34.託されたもの
「人工妖精が……人を襲っている?」
「その様です」
モニターの向こうでは、ところどころ欠けたようになった人工妖精たちがせわしなく飛び回り、逃げまわる人々に何かを植えつけている様子が映し出されている。
日々の買い物、スケジュール管理、バイタルチェック、投薬から、賢人塔にアクセスしてのアーカイブの確認、音楽や映像の視聴も。
……あの当時、人工妖精は誰もが持っているような生活必需品だった。
それが、こんな風に人を襲うなんて!
「ゾーシモス、どういうことだ……!」
「人工妖精中央管理システム『マーテル・コア』に何らかの不具合を生じたのだと推測されます」
「ね、ゾーシモスは大丈夫なの?」
フィオの言葉に、ゾーシモスがくるくると回転して応える。
「わたくしはスタンドアローン・タイプですので『マーテル・コア』の影響を受けません。どこかの錬金術師がそのように作りました」
僕は人工妖精に買い物だとか、音楽再生だとかといった機能を別に求めちゃいなかったからな。
あと、『マーテル・コア』に接続するとなると、せっかくゾーシモスに搭載したAIを汎用型に積み替えなくちゃいけない。
この個性的で面白おかしい友人を、便利さの犠牲にするなんて錬金術師としても愚の骨頂だ。
「事故原因は?」
「『マーテル・コア』はほぼ完璧な中央管理システムです。都市機能そのものと言っても過言でない彼女が独りでに暴走するとは思えませんね」
「つまりは?」
「人為的に起こされた災害である可能性が示唆されます」
「それともう一点、こちらを見てください」
後方にあったモニターが、最前列に移動する。
人工妖精に襲われて、倒れた人の画像が静かに映し出されている。
「おい、フィオもいるんだぞ。人の死体なんて映すもんじゃない──……待て。なんだ、これは?」
「マスターがお望みのものです」
倒れた人間が徐々に赤熱して、膨張して、まるでさなぎのような形となる。
いや、さなぎそのものなのだろう、これは。
ただ、中から出てくるのは、美しい蝶でなく……金属質な表皮を備えた人型の化物であったが。
「穢獣……!」
「はい。穢獣の正体は、暴走した人工妖精が殺害の際に使用した何らかの魔法薬によるものだと思われます」
次々と報せる情報に、めまいがする。
ただ、納得できる部分もあった。
この『輝ける黄金のモーディス』を含めて、あの時代を滅ぼすにはなるほど……人工妖精を使うのは効率的で確実だ。
僕も含めて、ほぼすべての錬金術師が人工妖精を利用していた。
一般人だって、少し余裕がある者は所持していたはずだ。
「人工妖精の反乱による大量虐殺、そして理力に作用する魔法薬での穢獣化。これが、五百年前の災害の真実です」
「もういい。ゾーシモス、少し考えさせてくれ」
「イエス、マスター。この真実は、わたくしもショックです」
そう言い残して、ゾーシモスが空へと消える。
高性能なAIを搭載しているのだ、同族の蛮行に心を痛めたのかもしれない。
「大丈夫? ケン」
「ああ。いや……どうだろう。衝撃的過ぎてまるで現実味がない」
「あたしはね、ケンが生きててくれてよかったと思うよ」
膝の上のフィオが僕を優しく抱擁する。
その温もりを感じながら、僕は自分自身とかつての同胞たちについて考えていた。
化物に変じて家族を友人を喰らうことになった住民たち。
彼等と僕は、何が違った?
