32.金の都の魔法使い
「モーディス……おとぎ話に出てくる場所が本当にあるなんて」
フィオが周囲を見回しながら、そう呟く。
「おとぎ話?」
「うん。エウレアでは有名なおとぎ話に出てくるの。『金色の都のモーディス』って。ええと、確か……最後は洪水にのまれたんだったかな?」
「ゾーシモス、把握していたか?」
「さすがに童話までは把握しておりませんでした」
ゾーシモスがふわりとフィオのそばによる。
「フィオ、よかったらその話をしてください。アーカイブに保存します」
「保存って……恥ずかしいかも」
「毎晩、ご主人様にフィオの寝物語を再生いたしますので」
なんて素晴らしい提案をするんだ、お前は。
それはともかくとして、そのおとぎ話とやらには興味がある。
「じゃ、始めるね。昔々あるところに──」
小さく息を整えてから、フィオが話し始める。
その昔、ある村に一人の若者がいました。
若者には病気がちな妹がおり、若者は毎日朝から晩まで働いては、妹に薬を買う生活をしていましたが、妹の体調は少しずつ悪くなる一方。
そこで若者は、妹を『金色の都のモーディス』に連れて行くことにしました。
モーディスにはたくさんの魔法使いがいて、きっと助かると旅人に教えてもらったから。
金銀財宝でできたモーディスについた若者は、さっそく魔法使いたちに頭を下げます。
「おねがいします、妹をたすけてください」
しかし、どの魔法使いも若者に「はい」と答えてはくれませんでした。
何故なら若者はお金がなかったからです。
金銀財宝に囲まれた都の魔法使いたちは、もっとたくさんの金銀財宝を求めていたのでした。
とほうにくれた若者が、眠ってしまった妹を抱きしめて泣いていると、一人の魔法使いが若者に声をかけました。
「おやおや、こんなところでどうしたんだい。かぜをひいてしまうよ。娘さんはずいぶんと顔色がわるそうだ」
「都にくれば妹がよくなると旅人に聞いてやってきました。でも、ざんねんなことに、都の人たちは金銀財宝のことで頭がいっぱいだったのです」
「それは仕方がないことです。ここにいる人は、みんな金銀財宝を手にするためにやってきた人たちなのだから」
泣く若者に、魔法使いはわらいかけました。
その顔は都で見るどの魔法使いよりも優しげなもので、若者は頭を下げて魔法使いに言いました。
「おねがいします、妹をたすけてください」
「もちろん。あなたは運がいい。なぜなら、ここでわたしに出会えたからです」
そう言うやいなや、魔法使いは杖を一振りして若者の妹に魔法をかけました。
するとどうでしょう。若者の妹はみるみるうちに元気になって、とんだり走ったりすることができるようになったのです。
若者の妹は、すっかり元気になりました。
「魔法使いさん、ありがとう。でも、どうしてそんなに親切にしてくださるのですか」
「それはあなたがいつも人に親切にしているからですよ」
そう言うと、魔法使いはまたたくまに風になって消えてしまいました。
とても感謝した若者と妹は、そのあとたくさんの人に親切にして、助けてくれた魔法使いのことをたくさんの人に話すのでした。
「……という話なんです」
「いやぁ、いい話でしたね。はははは」
「──間違いなくマスターのことですね、これ」
ゾーシモスの言葉に、周囲が凍り付く。
「え、どういうこと? ケンとこのおとぎ話に関係あるの?」
「関係あるも何も、マスターがその魔法使い本人ですよ。この拝金と名誉がはびこる薄汚れた黄金の都で、毎日毎日飽きもせずにお人好しをする人間なんて、そうはいません」
褒めるか貶すかどっちかにシフトしてくれ。
それよりも、だ。フィオに本当のことを話さなくっちゃ。
「フィオ、その……君に黙っていたことがあるんだ」
「う、うん。なあに?」
「僕は五百年前のここに生きていた人間だったんだ」
僕の言葉に、小さく首をひねるフィオ。
この言い方では伝わりにくいか。
「ええと、今の時代に生まれ変わった、大昔の人ってこと」
「えええっ! そうなの? すごいすごい! 何でもできるって思ってたけど、そんな事も出来るのね!」
無邪気な様子のフィオに、少し拍子抜けする。
「ああ、言ってしまったのですね」
「マイアさんは知ってたの?」
「ええ、実は。フィオに黙っておいて優越感を得ていたのです」
「なにそれずるい! んー……でも、そっか。ちょっと納得。それでここのところ、距離感近かったのね?」
「一方的に詰められてただけで、僕はフィオ一筋だよ」
両手を広げて、フィオを待つ。
ここで、もし距離を取られたら……彼女のことを諦めよう。
そんな僕の覚悟が杞憂だとわかったのは、すぐのことだった。
僕の胸に呼び込んできたフィオは、満面の笑みで口を開く。
「おとぎ話の魔法使いが恋人だなんて、最高。このお話、とっても好きなのよ、あたし」
「そうなの?」
「うん。だって、この魔法使いは──ケンは、すごく優しいから」
「これはおとぎ話でフィクションだよ、フィオ」
僕の言葉に、フィオが首を横に振る。
「ううん、やっぱりこの魔法使いはケンだと思うわ。だってケンはいつもたくさんの人を助けてるもの。そんなケンだから、おとぎ話になって大切に語り継がれてきたのね」
「目に見える範囲のものを大切にしたいだけだよ、僕は」
何もかも救えると豪語するほど傲慢ではない。
ただ、何だってして見せるという自負と、幸せな未来を目指したいという欲求があるだけなのだ。
「僕が気持ち悪くないの? フィオ。五百年前の人間で、本当は君よりずっと年上なんだよ?」
「関係ないわ。ケンはケンよ!」
ぎゅっとしてくるフィオに抱擁を返し、額にキスをする。
何も心配することなど何もなかったのだとほっとしたら、なんだか力が抜けてしまった。
そうなるだろうとマイアも言っていたので、他人から見れば杞憂だったのだろう。
そう思ってちらりと視線をやると、マイアが物欲しげな顔でこちらを見ていた。
「むむ。マイアさんが見てるよ、ケン。だっこ、してあげる?」
大丈夫だ、フィオ。
あれは『放置プレイを受けるかわいそうな女騎士』というシチュエーションでイキそうになっているが、フィオの手前『近衛騎士』を装ってる時の顔だ。
……ここのところで、すっかりマイアの顔ソムリエになってしまった。
「ええ、私はヴァイケン様の下僕──……もとい、騎士でございますから。ええ、問題などありません」
「はぁ……おいで、マイア。君だって秘密を知る僕の家族だろ?」
僕がそう言った直後、犬のように喜色満面で走ってきた女騎士が僕とフィオを一緒くたに抱擁した。
なんだかんだ言って、この女騎士のハニートラップに引っかかってしまったのかもしれないな、僕は。
お読みいただきまして、ありがとうございます('ω')!
何とか本日も頑張って書いております、えぇ……めっちゃきついです(笑)
【用語解説】
・金の都の魔法使い……エウレア建国前より民間で語り継がれるおとぎ話。ヴァイケン・オルドがモデルになっている。「人に親切にすると、いつか自分を助ける」旨の寓話となっており、おとぎ話との親和性がよかったのだろう。
いかがでしたでしょうか('ω')?
今回は少し昔話風の部分があってちょっと感じが違いましたね。
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