36.鈴の墓守
薄暗い森の中を行く。
普段は、木漏れ日や小鳥の鳴き声なんかを堪能しながら気楽に薬草を探したりしているこの場所が、妙な緊張感に包まれている気がした。
「目的地まで、どのくらいだ?」
「およそ6ロメート先となります」
「結構、奥だな。十分に警戒していこう」
実際に『鈴の墓地』のそばまで近づいてしまったルーサ少年にも聞き取りをした。
町の住民からも聞いたし、冒険者ギルドの古い地図を調べもした。
事故の記録は何件かあったが、調査の記録はない。
事実上、古都サルヴァンにおいての禁足地。
それが、『鈴の墓地』なのだ。
「しかし、アンデッドとは厄介なことです。生体反応も拾えませんし、動くタイプでなければ動体反応も捉えることが困難です」
「生体に作用するタイプの魔法道具も効きにくいしな」
「マスターの場合は、あの暴力的な棒きれで制圧できないのが問題でしょうね」
【錬金術師の杖】を棒きれ呼ばわりとは。
まぁ、最も高度な魔法道具でもあるゾーシモスからすれば、あれは原始的で暴力的な道具に見えるかもしれないけど。
「さて、何が出るかな」
人工妖精と楽しくおしゃべりしながら森の中を歩くこと、一時間ほど。
雰囲気が変わった。
重く湿ったような空気が木々の間から漏れだしていて、ちょっと気配に敏感な人間なら気がつくほどの、重苦しさ。
ルーサくんはちょっと鈍いか、薬草採取に夢中になりすぎていたのかもしれない。
「前方300メート、動体反応および音震反応。噂の『鈴の墓守』と推測されます」
「ああ、聞こえてる。音以上に環境魔力を震わせているな」
しゃらん、しゃらんと乾いた鈴の音がゆっくりと近づいてきている。
それは、単純な音でなく魔導の響きを持って、こちらを静かに威嚇しているようだった。
「警告かな? アンデッドなわりに、紳士的な対応だ」
「いいえ、紳士というには無作法が過ぎます」
ゾーシモスの言葉が終わるや否や、衝撃波が木々を揺らしながら迫ってきた。
なるほど。こんなものを受ければ、複雑骨折と裂傷まみれになる。
ルーサ君は、よくぞ持ちこたえたものだ。
「よっと」
迫る衝撃波を軽くマントで払って受け流す。
この特別なマントは、モーディスに里帰りした際に旧オルド研究室から回収してきた僕の現役時代の装備の一つだ。
この程度の魔法現象など、なんてことはない。
「さぁ、お出ましだぞ」
「はい。モニタリングを開始します」
僕らの警戒する中、鈴の音は徐々に大きくなり、やがて『それ』は木々の間からゆっくりと姿を現した。
ボロボロの布を纏った老婆のように見える。
ただ、スケールを少し間違えているな。あんなに腰が曲がって見えるのに、マイアよりも背が高い。
「『鈴の墓守』とお見受けします。言葉は通じますか?」
「……」
「私はヴァイケン・オルド。サルヴァンの冒険者にして、モーディスの錬金術師であった者です」
僕の言葉に、ピクリと『鈴の墓守』が反応する。
さて、どの単語に反応したのかな。
「ホロビマシタ、シニタエマシタ。スベテスベテ、オワリマシタ」
『鈴の墓守』がしわがれた抑揚のない声でぼそぼそと話す。
「オワリマス、オワリマス。オワラセマス。ソウシマショウ、ゴヨウハナンデスカ」
「要領を得ないな」
「錬金術師という言葉に反応して、自動応答しているようです。加えて、対象のチェックと推論が完了しました」
ゾーシモスが周囲に魔光剣を浮かび上がらせて告げる。
「これの正体は、人工妖精です」
「そうだと思ったよ」
次の瞬間、『鈴の墓守』のボロ衣がまくれ上がり、その正体をあらわにした。
そこにあるのは、穢獣と同じ、鈍い鉄色の表皮。
老婆のように見えていた『鈴の墓守』は、複数の穢獣の部位をつぎはぎにして構成された蜘蛛のような姿の化物だった。
「アアアアアア!!!!!! マスター! マすたー! ドコニイタノデスカ! タクサン、タクサン、シニタエマシタ。オワッタノデス。ツギノゴメイレイヲドウゾ、ハイ、オネガイシマス!!!!!!!」
きりきりと奇妙な音を立てて、不安定な音声を上げる『鈴の墓守』。
人工妖精は、基本的に魔力さえあれば寿命はない。
暴走した人工妖精が残っていてもおかしくないとは思ったが、こんな所に存在していたとは。
それにしても、人工妖精がこんな外殻を纏うなどどういうことだ?
「考察は後にしましょう、マスター。来ます」
「ああ、でもよかったよ。なんとか暴力で解決できそうだ」
鋭い爪を備えた複数の腕を振りかざしながら、突進してくる『鈴の墓守』に、【錬金術師の杖】を叩きこむ。
鈍い破砕音がして、化物の頭部らしき部分が地面へと沈み込んだ。
「グイェェェェェェッ!!」
「ゾーシモス、すごいぞ。この人工妖精素体、痛覚を獲得しているようだ」
「興味ありませんね。わたくしには絶対に搭載しないでください」
にべもない返答をしつつ、ゾーシモスは立て続けに動きを鈍らせた『鈴の墓守』へ魔術を発動させる。
魔光剣、輝炎、岩塊、冷気。よくもまぁ、覚えたものだと感心する。
魔術のダメージでたたらを踏んだ『鈴の墓守』に向かって、カンテラのような形をした魔法道具を放り投げ、後方に飛び退る。
研究室が整ったことで作成可能になった、現状のとっておきだ。
「〝起動〟!」
カンテラ──【太陽の移し火】が、強烈な光を発して小型の太陽へと変じる。
規模こそたったの直径10メートほどではあるが……間違いなくこれは、太陽なのだ。
それが、『鈴の墓守』を一瞬で焼き尽くして霧散する。
残ったのは、焦げ付いた木々と熱でガラス状になった地面。
ま、大規模な地形変化を伴わないだけクリーンな攻撃用魔法道具と言えるであろう。
「目標の消滅を確認しました。お疲れ様です、マスター」
「アレ本体も気になるけど、目的は墓の調査だからな。データはとれたんだろ?」
「もちろん。なかなか興味深いことがわかりましたよ」
くるくるとご機嫌に回転するゾーシモスの言葉に、僕は首をかしげる。
こんな風にゾーシモスが言うのは、なかなか珍しい。
僕に「どうした?」と言わせるための『フリ』だ、これは。
「……どうした?」
「どうやら、『マーテル・コア』を狙った人間は、随分と夢見がちだったようです」
「下手人がわかったのか?」
僕の言葉に、ゾーシモスがゆっくりと回る。
「はい。犯人は賢人レイトマン。目的は、『人工妖精の人権と自由を認めさせること』だったようです」
ゾーシモスの答えに、僕は思わず「は?」と固まってしまった。
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皆様の応援の甲斐あり、書籍化&コミカライズが決定いたしました!
誠にありがとうございます! やったー!