35.錬金術師の弱音
「じゃ、行ってくるよ」
そう軽い感じで、僕は席を立つ。
テーブルの上には、空になった皿とスープの器。
そして、僕の隣には心配そうな顔のフィオ。
「本当に行くの……? 大丈夫?」
「僕が大丈夫でなかった試しがあったかい?」
軽く抱擁して額にキスし、そう笑う。
フィオに心配をかけるなんて、僕は悪い奴だ。
しかし、そんな彼女を守るためにも早急に調査をはじめなくてはいけない。
「私は騎士団を率いて周辺警戒にあたります」
「よろしく、マイア。助かるよ」
控えていたマイアが、片膝をつく。
「ヴァイケン様。本当にご一緒しなくてよろしいのですか」
「うーん。君がいるとさ、広範囲攻撃用の魔法道具が使えないから」
「つまり、足手まといだと?」
「まあ、有体に言うと」
アヘ顔が来るかと思ったが、女騎士はやや悲しげな顔を見せた。
ついに克服したのか……!
「あなた一人に、任せることしかできないなんて」
「今回はただの調査だよ。もちろん、問題が見つかれば解決してくるけど」
そう、調査だ。しかも、慣れた場所の。
ただ、あの日……ゾーシモスがかき集めてくれたアーカイブの情報と、いくつかの事実を繋ぎ合わせると、サルヴァン付近で最も関係が深そうな場所が見つかった。
──『べグレイブの森』。
僕らが単に西の森などと呼んで、駆け出しが薬草採取に出かけるようなあの場所。
そここそが、穢獣の発生地点として、最も疑わしかった。
曰く、あの森の最奥には『鈴の墓地』なる遺跡があり、それを守る危険な魔物が徘徊しているとのこと。
以前、ルーサ少年が遭遇したものであろうと思う。
そして、その『鈴の墓地』について伝える文献によると、あの場所は『穢れに満ちた死に方をした魔法使いたちの墓地』であるらしい。
フィオが語ってくれたおとぎ話のように、僕ら錬金術師は後世において魔法使いとして表現されていることがままある。
そう考えれば、『鈴の墓地』は錬金術師に関連した遺構である可能性が高く、『穢れた』という伝承からも例の災害に関係したものであろうという予測もつく。
故に、僕はサルヴァンに帰ってからすぐ、あの森の最深部を調査することに決めた。
ただ、そのような謂れのある場所だ。
奥地に立ち入ったルーサ君が、穢獣に襲われたことを考えると、どうもキナ臭い。
薮やら蜂の巣をつつくようなことになる可能性がある。
なので、マイアと冒険者ギルドに周辺警戒と町の防備を依頼したのだ。
……まさか、マイアが騎士団を引っ張ってくるとは予想外であったが。
「それじゃ、フィオ。また後で。あ、今晩はチキンステーキが食べたいな」
「……うん! この間、ゾーシモスが教えてくれたの、作ってみるね。待ってるから、絶対に帰って来て。絶対だからね!」
そう手を振るフィオに手を振り返して、僕はマイアと共に外に出る。
きりりとした顔の女騎士が、こちらに向き直り片膝をつく。
「危険があればすぐにお戻りください。本来、臣民を守るのは我々の役目なのですから」
「僕のことは数に入れないでいい。自分の身は自分で守れるからね。ただ、僕の大事なものはきっちりと頼むよ」
「……お任せください。身命に変えましても」
「バカか。マイア、君もその範疇だよ」
「罵声と優しさの同時攻撃なんて……! やめてください濡れてしまいます。妊娠したらどうするおつもりですか」
とろけた表情で震えながら割座になるマイア。
ああ、ダメだこの人。全然克服できてなかった。
まぁ、この方が僕にとっては見慣れすぎてて逆に気安さすら感じてきたけど。
「……とにかく、君も怪我のないように。危険なことになれば、フィオと親父さんを連れて即時撤退だ、いいね?」
「はい。承知いたしました」
本当に大丈夫だろうか。無茶しないといいけど。
どうにも、あの映像に残された部下たちの顔がちらついてしまう。
「マイア、おいで」
「……?」
立ち上がった女騎士を、ぎゅっと抱擁する。
僕より背が高いのでどうにも格好がつかないが、それでもこうしておくべきだと思った。
「フィオには内緒だ。僕は今から弱音を吐くぞ」
「……はい」
「一人になるのは、もう嫌だ。みんなが傷つくところは見たくない」
「……はい」
「怖いんだよ。この時代は、温かすぎる。冷静になりきれない。失いたくないものが多すぎる」
「……はい」
マイアが僕の背を、軽くさする。
いい年をした大人がなんて様だ、と思われているかもしれない。
「それはきっと、ヴァイケン様が幸せに生きておられる証拠です。あなたのかつての仲間が、そう願ったように」
「そう、かもね。だからさ、僕はやるべきことをやる。錬金術師らしく、傲慢に、考えなしに、自重せずに。何だってできる僕が、何だってやってみせる」
「はい、好きになさってください。ただ……」
マイアが微笑んで、僕の額にキスをした。
それに僕は少し驚く。
変態が鎧を着て歩いているような彼女ではあるが、このようなことをするのは初めてだ。
「必ず無事に、戻ってくださいませ、ヴァイケン様。仮にも姫の接吻を額に受けたのですから」
「あ、ああ」
「フィオには秘密ですよ」
混乱する僕を置いてけぼりに、照れたような顔をして女騎士は駆けて行った。
入れ替わるように、小さなゾーシモスが空中に浮かび上がる。
旧市街は人が少ないとはいえ、迂闊なことを。
「まるで死地に向かう主人公のようですね、マスター」
「死地ってほどじゃないと思うけどな。だが、気を引き締めて行こう。穢獣が出たのは確かなんだ」
「はい。壊れた人工妖精が存在している可能性もあります。仮想空間戦闘はわたくしにお任せください」
ゾーシモスの言葉に頷いて、僕も町を駆ける。
すでに『ブラックドッグ』をはじめとする冒険者パーティがベグレイブの森周辺の警戒に入っているはずだし、じきにマイアが町周辺の防備を騎士団で固めるだろう。
あとは、僕が仕事をするだけだ。
「加速誘導経路起動。いつでもいけますよ、マスター」
「ああ、行くとしよう。面倒だったら、墓ごと全部吹き飛ばしてやる」
「……やることが雑なんですよ、マスターは。『銀の正十三角形』の時だって、後で問題になったでしょう?」
「そんな昔のことは忘れた。いくぞ」
人工妖精の小言に軽く苦笑しつつ、僕は光の帯を踏んで加速した。
お読みいただきありがとうございます('ω')!
おかげ様で日間ハイファンタジー1位!
そして、週間ハイファンタジー1位!
ありがたや、ありがたや……!
【用語解説】
・チキンステーキ……食肉晩餐会ヒナウスのアーカイブからサルベージした特別な鶏肉料理。錬金術によるスパイスや調味料が必要なので、現状、口にできるのは『踊るアヒル亭』のみ。ヴァイケンにとっては懐かしの味である。
・割座……一般的に言う『アヒル座り』のこと。
・後で問題になった……ヴァイケンが谷底に捨てた邪神をわざわざサルベージした宗教団体がいた。なお、作業中に全員が狂気に呑まれて絶命し、中途半端な状態で放置された邪神が見つかるという、驚異の事故が起きた。
いかがでしたでしょうか('ω')
「面白かった」「マイアぇ……」という方は、是非、広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて応援していただけますと、幸いです。
よろしくお願いいたします!




