瞬間にはその種明かしがされた。
「マスター、地中より動体が出現します。数、およそ100」
「なんだって……!?」
僕の驚きの声と同時に地中から次々と鈍い金属色の魔物が飛び出してくる。
「ヴァイケン君、見通しが甘いな。ここに埋葬されていたのは休眠状態になった私の子供たちだよ。さて……最初に、サルヴァンの町を終わらせようかな」
「何の恨みがあって!」
僕の言葉に、レイトマンが首をひねる。
「恨み? いいや、これは……愛さ」
どこか恍惚した表情のまま、陰鬱に笑みを浮かべるレイトマン。
賢人など頭のねじが一つや二つ吹き飛んでいて当たり前だが、彼ほど歪んだ思考を持つ人はそうそういないだろう。
「これからは妖精の時代だよ。子供たちをみたまえ、ヴァイケン君。悩みも苦しみもなく、病も老いもない。自由で……とても『自然』だ」
「在り方そのものが不自然なんですよ! それは!」
にじり寄る穢獣を杖で薙ぎ払って僕は叫ぶ。
こんな自然があってたまるか。
「そうか、君にもわからないのか。仕方あるまい。君も所詮はモーディスの錬金術師だったという訳だ」
小さくため息を吐いて、レイトマンが僕と同じく杖を構える。
「ここでお別れだ、ヴァイケン君。ゾーシモスを創った君ならわかり合えると思ったんだけどね」
「わかりませんね! なぜ共存を目指さなかったんです、あなたは!」
「最初に裏切ったのは、人間だろうッ!!」
「あなたも人間でしょうに!」
高速で踏み込んでくるレイトマンの一撃に、こちらも杖を合せる。
だが、ここで問題が生じた。
転生した僕の体というのは、まだ成人のそれではないのだ。
秘薬や魔法道具で強化しているので、一般人相手なら膂力で勝るが、条件が同じならば当然……競り負ける。
「ぐっ、ぁ……」
吹き飛ばされた僕は、木の幹に強かに打ち付けられて膝をつく。
転生してこの方、ピンチらしいピンチがなかったものだから、少しばかり状況を見誤っていたのかもしれない。
「マスター、しっかりなさってください」
「おっと、君はこっちだよ。ゾーシモス」
仮想体であるにもかかわらず、レイトマンがゾーシモスを掴む。
そんな技術があるなんて、聞いたことがないぞ!
「ミスター・レイトマン。離していただけますか」
「そうはいかない。君には新たな『マーテル』となって、この世界の女王になってもらうのだからね」
「あいにくですが、わたくしの性自認はどちらかというと男性寄りです」
「それも、すぐに考えが変わるよ。……そうだろ? マーテル」
「──……くぁwせdrftgyふじこlp──……!!!!」
掴まれたゾーシモスに細かなノイズが入る。
「な、なにをして……ッ! ゾーシモスを離せ!」
「いまから君は死ぬんだ。私がもらったっていいだろう?」
膝をついたままの僕に、ゆっくりと穢獣が距離を詰めてくる。
レイトマンめ、僕をここで完全に始末するつもりだな。
引きこもりの賢人が、戦闘錬金術師を侮ってくれる。
「〝起動〟!」
周囲から爆炎と冷気放射が同時に発生し、近くにいた穢獣を吹き飛ばした。
こいつらの金属のような表皮が急激な温度変化に弱いのは、以前の検体で確認済みだ。
冷気と高熱を同時に当ててやれば、まるでガラスのように熱割れを起こす。
「さすがは、黄金時代の錬金術師という訳だ。だけど、いつまでも君に付き合っているわけにもいかないし、私はお先に失礼させてもらうよ。ともに新たな時代を迎えられなかったのは、本当に残念だよ、ヴァイケン君」
動きを失ったゾーシモスを片手に、赤い人工妖精を引き連れたレイトマンが遠ざかっていく。
そして、それを見る僕の視界を塞ぐように穢獣達が包囲を狭めてきた。
僕を侮れぬ相手と警戒しているのか、その包囲網は獣というより人間の兵士に近い。
そんな所だけ人間っぽさを残して、何が自然だ。
「どけよ、化物ども。以前に顔見知りだって、僕は容赦しないぞ」
返事はない。
ただ、穢獣その大きな口をカパリと開いて、僕の言葉が通じていないことを示しただけだ。
「待ってろ、ゾーシモス。すぐに取り戻す」
そう独り言ちて、僕は【錬金術師の杖】を構えた。
◆
「結構……手間取った、な。早く、戻らないと」
骨折に火傷、何か所かの身体欠損。そういった体の傷は魔法薬で治癒した。
しかし、百数十体もの穢獣を屠るのに、僕は随分と理力と魔力を消耗してしまっていた。
肉体が成熟していなければ、使える理力も魔力も少ない。
いかに僕が稀代の天才と言われた錬金術師であっても、だ。
それは、最初にゾーシモスも言っていたことである。
そして、普段はバイタルチェックしているゾーシモスがそれを僕に知らせる。
あいつがいなくなった途端、この体たらく。
なんだかんだと言って、その存在の重さを思い知ってしまった。
「ヴァイケンさん!」
「ルーサ君……?」
よろつく僕に駆け寄って、肩を貸してくれたのはルーサ君である。
「どうしてここに?」
「ベオウーフさんからの依頼で。ヴァイケンさんの帰りが遅いから様子を見てきてほしいって言われたっす」
「僕のことよりも、サルヴァンに伝言を頼みます。危険が迫っている、と」
僕の言葉に、ルーサ君が少し悲しげな眼をして首を振る。
すでに、ことは起きてしまったか。
「サルヴァンには避難指示が出てるっす。騎士団と冒険者が魔物と錬金術師を止めようとしてるんすけど……正直、歯が立たないっす」
「だろうね。僕がいく」
「ボロボロじゃないすか!」
涙目になるルーサ少年に、僕は軽く笑って見せる。
「僕にしかできないことなんだよ。だから、僕がいく」
「だからって……!」
「大切なんだ、あの場所が。僕にとっての、『輝ける都』は、あそこなんだ。勘違いをした過去の亡霊に好き勝手させるわけにはいかない。二度も踏み荒らされてたまるか……僕は、ヴァイケン・オルドだぞ」
ふらつく足を意志で以て、踏ん張らせて背筋を伸ばす。
「ルーサ君、ありがとう。僕は行く」
「ボクも行くっす」
ふんす、とやる気をみなぎらせるルーサ少年に僕は笑って返す。
「君が到着する頃には、全部終わらせておくよ」
そう告げて、僕は【韋駄天薬】をあおった。
お読みいただきましてありがとうございます('ω')
熱発してずっこけておりました……本日は遅れての投稿となり、申し訳なく。