まず、おそらく彼等と僕の命運を分けたのは、ゾーシモスが『マーテル・コア』に拠らないスタンドアローン・タイプであった事。
そして、僕の【転生の揺籠】が秘密裏に開発が行われた違法改造魔法道具であったという事。
あとは、当時の研究室の仲間たちの機転だろう。
きっと彼らは、この事件があったあの日、旧オルド研究室を爆破したに違いない。
地下深くにあった【転生の揺籠】専用工房を残し、地上部分を爆破して、僕を……未来に送り出したのだ。
……きっと、目覚めた僕がこの悪夢を何とかすると信じて。
「間に合わなかった」
「え?」
僕のぽつりと漏らした言葉に、フィオが首をひねる。
「きっと、仲間たちは……このモーディスの、いやあの時代にあった誰もが、僕を……『黄金の都の魔法使い』を待っていたんだと思う。でも、僕は間に合わなかった」
繁栄を知る人は、誰も彼もが死に絶えた。
錬金術をまるで知らない現代人。放置された賢人塔。まとまっていないアーカイブ。
それらが、僕が間に合わなかったあの時代の残滓なのだ。
「僕は……僕は……!」
「ヴァイケン様の責任ではありません。誰も死の淵にあったあなたにそのようなことを望まなかったでしょう」
「そうだよ。みんな、ケンに元気になってほしくて、元気でいてほしくて助けたんでしょ?」
情けなさに震える僕を、フィオとマイアがぎゅっとする。
そんな僕の目の前に、一枚の仮想モニターが出現した。
「少し深い所まで行って、サルベージしてまいりました。マスター、あなたにとって必要なものです」
姿を現したゾーシモスが、モニターに映像を再生させる。
映し出されたのは三人の男女。元僕の部下たち。
独特な話し方の紅一点、チアノ。
粗暴だけど実は優しい、ケジャキア。
冷静沈着で金勘定の得意な、コウ。
『お、うつってるかな? やっほー所長!』
『バカ、なにやってんだ。時間がねぇんだぞ。』
『二人は放っておいて、要件だけ伝えます』
みんなぼろぼろで、服には血がにじんでいる。
それでも顔は、どこか明るい。
『モーディスはもうだめです。この映像があなたに届くかもわかりません』
『だから、遺書って言うかー、お願いって言うかー、伝えるためにこれ撮ってまーす』
『オレら、これから原因を止めるために今から研究室を離れるっす』
映像の背後では、すでに悲鳴や爆発の音が聞こえる。
『だからぁー、ちょーっと……お別れって言うかー……最後だから、所長に伝えたくって! アタシ、所長のこと、好きでした! 性的な意味で! あはは、いっちゃったあー』
『おま、こんな時に何言ってんだ! ああ、もう! 所長……オレみたいな粗忽者を使ってくれて、あざーした。絶対に、コアの野郎をぶっ壊して止めてきますんで!』
『本題ですが、僭越ながら、【転生の揺籠】の設定をこちらで少し変えさせていただきました。死の灰による理力汚染を完全に除去するまで再起動しないようにしておきましたからね』
みな口々に、好き勝手に、僕に向かって話す。
懐かしさがこみあげて、そして彼らがもういないのだという悲しみが湧き上がってくる。
『あなたの目覚めが何十年後になるのか、あるいは何百年後になるかはわかりません。ゆっくり休んでください』
『所長には指一本触れさせねーっすから、ガチめに安心しててくださいっす!』
『じゃ、所長! あいしてるー! めっちゃ、あいしてるー! ……だから、次の人生は、自分のために生きてね』
三人がニコリと笑って、映像がきれた。
「……いい人たちだったんだね」
「ああ。僕にはもったいない、仲間たちだ」
フィオをベンチに降ろして、立ち上がる。
「ゾーシモス。情報のサルベージを密に開始。各錬金術研究室のブラックボックスにも侵入していい。『マーテル・コア』と穢獣について全ての情報を回収しろ。なぜサルヴァンのそばに現れたかまでわかればベストだ」
「イエス、マスター」
ゾーシモスが高速回転して光の粒子を周囲に撒き散らす。
きっと、残っているはずだ。
僕の仲間たちがしたように、未来のために残したものが。
錬金術師も賢人も掃いて捨てるくらいにいたモーディスなのだ。
必ずある。それを拾い集めて、僕は立ち向かわねばならない。
「さぁ、フィオとマイアも手伝ってくれ。がれきの中から、使えそうなものを洗いざらい持って帰るぞ」
「……よいのですか、ヴァイケン様。あなたは、送り出されたのでしょう?」
マイアの言葉に、僕は自嘲じみた苦笑を返す。
「そうとも、僕は送り出されたんだ。安全で明るい未来に。……だから、守ってみせるさ」
お読みいただきありがとうございます('ω')
体調とリアルの兼ね合いもありまして、このあたりでペースダウン投稿へと切り替えてまいります。
書き溜めもなしに一日8000字近く書くのはなかなかの厳しさ!
ご容赦くださいませ……!