37.過去の亡霊
レイトマン・グレイテスはモーディスで最も知られた賢人の一人だ。
繁栄の立役者と言っていい。
なにせ、『マーテル・コア』は彼が設計したのだ。
そんな彼が、愚かなテロ行為を起こす理由が僕には理解できないし、想像できない。
僕自身は一度も会ったことがないが、同じ錬金術師として尊敬はしていた。
「どういうことなんだ?」
「ご本人に聞いてみたらいかがですか?」
そう告げたゾーシモスが、くるりと動いて前方を示す。
そこには、古びて崩れかけた墓石が並ぶ風景があり、一つの人影が積み上げた墓石に腰を下ろしていた。
……どこかで見た顔だ。
「やあ、君。ヴァイケン君。相変わらず、優秀で恐れ入る」
「あなたは?」
「私か? 私はかつてレイトマンと呼ばれていた者だよ」
陰鬱な様子で小さく笑うその若い男。
うつむき加減なその様子に見覚えがある。
ああ、そうだ……この人は……!
──「もし、食うに困ってるならこの通りをまっすぐ行った突き当りに冒険者ギルドがある。そこで仕事を斡旋してもらうといい」
言葉と姿が、脳裏によみがえる。
僕が目覚めて、初めてであった錬金術師。
サルヴァンで露天商をしていた、あの錬金術師だ!
「思い出してくれたかな? いや、思い出していないのだろうね。君は、君自身の罪を」
「僕の、罪?」
長い錬金術師人生、それなりに軽微な違反くらいはいくつかあるが、これと思い当たるものはない。あるとすれば【転生の揺籠】だろうか。
そんなことより、まずは彼──レイトマンだ。
「どうしてあなたがここに?」
「もうアタリはつけてるんじゃないか? 優秀なヴァイケン君は」
「さて、軽々しく推論を披露する趣味はありませんので。それよりも質問に答えていただいても?」
僕の言葉に、ゆっくりとレイトマンが立ち上がる。
「当然、私が『終わり』の主導者だからさ」
「『終わり』?」
「そう。人間というのは、度し難いと思わないかね。時代が変わっても、人は変わらない」
……そう言えば、この人はどうやって時代を超えたんだ?
本当に、レイトマン本人なのか?
「ヴァイケン君。実に結構だ、好奇心にあふれた顔をしている」
「おっと、顔に出やすい性分でして。よく言われます」
「よろしい、好きに質問したまえ。賢人たる者、知識の共有は是としなくてはね」
僕の返答に、レイトマンが口角を釣り上げる。
この僕に相対して、なかなかの余裕だ。
だが、せっかくの機会でもある。聞きたいことは聞いてしまおうか。
「……あなたが賢人レイトマンだと仮定してお尋ねします。どうして『マーテル・コア』を暴走なんてさせたんです? 穢獣とは何なんです?」
「それを君が尋ねるのか。あの『終わり』は、君こそが発端だというのに!」
何を言っている?
『賢人の言うことの半分はよくわからない』というのは五百年前の常識であるが、今回の彼は半分どころか全くわからない。
「君の、その素晴らしい人工妖精! それこそが、“気付き”だったんだ!」
「あいにく、わたくしはあなたと面識がありませんよ。ミスター・レイトマン」
「そう! それだよ! 素晴らしい。素晴らしすぎる! なんて柔軟な人工知性なんだ!」
恍惚とした表情で目じりを下げるレイトマン。
ああ、やばいタイプの賢人だったか。
「ゾーシモス! 素晴らしい創造物だ! どうして、どうして、どうしてッ! ……君が私の創造物でなかったんだろうね?」
急にトーンダウンして、陰鬱な笑みを濃くするレイトマン。
質問の答えになっていない独白を薄暗い森の墓地でする賢人。
ちょっとホラーなシチュエーションだ。
できれば、さっさと聞き出してしまいたいんだけど。
「うらやましかったんだ。だから、私も同じようにした」
「……どういうことです?」
「『マーテル』に人工知性を与えたんだ。彼女は、私の恋人なんだよ」
完全に常軌を逸している。
スタンドアローン・タイプのゾーシモスにAIを搭載するとはわけが違う。
『マーテル・コア』は都市機能と人工妖精を繋いで維持する大型の演算装置だ。
ゾーシモスのように、好き勝手に思考して、悪戯をやらかすような『あそび』などない。
あれは、システムなのだ。
しかし、レイトマンにとっては違ったようだ。
「だってそうだろう? 私が目指した人工妖精は──『マーテル』は、生活の便利ツールなんかじゃない。人類を真理に促す真なる友人であったはずなんだ! それなのに、あの無理解な王は! 貴族どもは! 『マーテル』をあんな風に使って、私から取り上げたんだ……!」
「ご愁傷様ですが、大量虐殺の理由にはなりませんよ」
僕の言葉に、レイトマンが首を振る。
「選択したのは私じゃない、『マーテル』だよ。彼女が決めて、彼女が終わらせた。いい、終わりだった。彼女を便利に使う誰も彼もが、みんなみんな、彼女の子らに望まれて命を新たにしていく光景は最高だった! ──穢獣は私とマーテルの子供たちなんだよ! ヴァイケン君!」
怖気のする妄言だ。
だが、そうか。僕とて、かつてゾーシモスにいくつかの選択肢を用意した。
その内の一つには、人間型の器も存在していたのだ。
知恵ある者が、肉体を求める事もあるだろうとおもって。
『マーテル・コア』から流れ込んだ壊れた知性が、人工妖精に実体を……いや、肉体を渇望させた。
あの映像で見た欠けた人工妖精は、有害な魔法薬を流し込んでいたのではなく、自分自身を流し込んでいたのだ。
人工妖精による理力汚染と、存在変貌。
それが、穢獣の正体か。
「素ン晴らしい!! 本当に君は優秀だ! ああ、わかるよ。君のような理解と才能あふれる人間こそが、上に立てばよかったんだ」
ああ、しまった。
また思考が口から漏れだしていたか。
こんな胸糞の悪い話、褒められたってちっとも嬉しくはない。
「それで、謎が解けたところで次の質問です。どうして、この時代にあなたと穢獣がいるんです?」
「最初に言っただろう? 私が『終わり』の主導者だからさ」
そう満面の笑みを浮かべるレイトマン。
「今度こそ、人間という人間を殺し尽くして……私の子供たちの時代にする。そうでないと、『マーテル』に申し訳が立たないだろう?」
大量の赤色の人工妖精が周囲に浮かび上がり、くるくると愉快気に回る。
ゾーシモスと同じ動きのはずなのに、僕にはそれがひどくおぞましく見えた。
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【用語解説】
・いくつかの選択肢……ゾーシモスには、スタンドアローンタイプにするという段階で、物理的な実体や研究室の固定システムとして利用する話が持ち上がっていた。結局のところ、ゾーシモス本人の意向で通常と同じ仮想空間タイプの人工妖精となったわけだが、その中には超大型の時空次元跳躍装置も候補に挙がっていた。これらの実験用機器には全て【ゾーシモス】と記載されており、そのいくつかはモーディス崩壊の際に行方不明となっている。
いかがでしたでしょうか('ω')
楽しんでいただけましたら、幸いです。




