33.滅亡のあの日
魔導街灯に照らされた金銀モザイクに輝く廃墟を、僕たちは行く。
目的は、この都市にいくつかあった賢人塔からのアーカイブ・サルベージと、点在する錬金術師の研究室を巡って、使用可能な機材を回収することだ。
「ホントに金銀財宝でできてるんだねー……」
「ああ。錬金術師は黄金を錬成できるようになってようやく一人前だったからね。この町にはたくさんの錬金術師がいたし、金は余っていたんだよ。それを建材に利用することで、当時の王は権威を示したのさ」
『輝ける黄金のモーディス』は遠くからでも太陽の光できらめいていた。
フィオには黙っているが、それは戦闘力──つまり、戦闘錬金術師の数の多さをも示すもので、諸外国は大いにモーディスを恐れたものだ。
かくいう、その内の一人が僕なのだから、周囲が恐れるのも仕方あるまい。
さりとて、それが悪辣な政治であったとも思っていない。
確かにモーディスの権力者たちは僕ら錬金術師を戦力も含んだ『何でも屋』として活用したが、同時に世界の平穏も守っていた。
人間という名の生物は脆弱だ。
武器となる爪も牙もなく、皮膚は薄く、肉は脆い。
そんな人間が、この危険な世界で生きていくには錬金術の力が必要で、政治のためとはいえモーディスはその力を惜しみなく世界のために使った。
僕とてその一端として、病を癒し、魔物を屠り、人々の生活に寄り添ったのだ。
だが、そのモーディスが突然滅んだ。
あと何千年と栄華を極めるだけの余力があったはずの、『輝かしき黄金のモーディス』が。
何が起こったか、僕は知る必要がある。
胸中にあるのは興味以上に不安と焦りだ。
これがどこから来るのかはわからないが、あのモーディスと錬金術師たちが姿を消すほどの災害……今起これば、きっと何もかもがダメになる。
今度こそ、全て滅んでしまう。
フィオも、マイアも、エドガーさんも……みんな死ぬ。
それが耐えられない。看過できない。
「マスター、思考中に失礼します。周辺三か所の賢人塔から可能な限りの情報をサルベージしました」
「どうだった?」
「滅んだ原因が判明しました」
あっさりとした人工妖精の言葉に、拍子抜けする。
「わかった?」
「わかりました」
「本当に?」
「ご不満でしたら『実はジョークです』とお答えしましょうか?」
ゾーシモスがくるくると回転しながら、僕の頭を周回する。
どうやら、本当らしい。
「あそこで、聞こう。落ち着いて聞きたい」
やや広くなった一角。
元は噴水があったであろう、広場を僕は指さす。
枯れた噴水のそばには、小さなベンチが当時のまま備え付けられていた。
「私も興味があります。このような高度の文明国家がどうして滅びたのか」
「あたしも、聞いていい? ケンの故郷がこうなった理由が知りたいの」
「ああ、頼むよ。僕一人で、抱えきれる話だといいとは思うんだけど」
そう苦笑しながらベンチに腰掛けると、マイアが突然に僕の頭を胸に抱え込んだ。
ボリューミーで柔らかな感触が顔を圧迫して、冷静さを失いそうになる。
しかし、僕はフィオ一筋。
こんな触覚刺激程度に負ける男ではない。
それにしても、こんなところでどうしたんだ。
そういうえっちなことをするシーンではないと思うが?
「ヴァイケン様。お一人で抱え込みすぎませんよう。私では力不足でありましょうが、それでも誠心誠意、お仕えいたします」
「……」
ああ、そうか。
純粋に心配をかけてしまったようだ。
本当に僕というのは失言が多い。
「マスターは大して器用でもないのに、いろいろと抱え込みがちですからね。いいのではないでしょうか」
「不器用で悪かったな。自分でやったほうが早くて確実だと思ってたんだよ」
そう思って、そう行動して……僕は、ダメになったのだ。
気が付けば、無理がたたって理力をすっかり失い、『ベラドンナの抱擁』に冒されていた。
同僚も、部下も、他の錬金術師たちも、僕のことをたくさん心配してくれたのに。
そして、一人だけ生き延びた。
そう考えると、一抹の寂しさがある。悔しさがある。
何でもできると豪語していた僕は、みんなが滅びの間際にいる時に何もできなかったのだ。
「……でも、いまは。みんなに頼ろうと思う。頼ってもいいかな、マイア」
「もちろんですとも。一点の曇りなき我が忠誠と愛は必ずや、ヴァイケン様のお役に立ってみせます」
「ハニートラップって言ってなかった?」
「そのことはもうお忘れくださいませ」
僕の頭を抱えたまま、マイアが照れているのがわかる。
「マイアさんのおっぱい、きもちいい?」
「フィオ、今はそういうんじゃないから……。ええ、違いますとも!」
「何で敬語なの? もう、ケンのえっち! 浮気者!」
ひどい言われようだ、と苦笑してマイアの胸から脱する。
そして、頬を膨らませるフィオの手を取って、膝の上に座らせた。
「ここにいて、フィオ。ここから先は、僕にとってきっと辛いものになる。君の助けが必要だ」
「……うん」
「では、恋愛喜劇の時間はまた後ほどとっていただくということで、サルベージした情報を提示してまいりますよ」
ゾーシモスが空中に仮想モニターを複数出現させる。
どれもこれも、凄惨な……映像だった。
「我々の背後に見える賢人塔の主、『食肉晩餐会のヒナウス』が記録編纂したものです」
「まて、彼は料理と栄養の記録を編纂する賢人だろう」
「その彼がこれを記録編纂しなくてはならぬほど、切迫した状況だったのでしょう」
黄金の都を襲う、鈍い鉄色の魔物──穢獣。
相当な数がおり、逃げ惑う人々を喰らい、引き裂いている。
「穢獣……!」
「直接の原因は、これでないようです。ただこれを提示するのは少し気が引けますね」
「もったいぶるなよ、ゾーシモス」
僕の言葉に小さく回転したゾーシモスが、仮想モニターを一つ、新たに開く。
「原因は、これです」
「これは……!」
映像の中に広がる五百年前の惨状に、僕は息をのむこととなった。
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【用語解説】
・触覚刺激程度に負ける男ではない……負けていた。はために負けているのが丸わかりな部位があった。男性としては当たり前の反応であるが、フィオにとっては看過しづらいことであった。
・ベラドンナの抱擁……通称であり、本来は『理力枯渇による身体存在危機及び呼吸器不全症候群』という。肉体の存在を構成する理力が失われたことによって、肉体内部が灰化、機能不全を起こして死に至る不治の病。錬金術でも治療が不可能な指定疾病の一つ。原因の多くは錬金術のオーバーワークであると言われている。
・おっぱい、きもちいい?……もちろん答えは一つである。
・食肉晩餐会のヒナウス……モーディスにある賢人塔の一つを管理していた賢人の一人。主に、料理や食品加工など、食に関する情報と真理を蒐集編纂する賢人であった。研究のためと称して、貧民に炊き出しなどを行ったため、聖人と称されることもあった。なお、好物は鶏肉と兎肉。
いかがでしたでしょうか('ω')
少しずつ、物語を進めてまいります。
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